
マーケティングは「総合格闘技」から「プロレス」になった
マーケティングという言葉が世間に定着して、ずいぶん経ちました。しかし、その概念の正確な理解はそれほど進んでいないような印象を受けます。本稿では、マーケティング業務に15年携わっているレジーさんに、マーケティングとは何か、どう使いこなしていくべきかを解説いただきました。
マーケティングを取り巻く誤解
「あれはマーケティングがうまいだけだから」「マーケティングより大事なものがある」
こんな物言いを聞いたことはないでしょうか?
今では日本語の1つとして定着した感のある「マーケティング」という言葉。しかし、この「マーケティング」ほど各人の曖昧な理解のもとに不当な扱いをされる概念もないのではないか、と思います。
筆者は約15年の会社員人生において長年「マーケティング」と名のつく部門に配属され、またそれ以外の場面でもこの領域に対して実務者として向き合ってきました。
また、社外での音楽ライター活動でも、マーケティング視点で音楽業界を分析するというアプローチをとることが多いです。
本稿ではそんな経験も踏まえつつ、この「マーケティング」とは何なのか、またそれをどうやって使いこなしていくべきか、ということを考えてみたいと思います。
本論に入る前に、マーケティングというものに対する典型的な誤解を3つほど。
誤解1:マーケティング=宣伝のやり方
たとえば、大量のテレビCMやSNSの活用方法などを指して「マーケティング」と呼ばれているケースがあります。これについてはマーケティングに関する有名なフレームワーク「4P」を思い浮かべれば、宣伝とはあくまでもマーケティングの一側面に過ぎないということがわかります。
誤解2:マーケティング=調査結果の通りにやるもの
「マーケティングとは顧客のニーズに立脚して行うもの」ということ自体は必ずしも間違いではないと思いますが、ユーザー調査をしたところでニーズというものが把握できるわけではありません。また、この考え方だと発信サイドの意思や思いが考慮されていないのも気になります。
誤解3:マーケティング=卑怯な金儲けの手段
正直議論に値しない…のですが、わりと「カルチャー」寄りの世界だと普通に流通しがちな考え方です。おそらく「誤解2」のような考え方から「客に媚びている」、さらには「客を騙している」という発想になっているのかなと思います。
マーケティング=「売れる」仕組みを作ること
結局のところ、マーケティングとは何なのでしょうか?
アカデミックにはいろいろな定義があると思いますが、実務を見据えて自分なりに咀嚼すると、「マーケティング=商品やサービスが継続的に売れる仕組みを作るための一連の活動」と置いてみるといいのではないかと思います。
ここでのポイントは「単発で売る仕組み」ではなく「“継続的”に”売れる”仕組み」だということ。打ち上げ花火を駆使しつつ無理に売り込むのではなく、自然と多くの人がお金を払いたくなる状況を長く作り出すこと。それがマーケティングに求められることです。
こう定義すると、マーケティングが「商品やサービスを売るために、顧客に媚びて、やりたくないことをやるもの」ではないことがわかりやすくなるかと思います。むしろ、「自分がやりたいこと、作りたいものをどうやって『継続的に売れる』シチュエーションにまで持っていくか?」というのがマーケティングの肝です(それゆえ、アーティスティックなクリエイターにこそマーケティングができるブレーンが必要なのでは?と常々思っています)。
「総合格闘技」から「プロレス」へ
個人的に、マーケティングのことを考えるときにイメージするのが「総合格闘技」です。
ルールに則った上で、禁じ手なしであらゆる手段を講じる。特定のポイントを徹底して叩いたほうがいい場合もあれば、複数のポイントを絡めて攻めるのが有効なときもある。仮にラッキーパンチが入っても、すぐに起き上がってくるようではだめ。無事にKOもしくはレフェリーストップで試合を終わらせたとき、それはすなわちお客さんがその商品やサービスのファンになったときです。
「4P」「STP」などなどマーケティングにまつわるフレームワークはいろいろありますが、これらはあくまでも考えを整理するためのもの。「重要ではない」とは言いませんが、それよりも「お客さんに対して有効な技を繰り出す」という基本スタンスの方が大事です。
ただ、最近はマーケティングのあり方が「総合格闘技」から「プロレス」に移り変わってきているような印象があります。と言うのも、お客さんが「やっつける敵」というよりは「共に試合を盛り上げるパートナー」になりつつあるからです。
これまでは供給サイドの「攻撃」を受けるだけだった顧客は、今ではSNSを駆使して「反撃」できる存在になりました(これはto C向けのビジネスでもto B向けのビジネスでも変わりません)。これは、供給サイドにとって悪い話ではありません。この「反撃」の受け方によって、自分たちのアプローチをもっと強化したり、さらには自分たちのことをよりかっこよく見せたりすることができるからです。
総合格闘技の試合も、もちろんリングにいる2人の相互作用によって盛り上がるわけですが、そこで何よりも重要なのは明確な勝ち負けです。一方、プロレスはその勝敗だけでなくエンターテイメントとしての魅力が特に求められます。それを実現するには、プロレスラー同士の協力が必須です。現代的なマーケティングのあり方も同様で、「作り手・売り手と顧客の共同作業」という色合いが強くなっています。
洞察と覚悟
素人がプロレスの試合をしても魅力的にはならないのと同様、マーケティングを司るにも鍛錬が必要です。前述の通り、いわゆるフレームワークを学ぶというのは本質的な話ではありません。それよりも身につけるべきは、リング上で向き合う相手に対する「洞察」と、リングで技を繰り出す(時には反撃を受ける)「覚悟」ではないでしょうか。
洞察
これはいわゆる「顧客視点」という話です。作り手・売り手にとってのこだわりポイントでも、ユーザーから見るとどうでもいい話なのでは?そのこだわりポイントをこう言い換えるとユーザーにとっても魅力に映るのではないか?というように、立場を常に反転させながら考えることによってマーケティングに必要な感性は磨かれていきます。
覚悟
洞察しているだけでは何も始まりません。洞察から得たインサイトに基づいて何かしらの施策を行なう。それに対するPDCAをスピーディに回す。その繰り返しを絶えず行なうメンタリティこそ、今の時代に求められるマーケティングマインドの根幹なのではないかと思います。
では、この「洞察」「覚悟」をより尖らせるために何をすればよいか。本稿の最後に、日々の生活においてできる2つのことを紹介しますので何かしらのご参考になれば。
あなたは今、なぜお金を払いましたか?
この問いかけを、自分がお金を払うたびにし続ける。手軽ですがいいトレーニングになります。ポイントは商品の機能そのもの(水なら「喉の渇きを癒すため」)だけにとどまらず、その商品の自分にとっての価値を突き詰めることです(「健康に気を使いたい自分の信条を大事にしながら水分補給したいため」→なぜお茶ではなく水?→「余計なものを身体に入れたくないため」→なぜ健康に気を使いたい?→…と問いを続けていく)。
マーケティングトレーニングとしてのSNS
こういう形でSNSと接するのもどうかなという気もしますが、「何を発信したら反響が大きかったか」ということを否が応にも意識してしまうのがこのツールの性質です。何にも気兼ねなく発信するのに加えて、「どんな内容をどういうフォーマットでいつ発信するか」ということを意識して自分なりにPDCAを回すのはマーケティング活動の疑似体験に他なりません。
「マーケティングを考えるより、いいものを作ろう!」というような掛け声が日本ではわりと通りやすい印象がありますが、いい商品やサービスが適正な評価を受けるにはマーケティング活動が絶対に必要です。自分たちが正しいと思うものを世の中に認めさせるために、全ての人がマーケティングという概念を正しく理解する、そんな社会がいつか訪れるといいなと思います。