
「上司ガチャ」問題は構造的に解決可能か
「上司ガチャ」という言葉があります。「良くない上司に当たるのは、仕方ない」と割り切る前にやれることはないものでしょうか。株式会社採用と育成研究社・取締役の鈴木洋平氏は、制度設計からの改善案を提示しています。早速ご覧ください。
「上司ガチャ」とは何か?
「上司ガチャ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
部下は上司を選べないため、どのような上司に当たるかどうかは運次第、つまりくじびき(ガチャ)のようなものであることを皮肉も交えて表現したワードです。
キャリアを形成していくにあたり、仕事内容や仕事環境は当然重要でありながら、良い上司に巡り会えるかどうかはクリティカルな要因です。特に若手は上司次第で方向性や加速度が決まると言っても過言ではありません。
ガチャ=運だから仕方ないと割り切る前に、この「上司ガチャ」問題の構造的な解決策について考えてみます。
マネジメントができない上司たち
どうにも聞くところによると、世の中には「良い上司」と「良くない上司」がいるようです。感覚的にはよくわかるのですが、このままでは曖昧なので、いくつか定義をします。
まず、上司のことをマネージャーと表現します。
そして、良い/良くない、とはマネジメントができる/できない、を指すことにします。
マネジメントの詳しい定義まで説明しているとページがたくさん必要で趣旨が少し外れてしまうので、ここではクーンツとオドンネルの定義をお借りして「getting things done through others(他者を通じてことを成し遂げる)」とします。
マネージャーと部下も人間同士なので相性や好き嫌いは当然あるでしょうが、それ自体はいったん置いておきましょう。「あの人はいけ好かないけど、最後は結局やりおるなー」といったことはビジネス上よくあることなので、好きでも嫌いでもマネジメントができるかどうかを問うことにします。
本論に戻って当コラムの趣旨を説明すると、世の中にはマネジメントができないマネージャーがたくさんいて、そういったマネージャーに(不幸にも)あたってしまった部下はかわいそうだから何とか解決の方法を考えよう、ということになります。
直接的な解決としては「部下が上司を選べるようにする」ということかもしれませんが、経営的に多方面で歪みをもたらすので今回は別の方策を検討することにします。
マネジメント研修に効果はあるのか
プレイヤー時代は「getting things done」の幅を広げ質を高めることに集中すればよかったかもしれませんが、マネージャーになると急に「through others」というおまけがついてきます。
自分がやった方が早いんだけどな、とほとんどのマネージャーが一度ならず考えたことがあるでしょう。
そこで登場するのがマネジメント研修という救いの手です。会社のビジョンやミッションを咀嚼して部下に伝える、部門の方向性をはっきりさせる、信頼関係を構築する、スポークスマンになる、部下を育成する、などなど。マネジメント研修ではこれまで知り得なかった様々な知見を教えてもらえます。
さあこれで自分もマネージャーとしてやっていけるぞ、と思うのも束の間。
マネジメント研修ではマネジメントについて「わかる」ようにはなるかもしれませんが、マネジメントが「できる」ようにはなかなかなりません。
その他の多くの業務と同じように、「わかる」と「できる」は別物なのです。
よく考えれば当たり前ですが、マネジメント研修でマネジメントができるようになるのであれば、そもそも上司ガチャ問題は起こらないはずなのです。世の中にはマネジメント研修があふれるほどたくさんあるのですから。
ただし誤解のないように補足しておきますと、マネジメント研修そのものに意味がないとは筆者は思いません(筆者も年に数回マネジメント研修の講師として登壇します)。先人たちが積み重ねた知見(理論)を体系的に教えることで、主観や経験のみでマネジメントすることを防ぎ、より客観性のある中でその人なりの経験知からくる良さが発揮できるようになるからです。
マネージャーは、経験必須のポジションか?
上司ガチャ問題を検討するためには、もう少し根深いところにアクセスしていく必要がありそうです。
視点を変えて、典型的な日本企業の社内キャリアに目を向けてみます。
30代で主任、40代で課長、50代で部長、といったように日本の多くの企業では企業内キャリアを形成していくことと、課長や部長といったマネージャーの役職に就くことがセットになっています。
さらに、多くの企業では年功序列が少なからず残っていますので、企業内に居残り続ければ誰もがやがてマネージャーになる、という図式が成り立っています。年長者たるもの人の管理(マネジメント)ができて当然、といった文化そのものですね。
しかし、世の中に「良くない上司」があふれていることからわかるように、マネージャーは誰でもできることではありません。
マネージャーとは、ある一つの側面として、職種(役割)として捉えることが適切であるからです。
人には向き/不向き、できる/できない、やりたい/やりたくない、などがあり、それらを考慮した上で職種を選択するのが通常です。
それなのに、マネージャーだけは全てを無視して全員が経験するように設計されているのです。
これでは、マネジメントができない上司がいるのは仕方のないことだと思いませんか。
マネージャーになりたい人、得意な人、向いている人にマネージャーを担当してもらえば、上司ガチャ問題が起こる確率が減るはずです。
上司ガチャ問題の解決の糸口は、企業内キャリアにおいて全員がマネージャーを経験するという制度設計を変更する、という点にあるのです。
制度設計例
全員がマネージャーを経験しなくても良い、ということは、マネージャーにならなくても企業内キャリアを前向きに進めていくことができなくてはなりません。
このためにまず設計し直さなくてはならないのは、グレード等級の考え方です。
図1をご覧ください。
マネージャー経験必須の企業では、グレード等級が役職と紐付いています。
一方でマネージャー経験必須でない企業では、グレード等級はパフォーマンス定義であり、例えば営業のグレード3、エンジニアのグレード4、など職種とグレードをセットにして語ります。
こうすることで、マネージャーにならなくても営業としてグレード6を目指す、ということが可能になります。また、マネージャーになりたい人もいるでしょうから、マネージャーのグレード4という考え方になります(マネージャーにグレード3以下はありません)。
このように制度設計することで企業の組織階層構造はどのように変化するでしょうか。
まずはマネージャー経験必須の企業を見てみましょう。図2をご覧ください。
グレード等級=役職の企業の組織階層構造です。大抵の企業はこのような形態ではないかと思います。
次に図3をご覧ください。図3はマネージャー経験が必須でない企業の組織構造例です。
こちらは、グレード4のマネージャーの配下にグレード5の社員がいることがわかります。このグレード5のエンジニアはマネージャーにはならず、エンジニアとしてキャリアを形成していくことを選択しています。
これはあくまで例なので、そもそも人数が少なかったり意思決定スピードを早める必要があったりすれば組織を階層構造にする必要はありません。
また、念のため補足しておきますと、マネジメントをしなくていいこととリーダーとして振る舞わなくて良いことは同義ではありません。グレードが高くなればより高いレベルでのリーダーシップを発揮してもらうことになります。
全員がマネージャーになる、をやめれば上司ガチャ問題は減少する
やりたくないマネージャーという役職に仕方なく就き、その影響で部下のモチベーションも下がる。これでは誰も幸せになりません。
マネージャーとしての強みを発揮したい人がマネージャーになり、そうではない人には別のステージでも活躍の場があり、キャリアを形成できる。
このような企業が増え、「上司ガチャ」や「部下は上司を選べない」といった皮肉めいたワードが少なくなってほしい、そう願っています。