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どんな言葉で提供価値を伝えるか?コンセプトを考え抜いて市場を創ったHERPのPMFストーリー

新規事業
株式会社才流 代表取締役社長
栗原 康太

BtoBスタートアップのPMF(Product Market Fit)ストーリーを紹介する本連載。本記事ではスクラム採用プラットフォーム「HERP Hire」とタレント管理プラットフォーム「HERP Nurture」を提供するHERP(ハープ)を取り上げる。最初は「人事の事務作業をゼロにする、AIリクルーティングプラットフォーム」としてプロダクトを展開した同社だが、有料提供を開始し顧客の反応を確かめる過程で、コンセプトを再考。「スクラム採用」という独自の言葉で提供価値を表現したことが、ターニングポイントになったという。
※出典:MarkeZine / 公開日: 2021/6/10
※関連記事:PMF(プロダクトマーケットフィット)達成ガイド~基礎から事例まで、新規事業を成功に導くためのコンテンツ集

機能とコンセプト、どちらも市場にフィットした状態がPMF

HERPが提供している「HERP Hire」は、全社員が採用活動に参加し、採用の質と成果を高めていくための採用管理プラットフォームだ。具体的には、複数の求人媒体からの応募情報を自動連携したり、Slackなどにつないで情報共有をスムーズにすることで、社員が採用活動に参加しやすくする。あわせて、将来一緒に働きたいと思うような知り合いの情報を蓄積しておくタレント管理プラットフォーム「HERP Nurture」も提供(現在はベータ版)。メイン顧客はIT系のスタートアップだが、最近では大手企業のDX推進室において導入されるケースも増えているという。

株式会社HERP 代表取締役CEO 庄田一郎氏
京都大学法学部卒業、リクルートに入社。SUUMOの営業を経て、リクルートホールディングスへ出向後、エンジニア新卒採用に従事。その後、エウレカに採用広報責任者として入社。カップル向けコミュニケーションアプリCouplesのプロダクトオーナー職を経て、2017年3月にHERPを設立。

同社は全社員が採用に参加し、採用の質と成果を高めていくことを「スクラム採用」と名付け、これを掲げて営業・マーケティングを行っている

「日本の採用活動で一般的なのは、経営陣の方々が欲しい人材や目標人数を決め、人事が数百、数千人のエントリーを集める、というプロセスですが、こういった採用活動における意思決定を民主化していくのが当社の考えている理想の状態です。いまどんな人材が欲しいかは、現場メンバーが一番わかっている。それならば、要件や人数感、期限なども含め、現場の声を反映できたほうが良い。それを目指す会社をサポートするためのサービス開発・提供を行っています」(庄田氏)

しかし、実は同社が初期のLPに掲載したコンセプトは、「人事の事務作業をゼロにする、AIリクルーティングプラットフォーム」という「今思えば改善の余地が大いにあるキャッチコピー」(庄田氏)だった。ここに磨きをかけたことが、同社をPMF(Product Market Fit)に導いたターニングポイントだったと庄田氏は考えている。

「起業したばかりの頃は、PMFと言うと、最近流行のPLG(Product-Led Growth※)のような、プロダクトそのものがバイラルで、何も施策を打たずともどんどん広がっていくようなイメージをもっていました。だから自分たちのプロダクトについても、とにかく自動化・効率化の機能さえ提供できれば、使ってくれた人事の方々が『これはすごいね!』と広めてくれるはずだと思っていたのです。ですが今は、『機能とコンセプトの両方がマーケットから受け入れられている状態』がPMFだと考えています」(庄田氏)

(※)Product-Led Growth。顧客の獲得、転換、拡大の主要な推進力が(営業ではなく)製品になっている成長モデルのこと。米国のVCであるOpenViewが提唱(参考記事)。

庄田氏の言葉をさらに借りると、(1)プロダクトに関する市場からの認知がある程度統一されていて、(2)それが受け入れられることがわかっていて、(3)さらにその認知が実現できるプロダクトがある、という3条件がそろった状況がPMFであり、マーケティングに進むタイミングであると判断できる。

HERPのPMFアクション

本連載第1回では、PMFとは何かをわかりやすく説明しています。こちらからどうぞ!
プロモーション活動の前にPMFを疑おう。マーケターがもっと事業に貢献するために

ベータ版の提供で人事担当者からのニーズを確認

庄田氏が創業初期に解決を目指したのは人事担当者がもつペインで、具体的には、採用に関する情報が様々なプラットフォームに散らばっており、確認や統一の手間がかかるというものだった。そこで求人媒体上のメッセージを1つのアプリケーションで行えるというAPIを、採用管理システム各社に提供しようと考えたが、技術的な問題から、自分たちでシステムそのものを作ろうと方針を転換。候補者情報がすべて自動で反映されるスプレッドシートのようなものを試作し、当時採用コンサルティングを提供していた顧客企業に使ってもらったところ、大きな反響があった。

「採用フローの一部分ではあるものの、自動化というソリューションは、やはり受け入れられるのだということがわかったため、もっと本気で採用管理システムを作ろう、と創業メンバー間で合意が生まれました」(庄田氏)

2017年3月、会社の創業とプロダクトのベータ版を同時に発表。このタイミングで300~400社から問い合わせがあり、数ヵ月後には650社に到達。コンサルの顧客企業や問い合わせをもらった企業から、テストユーザーに適した会社を探して協力を仰いでいった。

取材の様子(左)才流 代表取締役 栗原康太氏(右)HERP 代表取締役CEO 庄田一郎氏

その後も機能追加とユーザーテストを繰り返し、2018年の夏頃から、少しずつ有償提供へと切り替えていった。その理由について庄田氏は、「無料でサービスの使用感を試していただいて『すごい』と思ってもらえることと、実際に課金いただいて社内のオペレーションを全部変えてもらえることの間には、大きな隔たりがある」と話す。実際に同社は、無償で提供していたときには見えていなかった課題に直面し、冒頭のコンセプト変更の話につながる重要な気づきを得ることになる。

課金提案で見えてきた、経営陣のインサイトと予算の問題

支払いをお願いするようになると、基本的には経営陣への稟議が必要になる。ここで庄田氏らは、人事担当者だけでなく経営陣にも納得してもらえる導入理由を示すことが必要になると痛感した。リリース時の反響に反して思うように売れず、経営層から出てきたのは、「自動化できたとして、空いた時間に人事担当者になにをしてもらえばよいのかわからない」そして「いい採用ができるなら欲しいが、自動化だけなら導入しにくい」という率直な声だった。

「このタイミングで、やはり採用成果を出すことにコミットする必要があるということ、そして自動化の先にある、『人事の方々のあるべき姿』が提示できないといけないのだという学びを得ました。ソリューションはフィットしているものの、マーケットがないという状態だったのです」(庄田氏)

さらに、当時多くの企業は採用管理システムの予算を確保しておらず、あったとしても人材獲得フィーのみだということが見えてきた。そのため市場自体を創造する、つまり「企業の勘定科目を1個追加する」(庄田氏)ためにはどうすればよいかを考え、実行することになった。

考え抜いた独自のコンセプトが業界に浸透

同社のプロダクトは人材や人材情報を提供するものではない。その立場からどのような貢献ができるのかを社内で突き詰めて議論し、「採用力向上」に貢献するという方向を見出した。庄田氏は日本の採用は特にジョブ型の採用に課題を抱えていると見ており、専門職の採用をサポートすることに的を絞った。

「たとえば、優秀なエンジニアを採用するには社内のエンジニアが採用活動にコミットすることが大切で、人事が主体となって現場との協力関係を作る必要がある。それを実現できるようサポートしたい。こういった現場と採用活動を作っていく考えを『全社員参加型採用』というコンセプトに落とし込んで商談するようにしたのです。すると受注率が高まり、このコンセプトは受け入れてもらえるかもしれない、という感覚が生まれていきました」(庄田氏)

予算を得るためのロジックも組み立てた。プロダクトの導入で、エージェント経由で採用していた部分をリファラル採用に移すことができたら、1人当たりどれくらいの費用削減につながるか、経済価値を具体的に示したのだ。

そしてあるピッチイベントに参加した際、アドバイザーの一人にアドバイスをもらったことで、「全員参加型採用」のコンセプトにさらに磨きをかけることになる。

「良いコンセプトが製品導入に効いている例は多くある。そういったマーケティング効果を狙うならば、『全社員参加型採用』ではなく、それをもっとわかりやすい、あなたたちの独自のキーワードにしたほうがいい、とフィードバックをいただいて。すぐに社内でアイデア出しを行いました。『エンプロイーリクルーティング』や『自律駆動採用』といった言葉など、さまざまな案がありましたが、最終的には『スクラム採用』に決めました」(庄田氏)

「スクラム採用」という言葉は使い始めてから数週間で、業界に広がりを見せた。LPを変更し、スクラム採用に関する記事を投稿していると、「スクラム採用を謳うコンサルティングの会社が知らないところで生まれ、HR系のメディアがこぞって『スクラム採用とは』という記事を書いてくれた」(庄田氏)。予想以上の広がりに嬉しさを感じたものの、それが同社のプロダクトに紐づく言葉であるという状況を維持するため、まず商標を取得し、「スクラム採用」を名乗るものの内容を確認して、HERPの商標であることを明記してもらうよう交渉するなど動いてきたそうだ。

取材の様子 SPROUND Community Manager/DNX Ventures Investment VP 田中佑馬氏

強いコンセプトはマーケティング効率も上げる

「スクラム採用」のコンセプトはマーケティング上のメリットももたらした。メッセージングを統一することがコスト削減につながり、スクラム採用という思想に共感した企業や担当者のリードが集まるようになり、ナーチャリングもスムーズになった。

まずはコンセプトをフィットさせる。そのコンセプトをベースにマーケティングして、SaaSとしてのセールスを行う。この順番で進めると驚くほど効率が良いことがわかってきました。そのためセールスサイクルにおいても、コンセプトをしっかり理解いただいた上で、スクラム採用の実現のために導入いただくというプロセスを徹底しています」(庄田氏)

一方で、機能開発との兼ね合いには悩むこともある。たとえばスクラム採用のための開発と目の前のユーザーが要望する開発、どちらを優先して行うか。また、ユーザーが望んでいるがスクラム採用を阻害しかねない要望をどう扱うのか。「社内で落としどころを話し合って決めるというのが、難しくなりがち」と庄田氏は明かす。

すぐにフィードバックをくれるユーザーは「宝物のような存在」

コンセプト策定のほかにもう一つ、HERPのPMFを支えていたのは、顧客からのフィードバックを頻繁に得られる環境だ。課題解決にいかにフィットしてるかというのを測るためにNPSスコアと、ある時期からはSean Ellis testを測るアンケートを、毎月顧客に回答してもらってきた(※)。

(※)NPSスコアは顧客ロイヤルティ、顧客の継続利用意向を知るための指標。またSean Ellis testは、「もしこの製品が使用できなくなった場合、どのように感じるか」を尋ね、顧客にとってMust Haveな製品になっているかどうかを確認するもの。

同社ではユーザーのSlackコミュニティを構築し、アンケート形式に限らず機能追加の告知や意見の募集も、そこに投稿すると率直な回答を得られる関係性を築いていた。チャンネルには現在約500人が参加しており、庄田氏は「効率の良いプロダクト改善を支えてくれた、僕らにとって宝物のような存在です」と表現する。

庄田氏は初期からユーザーとの関係構築を大切にしてきたと明かした一方で、同社の対象顧客がITスタートアップかつ人事担当者であり、ツールを用いたコミュニケーションのハードルが低かったこと、自身の元々の知り合いに初期ユーザーとして協力してもらったことも影響していると述べていた。

取材の様子 DNX Ventures Industrial Partner 稲田雅彦氏

PMFへの近道は、順番を間違えないこと

取材の最後にPMFに到達するためのアドバイスをお願いしたところ、次のように答えてくれた。

「まずはコンセプトありき。その先にどこから予算を出していただくのか確認をすることです。それができてはじめて、開発やマーケティングに進めます。この順番を間違えると、行って戻って、のプロセスが繰り返されてしまうことになります」(庄田氏)

取材の様子

加えて、初期にユーザーとの強い関係性を作っておくことが、「プロダクト改善の効率以外の観点からも、非常に大切」と語る。

「私の考えでは、起業家に一番大切なのはモチベーションです。諦めてしまったら終わりなので、そうならないためのリスクヘッジを絶対にするべきだと思っており、ユーザーさんとの強い関係性が、その役割を果たしてくれます。ひたすらマーケットと社内の関係性だけで気持ちを保つのは難しい。ですがユーザーさんと話をすると、本当に困っていることが伝わってきますし、何かできるかもしれないという自分たちへの期待感も生まれます」(庄田氏)

「いつかマーケットが生まれる、コンセプトもフィットする」と信じ続けられるように、その道中で自らのエンジンを切らしてしまわないように、ユーザーとの接点を大切にしていこうと呼びかける庄田氏。社員一人ひとりが積極的に採用活動に参画できる未来の実現にむけて、挑戦を続けていく。

再掲:HERPのPMFアクション

取材後記

プロダクトアウトかマーケットインか。よくある二者択一の議論ですが、PMFというのは、プロダクトがマーケットにフィットして受け入れられている状態を指すという意味では、両方が重要ということでもあります。HERPさんは、初期はどちらかというとプロダクトアウトな形でサービスリリースをし、ユーザーとの対話の中で、徐々にプロダクトの機能とコンセプトをマーケットにフィットさせ、受け入れられていったというPMFストーリーを、泥臭い部分、色鮮やかな部分、そしてエモーショナルな部分もあわせて語ってくださいました。

自社プロダクトを無料から有料課金にシフトすることで、顧客に対しての付加価値、経済価値を今までいかに提供できていなかったかが明確になったこと、顧客のプロダクト導入のための予算化をどうやって行ってもらうか、Slackで顧客全員を巻き込んで常にフィードバックをもらえるコミュニティ構築、そこで毎月NPSスコアやSean Ellis Testを測定することなど、PMFを成し遂げるための解像度高いヒントが多く散りばめられています。


PMFには終わりがないと言われますが、HERPさんの事例から、顧客やマーケットに真摯に向き合うことの大事さを改めて学べると思います。(DNX Ventures稲田雅彦氏)

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