エンタープライズ向け事業にチャレンジする人や組織にフォーカスし、エンタープライズ向け事業を拡大するための取り組みや、おもしろさ、やりがいを発信する連載「エンタープライズ向け事業はおもしろい!」。
今回は、エンタープライズセールスキャリア23年という、株式会社ナレッジワークの桐原 理有(りう)さんを取材しました。エンタープライズセールスの人材育成に関する考えや、エンタープライズ向け事業を推進する組織間の関係性、そしてイネーブルメント領域を手掛けるナレッジワークへ入社した理由などについて、うかがいます。
聞き手は、才流コンサルタントの政次 貴弘です。
本記事におけるエンタープライズ企業の定義
エンタープライズ企業の定義は、各社で異なります。本記事では、取材先のエンタープライズ企業の定義に沿い、かつ決裁に複数人の関係者が関わり、商品・サービスやプロダクトの提案から導入までに、一定の期間を要する企業を、エンタープライズ企業としています。
2001年、法政大学経営学部卒業。2004年、株式会社ワークスアプリケーションズ入社。大手法人営業に14年間従事。売上合計金額・顧客単価は、当時の同社史上最高を記録する。2022年、スタートアップ2社にて執行役員を務めた後、株式会社ナレッジワーク入社。個人や個社を対象に、エンタープライズセールス勉強会も実施している。
「エンタープライズセールス人材がいない」本当の理由
政次 昨今、とくにSaaS企業において、エンタープライズセールス人材を採用できないという課題を抱えています。桐原さんは、長らくエンタープライズセールスのキャリアを歩まれてきましたが、現在のエンタープライズセールスへの採用ニーズを、どのようにとらえていますか。
桐原 これまでのSaaSモデルはSMBターゲットでシェアを取りにいく戦略でしたが、セールスやカスタマーサクセスなど、多くの人材が必要です。労働人口が減っていくなか、大量採用も難しくなってきました。
生産性を踏まえて、一定のARR(※)が見込める大手企業(エンタープライズ)に提案したいと考える企業が増えるのは、とても自然なことだと考えています。
また、大手企業のお客さまは、商品・サービスやプロダクトを長く使ってもらえる可能性が高いですよね。運用にもお客さま側のリソースが割けますし、言葉を選ばずに言うと「手離れ」がいい。
そのような状況もありますから、大手企業に対する営業経験やスキルを有するエンタープライズセールスの採用ニーズが高まっているのもわかります。
ただ、ここで考えたいのは、エンタープライズセールスといっても「新規」と「既存」の2つにわかれるということ。
※Annual Recurring Revenueの略。年間経常収益のこと。
政次 新規のお客さまを開拓する新規営業と、既存のお客さまとのビジネスを拡大する既存営業ですね。
桐原 実は、ほとんどのエンタープライズセールスは既存営業なんです。
エンタープライズの既存営業が対面するのは、すでにお取引のあるお客さま。毎年の予算獲得時期に向けて、決まったパターンを提案し、ID数の追加や新しい機能やプロダクトを提案するアップセル、クロスセルで、予算の拡大を狙っていく動きかたです。
既存営業のキャリアを持つエンタープライズセールスは、一定数いると思います。でも、今求められているのはエンタープライズセールスの新規営業なんですよね。契約がゼロのところから、新規にアカウントを開拓をできる人が少ないんです。
政次 そうですね。それぞれスキルが異なるのですが、採用側は「エンタープライズセールス経験者なら、新規営業もできるよね」と期待してしまいがちです。
桐原 新規営業では、まずアポ(アポイントメント)を取るプロセスがあります。しかしエンタープライズセールスの既存営業のキャリアだけでは、新しい門を開くことは難しいでしょう。
そもそも、大手企業のアポを取ることはとても難しい。政次さんの前職のセールスフォースでも、手紙によるアプローチをしていますよね。あれだけの有名企業でさえも、「まだ自分たちのことを知らない企業がいるかもしれない」という気持ちで取り組んでいる。それくらい、壁が高いです。
政次 日本の商習慣上、既存営業を重視してきた経緯により、新規営業は育成されづらい傾向がありました。そのため、エンタープライズセールスの新規営業ができる人が少ないのだと感じます。
桐原 ところが、業界ナンバーワンシェアのプロダクトを持つ大手企業であっても、市場の変化や海外企業の隆盛によって、トップライン(売上高)が限界となり、他の業界への進出をせざるを得なくなっている。
そこでエンタープライズセールスに求められるのは、新規営業のスキルです。しかし、既存営業のスキルのままなので、横展開がうまくいっていない。
政次 新規営業に四苦八苦しているセールスからしてみると、既存顧客とのつながりを持つエンタープライズセールスは、新規の商談機会をつくりやすそうに見えますよね。でも、そういうわけではありません。
桐原 もちろん、既存のお客さまからのご紹介で交流会のような場は作れるんですが、その会で終わってしまうことがほとんどです。機会も接点もあるはずなのに、そこに気付けていない。その場で「今度商談させてください」とアポを取るというスキルがある人も少ないです。
仮にアポを取ったとしても、初回商談で何を説明すればいいのかわからない。今までは既存のお客さまからの決まったパターンでの受注しか経験していないわけですから。
「このお客さまにフィットする商材はこれだ」と仮説を立てて、ヒアリングを行い、プロセスをちゃんと作っていくというようなことができないんです。
政次 既存営業の経験があるぶん、よほど強いモチベーションがなければ、新規営業のスキルを身につけるというハードルは、高くなりますね。
桐原 エンタープライズセールスの既存営業における、「変わりたくない、今のままでいいや」というマインド面と「どうやったらいいかわからない」というスキル面は、改善すべき課題だと感じています。
エンタープライズセールスは社会に変化を起こす起点になれる
桐原 そもそも、人材が足りないという以前に、僕は新規ができるエンタープライズセールスの人材育成が絶対に必要だと考えています。
なぜかというと、大手企業ほど既存顧客依存型のビジネスになってしまっていて、付き合いのあるパートナーが固定化されているからです。
政次 情報が偏りやすい環境になっているわけですね。
桐原 スタートアップやメガベンチャーと呼ばれる企業は、ITを活用した新しくて良いプロダクトを開発・提供しています。
しかし、それを大手企業に提案し、プロジェクトを推進するスキルや経験が不足している。ここに、僕はすごく問題意識を持っています。
新規営業を通して大手企業に新しいプロダクトや文化がはいらないと、新しい価値観が大手企業に生み出されず、変革の動きがなかなか始まりません。
大手企業は、たくさんの雇用をつくりますし、できることや提供できる価値も大きい。規模の大きな社会貢献もできます。さらにITの力を持って、もっとバリューが出せたらおもしろいじゃないですか。
でも、スタートアップやベンチャー、中小企業には、大手企業のアポを取る、商談を行う、一緒にプロジェクトを進めていくというパワーがない。そこに、悔しさを感じますね。
政次 新しいものを生み出すのに、外部からの刺激は重要です。しかし、門戸を閉ざしていては、機会損失ですし、大手企業のポテンシャルをいかせられません。
桐原 限られた会社だけでなく、良いプロダクトを持った会社の人たちが、エンタープライズセールスの実行力を得られれば、大手企業は新しい価値観やスキルを手に入れられます。
プロダクトが導入されるかどうかの話だけでなく、「この会社のスタイルはおもしろいな」「スタートアップから学べることがあるな」という情報が得られるだけでも、違うんです。外の文化が入ることで、変わってくるんです。
でも、営業職は「やりたくない仕事ランキング」の上位になる時代です。なり手が減っている。なので、意識してエンタープライズセールスの人材育成が必要だと考えています。
政次 新しいプレイヤーが入ってこないと、業界は変わりづらいものです。桐原さんが危惧しているように、大手の企業が変化を嫌うと、停滞につながり、日本経済のマイナスになります。
桐原 私がナレッジワークに入社したのは、自分が持っているエンタープライズセールスの知財をシェアしていくことの意義を感じたからです。
ナレッジワークから届いたオファーレターに、Good&Opportunityとして「桐原さんの知財を社会に発信して、共有していきましょう。人に、歴史に、知財を残していきましょう」と書いてありました。
僕はエンタープライズセールスの領域において、実績も出してきましたし、自分の強みであるという自負もあります。ただ、その経験や知見、自分がやってきた日々を次世代に残すなんて、考えたことがなかったんです。その方法もわからなかった。ナレッジワークからの提案は、とっても嬉しかったですね。
ナレッジワークは、イネーブルメントという領域で「できる喜びが巡る日々を届ける」というミッションを掲げています。
僕が気合と根性と、趣味や興味の世界で手に入れてきたエンタープライズセールスの情報や知識をシェアすることが、誰かのできる喜びにつながる。社会に貢献でき、意味のあるものになる。そう思ったら、めちゃくちゃテンションがあがったんです。
セールスのノウハウだけが一人歩きしている
政次 人材育成やイネーブルメントといいますと、ハウツーやノウハウをインプットすることをイメージする方が多いと思います。私自身、実際にエンタープライズセールス支援のコンサルティングをしていても、ノウハウを求められますね。
大手企業の新規開拓の方法がわからないから、ノウハウやテクニックを知りたい。それはわかりますが、ノウハウやテクニックに傾倒して本質を見失っているケースも多いなと感じます。地道な活動なくして大手企業の開拓はできませんよね。
桐原 WebサイトやSNSで情報発信がしやすくなり、エンタープライズセールスのノウハウやハウツーが溢れかえっていますね。その結果、エンタープライズセールスの人材が育たなくなっていると感じています。
エンタープライズセールスは、お客さまを中心としたさまざまな人間関係や、商材への想いなどが影響するビジネスです。それらを踏まえたプロジェクト進行のスキルも求められる。お客さまの事業成長と自社の成功、両方を理解するレベルまでに意識を高めないと難しいんです。
ノウハウを知るだけでは、意味はないですよ。
大手企業が持つ、複雑な組織構造、創業からの歴史や文化の成り立ち、組織ルール、人間関係や思惑など、さまざまな要素を紐解き、ひとつのゴールに導いていく、先導をしていく必要があります。一筋縄でいくものはないんです。
政次 社内外のトッププレイヤーのノウハウを真似すればうまくいくわけでもありません。そのノウハウが生まれるまで、その人が日々何をやっているかの習慣や思考までも追う必要があると思いますね。
才流では、再現性のある方法論としてメソッドを発信しています。このメソッドも日々のご支援や自社のマーケティング、セールス活動のなかから生まれています。
才流もメソッドを届けるだけでなく、そのメソッドが生まれた背景や活用方法もお伝えしていきたい。そのための、コンサルティング支援でもあります。
桐原 メソッドが生み出されるまでに、「ここに再現性があるな」「型になるな」と気づくプロセスがあるんですよね。
ただ、「これは型になるな」と判断する経験がないと、なぜその会社はその型を取り入れたのかがわからない。背景まで追いかけることは大事です。
各社ごとに、取り入れるメソッドは、よく吟味して、より良いものを選択できるといいですね。
顧客事例を「検討・導入・運用の物語」として語れるか?
政次 桐原さんは、ナレッジワークのフィールドセールスとして現場に立つだけでなく、セールス組織の体制づくりにも関わっています。その取り組みについて、詳しくうかがえますか。
桐原 現在ナレッジワークのセールスは、ベテランのメンバーが中心です。これから、若手を採用できるように体制を整えていきます。
エンタープライズセールスで大事な要素は、顧客事例です。顧客事例というと、導入した結果を重視しがちですが、顧客事例は検討プロジェクト、導入プロジェクト、運用プロジェクトにわかれます。
僕は、商談を検討プロジェクトと呼んでいます。エンタープライズセールスでは、「顧客と一緒に動く」という考え方をベースにしないと難しいです。
たとえば、このフェーズの検討プロジェクトでは、どんな背景があり、誰が関わり、何が問題で、どのようなコンペティションを行って、検討がされたのか。導入時の人の移り変わりや、運用はどうしたか。
大手企業の導入事例には、映画のように物語がある。この物語を、お客さまへちゃんと説明しきれるセールスってほぼいません。少なくとも3社の導入事例が説明できるような人材になれば、まずはエンタープライズセールスとしてひとり立ちできます。
ナレッジワークは、顧客事例が語れるようになるまでの期間をどれだけ短くできるかにチャレンジしています。しっかりと型化し、ナレッジが用意できたら、一気に新卒や若手を採用したいと考えています。
エンタープライズセールスでは、知識量も重要です。たとえば、「予算」はどんな構造で、どのように組まれるか。そのあたりから徹底的に教育して、知識をインプットして、機会を提供できるところまで体制をつくりたいです。
参考:営業に必要な「映画化」の技術(桐原さんのnote)
政次 では、セールス組織をつくるうえで、エンタープライズセールスの最初の一人目を採用するとき、桐原さんならどのようなアドバイスをしますか。
桐原 セールスの知見と実績がある人の採用ですね。セールスに対する自信とプロダクトの価値をしっかりと伝えられる経験を持っていれば、SMBの経験者でもよいと思います。SMBでも、大手企業のように複雑な会社ってありますから。
また、プロに頼む方法もあるでしょう。才流をはじめ、セールス支援の企業も多く、軽やかに頼める時代です。あまり自分たちで慎重にやろうとせずに、立ち上げ時は外部にお願いする方法もありだと考えます。軽やかに始める。
私が個人的にエンタープライズセールス勉強会を行っているのも、そういう理由です。「エンタープライズだからって、そんなに重たく、難しく考えなくていいよ」ということを伝えたいんです。
プロダクト、営業、支援体制。すべてを設計し尽くした組織がエンタープライズ領域で勝つ
桐原 ただ、エンタープライズセールス特有の気をつけるべきところはあります。大手企業から求められる、セキュリティ面、ワークフロー、権限設計面などの要求に対応すること。そして、営業資料をはじめとしたコンテンツの作り込みと、カスタマイズを極力抑えることです。
政次 コンテンツは、SMB向けと大手企業向けでは大きく違いますね。初回商談で、いわゆる汎用的な営業資料ではうまくいかないでしょう。かといって、都度その会社を調べて1から資料を作成しているようでは、時間がかかってしまう。すぐに営業資料がつくれるように、コンテンツの整備が欠かせません。
桐原 スタートアップやSMB向けの提案ではさらっと伝えてわかってもらえていたのに、大手企業ではしっかり説明しないと伝わらないことがよくあります。
大手企業では、情報収集をする人から実際に決裁をする人と、さまざまな人が関わり、世代も多様です。資料を見る相手を想定し、その人たちが理解できるようなコンテンツの用意が大切です。
政次 エンタープライズセールス特有の注意ポイント、「カスタマイズを極力抑えること」もわかります。どうしても、「大手の依頼だからカスタマイズしなきゃ」の意識が働くんですよね。
桐原 カスタマイズしすぎてしまうと、属人性の高い対処法を取らなくてはならなくなります。あくまでもカスタマイズしないで、標準の機能やサービスの範囲内で提案していくことが重要です。このフィロソフィーが大手企業向けの事業には肝だと思っています。
政次 大手企業向けにカスタマイズしたサービスを提供した結果、たとえば帳票レイアウトの見栄えのような細かい部分まで対応することになって、御用聞きのようになってしまうというケースはよくありますね。
桐原 そうならないためには、プロダクトをカスタマイズせずに提案できるだけの力を組織につける必要があります。セールスの力だけではなく、プロダクトの説明資料からプロダクトの在り方、オペレーションなど何から何まで揃えないと勝てません。
そこを設計しきれた組織が勝つのがエンタープライズの世界かなと考えます。組織体制を一定以上整えられる算段が立たないでチャレンジするのは、リスクがある領域とも言えます。
エンタープライズに注力すると決めたら、セールスが顧客接点に集中できるように環境を整えることが重要です。
組織間の信頼をつくる、Good & Opportunityの共有
政次 とくにセールスとマーケティングの連携に壁を感じている会社も多いです。セールス側からどのようなアプローチをすると、他部署とうまく連携できるのでしょうか。
桐原 組織間の信頼が大切ですよね。まず、セールスから他部署に対して、顧客からヒアリングした内容をそのまま伝えられる状態をつくることです。お客さまは、本音を言うじゃないですか。こちらが想定していたニーズと違うことはあるわけです。
それなのに、社内に遠慮して「こういうニーズがありました」と曲げて報告しなければならない状態では、ニーズがズレたまま。ズレたニーズに対して開発しても、売れないですよね。組織としても、強くなりません。
顧客のリクエストやニーズ、顧客の想い、顧客のわがまま。それらは、提案するためのシーズ(種)です。セールスが、お客さまの言葉を曲げずに伝えられるような組織であることは大事です。
一方で、セールスから「A社からこういうことを言われて、こうしないと買わないと言われた。だから作ってくれ」というケースもある。これはお客さまのニーズではなくて、8割くらいセールスのニーズが入ってます。
政次 実際にお客さまは言っていないけれど、セールスが想像して補完しているケースですね。
桐原 セールスの言葉が入っているケースが結構あるはずなんです。そうではなく、純然たるお客さまの言葉を伝える状態を作らなくてはいけない。
そうでないと、仮にセールスが10回のうち1回本当の話をしたとしても、信じてもらえないじゃないですか。「またセールスが言ってるわ」ということになって。この状態になっている会社は、とても多いんです。
セールスの力が強い組織では、「セールスがこうしないと売れないと言った」の影響が大きく、まわりはそれに寄せて開発してしまいます。「ニーズも金額も大きいお客さまからの強いリクエストだ」と受け止め、だんだんとリクエストをやり遂げなきゃという動きが会社全体を支配してくる。
そうなると未来が暗くなります。
政次 組織間の信頼度を高めるために、まず何から始めるとよいでしょうか。
桐原 ナレッジワークでは、シンプルにGood & Opportunityを社内に共有しています。
Goodは、お客さまからいいねと言われたこと。具体的な会社名も書きます。Opportunityは、「A社からこういうリクエストをもらった」とそのまま書く。毎週行っている、プロダクトシェアデーというミーティングで、全社員にシェアしています。
Good & Opportunityの両方をシェアすることで、あらゆる組織で顧客ニーズを把握し、打ち手を探せる状態にしています。徹底していますね。
この状況がつくれると、エンジニアやプロダクトマネージャー、デザイナーなど、みんなが意識して取り組んでくれる。すると、セールスのメンバーも頑張るぞ、となるんです。
政次 お客さまのニーズであっても、「今は対応が難しい」という状況はあります。でも、みんなが頑張ってくれているから、セールスは安心してお客さまと将来の話ができる。
桐原 セールスだって、後ろから何の支援もなく戦っていたら、ボロボロになるじゃないですか。そのような状態では、パフォーマンスは下がります。組織間の信頼はエンタープライズセールスにとって、とても重要です。
AIが当たり前になっても、営業という仕事はなくならない
政次 最後に、10年後のエンタープライズセールスについて桐原さんの考えを聞かせてください。とくにAIの登場で、セールスはどのように変化していくと思いますか。
桐原 生産性を高めるという観点で、セールスの領域にAIが活用されていくと思います。セールスが顧客接点に集中するために、オペレーション環境を整えることへ投資する動きが出てくるんじゃないかな、と。
桐原 ただ、顧客接点におけるコミュニケーションの自動化は、10年ではないと断言できます。
もちろん、大手企業のなかにも、AIによる商談を好む人もいるかもしれません。反対に、そんなの無理だという人もいる。10年後を考えても、上層部には後者の人たちのほうが多いですよね。大企業には、さまざまな人がマーブル模様に混在します。
対面で腹を割って話さなければならない人と、ChatGPTで検索していろいろできる人が、ひとつの組織になっていることを忘れてはいけない。エンタープライズセールスの人間として、とても意識しています。
僕が引退する頃ですかね。少なくとも、今の10代の人たちが決裁レイヤーに入るくらいまでは、営業という仕事はなくならないんじゃないでしょうか。
才流のコンサルタントが解説
「エンタープライズセールスとは何か」という、職務の根幹を考えさせられる、ナレッジワーク桐原さんのお話でした。
エンタープライズセールスは、自らの行動によって、大企業の仕組みや文化を変え、世界中のステークホルダーに影響を及ぼす可能性を持っています。その反面、誤った行動は企業の変革を妨げるリスクも伴います。ゆえに、セールスには強い責任感が求められるでしょう。
しかし、セールスだけが頑張ればよいわけではないのです。
桐原 そうならないためには、プロダクトをカスタマイズせずに提案できるだけの力を組織につける必要があります。セールスの力だけではなく、プロダクトの説明資料からプロダクトの在り方、オペレーションなど何から何まで揃えないと勝てません。
そこを設計しきれた組織が勝つのがエンタープライズかなと考えます。組織体制を一定以上整えられる算段が立たないでチャレンジするのは、リスクがある領域とも言えます。
エンタープライズに注力すると決めたら、セールスが顧客接点に集中できるように環境を整えることが重要です。
桐原さんが言うように、エンタープライズ向け事業で勝つには、エンタープライズが求める要件を満たすプロダクト、コンテンツ、組織間での仕組み作りまでを含めた戦略的なアプローチが必要です。
この視野の広い事業戦略がなければ、「何かいい方法はないのか」とつねにノウハウを探し、依存をしてしまうセールスに陥ってしまいかねません。
エンタープライズ向け事業、そしてエンタープライズセールスの成功に近道はありませんが、道筋は存在します。同業者としても、エンタープライズセールスへの関心が広まることを願っています。
(執筆協力/三浦 一紀 撮影/関口 達朗)