才流(サイル)では、『先駆者に聞く、SaaS×パートナービジネスのリアル』と題して、パートナーとのビジネスに取り組む皆さまを取材し、協業してビジネスを進めるうえでのポイントや仕組みづくりのナレッジをご紹介しています。
今回は、キヤノンマーケティングジャパン株式会社(キヤノンMJ)のビジネスパートナーとの協業モデルを取材しました。
1968年にキヤノンの販売部門が独立して設立した同社は、キヤノン製品および関連ソリューションの国内マーケティング、販売を担当する企業です。パートナーチャネルを事業の柱の1つとして成長し続け、パートナーチャネルによる売上規模は約2,400億円と、全体売上の約40%を占めています。
OA機器からオフィス複合機、そしてITソリューションと、お客さまの課題解決のために製品領域を拡大し、パートナーとともに歩んできた同社の協業モデルを紐解きます。
お話をうかがったのは、キヤノンMJでパートナーチャネルを管轄する、エリアビジネスユニット エリア事業戦略本部 本部長の丸山 直人さん。
聞き手は、新卒でキヤノンMJに入社し、18年間在籍した才流のコンサルタント・桂川 誠です。
エリアビジネスユニット エリア事業戦略本部 本部長
1991年入社。システム系の直販営業に携わったのち、大手SI企業のアカウント営業としてキヤノン製品とのアライアンスを推進。その後、マーケティング部門に異動しシステム系パートナーとのアライアンス推進企画課長。エリアビジネスユニットにおいてシステム系パートナーへの営業部長・本部長を務める。2021年より、エリアビジネスユニットの事業戦略部門に異動し、パートナーチャネルを通じて社会やお客さまの課題解決を実現するオファリング戦略・体制構築を推進している。
50年を超えるキヤノンMJとビジネスパートナーの歴史
桂川 はじめに、キヤノンMJのビジネスの全体像を教えてください。
丸山 私たちキヤノンMJは、1968年にキヤノンの販売部門が独立し、設立された会社です(設立時はキヤノン販売。2006年にキヤノンマーケティングジャパンへ社名変更)。
個人のお客さまには、祖業であるカメラをはじめとするイメージング製品群、インクジェットプリンターなどのキヤノン製品、キヤノンブランド以外のコンスーマ向け製品まで幅広くお届けしてきました。
そして法人のお客さまに対しては、お客さまの性質ごとに、エンタープライズ、エリア、プロフェッショナルにセグメントし、お客さまごとの課題に合わせたキヤノン製品や各種のソリューションをご提供しています。
丸山 私が管轄するエリアビジネスユニットは、全国の中小企業さまを担当し、直販とビジネスパートナーを通じた間接販売の2つのチャネルがあります。直販は、全国に拠点を有するグループ会社の、キヤノンシステムアンドサポート株式会社(キヤノンS&S)が担当しています。
ビジネスパートナーは、当社の事務機器の販売店を祖とするパートナーと、システムやソフトウエアを軸にITソリューション領域を担うパートナーにわかれています。
桂川 キヤノンMJにとって、コンシューマー向け製品、法人向けの製品や各種ソリューションともに、パートナーネットワークは無くてはならない存在かと思います。
丸山 キヤノンMJとビジネスパートナーとの歴史は事務業務が機械化されていった70年代初めにさかのぼります。
事務業務が機械化されるなかで、複写機、ファクシミリ、プリンター、ワープロが登場し、多くの企業さまに導入されてきました。現在も、オフィス向け複合機は全国数十万の法人でご利用いただいています。
桂川 キヤノンMJのビジネスを支えてきたのは、オフィス向け複合機導入を軸とする顧客基盤をもとにしたリカーリングですよね。ビジネスパートナーは、オフィス向け複合機導入を起点に、メンテナンス対応、コピー用紙やトナーなどの消耗品、事務用品などを販売していました。
丸山 1990年代に入ると、業務のデジタル化やネットワーク技術の進化が進みます。キヤノンMJは、いちはやくITソリューション領域のアセット整備を進め、キヤノン製品を軸に、国内外のハードウエア、ソフトウエアを組み合わせて、お客さまへ最適なシステムをご提案してきました。
それと歩調を合わせ、オフィス向け複合機の販売・サービスを担っていただく既存のビジネスパートナーに加え、国内外のSIベンダーとの連携を軸とした新たなパートナー、システムパートナーとのお取引も増やしていくようになります。
システムパートナーは、ITソリューションの販売だけでなく、業務システムのアライアンスやソフトウエアの開発などの領域も担っています。
パートナーの販売支援、営業人材の育成までを担う
桂川 現在、ビジネスパートナーを通じた売上は、キヤノンMJ全体の売上の約40%を占めています。キヤノンMJとビジネスパートナーの協業モデルの強みは、どのようなところだと考えていますか。
丸山 ビジネスパートナーの売上拡大へつながる支援を継続的に行っていることです。
オフィス機器の黎明期において、全国の地場でオフィスの環境構築を担われていたビジネスパートナーに対し、その有効性と意義をご理解いただき、双方のノウハウを切磋琢磨しながら磨き上げていきました。
キヤノンMJは、ビジネスパートナーの営業個人ごとに伴走したり、経営戦略を一緒に考えたりと、汗をかいてビジネスパートナーの成長を支援してきたんです。
桂川 パートナーネットワークを築き始めた頃からの信条なんですね。
丸山 「パートナーは製品を仕入れて売る。メーカーはインセンティブを支払う」という関係だけではなく、パートナー企業の経営に寄り添い、さらにパートナーの営業・サービス双方の人材育成にまで関わってきたことが、私たちとビジネスパートナーの協業モデルの特徴だと考えています。
ここが、当時から競合他社との大きな違いでしたし、今も私たちのアドバンテージになっていると思います。ビジネスパートナーの事業ポートフォリオ内の事業収益への貢献と、それを維持する社員教育への伴走に大きなウエイトをかけています。
桂川 ビジネスパートナーの販売支援では、どのようなことを意識していますか。
丸山 オフィス機器を軸として、ともに歩んできたビジネスパートナー、ITSアセットの拡充とともに、お付き合いを増やしてきたシステムパートナー。両社の成り立ちの違いに応じて、それぞれに最適な支援を行っています。
ビジネスパートナーの場合、その強みや得意領域は何か。お客さま層はどこか。どのお客さまの売上を伸ばすのか、数年後はどういった状態を目指すのかなどの対話をもとに、具体的なKGIとKPIを考えます。そのプランを、ビジネスパートナーの経営陣と合意したうえで進められている点は、大きなポイントです。
システムパートナーには、保有されているアプリケーションやサービスに対し、キヤノンMJグループのアセットをどのように組み合わせ、よりベネフィットが得られるエンベッド(システムに組み込むこと)を提案できるかを考え抜きます。
桂川 まるで、中小企業診断士に求められるようなスキルが必要ですね。私もキヤノンMJ在籍中には法人営業を経験しましたが、パートナー企業の新人営業のOJTを支援したり、ビジネスパートナーの強みをかけ合わせて、独自のソリューションをつくったりと、社長の右腕という立場で関わっている諸先輩方の姿が印象的でした。
ただ、そこまでパートナー企業の社長と渡り合えるには、キヤノンMJ側の人材育成も重要だと思うんです。どうしているのでしょうか。
丸山 パートナーのオーナーとキヤノンMJ幹部社員が膝を詰めて事業コンディションや計画の意見を交換する場を継続的に設けており、担当する営業チームが、その内容を自ら作り上げ、先方とすり合わせていきます。
この現場での体感・体験を通じて、経営の視座の体得を目指しています。
また、新卒入社でエリアビジネスユニットに着任した営業は一年以上に渡ってキヤノンS&Sに配属されます。直販の環境で直接お客さまと向き合い、営業のノウハウを学んでいく。その経験をもとにビジネスパートナーへリファレンスしていくというプロセスがあります。
桂川 はじめに、しっかりと直販の営業経験を積む点は特徴的ですね。
丸山 お客さまと直に対面するハイタッチの関わりがなければ、お客さまの課題抽出からソリューション提案に紐づけていくプロセスをノウハウ化できません。そのため、お客さま、ビジネスパートナーの声を直接聞き、現場に行くというフィジカルな接点をつくる仕組みが、人材育成や日常業務のなかにあります。
高い開発力で顧客課題を解決し、パートナーが売れる製品を提供
桂川 もう1つ、キヤノンMJのビジネスパートナーとの協業の強みとして、時代にあわせ、ビジネスパートナーが売れる製品を次々に開発している点も挙げられるのではないでしょうか。
丸山 そうですね。市場の変化として、通信回線やネットワーク環境が進化していくなかで、OA機器と情報システムがつながるようになりました。そこで、ソフトウエア事業に注力したり、自社でドキュメントの編集ツールを開発したり、新しい製品を生み出してきたことも特徴です。
お付き合いをするビジネスパートナーも広がり、業務システムを開発するシステムパートナーとソリューションを共創する事例も珍しくはありません。
丸山 2015年の事例ですが、自治体が使うカードプリンターの例があります。自治体では、免許証や図書館利用カードなど、さまざまなカードを発行、管理しています。ところが、裏面の追記情報は手書きで対応することが多く、職員のみなさんに負荷がかかっていました。
さらに、2018年にマイナンバーの本格運用が始まることで、業務が煩雑となり、ミスの恐れがあったんです。
その話を、住民情報の記録システムを開発しているシステムパートナーから聞きまして、既存のカードプリンターの改良を行いました。実務を担当する職員の方たちからいただいた改良点も反映させ、A4サイズよりも小さく、使いやすいカードプリンターを開発、導入することができました。
ハードウエアの開発は、本来2、3年ほどかかります。しかしこの事例では、システムパートナーと協力し、ソフトウエアを書き換え、既存のハードウエアを改良することで、アプリケーションから直接プリンターに出力できる連携を半年でリリースしました。
このように、メーカー系販売会社のリスクであるプロダクトアウト指向を脱し、直接お客さまの課題にリーチする。そして、キヤノングループが持つ技術力・開発力とビジネスパートナー、システムパートナーのソリューション連携を積極的に展開することで、新たなビジネス領域の拡大につなげるというビジネスプロセスへ進み始めたのです。
※参考記事:マイナンバー関連の追記業務をカード追記プリンターで自動化。煩雑な手書き業務を改善|導入事例|キヤノン
今も、とくにソリューション型のビジネスでは、お客さまのニーズの創出をするフェーズが必ずあります。
キヤノンMJが自治体や病院などの現場へうかがい、直接お客さまの声を聞く。その情報を持って、キヤノングループ、協力ベンダーとの連携を踏まえたオファリング(※)を行い、ビジネスパートナーを通じたデリバリーにつなげていく。この一連のプロセスの精度を、さらに高めていきたいと考えています。
※オファリング:製品やサービスだけでなく、自社独自の価値や他社との協業による付加価値も踏まえて顧客に提案すること
「メーカーのエゴ」と言われても。対話を乗り越えた先に信頼がある
桂川 ここまでのお話から、キヤノンMJのビジネスパートナーとの協業モデルでは、ビジネスパートナーの声に耳を傾け、対等に向き合うことを大事にしているのだと感じます。パートナーとの協業のメリットに、販売網としての効率性が挙げられますが、その構築は簡単にできるものではありません。
丸山 ビジネスパートナーの声を聞くと同時に、私たちの考えもお話ししていきます。すると、「メーカーのエゴではないか」と言われることもあるんです。
たとえば、中小オフィス向けIT支援サービスの「HOME」をリリースしたときは、クラウドサービスが世の中に出始めたばかりの頃。やはり「月額何百円のものを売るのですか?」と、とまどいの声をいただきました。
1台数十万円から売れるオフィス向け複合機のマネタイズモデルと比べると、難色を示されるのもわかります。「取り組むメリットがわからない」という声もありました。
当時、われわれなりに、それまで築いた顧客基盤をさらに活かしていく方法論を模索していました。ビジネスパートナーには、「お客さまにとってオフィス向け複合機は変わらず必要なリソースになっていくことは間違いない。御社が目指す成長のために、一緒にHOMEをお届けしましょう」と、全国各地でくり返し説得していったのです。
丸山 HOMEの販売開始から15年近くがたった今、中小企業にもデジタライゼーションが当たり前となりました。HOMEがオフィス向け複合機の活用ニーズの多様化やセキュリティに対応してきたことが、顧客価値にフィットし、ビジネスパートナーのビジネス領域も広げる作用を生んだと考えています。
ビジネスパートナーと信頼を築くには、実際に会う、話をする、耳が痛い言葉も聞く。泥臭いことを、1つひとつ積み上げていくことが大切です。
深く本気でお付き合いしたビジネスパートナーとは、多少の不安やリスクも飲み込んだうえで、お客さまの課題解決に向き合えるようになり、本当の信頼関係が生まれます。
そして、人材育成の段階からお付き合いしてきたビジネスパートナーの営業やサービスの方々が、素晴らしい実績を上げて昇進されていく。そうした循環を通じて、ビジネスを超えた強い関係性が保たれていると考えています。
データから読み解く、売れているパートナーのシグナル
桂川 続いて、キヤノンMJのビジネスパートナー向けのプログラムを教えてください。
丸山 まず基本として、仕入れに対するインセンティブプログラムや、パートナー企業単位のアワード制度があります。
営業支援として、各種のセールスツールや商談トピック、在庫状況や製品情報をまとめた、パートナー向けのポータルサイトもあります。ポータルサイトを通して、見積もりや発注もできますね。
桂川 たくさんのパートナー企業がいるなかで、各パートナーのビジネスコンディションはどのように把握していますか。
丸山 基本的なシグナルとして、オフィス向け複合機を中心としたキヤノンデバイスの使用顧客数の増減を参考にしています。その基盤に対して、クロスセルや戦略商材の導入がどのくらいあるかを見ています。
システムパートナーの場合は、私たちのハードやソフトウエアがどれだけエンベッドできているかです。業種・業務システムの市場リサーチや、採用されたハードウエアデバイス、ソフトウエア連携の状況などを我々なりの目線で分析しています。本当に、さまざまなデータを追っていますね。
パートナー、キヤノンMJの顧客基盤、暗黙知を資産に
桂川 終わりに、ビジネスパートナーとの協業について展望をお願いします。
丸山 直近の大きな動きとして、2021年にNIコンサルティングさまとの業務提携があります。これは、「HOME」セレクトシリーズに同社の製品を連携させ、中小企業のDX支援サービスとして展開するものです。
中小企業のデジタル人材が不足しているなか、キヤノンMJのソリューションと、NIコンサルティングさまの経営コンサルティングを一緒に提供し、お客さまのビジネスの生産性を上げていきたいと考えています。
また、中小企業のお客さまのITインフラ・セキュリティに伴うお困りごとの解決を進めていくことと並行して、複数の製品を包括したソリューションパッケージの提供をトライアルしているところです。
そして、より一層のDB化・IT活用の高度化を進め、キヤノンMJ、ビジネスパートナーそれぞれの知見・ノウハウや暗黙知をデータとして利活用できるような、次世代のビジネス基盤となる共通プラットフォームの構築を進めています。
一例として、共通プラットフォームを通じた新たなリードの創出や、精度高くオファリング設計された商材のデリバリーなどを想定しています。今までになかったバリューチェーンをつくりたいですね。
キヤノンMJは、メーカーキヤノンの技術力・開発力、グループのITソリューション、ユースウエア提供力を一気通貫で有しています。このアセットを、ビジネスパートナーと同じ目線に立って最大限に活用し、お客さまの課題解決、ビジネス成長を支援することが、私たちの存在価値だと考えています。
たとえば、今後の通信規格・インフラの進展に伴い、映像利活用のニーズはさらに伸びていくでしょう。それを構成するアセットであるカメラデバイス、映像データをコントロールする各種ソフトウエア、解析技術、お客さま環境のインプリメントを担う構築ノウハウ。これを一手に有するメーカーは少ないと思います。
DXと呼ばれる領域において、顧客価値を生み出し、ビジネスパートナーとともに成長を続ける未来への挑戦を続けていきたいです。
才流のコンサルタントが解説
キヤノンMJのパートナー協業モデルの仕組み、パートナーとの関わり方についてうかがいました。同社の取り組みには、パートナー協業の本質である「信頼関係構築への覚悟」や「顧客課題を解決するという強い使命感や責任」がありました。
キヤノンMJのパートナー協業モデルには、パートナーとの関係性を深める2つの特徴があります。
1つ目は、パートナー企業の経営に深く寄り添う「伴走型支援」の実践があること。
「泥臭いことを1つひとつ積み上げていく」という地道なアプローチを通じて、50年以上にわたる強固な信頼関係を構築してきました。これは短期的な収益追求ではなく、持続的な成長を重視する姿勢の表れでしょう。
2つ目は、顧客起点での価値創造を実践していること。
一般的なパートナー協業では、メーカーはパートナー向けの活動や商談同行に終始しがちです。しかしキヤノンMJは、自らが顧客の声を直接聞くことで顧客の本質的な課題を追求し、その知見をパートナーに共有。ともに、新しいソリューションを創出するというサイクルを実現しています。
パートナーとの協業におけるメーカーの役割は、パートナーに新たな価値を提供し、パートナーのビジネス成長に向けた仕組みをつくること。そこには、何度でも「話す」「会う」という泥臭いアプローチを長年続けていくという強い意志が必要です。
パートナーとの関係構築に、効率の良い方法はありません。だからこそ、「泥臭さを恐れず、信頼構築に投資する」アプローチは、他社との差別化を実現するカギとなるのです。
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