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PMFの到達に必要なアクション・考え方とは?【8社の事例をまとめて解説】

新規事業
株式会社才流 代表取締役社長
栗原 康太

BtoBスタートアップのPMF(Product Market Fit)ストーリーを紹介してきた本連載。その中で見えてきた、PMFに到達するために必要なアクション・考え方について、取材を担当した才流栗原氏、DNX Ventures 稲田氏、SPROUND/ DNX Ventures 田中氏がディスカッションしました。
※出典:MarkeZine / 公開日: 2022/03/16 

共通項は、顧客に向き合うこと

MarkeZine編集部(以下、MZ):本連載は、これまであまり語られてこなかったPMFの過程を、手触り感あるストーリーで伝えていくために開始しました。8社に取材を終えましたが、ここで、PMFに必要なアクションや考え方について、振り返ってみたいと思います。

取材に協力いただいた企業

  • FLUX(パブリッシャー向けのバーティカルSaaS「AutoStream」)
  • HERP(スクラム採用プラットフォーム「HERP Hire」とタレント管理プラットフォーム「HERP Nurture」)
  • プレイド(CX(顧客体験)プラットフォーム「KARTE」)
  • コドモン(保育業務支援システム「CoDMON」)
  • タイミー(スキマバイトサービス「タイミー」)
  • BEARTAIL(ペーパーレス経費精算システム「レシートポスト」)
  • コミューン(カスタマーサクセスプラットフォーム「commmune」)
  • サイカ(オンライン広告・オフライン広告の効果分析ツール「ADVA MAGELLAN(アドバマゼラン)」)

※本記事で言及する順。敬称略(以下同)

田中:8社に共通しているのは、どこかのタイミングで徹底的にお客さんと向き合っていたということだと思います。

ひとつはFLUXのように参入前に綿密にリサーチし、顧客に向き合うケースです。CEOの永井さんは取材で、国内外60社にヒアリングしたと話していましたよね。業界の事情を知り尽くした人が創業メンバーにいるなど、最初から解像度を高める手段がある場合に、有効な方法だと思います。

栗原:一方、他の7社はいったん走り出した後、改めて深く向き合う時間を取っていました。リリースしたプロダクトが顧客に刺さらず、「お客さんにとってどうなのか」というのを考え始めてから、PMFに到達しています。

稲田:『アントレプレナーの教科書』で提唱されている顧客開発モデルを軸にすることは、PMFの鉄則として言えることだと思います。顧客開発モデルのほうが、MVP(Minimum Viable Product)モデルよりも良くも悪くも荒削りで洗練されていないが故に、スタートアップにとっては腹落ちしやすいんですよね。

SPROUND Community Manager/DNX Ventures Investment VP 田中佑馬氏
慶應義塾大学卒業。三菱商事にて金融事業の新規事業開発を担当。その後、DNX Ventures日本オフィスに参画。主に日本国内のB2B SaaS ベンチャー投資案件を担当。その後、アルバイト就職情報を扱うHR Techスタートアップを創業し、CEOを務める。2021年より再びDNX Venturesに参画。

価値訴求の方法を変えることでPMFへ

稲田:HERP「スクラム採用」というタグラインを作り、ポジションを確立したことがターニングポイントでした。本来のマーケティングっぽいPMFですよね。

栗原:無料でのテスト導入は進んだ一方で、「どう使いこなせばいいかわからない」というオンボーディングに課題を抱えた顧客が一定数存在していたのでしょうね。コンセプトを作って「採用はみんなでやるものなんだ」というメッセージがスムーズに伝わるようになったことで、オンボーディングができたというのはありそうです。

稲田:ちゃんと概念形成をして市場を作っていますし、逆に社内のオンボーディングへの組織全体の志向性、ベクトルもそろったということで素晴らしい例ですね。

それで言うとプレイドも、ダッシュボードのUIを変更したら顧客の反応が変わった、という話がありました。ダッシュボードはユーザー行動をサマライズするものだという通説に反して、あえてサマライズせず、ユーザー単位で見せたことで、価値が伝わったというケースです。これは一見すると全体をサマライズするダッシュボードを見せることが通常というこれまでの見方・考え方の逆をいっており、企業やプロダクトのフィロソフィーがよく体現された施策だと思います。

田中:まず「ユーザー単位で分析しよう」というコンセプトに独自性があった。どうすればその価値が伝わるのか、いろいろとトライする中で良い方法が見つかった、ということなのかもしれませんね。これも、エンドユーザーの理解に力を入れたからこそ見えたことです。さらに付け加えると、「お客さんの反応良かったよね」で終わらせず、突き詰めてプロダクトに落とし込んだのがすごいところだと思います。

DNX Ventures Venture Advisor 稲田雅彦氏
2013年にデジタル製造プラットフォームを提供する株式会社カブクを設立、代表取締役兼CEOに就任。2017年に東証一部上場大手メーカーからのM&Aにより連結子会社化を行う。2019年、DNX Venturesに参画。AI、IoT、ハードウェア、デジタルマーケティングなどを中心とした投資業務を担当。2020年11月ヘルステック領域のスタートアップエミウム株式会社を設立、代表取締役兼CEOに就任。

外部環境の変化を捉えるのも重要

栗原:コドモンは受託開発から始めたケースでした。お客さんの反応が良かったからプロダクト化したものの、最初はなかなか売れなかった。それをチューニングしつつ、補助金という時流の後押しを最大に活かすことで、PMFしていました

稲田:外部環境を捉えてGTM(Go to Market)した、教科書的なケースです。代表取締役の小池さんはチューニングの過程で、保育施設に出向いて園長先生や保育士さんと会話したり、現場の観察をしていたと話していました。最初はどちらかというと、その先にいる保護者側に目線がいっていたようですが、意思決定者、エコノミックバイヤー(決裁者)、エンドユーザーに的を絞って向き合ったからこそ、PMFに到達できたという側面もありそうです。

田中:タイミーは2度のPMFについて聞きましたが、2回目については、コロナ禍による外部環境の変化を捉えたものでした。飲食店が休業し人手が余ってしまった一方、ECの需要が急増し、物流の人手不足が深刻化していた。これに合わせて営業部を「飲食」「小売」「物流」に分け、それぞれの顧客の課題に合わせて提案をしたそうです。ECの利用急増もコロナ後にどうなるかわからないため、恒常的に人材を雇用するのは躊躇われるなか、スポットで入るというタイミーのサービスは、ちょうどよかったのだろうと思います。

サービス、CSも含めて価値を作る

栗原:BEARTAILは、後発ということもあり最初は苦戦していたものの、経費申請作業の代行までをサービスに含めたところ、他社よりも高価格で売れるようになりました。BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)まで範囲を広げたことが、ターニングポイントだったのですね。

田中:プロダクトだけでは、MVP(Minimum Viable Product)にはなっていなかったというケースですよね。顧客は、最終的にサービスも含めたプロダクトを求めているので、機能ではなく解決策を提示するMVPでなければいけない。

稲田:顧客はドリルではなく穴が欲しい、そのためにドリルを買っているんだ、という有名な話がありますね(※)。MVPがプロダクトだけでどうにかなるというのは大間違いで、そこにサービスやCSが付いて初めてに十分なバリューになることがある。そしてそのバリューというのは、顧客をちゃんと見ないとわからない、ということなのでしょう。コミューンやサイカも、同じようにCSの強化がターニングポイントになっていました。

※米国の学者セオドア・レビットが著書『マーケティング発想法』で紹介したもの。

才流 代表取締役 栗原康太氏
2011年にIT系上場企業に入社し、BtoBマーケティング支援事業を立ち上げ。事業部長、経営会議メンバーを歴任。
2016年に「メソッドカンパニー」をビジョンに掲げる株式会社才流を設立し、代表取締役に就任。

ターゲットを絞り込み、領域ごとにPMFしていくパターンも

稲田:サービスやCSも含めて価値を作っていく場合、顧客数が増えると当該部門の負担が大きくなっていくので、どこまでをプロダクトに実装して、どこまでを人力でやるのか、ということは常に考えないといけないですよね。

栗原:それを考える上では、ターゲットの絞り込みが必要になります。コミューンは、プロダクトがまったく売れないという事態ではなかったものの、顧客が抱えている課題がバラバラだったため、CSの難易度が上がってしまった。それでスタンスを明確化し、ターゲットやメッセージ、プライシングも変えたら、売れるようになり満足度も高まった。

サイカも近いのかもしれません。売れてはいたものの解約が多く、代表取締役CEOの平尾さんは『アントレプレナーの教科書』を基に、顧客に一番寄り添ったものを作ろうとした。顧客を深く知る過程でエンタープライズに顧客セグメントを絞って、ハイタッチなCS体制を整えたところ、PMFに至っていました。

田中:いろんな人にプロダクトを当ててみて、自分たちが一番価値を発揮できそうな領域に注力するという判断をしていましたね。マーケットによって求めることが微妙に違ったりもするので、そういう意味では、PMFは領域ごとにし続けないといけないということですね。

PMFはマーケターの関心事になったのか?

MZ:この連載では、起業家だけでなくマーケターにも、もっとPMFについて知ってほしいという狙いもありました。才流さんでもこの1年PMFに関するコンテンツを制作されていましたが、マーケターの方の反応はいかがでしょう?

栗原:やはり今も、マーケターの関心事には入ってないような気はします。経営者や事業責任者からマーケターへのオーダーが「リード数や商談数を増やしてほしい」「デジタルマーケティングを強化してほしい」など、プロモーションに関することに留まっていることが原因の一つだとは思います。

稲田:そうすると、マーケティングの4Pを全体最適化していこうというCMO的な動き方は少ないのですか?

栗原:かなり少ないと思います。ベンチャーや中小企業の経営者がマーケティング責任者を探すときも、想定しているのはプロモーションの責任者という印象があります。

MZ:現状を変えていく方法はあるのでしょうか。

稲田:一つ、“マーケターは前提となるオリエンを疑え”、ということを勧めたいです。私は博報堂にいた頃、クライアントにさえも「オリエン返し」をよくやっていました。「イベントやりましょう」と来たら、「その課題を解決するのはイベントじゃない。実はターゲティングの問題では」ということを言ったりしていましたね。

芯食った課題を抽出して顧客に寄り添ったオリエン返しをすると、クライアントの隣に行けるんです。選ばれる側ではなく、広告会社を選定する立場になれます。

特に日本人はオリエン返しが下手で、上司やクライアントに言われたことをそのままやってしまう。でもそうすると、CMOは生まれません。

PMFに近道はあるか?まずは商談してみるのも有効

栗原:PMFに必要なアクションに話を戻しますが、最近当社で、新規事業のマーケティング組織の早期立ち上げを数件支援しています。基本的にPMFしていない状況で動く中で、いろいろと学びがありました。

MZ:詳しく教えてください。

栗原:事前の調査でコンセプトやターゲットを決めるのはほとんど不可能に近くて、とにかくいったんリードを取る、商談してみる、そのうえで振り返りを高速化するというのが、うまくいきやすいということです。リサーチもやるのですが、網羅性が出なかったり、本物の商談ではないので深いところがわからなかったりするので、商談をしながら「このセグメントは売れそうだな」とか「プロダクトにこういう機能が足りていないんだな」と気づいていくのが近道な気がしますね。

稲田:どこまで地図の解像度を上げるかという問題はありますよね。おそらく、地図の解像度を上げれば上がるほど、動き出しからPMFまでの時間は縮まるのですが、地図を作っている時間があったら他のことができるので、粗い地図でもまずは冒険に出てしまった方が、結果的にPMFを達成する時間が短いかもしれない。冒頭お話ししたFLUXくらいしっかりと調べきれるのは理想的ですが、例外かもしれません。

栗原:ターゲットを見つけて「これどうですか」と、紙芝居を当てに行くみたいなやり方もありますが、それもやはり“お勉強”の域を出ないところがある。LP作って、リード取って、商談して、というのを半年~1年、高速で回すというのは、良いやり方だと思いますね。もちろん、大企業では承認プロセスも複雑ですし、とりあえずリリースしてみました、が許されないところがあるので、難しいと思いますが……。

田中:逆にスタートアップは、誰かを説得しないといけないチェック&バランスがないので、自分で冷静にならないといけない面がありますね。

稲田:軽すぎる装備で冒険していないか、地図やコンパスをちゃんと持っているか、ということですね。人によって、メッセージが変わってきそうです。

8社への取材を振り返って

MZ:最後に本連載を振り返っての感想や、今感じているPMFに関するさらなる論点について教えてください。

田中:PMFのプロセスには共通点があって、それは「ちゃんとお客さんの話を聞く」というところと「課題を発見する」というところだと思っています。

私はVCとして起業家とかかわっていますが、事業を伸ばさなければという強いプレッシャーを日々感じている方々に「今はじっくりお客さんに向き合いましょう」とお伝えするのは勇気が要ることです。ですが様々な企業のPMFの過程を知り、必要なアクションだと確信したことで、迷いがなくなりました。

稲田:海外のPMFと日本のPMFには、やはり違いがあるということを感じました。PMFに関する情報は海外のものが大半ですが、外部環境や商習慣、課題となっている事柄が違うため「アメリカでこうだから日本でもこうだよね」とあてはめても、往々にしてうまくいきません。今回、日本におけるPMFの事例を蓄積できたことは、大変意義深いと感じています。

栗原:先日あるマーケターから示唆深い話を聞きました。特定のセグメントで1度PMFすると、マーケターはどんどんそのセグメント内の売上を最大化するためにオペレーショナルなことに忙しくなっていき、2度目、3度目のPMFをするための顧客開発をする時間がなくなる、ということが起こるらしいんです。採用もしないといけないですし、リード獲得もやらないといけない。だから、「この新しいセグメントちょっと売れそうだよな、PMFしそうだよな」と思っても、そこに踏み出せないのです。PMFを繰り返していくためには、やはり別部隊として事業開発部隊やセグメント発掘部隊を作るというのが必要な気がします。

MZ:取材に応じてくださった皆さま、そしてお三方、長きにわたりご協力ありがとうございました。

編集後記

本連載をお読みくださり、ありがとうございました。PMFはこれまで扱ったことがないチャレンジングなテーマであり、「MarkeZineでPMFを取り上げるの!?」と驚かれたことも度々ありました。しかし8社への取材を終えた今、PMFの知識はマーケターにとっても大変重要なものと感じます。

現状日本では、新規事業の立ち上げからPMFまでを経験しているマーケターの数は、それほど多くないのではないかと思います。その一方、顧客ニーズの変化や技術革新のスピードがますます速くなっていることから、マーケターが「PMFから外れてしまったプロダクト」や「そもそもPMFしていないプロダクト」を担当することになるケースは、今後増えていくかもしれません。そのような時に、PMFに関する知識を持ち、「マーケットニーズを満たすプロダクトで、正しい市場にいるかどうか」まで立ち戻って考え、アクションすることができれば、事業の成長に大きく貢献できるのではないかと思います。

本連載は今回をもっていったん終了しますが、MarkeZineでは今後もPMFに関する記事を取り上げていく予定です。

※関連記事:PMFとは? 達成までの6つの道のりと成功事例|著者・栗原康太

また2022年9月、栗原さんが『新規事業を成功させるPMF(プロダクトマーケットフィット)の教科書』を翔泳社より刊行しました。ぜひ、お手元でじっくり読んでいただけますと幸いです。

(MarkeZine編集部蓼沼阿由子)

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