BtoBスタートアップのPMF(Product Market Fit)ストーリーを紹介する本連載。今回取り上げるのは、先日総額19.3億円の資金調達を発表したコミューンだ。同社が提供するカスタマーサクセスプラットフォーム「commmune(コミューン)」は、PMFの前段階であるPSF(Problem Solution Fit)の手応えを早期に掴んだものの、その後は1年間にわたって苦戦を強いられた。思い切ってターゲットを限定すると同時に料金設定を約3倍に引き上げたことで、光が射したという。
※出典:MarkeZine / 公開日: 2021/10/04
※関連記事:PMF(プロダクトマーケットフィット)達成ガイド~基礎から事例まで、新規事業を成功に導くためのコンテンツ集
小さなPMFを繰り返し、戦う市場を拡張する
コミューンは2018年9月よりカスタマーサクセスプラットフォーム「commmune」を展開している。同サービスの軸となるのは、企業と顧客のコミュニケーションの場となるオンライン上の“コミュニティ”だ。
従来企業と顧客のコミュニケーションは一方通行になりがちで、なおかつその手段も顧客によってバラバラになってしまっていた。commmuneではコミュニティを用いることで一方通行だったコミュニケーションを双方向に変え、バラバラだった顧客接点を一箇所に集約することでカスタマーサクセスを実現する。
コミュニティを活用する目的は企業によってさまざまだが、commmuneが現在注力しているのはカスタマーサクセスを達成するためのコミュニティだ。つまり最小の工数で、顧客のLTV(Life Time Value)を最大化するための手段としてコミュティが有用であることを訴求している。
主なターゲットは(1)自社のビジネスにおいてLTVの向上が重要であると認識していて、(2)その上で顧客コミュニケーションに注力したいと考えている反面、(3)すべてを人力で賄うのは難しいと感じている企業だ。3つの条件を満たす場合は、commmuneの価値を高確率で感じてもらいやすいという。まさにこの「ターゲットと提供価値」を明確に定義できるようになったことが、同社がPMFを達成する大きな要因になった。
コミューン代表取締役CEOの高田優哉氏は、PMFにもいくつかの段階があると考えている。最初の小さなPMFは「ある程度のサイズがある市場で、課題とビジネスモデルと解決策のセットがピタッとハマること」。その後は別の領域でも小さなPMFを繰り返し、戦う市場を少しずつ拡張していくことで、より大きなPMFが達成される――。実際にコミューンも、「BtoBのソフトウェア」や「ライフスタイルブランド」といった領域でPMFを達成し、今は新たな市場にチャレンジしている段階にあるという。
一定数の顧客が有償化へ移行。ニーズがあると確信
スタートアップがPMFを達成する前提として、まずはその手前にあるPSF(Problem Solution Fit)をクリアする必要があると言われている。PSFとは解決されていない課題と、その課題を解決する有効な手法が見つかっている状態のこと。commmuneの立ち上がりは順調で、「かなり早い段階でPSFの手応えを感じていた」と高田氏は当時を振り返る。
同社では2018年9月、一部の企業に対して無償でプロダクトを提供することから始めた。初期の顧客は現在もcommmuneを使い続けているベースフードなど、フード領域のD2Cスタートアップなど約10社。顧客の声を聞きながら一緒に開発を進めていった。
そもそもcommmuneは高田氏たちの原体験から生まれた。commmuneを立ち上げる前、高田氏と共同創業者の橋本氏はサプリメントのD2Cブランドを展開していた。その際に“当事者”として企業とユーザー間のコミュニケーションの大変さを肌で実感したことが、後にcommmuneのアイデアを着想するきっかけにもなっている。
commmuneの無償提供を始めてから4ヵ月後、次のステップとして高田氏はプロダクトの有償化を決断する。有償移行にあたっては「10社のうち、3社に使い続けてもらうこと」を目指したが、その目標は見事に達成された。
「少なくとも一定数の顧客は明確な課題を抱えていて、それに対するソリューションとしてcommmuneに期待してくれている。サービスに対するニーズが存在していることに確信が持てました」(高田氏)
順調なスタートを切ったかのように思えたコミューンだったが、ここから別の顧客にアプローチを始め、PMFの手ごたえを得るまでの1年間は、苦戦を強いられることになる。
売れているのに起きた問題とは?
具体的にはなにが障壁になっていたのか。高田氏は当時の状況を振り返り、「正直なところ、プロダクトが売れている理由が掴み切れていなかった」と明かす。初期の顧客はかつての自分たちと似た境遇だったため課題感もイメージでき、思い描いていた通りの価値を提供できた。ただそのマーケットは決して大きくなく、対象となる顧客数は限定的だ。事業をスケールさせるためには、別の顧客にもアプローチをする必要があった。
幸いにも「そもそもプロダクトがまったく売れない」という事態に陥ることはなかったが、肝心の「顧客から求められていること」や「commmuneを使ってくれている理由」が多様化していったという。
「commmuneは“How”を提供しているプロダクトだったので、お客様が増えていくにつれて『コミュニティを活用したいという思いはすべてのお客様に共通しているものの、解決したい課題はバラバラ』という状況が生まれていきました。売れはするものの、一体どこに刺さっているかがわからなくなっていったんです」(高田氏)
課題がバラバラだからこそ、顧客の成功に伴走するカスタマーサクセスの仕事も毎回違うことが求められ難易度が高い。悶々としながらも目の前の顧客を何とか支援する、そのような状態が約1年にわたって続いた。
スタンスの明確化と価格の引き上げを決断
2019年の2月に有料版の提供を始めてから1年後となる2020年2月。高田氏は2つのアクションを起こす。厳密に言うとそれまでに段階的に着手していた取り組みではあったが、ここで踏み込んだ対応をとったことが、結果的にcommmuneをPMFへと導く大きなきっかけとなった。
1つ目は、「誰のどのような課題を解決するプロダクトなのか」というスタンスを明確化し、ターゲットを絞ったことだ。
「それ以前はスタンスを定めることに抵抗がありました。プロダクトの可能性を狭めてしまうと感じましたし、それを決断できるほどの自信もなかった。コミュニティを売るというほうが顧客にも伝わりやすいのではないかとも思っていました」(高田氏)
だが、社内の体制は限界に近づきつつあった。限られた時間の中で顧客の成功を伴走支援し、そこで得られたノウハウを型に落とし込んで有効活用するようなサイクルが回せていなかったため、導入社数だけが増えていきカスタマーサクセスのスタッフが疲弊してしまう。プロダクト開発においても、次第に一部の顧客のみが求めるような細かい開発の比重が増え、いつしか「みんなにとって50点のような状態」になりつつあった。
この現状を打破するためには、最も高い価値を提供できる顧客は誰かを見定め、そこに集中することが必要だ。そこからcommmuneは「企業のカスタマーサクセスを支援することで、エンドユーザーのLTVを上げるためのサービスである」と打ち出すようにした。新規顧客向けの施策やファンクラブのような位置付けで使ってくれる企業も存在したが、あくまでもそれはcommmuneが解決する課題の本流ではないと定義した。
それと同時期に、最安プランの料金を7万8,000円から25万円へと3倍以上引き上げることに。顧客の対象を絞り、大規模な値上げをする。一見すれば顧客の数が減ってしまい悪影響を及ぼすようにも感じるが、結果はその真逆だった。
2つの決断が、本来向き合うべき顧客に引き合わせてくれた
特にわかりやすいのが、セールスにおける変化だ。以前は一生懸命に説明してようやく売れていたプロダクトが、“勝手に売れるような感覚”で売れていく。それまでは創業者として人一倍プロダクトに対する熱量を持った高田氏自身が積極的にセールスを行っていたが、スタンスとプライシングを変えて以降は、経験の浅いメンバーが受注するケースも増えた。
なぜ急にこのような変化が生じたのか。「(スタンスとプライシングを変えたことで)本来自分たちが伴走すべき顧客から目を向けてもらえるようになり、commmuneならではの価値もさらに出せるようになった」というのが高田氏の考察だ。
まずPMF前と比べて、commmuneに興味を示してくれる企業の属性が変わった。当初はスタートアップが中心だったところから、エンタープライズが主軸になったのだ。
「ユーザーとのコミュニケーションにより大きなペインを抱えているのはエンタープライズの企業だということがわかるようになりました。顧客数が多い企業ほどすべての顧客の状況を把握する難易度が高く、人力で対応するにも限界があります。また大企業は利益を重要視する企業が多いため、赤字覚悟で人件費に大規模な投資をすることも難しい。だからこそ課題がクリティカルでニーズが強いんです」(高田氏)
単価を上げたことで、カスタマーサクセスのスタッフが伴走できる盤石な体制が整い、それがLTVの向上という顧客の目的達成を後押しした。スタンスを絞ることとプライシングを上げることは切り離せない関係であり、この2つが噛み合ったからこそ、コミューンは一気に事業を加速させることに成功した。
BtoB×SaaSのPMFは、検証に時間がかかる
正しい顧客にプロダクトが売れるようになることはPMFに欠かせない要素だ。しかし高田氏は、「売れること自体をPMFだと考えるのは間違いではないか」と話す。同氏によると、特にBtoBのSaaSのPMFにおいては、以下の4つのプロセスを検証する必要があるという。
- プロダクトが売れる
- 売れた相手を特定のセグメントとして抽象化した時に、一定程度の規模があることを確認できる
- プロダクトをしっかりと活用してもらったり、顧客に価値を感じてもらえる
- それが継続利用や単価アップにつながる
「実は1つ目と2つ目はすぐに検証できても、3つ目と4つ目に時間がかかる。SaaSはプロダクトが売れてから『そのセグメントが本当に良かったのか』を正しく理解しようと思うと、当社の経験を踏まえても、最低でも1年以上の期間が必要になると思います。やっかいなことに、売れることと最終的に顧客がサクセスして良好な関係を継続できることは、必ずしも一致するわけではないんです」(高田氏)
一連のプロセスを検証するための“ツール”として、コミューンでは大きく3つの指標を活用している。
まずは「プロダクトエンゲージメントスコア」という独自の指標を設計。これを基に顧客の管理者(コミュニティを主導する担当者)やエンドユーザーのアクティブアクションポイントを丁寧にスコアリングして、導入後の使われ方を計測しているという。
またNPS調査など「定量的なユーザー向けの調査」を用いて「この機能が使えなくなったらどう思うか」「どれくらいの工数がかかっているのか」といった顧客の実情を把握する。
並行して「定性的な顧客インタビュー」を実施していることもポイントだ。サービス利用から半年ほど経過した顧客を対象に、高田氏自ら1時間ほどの時間を使って決裁者や担当者の声を聞いている。
とことん売ってみると、きっかけが掴めることも
最後にコミューンでの実体験も踏まえつつ、高田氏にPMFのポイントを聞いた。
「初期の自分たちを振り返った時に、実は大きな勘違いをしていたと思うことがあるんです。それは『PMFを達成するまではプロダクトを闇雲に売ってはいけない』と考えてしまっていたこと。何となくそのような風潮があるような気がして、顧客と向き合うよりも自分の頭で考えることを優先してしまっていた時期がありました」(高田氏)
だが、その考え方を変えてさまざまな顧客にアプローチしてみたことで、コミューンがPMFを達成するきっかけを手繰り寄せた。もちろんその過程では上手くフィットせずに解約に至るケースもあったが、その中で「この領域は上手くいきそう」と好感触を得たところに突き進んだことがPMFにつながった。
「特にエンタープライズ向けのSaaSのような場合は、プロダクトを売るまではPMFの過程の中の10~15%ほどに過ぎません。むしろそこから先のほうがはるかに長いです。それを考えるとまずはとことん売ってみるしかなく、『PMFするまでは攻めるべきではない』と難しく捉え過ぎないことも重要だと思います」(高田氏)
取材後記
「『PMFを達成するまではプロダクトを闇雲に売ってはいけない』と考えてしまっていた」と高田さんが仰っていましたが、まさにPMFは鶏が先か、卵が先か問題に陥ってしまうことがあることを改めて理解しました。
初期はプロダクトのピッチデッキ※1やMVP(Minimum Viable Product)※2を顧客にあててフィードバックを得つつ、PSF(Problem Solution Fit)の確度を上げていくことは最近のスタートアップの方々はよくやられているかと思います。その後、ある程度のプロダクトができてきたタイミングで開発パートナーとしてベータ版プロダクトを提供し、有料版プロダクトを本格的に顧客に提供していきPMFの確度を上げていく。所謂PMFの教科書的なフローはこのような流れだと思いますが、導入社数が少なく、業界も多岐にわたるホリゾンタルSaaSの場合、そうは言っても、ということは往々にして起こると思います。
高田さんの仰る通り「まずは売ってみるしかなく、『PMFするまでは攻めるべきではない』と難しく捉え過ぎないことも重要だと思います」ですので、最終的にはPMFはケースバイケースです。
Fail Hard. Fail Fast. Fail Oftenで、狭い業界で悪いレピュテーションが広まらない限りは、傷つくことを恐れず顧客とのインタラクションを重ねてプロダクトをブラッシュアップしていくことが大事だなと改めて感じました。(DNX Ventures稲田雅彦氏)
※1 自社について説明する短いプレゼンテーション
※2 必要最小限の機能だけを搭載した製品