「セールスイネーブルメントに取り組みたいが、何から手をつければ良いかわからない」「営業の育成にどのように取り組めば良いかわからない」
営業活動の属人化や新人の立ち上がり不足といった課題を背景に、このような悩みを抱えている企業は多いのではないでしょうか。
昨今、営業の教育やナレッジ共有を仕組みで支援する「セールスイネーブルメント」が注目を集めています。一方で、具体的な取り組みについての情報は少なく、各社の実情はなかなか見えてきません。
SAIRU NOTEではセールスイネーブルメントを実践した企業を取材し、さまざまな角度で成功事例を紹介していきます。
初回は株式会社ベーシックでferret One事業部のセールス部長を務める神田智貴さんからお話を伺いました。リソース不足、人材の流動性の高さ、受注リードタイムの長さといった課題に対して実践した「コンテンツ型のセールスイネーブルメント」とは。
新たにセールスイネーブルメントに取り組みたい、セールスイネーブルメントを成功させたい企業の方はぜひ参考にしてください。
オールインワン型BtoBマーケティングツール「ferret One」、フォーム作成管理ツール「formrun」、Webマーケティングメディア「ferret」の3つの事業を展開。Webマーケティングのための「知識・環境・人」不足の問題を解決する企業。
サイト更新(CMS)からリード獲得に必要な施策や戦略設計まで、BtoBマーケティングに必要な機能をオールインワンで提供する実践型のクラウドサービス
セールスイネーブルメントを始めた背景ときっかけ
―― 昨年からセールスイネーブルメントに取り組み始めたと伺いました。どのようなきっかけがあったのでしょうか。
実のところ「セールスイネーブルメントに取り組む」という意識で始めたのではなく、目の前の課題解決に取り組んだ結果、セールスイネーブルメントにたどり着いたというほうが正しいかもしれません。
前提からお話しますと、当社の営業組織はTHE MODEL型(※)の分業体制を取っており、営業機能はインサイドセールスとフィールドセールスに分かれています。
※THE MODEL:企業の営業活動の各段階に専任担当者(マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセス)を配置する分業体制により営業効率向上を図る概念。Salesforceが提唱し、日本国内では2019年に福田康隆氏による著書『THE MODEL』(翔泳社)によって紹介された
営業案件を成約させるフィールドセールスは私が一人で担当していましたが、2021年の組織改編で新たに3名がフィールドセールスとしてアサインされました。これが事の始まりです。
フィールドセールスが4人になったことで組織としての営業力は向上しました。一人体制では手が及ばなかった案件をフォローできるようになり、受注率が改善したんです。一方で、徐々に課題も浮き彫りになりました。
それは、われわれがこの先目指している受注率に到達するためには、このままの体制では難しいのではないかということです。
当時、新しいメンバーには、私がこれまで行ってきた営業ノウハウを伝え、実践してもらっていました。ただ、もう一段階、みんなでレベルアップするには、営業の体制や仕組み、考え方をブラッシュアップする必要性を感じたんです。これが、セールスイネーブルメントを意識したきっかけです。
第1の課題:営業リソースの不足
―― 個別に教育していた部分を体制や仕組みで補おう、ということですね。具体的にはどのような課題を持っていたのですか。
まず感じた課題は営業リソースの不足です。4名という限られたリソースのなか、今までと同じやり方では目指していた受注率に近づけないと感じていました。ferret Oneの商談相手を分析したところ、50~60%は初回商談後もすぐに具体的な検討が進まない企業だったんです。受注率を高めるには、このボリュームゾーンの検討フェーズを引き上げて案件化する。つまり具体的な提案を求められる状態にすることが重要です。
しかし、これには時間と手間がかかります。成約に近い「今すぐ取り組みたい」という企業を優先するなか、検討が進まない企業をフォローし切るリソースがなかったのです。
また、課題の背景には商品特性があります。ferret OneはCMSとMAの機能をあわせ持ったサービスです。企業のマーケティング活動の基盤となるものなので、お客様が導入するまでのハードルが高く、検討期間も長いんです。
また、そもそも「どうやって検討を進めれば良いのかわからない」「どこから手をつければいいかわからない」といった企業も多いため、検討段階での伴走を希望される企業も少なくありません。
限られた営業リソースのなかで、こうしたお客様が自ら検討を進められる状態を作るにはどうすればいいのか――その点に、お客様に対して最小工数で最大限の価値を提供する方法として、最初に取り組もうと考えたのが「与件整理資料の作成」でした。
課題解決に向けて作成した与件整理資料
―― 与件整理資料とは具体的にどのようなものなのでしょうか。
商談相手の課題を解決する際に、踏まえる必要がある前提条件(与件)や、検討すべき事項などを整理した資料です。もっと簡単に言えば「こんなことを意識しながら検討すると良いですよ」というアドバイスを載せた資料ですね。
先ほどお話したリソース不足の課題に対しては「お客様内での検討を進めやすくする情報を提供すれば、手厚いフォローがなくとも案件化する」という仮説がありました。これを検証するために与件整理資料の作成を始めたんです。
具体的には、マーケティング活動のゴールイメージや3C分析※などの前提条件、ツールを選ぶ基準、選ぶ際のポイント、検討すべき内容や順序などの項目をフォーマット化しました。そこにお客様にあわせた情報を記入して提出することで、お客様が社内で意思決定をしていくための道筋を提案していったんです。
資料作成と聞くと労力がかかるイメージがありますが、決まったフォーマットを埋めるだけなのでそれほど負荷はありませんし、お客様にも喜んでいただけます。
※3C分析:「市場(customer)」「競合(competitor)」「自社(company)」の3つの要素を整理・分析することで、ビジネス環境や自社の成功要因の把握などに役立てるフレームワーク
―― 与件整理資料の作成時に特に重視されていたことはありますか?
資料作成にあたって重視したことは、お客様の視点に立つことです。お客様が何に悩んでいるのかを顧客目線で考え、ferret Oneの営業というよりも、あくまでフラットな立場で資料を作成していきました。
先ほどお話したとおり、ツール選定以前の段階で迷われているお客様が多くいらっしゃいます。そうしたお客様には、ferret Oneありきではない視点のほうが、検討に役立つ情報を提供できると考えたのです。
仮説の検証――与件整理資料で得られた意外な結果
―― 限られたリソースで案件化率を高める目的は達成できたのでしょうか。
実は、結果として案件化率や、初回商談から案件化までのリードタイムにはさほどの変化が見られませんでした。
ところが、案件化後の受注率と成約までのリードタイムには格段の変化が見られたのです。実数はお伝えできないものの、受注率が大きく改善し、案件化から成約までのリードタイムも取り組み前と比べて2割ほど速くなりました。
当初の狙いとは異なるものの、結果的にリソース不足を乗り越えて受注率を高められたのです。
―― 思いもしない成果につながったのですね。与件整理資料の効用をどのようにとらえていますか。
初回商談後に再度当社に声をかけていただく際には、お渡しした資料に記載した基準、つまり当社の推奨する基準にもとづいた検討がなされていました。これが受注率と成約までのリードタイムが改善された要因ととらえています。
与件整理資料を参考に検討を進めてきたお客様は、ferret Oneを導入してマーケティング活動を強化するための下地ができています。このため、案件化したあとは一気にプロジェクトが進行するのです。
また、初回商談で与件整理資料をお渡しするだけにとどまり、ferret Oneの営業をしなかったことも影響したのだろうと見ています。お客様からすれば検討方法をレクチャーしてくれただけの「売らない営業」を受けたので、良い印象が残ったのかもしれません(笑)。
第2の課題:人材の流動性の高さ
―― 仮説は外れたが、成果は得られた。試行錯誤の重要性を感じるエピソードですね。その後はどのように取り組みを強化されたのでしょうか。
資料を提出する営業手法を4か月ほど実施して、一定の効果が出ることがわかりました。そこで、効果的な営業資料をフォーマット化して誰もが使えるようにする「コンテンツ型のセールスイネーブルメント」を模索し始めたんです。
これには、リソース不足とは別のもうひとつの課題が関わっています。組織の人材の流動性の高さです。
当社は部署間の異動が比較的多く、昨年フィールドセールスチームにいたメンバーも、すでに2人が異動しています。
当社のようなTHE MODEL型の組織では、人材の流動は組織レベルの高さにもつながるため、異動自体はポジティブにとらえています。一方で、セールスの責任者としては危機感を抱きました。
ferret Oneの営業活動にはBtoBマーケティングの戦略づくり、制作、施策実行など幅広い知識が求められるため、フィールドセールスの育成には時間がかかります。
しかし、時間をかけて育成した人材は異動してしまい、新しいメンバーにまた1から教えなくてはいけません。
そして自走できるようになったメンバーもまた異動する――「教育期間の長さ」と「人材の流動性が高さ」によって、フィールドセールスの育成は既存の知識を習得するだけで終わってしまうことがほとんどでした。
セールス組織全体として見れば、同じことの繰り返しで新しい知識が蓄積されることはなく、成長が見込めません。組織を成長させるためには、当時行っていたロールプレイングで一人ひとりに話し方を教えていくトーク型の教育は効率的ではないと痛感したのです。
―― そこでコンテンツ型の教育に切り替えたと。
はい、そのとおりです。お客様に提示して反応がよかった資料を“型”として残すことで教育を効率化し、組織としても新しい知識を蓄積していこうと考えました。これが先ほどお伝えした「コンテンツ型のセールスイネーブルメント」です。
反応がよかった資料というのは、汎用的なサービス説明をはじめ、マーケティングの知識や検討の進め方のポイントなど、お客様に気づきを提供できた資料、深く納得いただけた資料、喜んでいただけた資料などを指します。今後の営業活動で役立ちそうな資料を大量に残していったんですね。
これによって教育の効率はかなり上がりました。今まではロールプレイングで逐一メンバーに教育していたことも「このコンテンツを使って、こうやってトークすると効果的だ」といった伝え方に変わり、伝えやすく習得しやすくなったのです。
また、個々人が口頭で話していた良いトークがどんどん資料化され、他のメンバーに伝わっていきました。これによって、お客様に対する説明のクオリティが平準化されたと考えています。
1年間で100種類――育成とナレッジ蓄積のためのコンテンツ作成
―― たしかに、ただ話し方を教わるより資料の使い方を教わったほうが学びやすいですね。どれくらい資料を蓄積したのでしょうか。
資料作りを強化してから1年間で100種類ほどの資料を作成しました。その中から、案件や顧客の状況に合わせて必要な資料をピックアップし、組み合わせて提案しています。もちろん内容は随時ブラッシュアップします。
作成した資料は、大きく以下4つのカテゴリーにわけられます。
- 競合比較資料
- ferret Oneの補足説明資料
- 導入事例
- マーケティングのナレッジ
これらに加え、クロージングに必要な補足資料もよく使われていますね。費用対効果やROIの算出資料をテンプレートにして活用しているケースもあります。
これらの資料を活用するうえで重要な点は「カスタマイズすべき資料」と「標準化されている資料」をわけて考えることです。
もともとはセールスの工数削減・育成の効率化のために始めた施策です。クオリティが担保されている資料に、知識のないメンバーが手を加えたところで良い結果は生まれません。それこそ「車輪の再発明」にもなってしまいます。ですから、標準化されたものはそのまま使い、お客様ごとに条件が異なる資料のカスタマイズにはしっかりと時間をかける。この判別は明確にしています。
”コンテンツ大臣”の配置でコンテンツの整備と活用を促進
―― とても素晴らしい取り組みだと思う一方で、「どんな運用でそれを実現できるのだろう」という疑問が残りました。
まず各営業メンバーが与件整理資料の作成と並行して、よりお客様の検討を支援できる資料の作成に取り組みました。そして、実際にお客様の反応がよかった資料を共有ドライブに格納していく形です。
格納された資料の選別・整理は資料整理の役割を持つ営業メンバーが行います。定番として使われるべきスタメン資料と、その水準には満たない控えの資料とにわけて整理していったんです。
この資料整理の役割は、営業企画のような几帳面な仕事が得意なメンバーに持ってもらいました。社内では“コンテンツ大臣”と呼んでいます。
営業が共有した資料でも、意図がわからなければコンテンツ大臣が営業へのヒアリングを行います。そのうえで、スタメン資料とするかどうかのジャッジからフォルダの整理までを一任しています。
競合のサービスは常にアップデートされますし、市場の状況も刻一刻と変わります。情報の鮮度が落ちた資料を使い続けないためにもコンテンツ大臣には重要な役割を担ってもらっています。
―― すごい仕組みですね。営業コンテンツの整備に取り組むうえで何か注意点はありますか。
資料は大量に作成しましたが、一気に作ったわけではありません。たとえばもしこの施策がうまくいかなかったとしたら、コンテンツの拡充自体が組織にとって遠回りのアプローチになりかねないからです。まずはスモールステップで試みて、この方法が自社の営業、商材に合っているという確証を得てから大々的に横展開していきました。
注意すべきは、今回の施策がすべての組織で踏襲できるものではない、ということです。当社には結果的にコンテンツ型のセールスがマッチしましたが、あくまでも自分たちの組織やサービスに合わせて最適な仕組みを考えることが重要なのだと思っています。
コンテンツ型のセールスイネーブルメントで得られた成果
―― コンテンツ型のセールスイネーブルメントの取り組みの成果をどのようにとらえていますか。
これまでferret Oneのセールス部では「自分の成功体験が他のメンバーの改善に直結する」という経験をほとんど生み出せていませんでした。
良い提案、ベストプラクティスを社内で発表する機会は設けていますが、同条件のお客様と何度も出会えるわけではありませんから「すごいね」という感想で終わってしまっていたんです。
それが現在では、発表した人の資料とその使い方をトレースしてロールプレイングを行う活動にまで発展しています。
コンテンツを中心として社内のナレッジ共有が進み、個人ではなくチームで戦っている意識が強まりました。受注率などKPIの改善も大きいですが、この意識改革が一番の成果だと思います。
また、良い意味で現場主義の浸透も感じています。これまでトップダウンで売り方を考えてきましたが、お客様と直接会って話を聞いている現場の営業の声が、戦略に取り入れられるようになりました。営業が持つ顧客解像度や競合・市場などに関する鮮度の高い情報がコンテンツとして目に見える形になり、営業から経営陣に対して説得力のある意見が出しやすくなったんです。
経営陣が戦略・戦術を考えるだけでなく、現場がつくりあげた新しいものが戦略を塗り替えていく、そうした企業にとって健全なサイクルが生まれたことは非常に良かったと思っています。
―― 営業コンテンツに注力したことで、スキルだけではなく部門や会社の意識改革にもつながったのですね。
今後の課題と展望
―― 今後もコンテンツ型のセールスイネーブルメントを強化していくのでしょうか。
現在、新たに2つの課題を認識しています。
ひとつは商談からの受注率をより高めること。各資料をどのタイミングで、どんな話し方で説明すれば効果的に受注につながるのかを突き詰めることが課題です。コンテンツ型のセールスイネーブルメントに取り組んだ結果、1周してトーク型のセールスイネーブルメントの重要性を感じています。商談で資料を提示するにしても、資料を送付して電話するにしても、やはりコンテンツとトークはセットなんです。今後は今あるコンテンツをさらに有効活用するためにトークの磨き込みに取り組んでいきます。
ふたつめはferret Oneで価値提供できるお客様の幅を広げることです。現在、採用やプロダクトの開発、投資といった面で当社の事業自体が新たなフェーズに進んでいます。事業として北極星を決め、どこに向かうべきか、一段階引き上げて整理されたタイミングなんです。
営業としても価値提供をしていくターゲットの再設定、これまでターゲットではなかったお客様の理解やご支援などに取り組む必要があります。今回の取り組みで得られたスキームや意識改革をもとに、ferret Oneの北極星に向けて進んでいける営業組織を作っていきたいです。
―― 今回お話いただいた取り組みがさらに発展していきそうですね。神田さん、本日は貴重なお話をありがとうございました!
まとめ
ベーシック社のセールスイネーブルメントの取り組み手順
・課題の洗い出し:受注率が向上しない理由を探る
↓
・データ検証:半数近いリードが検討段階のフェーズでとどまっていることが判明
↓
・仮説の設定:限られたリソースでリードを案件化させる方法を模索
↓
・仮説の検証:案件化率は変わらず、案件化後の受注率・リードタイム改善に寄与する結果に
↓
・スモールステップで取り組み、コンテンツ型のセールスイネーブルメントの有効性を実証
↓
・大々的な横展開へ
↓
・「コンテンツ整備」から「コンテンツを用いたトークを磨く」フェーズへ
さまざまな企業の営業コンテンツ整備、営業教育などに携わってきましたが、専任組織がないなかでここまでコンテンツを中心としたナレッジ共有を実践できている営業組織に出会ったことがありません。
神田さんのお話を伺うなかで、営業コンテンツ整備という手段ありきではなく、そのときどきの課題を解消することを強く意識した取り組みであったことが成功の要因なのだと感じました。
お客様を支援する際にもあらためて「解決したい課題はなにか」を強く意識して取り組んでいきたいと思います。
今後も各社のセールスイネーブルメントの取り組みを取材し、ぶつかった課題や取り組んだ施策を探っていきます。どうぞお楽しみに。
※セールスイネーブルメントの取り組みを取材させていただける企業様も募集中です。よろしければ、こちらからお気軽にご連絡ください。
※関連記事:営業の属人化を解消するための5つの方法