エンタープライズ向け事業にチャレンジする人や組織にフォーカスし、エンタープライズ向け事業を拡大するための取り組みや、おもしろさ、やりがいを発信する連載「エンタープライズ向け事業はおもしろい!」。
今回は、株式会社電算システムの辺土名(へんとな)育男さんに、リセラー(※販売代理店)のエンタープライズセールスについてうかがいました。
リセラーとして、Googleをはじめとした多様なクラウドサービスをお客さまへ提案している同社。エンタープライズ専任のセールス組織の立ち上げをきっかけに、営業のスタイルが製品の販売からソリューション提案へとシフトし、売上を伸ばしているといいます。
聞き手は、才流コンサルタントの桂川 誠です。
※リセラー(販売代理店):メーカー(ベンダー)またはディストリビューター(仲介業者)から製品を仕入れて、顧客に販売する会社のこと。
ICT事業本部 クラウドインテグレーション事業部
エンタープライズソリューション部
2020年に電算システムへ入社。GoogleWorkspace Major Account営業責任者のほか、Google連携製品事業、データアナリティクス事業の責任者も務める。これまでに、外資系企業の日本法人やベンチャー企業のセールス&マーケティング組織の立ち上げ、新規事業開発などを多数経験。スタートアップ事業および、SaaS領域における数字の達成とそのための組織・商流構築、採用(新卒含む)が強み。
リセラーとしてエンタープライズの多様なニーズに対応する
桂川 まずは、電算システムの事業内容と辺土名さんの担当業務を教えてください。
辺土名 電算システムは、収納代行サービス事業と情報サービス事業を展開する、設立56年目のSlerです。コンビニで全国初となる代金決済代行サービスを開始(1997年)したり、Googleの国内初期パートナー(2006年)になったりと、時代を先読みしながら、事業を拡大してきました。
辺土名 私は、2020年に電算システムへ入社し、クラウド製品や関連ソリューションのご提案を行うクラウドインテグレーション事業部内に、エンタープライズ向けの営業組織を立ち上げました。
現在は、同チームのマネジメントをするほか、AsanaやLumAppsといったGoogle連携製品事業、新規事業のデータアナリティクス事業などの責任者を務めています。
桂川 電算システムは、Googleの国内随一のプレミアムパートナー企業(クラウドインテグレーター)としても知られています。あらためて、エンタープライズ向けの営業組織を立ち上げた背景を教えてください。
辺土名 以前の営業組織は、製品単位別にわかれていました。しかし、2021年のホールディングス化(※)をきっかけに、お客さまの規模別(エンタープライズ、コーポレート、ミッドマーケットの大きく3つ)の営業組織へ再編したのです。
※2021年7月1日付で電算システムは電算システムホールディングスの完全小会社に移行。
というのも、当社のICT事業の形態はリセラー(※販売代理店)。自社製品を持ってはいませんが、裏を返すと、どんな製品でも扱える点が強みです。
とくに、会社を挙げてDXを推進していたり、部署ごとに課題を持つエンタープライズは、さまざまな製品を検討しています。この多様なニーズに対し、私たちはもっとも適した製品やソリューションを提案していきたいと考えています。
また、導入規模が大きく、組織内での横展開も見込めるエンタープライズの売上シェアを広げていくことは、経営の観点からも重要でした。
組織の立ち上げ時、製品分析から始めた理由
桂川 続いて、エンタープライズセールスの組織を立ち上げるまでのプロセスを教えてください。
辺土名 まずは、取り扱う製品の分析から始めました。
どの製品が売れていて、どの製品が売れていないのか。売上だけではなく、セミナーの参加者動向も細かく分析しました。セミナー後のアンケートも読みました。
すると、「参加者の関心が高い製品は何か?、(参加者が)抱えている課題は何か?」が見えてくるんですよ。
辺土名 また、導入している企業の傾向も細かく調べていきます。すると、「あるお客さまはデータ統合サービスを使っているのに、データ分析ツールは導入していない」といった状況が見えてくるんです。
そこには、「データ基盤が十分に整備されていないのではないか」という仮説が立てられます。すると、「データ基盤を整える製品を提案できる余地がある」と気づくんです。
このように特定の製品にまつわるトレンドや、お客さまの導入率、浸透率など、参考になる指標をかき集めていきました。当社のコア製品と他の製品のセミナー参加者の動向も比べましたね。
桂川 自社製品を持つベンダーであれば、「どんな企業のどの課題を解決するか」が明確で、営業戦略が立てやすい。しかし、さまざまな製品を扱うリセラーの場合は、自社の営業戦略を立てるうえで、売れている製品とお客さまの動向を探る必要があったんですね。
辺土名 リセラーの立場から製品の分析をした結果、お客さまはデジタル化のトレンドを抑えておきたいと考えている反面、サービスの導入に関しては慎重であるとあらためて感じました。
つまり、話を聞いてはいただけるのですが、実際にサービスを導入するとなると、別の力学が働かなければ前に進まない。「データが大事とわかっているけれど、関連製品を導入するかどうかはまた別の話です」となりかねません。
だからこそ、目の前のお客さまのニーズや課題を深く掘ることが必要なんです。とくにエンタープライズは、関わる人も多く、金額も大きくなりますから、よりお客さまを知ることが重要です。
成果につながった個人の行動や習慣も型化の参考に
辺土名 製品分析の次は、メンバーのパーソナリティを見ていきました。複数の製品を扱っていると、人によって得意不得意も出てくるものです。
たとえば、情報システム部へのアプローチが得意な反面、DX事業部やマーケティング部との商談は向いていないタイプ。また、1つの仕事にじっくり取り組むタイプもいれば、スピード重視で瞬発的に動くタイプもいます。
そのような個々のパーソナリティの見極めをしながら、組織体制をつくっていきました。
組織の立ち上げから成果を出すまでには時間がかかりますが、いつまでも待ってもらえるわけではありません。まずは、メンバーの得意な部分を伸ばしていくことから着手し、売上を作れる組織を目指しました。
桂川 具体的には、各メンバーのどのような点を見ていたのでしょうか。
辺土名 社外ではお客さまとの打ち合わせの様子、社内では私と行う1on1などの接点で、日々の行動をみていました。当社では在宅勤務制度を設けていますが、何時から仕事を始めているか、残業はどのくらいかなどの、勤怠状況も参考として見ています。
お客さまのオフィス訪問時、名前を呼ばれるまで受付に座っている人もいれば、エントランスを縦横無尽に動いて、「こんな情報が記載されていましたよ」とパンフレットを見つけてくる人もいる。どんな立ち振る舞いをするかに、目を配っていることが多いかもしれません。
決して、行動に善悪のジャッジをしているわけではないんです。もし特定の行動をしているメンバーの売上が良いのであれば、それが営業の型になるかもしれない。「Aさんがこのような動きをした結果として成果が出ているので、BさんやCさんもやってみよう」と展開できます。
私があれこれ言うよりも、成果が出ている同僚の取り組みを実践することが1番良いと考えています。
桂川 成果が出た背景として、個人の行動や習慣にも着目している点は、とても興味深いです。
辺土名 たとえば、「プレゼン資料をきれいに作り込むよりも、お客さまへ早くお渡しすることを重視したら、売上が大きく伸びたケース」があるとしましょう。わかりやすい例ですし、「自分もやってみよう」となりやすいですよね。
ましてや同じ業種や近しい業種のお客さまを担当しているならば、「真似をしてみよう」となり、すぐに実践するはずです。もちろん、行動の型化に際しては、売上などの定量的な成果が出ているかも参考にしています。
日頃から、自分に近しい人から成功や失敗を学ぶ。そして、成果が出ている取り組みを型化して、他の人にも横展開する流れを、組織内で進めています。
顧客の課題やニーズを深掘り、深耕していくスタイルへ
桂川 エンタープライズセールスのチームを立ち上げたことによって、社内にはどのような変化が起きましたか。
辺土名 まず、組織を立ち上げてから早いタイミングで売上が伸びています。
また、以前は顕在化している課題に対して特定の製品を提案し、IDを増やしていく営業スタイルが多かったんです。そこから、1社1社のお客さまの課題やニーズを深掘りし、ソリューションを提案していく営業スタイルへ変わったと感じます。
辺土名 たとえば、グループウェアの導入に関するお問い合わせがあったとき。これまでは、該当するグループウェアの案内のみで提案が終わっていたと思います。今は、目の前のお客さまとコミュニケーションを重ねていくことを意識しているんです。
「グループウェアと連携するタスク管理ツールはどうしているか」「社内ポータルは利用しているか」「社内ポータルを使って、社員のエンゲージメント向上にどんな施策を実施しているか」。このような質問を行い、お客さまの隠れた課題を理解していますね。
私たちはリセラーとして、情報システム部門やDX部門、人事、マーケティングと、さまざまな部署に提案できる製品を取り扱っています。だから、どの部署の方とも話せます。
さらに、製品を実際に社内でも活用しているので、リアリティのある事例も話せる。この立ち位置が、お客さまとの関係性を深め、潜在的なニーズをつかむことにもつながっています。
お客さまの2大不安「導入時のイメージ」と「導入後のサポート」を解消
桂川 リセラーというポジションを有効的に活用していると感じます。一方で、他の事業者も同じ製品を扱っていますよね。自社を選んでもらうために、どのような工夫をしていますか。
辺土名 新しいデジタル製品を導入するとき、お客さまは「導入のイメージが浮かばない」と「導入後のサポートはあるのか」という、2つの不安を抱えています。この不安をしっかりと解消することを意識しています。
桂川 2つの不安に対し、どんなアプローチをしているのでしょうか。
辺土名 導入時のイメージに対しては、細かいところまではっきりと可視化していくことが重要です。
情報システム部門は、導入時に何をする必要があるのか。社内の誰を説得しなければならないのか。お客さま側にどのようなタスクが存在していて、当社では何ができるのか。どれくらいの期間で準備が整い、いつから課金が発生するのか。このようなポイントを、明らかにしていきます。
よくやりがちなのが、お客さまの不安に気づかず、「あの会社も導入しています」と事例の紹介にはしってしまうこと。製品や自社の信頼性を高めることは大事ですが、まずは導入時のイメージを可視化して、お客さまの不安を解消することが第一です。
桂川 導入時のイメージを丁寧に説明することは、導入後のサポートに対する不安の解消にもつながりますね。
辺土名 そうですね。導入時のイメージをお客さまに持っていただいたうえで、導入後のサポートメニューの内容を伝えています。
電算システムは、決して何千人何万人規模の会社ではないですが、お客さまへ提供できる価値の1つに、クラウドに特化したエンジニアが数百人いる体制があります。
導入時のイメージを可視化し、経験豊富なエンジニアによるサポートがあることを伝え、導入実績を示していく。その順で提案していくと、お客さまも電算システムとのお取引が具体的に想像できるのではないでしょうか。
これは、新規導入の提案に限った話ではありません。エンタープライズのお客さまからは、「契約はしたものの、リセラーからサポートがない」「リセラーのリプレイスを考えている」という話もよく聞きます。
リセラーによる「売って終わり」の課題も、私たちは解決していきたい。他のリセラーに負けない、大きな差別化になると考えています。
多様性のある人材と製品の力で、エンタープライズセールスを強化したい
桂川 終わりに、今後の展望について教えてください。
辺土名 今はさまざまなビジネス環境の変化が激しく、想像もしないようなところから競争相手が生まれる時代です。そのリスクの対策は重要ですが、リセラーとして多岐にわたる製品を取り扱いながら、お客さまの事業やビジネス環境のデジタル化を幅広い観点で支援していくという軸は変わりません。
導入後の支援も、さらに拡充していきます。製品が増えれば必要なサポートも増えていきます。エンジニアの採用も含めて、サポート体制をより強化していきたいです。
エンタープライズセールスにおいては、多様なバックグラウンドを持ったメンバーが集まったチームを作りたいと考えています。
クラウドサービスのセールス経験が必須ではありませんし、IT業界での就業実績も問いません。皆さん、日々何かしらの形でクラウドサービスを使っている時代ですから、知識のキャッチアップは後からでもできると考えています。
さまざまなお客さまのデジタル化を後押しするためには、お客さまの立場を経験していたり、特定の領域に詳しいことが大切です。
「製造業の装置系に関する領域は詳しいです」「ピザ屋のアルバイト経験から、製品を短時間で作る仕組みや材料調達の実情はまかせてください」のような、さまざまな経験を持つ人と一緒に仕事をしたいですね。
才流コンサルタントが解説
設立56年の歴史を時代を先読みしながら事業を拡大してきた、電算システム。どんな製品でも扱えるリセラーならではの、エンタープライズセールスの組織立ち上げプロセスをうがかいました。
ポイントは、次の3つです。顧客理解はもとより、製品視点での分析も含めて始めている点が、どんな製品でも扱えるリセラーならではの組織立ち上げのフローだと感じました。
- 顧客が抱えている課題や市況の動向、製品ごとの導入率などの分析から始める
- 営業個々の行動や習慣に踏み込み、成果が出ている取り組みを型化する
- 徹底した顧客理解から、自社のバリューを言語化する
リセラーは、扱う製品の選択と集中が曖昧になり、属人的に営業しがちです。
エンタープライズ組織の立ち上げにあたり、製品の選択と集中を進め、顧客の不安を解消する自社のバリューを定めた点は、マーケティングそのもの。
また、辺土名さんは経験にもとづく型を持ちながらも、自身の型を押し付けるのではなく、成果が出ているメンバーの取り組みに着目して型化する姿勢が印象的でした。
リセラーとしての自社のバリューの言語化、そして辺土名さんの立ち回りと得意な部分を認められるメンバーの存在。
この2点が、組織を立ち上げてから早いタイミングで売上が伸びている要因だと感じました。
(執筆:大崎 真澄 撮影:ヤマダヤスヒコ)