BtoB企業のPMF(Product Market Fit)ストーリーを紹介する連載「僕たちのPMFの話をしようか」。
第15回は、広告効果測定プラットフォームのアドエビスを運営する、株式会社イルグルムを紹介する。
2000年初期、Web解析のペインを解消するために生まれたアドエビスは、顧客の導入から広告代理店へという横展開を起点に導入実績を伸ばし、広告効果測定ツールの導入シェアNo.1を獲得。その一方で、「値下げをして耐える時期」も経験した。
2024年には、サービス提供20年を迎えるアドエビス。
これまでの軌跡と今後の展望について、代表取締役CEOの岩田 進氏に話をうかがった。
レッドオーシャンの市場で見つけた未解決の問題
広告効果の測定ツールとして知られるアドエビスは、2004年に誕生した。
中小企業や大手企業を問わず、広告にかかわるさまざまな部署や企業に導入され、2019年には導入実績が1万件を超えている。
2019年には、創業20年の節目に先立ち、社名を株式会社ロックオンから株式会社イルグルムへと変更。あわせて、アドエビスのブランドコンセプトを刷新し、2021年からは「広告効果測定プラットフォーム・アドエビス」として、ブランドコミュニケーションを展開している。
アドエビスのもともとのアイデアは、Web解析ツールだった。
イルグルムの代表取締役CEOの岩田進氏は、学生起業の経験もある根っからの起業家。飲食店や旅行ビジネスを経て、インターネットのビジネスに興味を持ち、参加したビジネスプランコンテストでは「インターネットによる双方向コミュニケーションが主流になる」と発信していたそうだ。
そして、2001年に株式会社ロックオンを創業。Webの受託制作に取り組みながら、開発体制を整え、念願の自社プロダクトの開発に踏み切った。2003年には、試作版ができあがる。
その時点で、市場には複数のWeb解析ツールが存在しており、いわばレッドオーシャンのような環境。しかし、受託制作を通じて接点のあった複数社にヒアリングをしてみると、大きなインサイトが得られたという。
「ほとんどの方が、既存の解析ツールを導入していました。でも、使いこなせていますか?と質問したところ、みなさんが口を揃えて、“正直まだ使いこなせていない”とおっしゃるんです。
間違いなくお客さまの課題とニーズが存在しているのに、今のソリューションでは解決には至っていない。ここが面白いポイントだと思いました」(岩田氏)
顧客のペインを特定し、広告効果測定ツールに振り切る
なぜ既存のソリューションでは、顧客の課題が解決できていなかったのか。
さらに顧客の話を掘り下げていくと、「(画面の)何を見たらいいのかがよくわからない」という共通のペインにたどり着く。
「測定する指標の軸もないし、表示されるさまざまな結果が正しいのか正しくないのか、どのように改善したらいいのかもわからない。これが、大きなペインになっていました。
そこで、用途を特化してみようと決めたのです。テクノロジーの根幹は既存サービスと同じトラッキングですが、1つの軸を作り、その軸に関して良し悪しを評価するUI/UXを作り込む。そうすれば、お客さまが使いこなせる状況を実現できるのではないかと考えました」(岩田氏)
“軸”として設定したのが、現在のアドエビスにもつながる「広告の効果測定」だ。
Web解析とは違い、Web広告にはCPAやCTRなどの主要な評価指標があり、一般的な認知も広がっていた。広告効果だけをわかりやすく示すサービスを作れば、顧客も解析ツールを運用しやすいと岩田氏は考えたのだ。
また、ビジネスを広げていく観点でも、広告の効果測定にフォーカスすることがプラスなるという仮説もあった。
Webの解析も広告効果の測定も、基本的にはPDCAを回していくためのチェックツールである。Webの場合、サイトのリニューアルやLPの改善がおもなアクションだが、予算が数百万から数千万円あったとしても、頻度は「数カ月に1回」だろう。だが、広告は違った。
「当時でも、毎月一千万円単位でWeb広告に予算を投じている企業が多数いました。広告予算のうちの数%だけでも支払ってもらえるプロダクトを作れれば、毎月数十万円規模の売り上げが継続していく。市場規模の観点でも、広告のほうがチャンスが大きいことに気づいたのです」(岩田氏)
用途を特化したほうが実運用しやすく、なおかつ市場規模も見込める。この2つが岩田氏らの背中を後押しし、「Web解析ツール」から「Web広告の効果測定ツール」へピボットした。
アドエビスの立ち上げにあたっては、最初にコンセプトレベルの検証を行い、「機能を限定したライトなバージョン」を開発。
その後は、1年ほど時間をかけ、10社ほどの顧客に試してもらいながら、プロダクトを磨いた。このフェーズで一定の手応えを掴めたことが、正式なプロダクト化の決め手になったという。
顧客から広告代理店へ導入が広がり、PMFを達成
アドエビスを単体のプロダクトとして販売しはじめたころ、岩田氏らは、アドエビスのメディア露出に取り組んだ。
当時のイルグルムは、社員数10名ほどのベンチャー企業。そもそも「広告効果測定ツール」の市場が、明確には存在していなかった。いくらプロダクトが優れていたとしても、真剣に話を聞いてくれる人は限られる。
まずは定期的にメディアに取り上げられることで、マーケティング担当者から認知される状態を目指したのだ。
「当時としては攻めた挑戦でした。数百万円をかけて、マーケティングの専門誌に見開き6ページほどの記事広告を出稿したんです。同誌の編集長や広告代理店の方と座談会形式で対談し、その内容を営業活動でも積極的に活用しました」(岩田氏)
アドエビスの正式リリース後、最初の顧客になったのは、記事を見て興味を持った健康食品メーカーだった。
そのメーカーは、積極的にWeb広告を出稿しており、複数の広告代理店と取引があった。代理店ごとにレポートの形式が異なる点を解消したいと考え、「アドエビスを使ってレポーティングしてほしい」と各社に依頼。結果、広告代理店もアドエビスを導入したのだ。
この構造が、アドエビスの顧客を一気に広げていくきっかけになった。
アドエビスを導入する企業が増えていくと、必然的にその企業と契約している広告代理店も導入する。そして、アドエビスの良さを体験した広告代理店を介して、新たな企業との接点が生まれる。
この横展開の連鎖が続き、「毎月新しい広告代理店から電話がなり続ける状態になった」と語る岩田氏。最初のPMFを達成した瞬間だった。
Web広告効果の測定ニーズはあったが、「広告効果はそこまでシビアに測定できるものではない」が業界の常識だった。そこへ「アドエビスを導入しさえすれば、簡単に測定できる」という価値を提供したことにより、ニーズを捉えたのだ。
2度目のPMFも顧客の声が起点
事業のグロース期に入ったアドエビスは、2007年に、ツールベンダー国内シェアNo.1(株式会社シードプランニング「広告効果測定ツール市場調査」)となる。その後も、効果的な打ち手を提案し続けた。
その代表的な機能が、間接効果の測定だ。
スマートフォンやSNSの登場により、2010年前後を境にして、消費者の行動が激変。常時オンラインとなり、接するメディア数が格段に増えた。
「従来は単純だったカスタマージャーニーが、リターゲティング広告の仕組みなどが発達することで、長く、複雑になってきていました。
そのような状況で出てきたのが、アトリビューションを把握したいというニーズです。要は、直接的なコンバージョンには至っていない、間接的な影響をどのように評価するかということです。
私たちは、その考え方がまだ浸透していないなかで、いち早く“間接効果”という名称を打ち出し、プロダクト内にその効果を測定する機能を加えました。
すると、“間接効果まで測定できるんだ”となり、アドエビスはアトリビューション時代のトラッキングサービスとしても市場を獲得することができた。それが事業の拡大にもつながりました」(岩田氏)
この機能を開発するきっかけとなったのも、顧客の声だ。
「あるお客さまから、”メディアの管理画面で表示されているコンバージョンをすべて足し合わせると、実際のコンバージョンよりも大きな数値になっている。これってどういうことなんですか?”と聞かれたんです。
各メディアでは、接触してコンバージョンしたものを全部カウントしているので、単純に足し合わせると重複が発生します。一方で、これは見方を変えるとアトリビューションのニーズが増している、間接効果の影響を評価するべき時代になったと気づいたんです。新たな機能を提供するきっかけになりました」(岩田氏)
このようにアドエビスでは、PMF達成後も、リード数や商談数、成約率・解約率という定量的なデータのチェックと並行して、顧客の声を聞き、プロダクトの機能追加や改善を繰り返してきた。
興味深いのは、「効果測定の機能追加は早すぎる必要性はない」と捉えている点だ。
技術革新が早いアドテク業界だが、「あくまで生活者の行動が変わり、広告、トラッキングの順で変わる。そこが逆転することはまずあり得ない」と岩田氏。だからこそ、生活者と接する顧客の声が次の打ち手を考えるきっかけになる。
現在も岩田氏は、顧客のもとへ直接足を運び、ヒアリングをするという。「なにか風向きがおかしいと思ったとき」や「自分の感覚を確かめたいとき」は、重点的に顧客を訪問する。
「調査データやメディアの情報などを深く読み込むことはありません。直接聞く、お客様の声がすべて。お客さまの声に触れる機会を作ることが大切」と、岩田氏。
バイアスのかかっていない、リアルな顧客の声を聞く重要性を語った。
値下げでシェアを守る。ピンチを乗り越え業界No.1に
ここまでアドエビスは、順風満帆のように見える。しかし岩田氏は、「ピンチの連続だった」と振り返る。
初期の頃は、顧客サイトの膨大なトラフィックに対応できず、アドエビスのトラッキングサーバーが落ちてしまい、正しい測定ができないという事態が何度も起きてしまった。
サーバーの保守やメンテナンスを優先した結果、バージョンアップや新しい機能開発に手が回らない時期が続いた。すると、競合他社はアドエビスの後ろを追ってくる。
「後発の企業は、アドエビスの機能をベースに付加価値をつけてサービス化できる。一方で私たちは、先行者ならではの負の遺産に悩まされ、スピード感を持った改善が進められなかったのです」(岩田氏)
「売上は落ちたとしても、導入数を維持し、シェアだけは守ろう」と考え、料金を当時の平均単価の半額まで下げたこともあったという。
この状況に対し、岩田氏は開発組織の体制構築に注力した。
収益のギリギリのところを守りながら、大規模システムの開発が可能な開発体制を整えていく。そして、体制ができたところで、開発リソースを集中させた。
競合他社は他サービスも展開するため、アドエビスと同様の開発リソースを投じることが難しい。物量勝負になった。
「社内のリソースを分散させず、広告効果測定の領域一点で勝ち抜くことを意思決定していくと、当然ながらプロダクトも進化していく。最終的には圧倒的なシェアを獲得できました」(岩田氏)
明確なペインが特定できるまでは、「人を増やさず、物も作らない」
現在イルグルムは、2つの市場の変化に向き合っている。3rd Party Cookie規制をはじめとしたプライバシー対策と、メディア環境の変化によるアドエビスの新規顧客の伸び悩みだ。
メディア環境の変化とは、大手プラットフォーマーによる広告枠の寡占によるものだ。広告予算が一千万円ほどの場合、特定のプラットフォームに配信すれば、じゅうぶんに成果を得られる。つまり、細かくアトリビューションを追う必要がなく、極端な話として「アドエビスのように詳細な解析ツールは必要ない」と判断されかねない。
対して岩田氏は、「アドエビスのコンバージョンのトラッキング精度」に期待をかける。
メディアの広告配信では、機械学習を活用した「広告の自動最適化」が進んでいるが、精度の高いコンバージョンデータを活用しなければ、その機能をいかすことは難しい。そこでアドエビスでは、精緻なコンバージョンデータをメディア側へ返していく、ポストバックを実現するソリューションの開発を進めている。
また、広告効果測定の次のステップに対するアプローチも考えている。
岩田氏は「効果測定データは組織の強みであり、資産。顧客の社内に運用ノウハウや知見が蓄積されていくことが理想」とし、マーケティングのPDCA全体を回していくソリューションの開発を始めているという。
顧客の声から得られたインサイトからペインを見つけ、市場や生活者の変化を察知しながらプロダクトを磨き込み、PMFを重ねてきたイルグルム。
岩田氏が起業した2000年代ごろは、今ほどベンチャーに対する資金調達の環境は整っていなかった。利益の中から投資し、アドエビスを育ててきた。
最後に、岩田氏にこれまでの歩みから得られたPMFの教訓を聞いた。
「まずは、必要最低限の人数で始めること。とくにPMFに至る前は、組織の人は増やさず、3人程度で高速PDCAを回せる体制が望ましいです。
そして、すぐに物をつくらないこと。見込み顧客に対し、口頭でのプレゼンや資料などのライトなアウトプットをあて、声を聞いてみる。“それだったらお金を出してもほしい”という反応を得てはじめて、作り始めます。
顧客の課題を特定したうえで、具体的なソリューションを当てていくべきなのに、ソリューションありきで進めて、押し付けになってしまうケースが多いと感じますね。物やソリューションをつくる前に、顧客のペインに向き合ったほうがいいです。そうでなければ、よいものは作れないですから」(岩田氏)
(撮影:ヤマダヤスヒコ 文:大崎 真澄 取材・編集:水谷真智子)
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