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顧客に向き合い続けた結果、業界のセオリーとは異なる道を行くことに。サイカのPMFストーリー

BtoBスタートアップのPMF(Product Market Fit)ストーリーを紹介する本連載。今回取り上げるのは、オンライン広告・オフライン広告の効果分析ツール「ADVA MAGELLAN(アドバマゼラン)」を提供するサイカだ。顧客の課題を起点にプロダクトを開発し、1年目から順調な売上を創出していた同社だが、PMFを実感するまでには約3年半を要したという。その過程には、いかなる試行錯誤があったのだろうか。
※出典:MarkeZine / 公開日: 2021/12/14

エンタープライズ企業への導入実績が多数

サイカが運営する「ADVA(アドバ)」はテレビCMを中心とした“広告のPDCA”を、データサイエンスの技術を駆使しながらサポートするプロダクト群だ。中でもCheck(評価)の工程の課題を解決する広告効果分析ツール「ADVA MAGELLAN(アドバマゼラン、以下MAGELLAN)」が主力製品で、広告の効果を正しく評価し、最適な予算配分をするための土壌を整えてきた。

特にテレビCMに関して課題を抱える顧客が多いこともあり、現在はMAGELLANから派生するかたちでCMに特化したプランニングサービスや制作サービス、バイイングサービス(出稿サービス)などを展開。企業の広告ROIの向上を総合的に支援している。


サイカのサービス概要図(同社提供)

サービスを導入する顧客の数は累計170社を超えており、パナソニックやNTTドコモなど日本を代表するエンタープライズ企業も多い。この顧客層は必ずしも当初から意図していたものではなく、PMFを模索する過程で「自分たちがアプローチするべき顧客」の対象を絞り込み、その顧客にとって最適なサービスの在り方を追求した成果ともいえる。

サイカ代表取締役CEOの平尾喜昭氏によると、現在は顧客の満足度や利用状況を測定するための独自指標も開発しており、定量的にもPMFを実感できる環境が整ってきている。ただそこに至るまでには試練も多く、約3年半の時間を要したという。

サイカ代表取締役CEO 平尾喜昭氏

慶應義塾大学総合政策学部卒業。父親の倒産体験から「世の中にあるどうしようもない悲しみを無くしたい」と強く思うようになる。大学在学中に出会った統計分析から経営支援の可能性を見出し、2012年2月に株式会社サイカを設立。統計学と経済学をベースに、これまで数多くの大手企業でマーケティング最適化のコンサルティングを行なってきた。

サイカのPMFストーリー

順調に売れる一方、リテンションに課題が

「今思えば、最初の1年半は勢いだけで走っているような感覚でした」。平尾氏はMAGELLAN(当時の名称はXICA Magellan)をリリースした当初の状況をそのように振り返る。もともとサイカではMAGELLANを立ち上げる前に「xica adelie」というクラウド型の統計分析ツールを手がけていた。平尾氏たちがデータ分析のコンサルティングを行っていた際に感じた課題を基に、サイカ社内の分析業務を効率化する目的で開発されたものだった。

このツールを「誰でも簡単に統計分析ができるサービス」として他社にも提供してみたところ、興味深いことに、買ってくれた企業のユーザーのほとんどが“マーケター”だったという。

「話を聞いてみると『企業はマーケティングに多額の予算を投資しているものの、それがどれくらい売上につながっているのかがわからない』という課題があることに気がつきました。この課題に寄り添うかたちで生まれたのがMAGELLANだったのです」(平尾氏)

MAGELLANで解こうとしている課題は顧客から出てきたものであり、具体的な機能も「広告の事業成果に対するROIを把握して予算配分を最適化したい」というニーズに基づいて設計した。だからこそコンセプトが市場にフィットしており、「(1年目から)かなり売れた」という。

しかし売上を見ると順調だったが故に、結果的にPMF到達までに時間がかかってしまったと平尾氏は話す。

当時のサイカでは何が起きていたのか。しばらくすると、導入はしてもらえるもののリテンション(継続)しないユーザーが多いことが明らかになっていった。あくまで単発の利用が多く「リテンションレート(継続率)と逆なのではないかと思うくらい、解約率が高かった時期もあった」という。

コンセプトは受け入れられているはずなのに、なぜ顧客は解約してしまうのか。当時はその理由がわからず、頭を悩ませる日々が続いた。そのような時、“ある1冊の書籍”と出会ったことが、サイカに大きな変化をもたらすことになる。

「答えは顧客にある」徹底して向き合う文化が社内に根付く

平尾氏が出会った『アントレプレナーの教科書』は、著名な連続起業家であるスティーブン・G・ブランク氏が執筆した書籍だ。この書籍では、革新的な製品を作りながらも顧客のニーズに応えられずに倒産してしまうスタートアップがいくつも存在することを踏まえ、製品開発ではなく顧客開発を軸とした経営手法「顧客開発モデル」について解説している。

「彼が言っていたのは『答えは顧客にある』ということです。顧客を理解し、顧客に刺さるものを忠実に再現したプロダクトを開発し、マーケットに入っていく。振り返ると、自分たちは顧客と向き合うことを十分にやり切れてはいませんでした。コンセプトの話をすることはあっても、それをプロダクトにどのように落とし込んでいくかという『プロダクトレベル』で対話をしたことはなかったんです」(平尾氏)

同書を読んだことをきっかけに、平尾氏たちはより深く顧客と向き合い、顧客を巻き込んでプロダクトを改善する方向へと舵を切った。たとえば既存顧客にオフィスまで来てもらい、普段と同じようにMAGELLANを使ってもらう。その様子を動画にも撮影し、担当者以外のメンバーも含めて顧客の様子を観察する取り組みを始めた。

その頃から過去に解約した企業に対する「チャーンインタビュー」も積極的に実施するようになった。実はチャーンした企業が再導入に至ることも多いという。

「一度必要性を感じていただいていた方には、解約の原因になった部分を改善できれば、もう一度使っていただける可能性がある。これはBtoBビジネスならではの特徴かもしれませんが、一度エントリーしてくださった顧客はすべてクライアント候補になると考えています」(平尾氏)

また新たに「顧客開発会議」を立ち上げ、組織全体で顧客に向き合うことができる体制を整えた。この会議は月に1回全部門を巻き込んで実施するもので、会社にとって重要な指標であるKGIを分解したKPIツリーを作り込む。このツリーが「各部門が入れ子になっている構造であること」が重要で、それによって全員でKGIを追っているという認識を共有していった。

「当時、プロダクトオーナーから『○○の機能を作りたい』という話をされた際に、『これが売れるのかな』と違和感を覚えたことがあったんです。一方でプロダクト開発については開発チームが司るべきという組織論もあり、何が正しいのだろうと悩みました。その時に『アントレプレナーの教科書』を読んで、顧客こそが正しいのだと気づきました。顧客を知って、顧客に1番寄り添ったものを作ればいい。そう考えるようになったことで、社内の体制も変わっていきました」(平尾氏)

短期的には良いことばかりではなく、チームを離れるメンバーもいるなど苦しみも伴った。ただこのタイミングで「顧客と徹底的に向き合い、顧客に近い人間を重んじる」という文化が社内で生まれたことが、その後の成長を引き寄せるきっかけにもなった


取材の様子 SPROUND Community Manager/DNX Ventures Investment VP 田中佑馬氏

顧客と向き合った結果、セオリーとは異なる道を行くことに

顧客との距離が近づいたことで得られた示唆を踏まえ、平尾氏は後にMAGELLANのPMFに大きな影響を与える2つの意思決定を行った。1つが「顧客のセグメントを絞った」こと。そしてもう1つが「その顧客をハイタッチでサポートするための体制を整えた」ことだ。結果的に、業界に流通するセオリーのいくつかを捨てることになった。

顧客セグメントに関しては、オンライン広告のみを出稿している企業はアプローチ対象から外し、テレビCMのようなオフライン広告を含めた分析ニーズをもつ、エンタープライズ企業に狙いを定めた。前者のケースでも活用は可能であるものの、競合となるツールが既に存在していた。MAGELLANの価値を感じてもらえるチャンスがより大きい後者に絞り込むと決定。この決断によって、風向きが変わった。

「最初はオンライン広告のみを出稿しているベンチャーやSMBは新しいものに積極的だと考え、アプローチをしていました。でも結果的にはチャーンが多く、むしろハードルが高いと思っていたエンタープライズのほうが価値を感じていただけていたんです。アーリーアダプターから攻めるというセオリーだけに頼らず、顧客に向き合い続けていたからこそ、この事実に気づけたのだと思います」(平尾氏)

DNX Ventures Venture Advisor 稲田雅彦氏

顧客セグメントを正しく定義した上で、平尾氏は社内の体制を変えた。具体的にはエンタープライズの顧客にしっかり伴走するために、ハイタッチなサポートができる仕組みを作ったのだ。

「当時は『SaaSはセルフサーブが理想』と言われていました。顧客が自発的にプロダクトを使い始める状態を作るのが成功パターンとされていたため、早くオンボーディングを済ませて、なるべく手をかけないようにしようと思っていたんです。ところがMAGELLANの場合は、顧客がプロダクトを使いこなせずに解約に至るケースが散見されていました」(平尾氏)

ここで浮かんだ仮説は、この成功パターンが当てはまりやすいのはSMB向けのSaaSであり、エンタープライズ向けのSaaSでは違うアプロ―チが必要になる、ということだった。それに従い、少なくとも最初の1年はハンズオンで入り込み、プロダクトの価値をしっかりと享受してもらうことを優先し、そのために単価を上げるという判断もした。

顧客をよりよく捉えるため、オリジナル指標の開発も

こうしたアクションによって、サイカで何が起こったのか。わかりやすい変化としては、NPSのスコアが思い描いていた目標値を超えた。合わせて顧客企業からは「MAGELLANで自社の文化が変わった」といった声が届くようにもなった。

ビジネス上の様々なパラメーターにも改善が見られた。すべての数値が一斉に改善したのではなく、そこには順序があったという。はじめに変化が現れたのはCS部門で、課題だったリテンションレートが改善した。これにより、見込み顧客に対し“顧客の成功事例”を訴求できるようになり、マーケティング部門において商談数が増加。フィールドセールス部門においても、同じく成功事例を訴求できるようになったことで、商談のCVRが上昇していった。一連の変化を通じて、平尾氏もようやくPMFを実感できた。

定性的な変化としては、プロダクトの価値が定まり、セールスやマーケターが価値を訴求しやすくなった。他には、CS部門の頑張りも影響してはいるものの「セミナー登壇や事例インタビューの依頼に応じてくれる顧客が増えた」(平尾氏)という。

サイカの体制はPMF後もさらにアップデートされている。たとえば当初は顧客の満足度を測る指標としてNPSやPMFスコアといった既存のものを組み合わせて活用していたが、中にはこれらの数値が悪くないにも関わらず、継続利用に至らないケースも出てきた。

継続する顧客と、解約してしまう顧客は何が違うのか。その差分を1つずつ確認しながら最適な指標を追求していった結果、オリジナルの指標が開発でき、現在はその指標を用いて顧客の“健康状態”を把握しているそうだ。


才流 代表取締役 栗原康太氏

PMFに終わりはなく永遠に追い続けるもの

最後にMAGELLANでの実体験も踏まえ、平尾氏が考えるPMFのポイントについて聞いた。

「もっとも大切なのは『答えは顧客にある』ということです。その上で具体的なポイントとしては3つあります。1つ目は徹底的に顧客に向き合い、顧客の実態を掴むための体制を作ること。2つ目が一般的に成功するとされているモデルを鵜吞みにしないこと。そして3つ目がPMFは終わることがなく、永遠に追い続けるべきものであるということです」(平尾氏)

平尾氏自身、MAGELLANを筆頭にプロダクトを成長させる過程で、結果的に業界のセオリーとは異なる方法を採用することが度々あった。オリジナルの指標を開発し、時には“SaaSの王道”と別の道も進んできた。SaaS企業にとってはおなじみの「The Model」も、自社に合うかたちへと改良した上で運用している。

「もちろん既存のモデルにはものすごく参考になるものも多いですが、そこだけに囚われると失敗してしまう要因にもなります。まず顧客に答えがあるという考えをベースに置いて、その上でいろいろなモデルを適用していくのが重要です」(平尾氏)

また、時間の経過とともに顧客も競合も変わっていく。だからこそPMFは一度達成すればそこで終了するものではなく「永遠に追い続けるもの」だと平尾氏は話してくれた。


サイカのPMFストーリー(再掲)

取材後記

「徹底的に顧客に向き合い、顧客の実態を掴むための体制を作ること」。最後に平尾氏から出た言葉だが、これを徹底できている組織はどれぐらいあるだろうか。

顧客理解・顧客視点の重要性は様々なところで語られるが、「言うは易く行うは難し」で実行できている組織はほとんどないのが実態だろう。

以前、あるマーケター向けのイベントに登壇した際、「顧客に会ったことがあるか?」を挙手してもらったところ、100名近い参加者のうち20名ほどしか手が挙がらなかったことがある。約8割のマーケターが顧客と会わずにマーケティング活動を進めていたのだ。よほどの天才マーケターでない限り、顧客と会わずに顧客理解を深め、顧客視点を持つことは難しい。

平尾氏は「顧客と徹底的に向き合い、顧客に近い人間を重んじる」という文化を作る過程で『短期的には良いことばかりではなく、チームを離れるメンバーもいるなど苦しみも伴った』というが、その痛みを乗り越え、顧客起点の組織やプロダクトを作っていった過程には貴重な学びがつまっていた。

サイカのPMFまでの歩みは、顧客に向き合う組織を作ろうとするすべての起業家・事業責任者・マーケターに勇気を与えるストーリーだろう。

著者/ 栗原 康太
株式会社才流 代表取締役社長

東京大学卒業。2011年にIT系上場企業に入社し、BtoBマーケティング支援事業を立ち上げ。事業部長、経営会議メンバーを歴任。「メソッドカンパニー」をビジョンに掲げる株式会社才流を設立し、代表取締役に就任。著書に『事例で学ぶ BtoBマーケティングの戦略と実践』(すばる舎)など。カンファレンスでの登壇、主要業界紙での執筆、取材実績多数。

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