BtoB企業のPMF(Product Market Fit)ストーリーを紹介する本シリーズ。13回目となる今回は、オールインワン型のBtoBマーケティングツール「ferret One」を展開するベーシックを紹介する。今でこそ累計導入社数が1,000社を突破し、成長を続ける同サービスも、サービス立ち上げ期には「鬼のようなチャーン」に直面するなど苦しい時期を経験した。ベーシックはどのようにその壁を乗り越え、PMFを達成したのか。取締役COOの林宏昌氏に聞いた。
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BtoBマーケティングに必要な機能を揃えた“オールインワン”型サービス
ferret OneはBtoBマーケティングに必要となる機能を取り揃えた“オールインワン”型のサービスだ。
プログラミングなしで簡単にWebサイトを構築できるCMSと、見込み客とのコミュニケーションやリード獲得を後押しするMA(マーケティングオートメーション)の機能を搭載。これに自社で培ってきたノウハウをセットで提供している。
従来は複数のツールを併用しながら実現していたようなことが、ferret Oneであれば1つのツールで完結するのが特徴。ベーシックが「Webマーケティングの大衆化」を掲げるように、BtoBマーケティングの体制が整っていなかったような企業でも、ferret Oneを通じて成果が上げられるような世界観を目指して開発をしてきた。
これまでの累計導入社数は1,000社を突破。たとえば外部の企業に頼っていたためサイトの更新に1〜2カ月かかっていた顧客がCMS機能を活用することで1カ月に200回アップデートできるようになった事例や、LPの最適化によってコンバージョンが数倍に増えた事例もある。
既存のMAツールについては高度な施策ができる反面、導入したはいいものの十分に使いこなせていない企業も存在した。その点、ferret Oneではボタン1つでホットリードの設定や簡単にステップメールの設計ができるので、そこに利便性を感じる顧客も多いという。
もっとも2015年にサービスを立ち上げてからすぐに軌道に乗ったわけではない。今でこそさまざまな企業に継続的に使ってもらえるサービスになったが、ローンチから2年ほどは林氏が「鬼のようなチャーンに直面した」と話すように、苦戦する中で試行錯誤を続けてきた。
きっかけは自分たち自身が感じたマーケティングの課題
ベーシックでは2004年の設立以来、50以上の事業に挑戦してきた。中でも創業事業である“比較メディア”は、2020年12月にSaaS領域に注力するべく他社へ譲渡するまでベーシックの成長を支えてきた重要な事業だ。
実はferret Oneのアイデアは、複数の比較メディアを運営していた際に「自分たち自身が感じた課題」の解決策として考えたものが原案になっているという。
「Webマーケティングに力を入れていこうと思うと、必然的に複数のツールを繋ぎ合わせ、各サービスを行ったり来たりする必要がありました。この(ツールが)バラバラな問題を解決するために、必要な機能を統合し、『一般的なWebマーケティングがこれ1つでできるサービス』として開発したのがferret Oneです」(林氏)
きっかけは自分たちが直面した課題だったが、周囲のWebマーケティングに力を入れている企業に話を聞いてみても「複数ツールを併用することによって発生する煩雑さ」に悩んでいるという声が聞こえてきた。
どうやらこれは自社だけでなく、世の中の企業に共通する課題といえそうだーー。そんな考えからferret Oneのプロジェクトが本格化していった。
ただ、林氏によるとそこからが「大変な道のり」の始まりだったという。そもそもferret Oneの構想は、これまで複数のツールが担っていた機能を、オールインワンのサービスとして横断的にカバーするというもの。プロダクトのビジョンは壮大で必要な機能も多いため、つながりのある企業にヒアリングをしながら少しずつ開発を進めた。
特に当時はコンテンツマーケティングへの注目度が高まり始めていた時期だ。そこでこれからコンテンツマーケティングに取り組もうとしている企業を初期のターゲットに据えた。
ferret OneならCMSを使って簡単にサイトを立ち上げ、集めたリードをコンバージョンまでつなげていくことができる。そんな特徴を武器に、BtoBだけでなくBtoCを含めてさまざまな企業にアプローチをしたという。
初期の拡販は順調ながら「鬼のようなチャーン」に直面
「初期の拡販」という観点では、ferret Oneは順調なスタートを切ったように思えた。コンテンツマーケティングのニーズの高まりというトレンドに乗ったことに加え、マーケティングを体系的に学べるメディア「ferret」を通じて見込み客とのつながりもあったことから、膨大なコストをかけずとも顧客の開拓が進んだ。
ただ、1年後に起こった現象は予想をしていないものだった。ferret Oneの運営チームが直面したのは年間解約率70%の「鬼のようなチャーン」だ。
なぜそのような事態に陥ってしまったのか。林氏は初期のプロダクト開発時にヒアリングをしていた層と、実際にferret Oneを販売していた層との間に「ギャップ」があったことが大きいという。
もともとferret Oneはベーシック自身も含め、マーケティングに既に力を入れている企業の声を参考にしながら開発を進めてきた。一方で積極的に販売をしていたのは、まずはコンテンツマーケティングから始めてみようという企業であり、必ずしも社内にマーケティングの知見があるわけではない。
「特にtoC系のサービスで高度なマーケティングをやってきた人たちからすると、複数の機能が搭載されてはいるものの1つ1つは物足りない。一方でコンテンツマーケティングに初めて挑戦するような人の多くは『どうやって記事を書けばいいのか』『記事のテーマをどのように選べばいいのか』といったように、ツールを使うよりも手前の部分に悩みを抱えていました。その課題を解決するための手段が備わっていなければ、結局はコンテンツマーケティングの施策そのものが進んでいかないので、ツールも必要なくなってしまう。そんな構造の中で、(両方の顧客が)1年後には解約していってしまうという状況でした」(林氏)
PMFに時間を要した2つの理由
上記の要因に加えて、ferret Oneでは2つの観点からPMFまでに多くの時間を要してしまったと林氏は振り返る。
1つはチャーンまでの期間だ。当時ferret Oneは年間契約を採用していたため、解約として明確に結果に現れるのは販売から1年後になる。解約が出るまでの期間が長いとPMFに向き合うことが遅れかねない。もちろんサービスの特性によって最適なかたちは異なるものの「(PMFの観点では)チャーンがわかるのが1年後というのは時間がかかりすぎる」というのが林氏の考えだ。
もう1つは初期の拡販が上手くいっていたこと。実際にferret Oneはローンチからしばらくすると、月次で約30社ずつのペースで顧客が増え、MRRも積み上がっていった。
「1年後にチャーンが相次いでいたもののトータルのMRRは伸びていましたし、機能自体も改良されている。そこに手応えも感じていたので、このまま改善しながら事業を伸ばしていこうと考えていました。プロダクトに対して厳しいフィードバックも頂いたのですが、振り返ると当時はフラットに受け止められていない部分もあった。どちらかといえば(プロダクトそのものよりも)CSのフォローアップの体制を強化すればいいのではないか、プロダクトの良さが十分に伝わっていないだけではないかなど、そんな感覚の方が強かったように思います」(林氏)
「2年経っても減らないチャーン」を受けて方向性を変更
そのようなチーム内の雰囲気も、時間が経ってもチャーンレートが大きく改善されない状態が続いたことで徐々に変わっていった。
「拡販を始めてから2年後になってもチャーンレートが思うように改善できていない中で、今このバケツの穴をしっかりとふさがないと、新規の顧客を獲得し続けても期待するような成長が見込めないと感じるようになりました。改めて何が問題なのかを議論していった時に、そもそもお客さんがしっかりと使いこなせていないことや、全く体制が整っていないフェーズでは(ツールの提供だけでは)Webマーケティングを推進できないことなどが改めて整理できたんです」
「一方でBtoBでマーケティングの体制がある程度整っている顧客の場合は、(チャーンレートなどの数値が)他のセグメントと比べて相対的に良いことも見えてきた。それまでは、全方位でオールターゲットとまでは言わないものの、対象がはっきりと絞りきれていない部分がありました。そこでBtoBマーケティングを、会社として取り組む意思がある方々に向けてサービスを強化していこうと決めたんです」(林氏)
具体的にはサービスの月額利用料をミニマム5万円から10万円に値上げし、一方でツールの提供だけでなく、サイト制作やマーケティング施策のサポートなどを手厚くするかたちに変えた。
サービスのタグラインも「BtoBマーケティングをするならferret One」といったように、コアとなる利用者層がはっきりとイメージできるように変更。営業のやり方も見直した。
「もともとは1時間の商談があったとしたら、55分がプレゼンテーションと機能説明のようなイメージでした。(サービスのターゲットが明確になり単価も上がったことで)それが初回商談では50分をヒアリングに当てられるようになった。自分たちのサービスに本当に合ったお客さんなのかをしっかりと踏まえて上で、次の商談で相手に合わせた提案をしていくように変えたんです」(林氏)
痛みを伴いながらも手繰り寄せたPMF
営業のアプローチを変えたことで、短期的には受注のペースも月に数十件から1〜2件まで下がることもあった。
不安や難しさも感じたが「それ以上にまずはPMFを見込める顧客にフォーカスしてやっていかないと未来がないという課題感があったため、短期的に受注件数が落ちることよりも(PMFを達成することの方が)優先度が高かった」という。
対象となる顧客を絞り込み、それに合わせてサービスの内容やプライシング、営業、サポートの体制などを見直すーー。すぐに効果が出たわけではなかったが、改善を続けていくうちに少しずつ変化の兆しが見えてきた。
「以前はCSチームが顧客の声を聞きにいくのを躊躇っていた時期もあったんです。それ自体が危ない状態だとは思うのですが、聞きにいっても『プロダクトを使いきれていない』とか、『もう解約したい』と言われてしまうんですね。でも次第に『初めて受注が生まれました』『リード獲得が進んでいます』といったように、ポジティブな声が集まるようになっていったんです。NPSを取っても他の人に紹介したいと言ってくださる方が増えたり、実際に顧客経由での紹介や社内の別の部署への導入の事例が出てきて、本当に喜んでいただけているなと感じられるようになりました」(林氏)
定量的な数値としても一時は年間解約率70%だったチャーンレートが大幅に改善され、現在は月によっては解約が出ない程度まで減っている。MRRも月によって多少の違いはあれど、前年同月比で200%近い成長を継続しているような状況だ。
焦る気持ちがあっても「慌てないこと」が重要
現在ferret Oneではサービスを拡張しながら、PMFの幅を広げるような挑戦に取り組んでいるという。
BtoBという共通点があっても、50人以下の組織と300人以上の組織が求める機能は異なる。「Webマーケティングの大衆化」というテーマを掲げていることもあり、より多くの企業に使ってもらえるようなサービスへの進化を目指して今後も試行錯誤を続けていく。
「これまでを振り返って、PMFを目指していく上では慌てないことがすごく大事だと改めて感じています。このサービスがないと困るという熱狂的なファンを確認できた、もしくは自分たちのサービスを通じて顧客が本当に解決したかった課題を解決できていることを確認できない限り、急いでアクセルを踏んでも仕方がない。もちろん焦る気持ちもあるとは思いますが、そこを丁寧にやらなければ結果的に元に戻ってしまうことを僕たち自身も経験しました」
「だからこそ急がば回れではないですが、(初期の検証は)時間をかけてでもしっかりとやるべきだと思います。顧客にヒアリングをしても、必ずしも全ての人が本音でフィードバックをくれるわけではありません。本当に自分たちのサービスをお金を支払ってでも使いたいのか、他のサービスでは代替できない価値があるのか。しっかりと検証していくことが重要です」(林氏)