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ABMの基礎知識を学ぶ|ABM入門と実践ガイド第1回

法人営業
コンサルタント
政次 貴弘
コンサルタント
名生和史

「営業の生産性を向上したい」
「大手企業や特定企業との契約を獲得したい」

このようなビジネス課題を解決し、自社のビジネスを成長させる戦略に、ABM(Account Based Marketing:アカウント・ベースド・マーケティング)が注目されています。

しかしながら、ABMについては具体的な事例情報が少なく、「ABMに関心はあるが、実践方法がわからない」という声も多く聞かれます。

そこで才流では、『ABM 入門と実践ガイド』として、全6回にわたりABMの基礎知識から実践方法までを体系的に解説します。

第1回では、ABMの基本概念、注目される理由、全体像、そして日本の商習慣に適したABMモデルを紹介します。

不特定多数のリード獲得ではなく、特定企業との接点をつくり、広げるABM

才流では、ABM(AccountBasedMarketing:アカウント・ベースド・マーケティング)を次のように定義しています。

  • ターゲットアカウント(企業)を個社の単位まで定め、アカウントからのLTV最大化を目指すときに最適な戦略
  • 既存顧客・新規顧客を問わず、営業とマーケティングを中心とした各部門連携のもとで、ターゲットアカウントごとにカスタマイズされた、マーケティングおよび営業活動を行う

ターゲットアカウントとは、自社の商品・サービスが課題解決や価値提供に貢献し、同時に自社の事業成長を促進する企業のこと。ABMにおいて、もっとも重要な要素です。

実際に、ABMを取り入れたことで売上が伸びた事例を紹介しましょう。

株式会社ユーザベースの営業DXソリューション「FORCAS」(現・「スピーダ 顧客企業分析」「スピーダ 顧客企業データハブ」)は、2017年にリリースされました。

さまざまな企業で導入が進みましたが、ローンチから1年後には受注が横ばいの状態になってしまいました。マーケティングもインサイドセールスもKPIを達成していたのですが、受注につながらないのです。

フィールドセールスは1日に何件も商談しているのに、受注できない。そこで、各部署の責任者が集まり「ターゲットアカウントを絞ろう」という意思決定をしました

それまでの商談化率と受注率などを分析してわかった2つのセグメントから、600社のターゲットアカウントを定めた同社は、「この600社以外には営業しない」と決めます。そして、マーケティングもインサイドセールスも、ターゲットアカウントのリード獲得や商談創出へ向けた活動に注力しました。

その結果、商談化率も受注率も2倍近く向上。さらに、受注までのリードタイムも、3か月から2週間へと大幅に短くなりました。

FORCAS(現・「スピーダ 顧客企業分析」「スピーダ 顧客企業データハブ」)のABMシフトの流れ

このように、A社、B社と個社の単位までターゲットアカウント(企業)を絞り、そのアカウントに対して顧客戦略を立て、営業、マーケティングが一丸となってアプローチしていく。

この一連の取り組みが、ABMです。

※関連記事:「フィールドセールスだけが未達」から受注率が2倍に。FORCASの事例に学ぶABMの基本

ITSMA社のABMフレームワーク

ABMの先駆者といわれ、現在もABMのリーダー的存在であるアメリカの企業・Momentum ITSMA社は、ABMには3つのタイプがあると提唱しています。

出典:Momentum ITSMA『Three types of account-based marketing』を参考に、才流作成

3つのタイプを、簡単に紹介します。

Strategic ABM
個別のターゲットアカウントに対して、専門のアカウントチームが1対1で対応する(One to one accounts)。アカウントのビジネス課題を深く理解し、アカウントプランに沿って、アカウント別にカスタマイズされた営業、マーケティング活動が求められる。

ABM Lite
似たような課題やニーズを持つターゲットアカウント群に対し、一定の方向性でカスタマイズされたマーケティングを行う(One to few accounts)。アカウント数の目安は、5〜10社。対象が複数のアカウントになるため、テクノロジーを活用した面のアプローチが求められる。

Programmatic ABM
テクノロジーを活用し、数百のターゲットアカウントリストに対して、マーケティングを行う(One to many accounts)。

ABMの成功はターゲティングにあり

Momentum ITSMA社のフレームワークでも見られるように、ABMでは、ターゲットアカウントの設定がとても重要です。しかし、「ターゲティングは普段から行っている」という方が多いのではないでしょうか。

ABMと一般的なターゲティング手法の違いは、セグメントの粒度と精度にあります

一般的なターゲティング手法では、業界別・企業規模別など大まかにセグメントします。しかしABMでは、自社の商品・サービスが課題解決や価値提供につながり、自社の事業成長にも寄与する企業をターゲティングします。

セグメントは、売上規模や従業員数などの定量データに加え、企業の課題や目標、ヒアリング情報などの定性データをもとに行います。そのため、ABMでは従来の手法に比べてターゲットアカウントの数が絞り込まれます。

つまりABMを実践するうえで、「従業員数500人以上の企業」といった大まかな基準でのターゲティングは、適切ではありません。この粒度では、企業の成長可能性や実際のニーズを無視することになり、ターゲット外の企業も含まれてしまいます。

ABMでは提案先が限定的となるため、より戦略的なアプローチが必要です。そこで、個社ごとにカスタマイズしたマーケティングや営業の活動計画である「アカウントプラン」の作成が推奨されています。

アカウントプランは、各ターゲットアカウントに対して、どのようなアプローチを行うかを具体的に示したものです。この取り組みにより、限られたリソースを最大限に活用し、効果的な顧客との関係構築を目指すことができるのです。

日本でABMの実践は難しい?

Momentum ITSMA社のABMフレームワークは、とても合理的です。しかし、自社のビジネスに当てはめようと考えたとき、「ちょっと違うな」「うまくはまらないな」と違和感を覚える方もいるのではないでしょうか。

それは、ABMの発祥地であるアメリカと日本では、商習慣や組織文化に大きな違いがあるからだと考えます。

たとえばアメリカでは、トップダウン式の意思決定が主流であるため、経営層へのアプローチが重要視されます。一方、日本では現場主導のボトムアップで決裁プロセスを進めるケースが多くなります

一般的に、組織の役職に応じて決裁が可能な額は決まっています。大きな額の決裁を行うのであれば、ボトムアップ的に決裁を進めることが必要です。現場から稟議書を上げ、管理職層、部門責任者の決裁が通って初めて、契約に至ります。

また、クラウド経理ツールのような特定の部署で使う商品・サービスの導入の場合でも、組織の規模が大きくなるほど、経理部門のほかにIT部門や経営企画部など、他の部署の決裁が必要になります。多くの関係者の合意形成や調整が必要不可欠となるため、営業は顧客組織内のさまざまなキーパーソンとの接点をつくり、強固な関係性を構築することが求められるのです。

日本の企業は営業部門の影響力が強く、「俺の客問題」と呼ばれる顧客情報の囲い込みが起きやすいです。

そのため、マーケティング部門が主導してABMの実施を提案し、社内の合意を得ることは簡単ではありません。ABMの実践に活用できるテクノロジーやその環境も、日本とアメリカでは大きく異なります。

したがって、Momentum ITSMA社のABMフレームワークをそのまま日本の企業に適用することは、やや難しいのです。日本の企業特有の事情を考慮し、適切にカスタマイズすることが重要です。

※参考記事:日本のABMを阻む「俺の客問題」|シンフォニーマーケティング株式会社

日本の商習慣に適したABMモデル

日本国内のビジネスにおいてABMを成功させるためには、日本の商習慣や組織文化に適したABMのアプローチが必要です。

そこで才流では、日本の企業に適した3つのABMモデルを提案します。なお、LTVは目安です。モデルは、その他の要件も踏まえ、総合的に判断してください。

ABM3つのモデル。なお、リレーションマップとは、自社と顧客、または顧客内での関係性や役割を1枚の資料で可視化したもの。

各モデルを解説します。

ABMスモールモデル

ABMスモールモデルでは、商品・サービスのLTVの目安を500万〜1,000万円としています。

ARPA(Average Revenue Per Account。1アカウントあたりの平均売上額。 全体の売上÷アカウント数)で考える場合は、200万円前後を目安としてください。

この価格帯は、顧客側の決裁関係者も単独の傾向があります。そのぶん、1社あたりのLTVや契約金額は小さくなるため、事業の成長や予算達成を踏まえると多くの顧客と契約する必要があります。

そのため、ABMスモールモデルはターゲットアカウント数が多く、リード・ベースド・マーケティングの手法に近くなります。

ABMミッドモデル

ABMミッドモデルは、商品・サービスのLTVの目安を1,000万円〜3,000万円と想定しています。ARPAの場合は、200万円から1,000万円が目安です。

この額になると、顧客側の決裁に関与する人物も増え、複数の部署との関係構築が重要です。接点のないアカウントに対しては、BDRによるアプローチも推奨します。

ミッドモデルで注意したいのは、担当者のリソース配分です。ミッドモデルの失敗例としてよく挙げられるのは、すべてのターゲットアカウントに対して詳細なアカウントプランを用意し、更新を続けようとしてしまうこと。

しかし、ミッドモデルの規模ですべてのターゲットアカウントを細かく追うことは、現実的ではありません。その結果、中途半端になってしまい、失敗につながりやすいのです。

ミッドモデルでは、どの案件に対して何の施策を誰がどこまで行うかを見極める、管理職層の高いマネジメントスキルが求められます

ABMラージモデル

ABMラージモデルは、商品・サービスのLTVの目安を3,000万円以上と想定しています。ARPAの場合は、1,000万円以上が目安です。

この規模の導入ができる企業は、グローバル企業や業界トップの大手です。営業1人が担当できるターゲットアカウントは、1社から5社が適切でしょう。いきなり大きな成果を出すことは非現実的です。まずは全社で、ターゲットアカウントとの接点づくりや関係構築に注力します。

また、全社に導入するような業務変革系のサービスを提供する場合も、ABMラージモデルにあたるケースが多いでしょう。

たとえば、コールセンター向けのツールを提案する場合、担当者が1,000人いる組織では、1,000人が新しいツールを使って業務を行うことになります。すると、業務に少なからず影響が出ると考えられ、決裁者だけでなく現場担当者からの支持も得る必要があります。結果として、営業の難易度は高くなります。

ABMの全体像と実践の基本プロセス

では、ABMの全体像と実践プロセスを見ていきましょう。

ABMは、ターゲット選定、プランニング、アクションのプロセスに沿って進めます。そして、ABMの活動を支える基盤として、モニタリングと体制の整備も行います。

ABMの全体像

ターゲット選定

アプローチするアカウントの基準を設定し、ターゲットアカウントリストをつくります。

プランニング

ターゲットアカウントに対して何を実施し、何をしないかを決めます。リソースの最適な配分を行います。

アクション

ターゲットアカウントにどうアプローチするか、具体的なアクションを決めます。

ABM活動のモニタリング

ABMの一連の活動を継続的に観察、測定、評価し、アカウントプランどおりに活動できているかを確認します。アカウントプランどおりに進捗していない場合は、対応策を考え実行します。

体制の整備

営業とマーケティングが連携してターゲットアカウントへアプローチできるように、各部の役割の定義を決め、必要に応じて部署を新設します。また、データ整備、コンテンツ制作の強化やその管理など、活動をスムーズに進められるような体制を整えます。

営業とマーケティングの連携なしにABMは成功しない

ABMには「マーケティング」という言葉が含まれます。しかし、ABMの成功には営業とマーケティングの組織連携が不可欠です。

ABMでよく見られる失敗の1つに、マーケティング部門が独断でターゲットアカウントのリストを作成してしまうケースがあります。

営業部門の意見が反映されていないリストでは、営業活動を行うことが難しく、結果として「リストをつくっただけ」という状態に陥りがちです。すると、マーケティングは営業がリストに基づいて行動しないことに不満を持ち、「ABMは成果が出ない」と感じてしまいます。

このようなすれ違いを防ぐため、営業とマーケティングはそれぞれの責任者が同席し、ターゲットアカウントリストの作成段階から協力しあう必要があります

さらに、連携を効果的に進めるために、共通のモニタリングルールや体制の確立が欠かせません。

ABMを始めるときは、まず各部の管理職層で事業戦略を見直し、組織同士が連携する方針を固めましょう。

近年では、営業からマーケティング、カスタマーサクセスなど、収益に関わる部署を横断的にマネジメントするCRO(ChiefRevenueOfficer)のポジションや、CRO室を置く企業も増えてきています

ABMはすべての企業に適した戦略ではない。ABM採用の基準を紹介

営業戦略として魅力的なABMですが、すべての企業や商品・サービスに適した戦略ではありません。まずは、そもそも自社がABMを実施すべきかどうかの検討から行いましょう。

ABMを実践し、成果を出すためには次の条件が必要です。

ABMを検討する基準例。自社の商品・サービスやビジネスに適した戦略・手法の選択が重要です

とくに前提となるのは、LTVが大きい商品・サービスであること

LTVとは、ある顧客が取引を開始してから終了するまでの期間に、自社に対してどれだけ利益をもたらしたか、という収益の総額のことです。日本語では、顧客生涯価値といいます。

ABMは、成果が出るまでに一定の期間やリソースの投資が必要です。原則として、投資したリソースに対する見返りがあるかどうかがABM実践の可否を決めるポイントとなります

LTVの計算方法

LTV=1顧客あたりの月次粗利×平均継続月数

平均継続月数とはアカウント(顧客)の延べ継続期間をアカウント数で割ったもの。

A社のa事業部とb事業部で導入していて、それぞれ1年、半年と継続している場合、平均継続期間は(12+6)÷2=9か月です。

月次あたりの粗利が200万の場合、A社のLTVは1,800万円と計算します。

さらに、ABM検討の判断、そして実施するABMのモデルがわかるフローチャートを紹介します。

ABMの取り組みをはじめるうえで、ぜひご参考にしてください。


ABM 入門と実践ガイド第1回として、ABMの基礎知識を解説しました。
第2回では、ABMの体制づくりについて取り上げます。

才流では、ABMの基礎知識から実践方法を1つのコンテンツとしてまとめた『ABM 入門と実践ガイドブック』を無料でダウンロード配布しています。ABMを実践し、成果を出している企業の事例を交えながら、ABMの基礎知識、実践方法、組織体制と評価指標の設計を解説しています。ぜひ、ご参考にしてください。

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