SaaS企業は急成長を続けていて、Sansan株式会社を筆頭にARRが100億を超える企業が複数現れています(※1)。躍進の背景にあるのが“パートナー戦略”です。
日本では昔からパートナーセールス(代理店販売)の商慣習があります。ディストリビューターと呼ばれるSB C&S株式会社やダイワボウ情報システム株式会社、リセラーと呼ばれる大塚商会などの名前を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
一方で、新興のSaaS企業からは「パートナー戦略を軌道に乗せられない」との相談をよくいただきます。
そこで本記事ではパートナー戦略の重要性と成功事例、よくある4つの誤解と解決策を解説します。
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※1 出典:UB Ventures「SaaS Annual Report 2022」
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パートナーセールス(代理店販売)とは
パートナーセールス(代理店販売)とは、企業が他社と協力してプロダクトを販売する法人営業のことを指し、代理店営業、アライアンス営業とも呼ばれます。
おもな役割は、パートナー(代理店)の営業活動の支援であり、プロダクトを販売するノウハウの展開、商談同席、セミナーやキャンペーンの企画です。
パートナービジネスの成功の鍵は、パートナーの先にいるエンド顧客の成功にどれだけ関与できるかが鍵になります。
エンド顧客の成功に関与する動きが、パートナーの売上最大化につながり、巡り巡って自社の売上最大化につながるからです。
パートナーセールスにとって一番の醍醐味であり、難しく感じるところでもあります。
SaaS界隈でパートナー戦略が注目を浴びている背景
SaaS企業が事業を成長させるうえで、鍵を握るのがパートナー戦略。注目を浴びている背景を紹介します。
VCもパートナー戦略を推奨
シードからアーリーステージを対象とするベンチャーキャピタルであるCoral Capitalは、パートナー戦略の重要性を提言しています。以下は、パートナーサクセス株式会社秋國氏へのインタビュー記事からの引用です。
自分からニュースを拾ったり、ベンダーのWebサイトを見に行ったりして積極的に情報を探しに行くアーリーアダプター層に比べ、マジョリティ層はそこまで積極的にアクションは起こしません。むしろ、普段から付き合いのある代理店から、事例や推薦のような形で情報をインプットされることではじめて、SaaSベンダーの情報に触れる機会が大半です。
※出典:Coral Insights「SaaSがキャズムを超えるための新たな代理店戦略」
検索連動型広告やSEOなど、自分で能動的に情報を収集し、問い合わせする見込み顧客は氷山の一角。キャズム理論でいうところのアーリーアダプターまでと捉えるとよいでしょう。より一層ビジネスを拡大させるには、普段から顧客と接しているパートナーをおさえることが重要です。
SaaS上場企業のARR上位20社中18社がパートナー制度を導入
下の表の通り、SaaS上場企業でARR上位20社のうち18社がパートナー制度を展開しています。
中には売り上げの約6割をパートナーチャネルで生み出し、約4割の粗利を実現している企業もあるほど。
多くのSaaS企業は「THE MODEL」型の直販体制に主眼を置いていますが、上場企業で急速に事業を拡大している企業はパートナー戦略も手がけているのです。
※出典:note「【2023年2月更新】上場SaaS KPI公表の全て」の図表をもとに才流が作成
直販体制だけでは、成長はいずれ頭打ちに
国内には、直販体制ではリーチしきれない顧客が存在します。たとえば、地方の中小企業や、エンタープライズ企業など。
下図のように、日本に約360万者あると言われる中小企業や小規模事業者は、地域のITベンダーや大手IT総合商社、士業からプロダクトを導入します。また、大企業は基幹システムを構築しているSIerやITコンサルティング会社に相談します。
直販体制だけですべての顧客の窓口にリーチするためには、セールスの数を増やしたり、拠点展開を進める必要があります。しかし、セールスの数に比例して増える人件費や固定費を考慮すると、現実解とは言えません。そこで考え得る選択肢のひとつが、パートナー戦略です。
※出典:中小企業の身の丈に応じたITツールの普及促進について|中小企業庁の資料を参考に才流が作成
パートナーセールスを展開しているSaaS企業の事例
パートナーセールスを導入し、売り上げを伸ばしている企業の事例を3つ紹介します。
セーフィー株式会社
セーフィー株式会社はクラウド録画可能なインターネットカメラを開発している企業です。2021年9月には東証マザーズに上場しました。クラウドモニタリング・録画サービスシェアは47.5%。ARRは右肩上がりで伸びており2022年3月末には約60億円を計上しています。
同社のパートナーチャネルは、販売パートナーとOEMパートナー(同社の製品を仕入れ、パートナーのブランド名で販売すること)が存在します。NTTグループ、Canonグループ、SECOMグループ、関西電力グループなど大手企業が名を連ねています。パートナーチャネルの売上構成比は2022年3月時点で54%です。
同社の特徴は、資本業務提携によりパートナーから資金調達を行っている点です。2014年に設立した同社が急成長を遂げた背景には、大手企業との強固なパートナーシップがあるといえるでしょう。
※参考:PRTIMES「セーフィー株式会社、オリックス・関西電力など5社と資本業務提携9.7億円の資金調達を実施」
※出典:2022年12月期 第1四半期決算説明│セーフィー株式会社P5・25・27
株式会社ラクス
株式会社ラクスは楽楽精算などバックオフィス支援のためのクラウドサービスを提供する企業です。2022年3月期のクラウド事業における売上高は約167億(前年比135.9% )と右肩上がりに成長しています。
2019年より導入したパートナー戦略も受注を伸ばしており、2022年3月期は約2億円(前年比134.8%)と高い成長率となっています。
同社のパートナー戦略部門ではパートナー企業のリード獲得から受注までを一貫してサポート。パートナー企業との中長期的なシナジーを重視し、販売戦略の提案も行っています。採用ページでも積極的にアピールしており、パートナー戦略への力の入れ具合が伝わります。
※参考:株式会社ラクス「パートナーとのアライアンス強化を通じ、西日本における販路拡大を目指す」
※出典:2022年3月期 決算説明資料│株式会社ラクスP9・17
AI inside株式会社
AI inside株式会社は文字認識機能を搭載したAIプラットフォーム「AI inside Platform」を提供する、2015年創業のスタートアップ。AI-OCR市場においては単独で64%のシェアを誇ります。
パートナーは「販売パートナー」、「OEMパートナー」、「製品連携パートナー」の3分類。2022年3月末時点で104社が登録されています。
売上高は2021年3月期で約46億円(前年比288.9%)、営業利益率は脅威の51.3%です。2022年3月期は大手パートナーの不更新案件の影響を受け、売上高が減ったものの、その影響を除外した売上は順調に伸びています。
同社がパートナー戦略にアクセルを踏んだのは2019年。そこから売上高を伸ばしています。2018年3月期と比較して2021年3月期は約16.5倍です。
2022年6月にはパートナー企業を招待した「AI inside Partner Summit 2022」を開催。今後の展望や「Partner Award 2022」の発表を行っています。
高い技術力と製品力を持つ同社にとって、パートナー企業と足並みを合わせた協業や、パートナーサクセスはビジネスを拡大させるために必要不可欠な取り組みであるといえるでしょう。
※参考:AI inside株式会社「ともに事業拡大するパートナーサクセスを目指して、AI inside Partner Summit 2022を初開催【イベントレポート】」
※出典:2022年3月期 決算説明資料│AI inside株式会社P10・41・44・48
パートナーセールスは自社に必要か?2つの判断基準とは
パートナー戦略は事業成長を加速するための手段として有効な一手になることがあります。しかしながら、セールスの数を増やせば案件も増えるという安易な考えで、やみくもに契約パートナー数を増やすのは効果的ではありません。
むしろ売ってくれないパートナー数が増え、管理コストが上昇することもあります。パートナー戦略は、セールスの数を増やす観点ではなく、顧客へのリーチ手段のひとつとして、以下の2つの観点で検討しましょう。
- マジョリティ層へのリーチ
- 新規セグメントの攻略
マジョリティ層へのリーチ
Webでの情報収集が積極的なアーリーアダプター層へのアプローチが一巡し導入が進むと、次はマジョリティ層へのアプローチが必要です。マジョリティ層は、能動的に情報収集を行わない企業や課題に気付いていない企業です。
まだ、自社がマジョリティ層にアプローチができていない場合は、普段から顧客の窓口部門と接しているパートナーとの協業体制を構築するとよいでしょう。
例えば、地方には「ローカルキング」と呼ばれる、当該商圏に強いパートナーがいます。ローカルキングとパートナー契約を締結することで、Webでは積極的に情報収集しない層へリーチできます。
新規セグメントの攻略
新しい業界や地域での拡販には、専門知識や業界特性の理解を要します。また、新規セグメント内での認知度もゼロからつくり上げていく必要があります。これらの時間コストを短縮するために、すでに顧客と関係構築ができているパートナーと協業体制を敷きます。
たとえば、Zoom社は米国での売上の90%は直販によるものですが、日本では反対に70%の売上がパートナーチャネルでの販売で成り立っています。日本の商慣習に合わせて、すでにコネクションがあるパートナーチャネルを活用した好例です。
また、ホリゾンタルSaaSでもバーティカルの視点で市場攻略を進めている例もあります。弁護士ドットコムと三井住友フィナンシャルグループの合弁会社として誕生したSMBCクラウドサイン株式会社は、資本提携まで踏み込んだアライアンスで、金融業界での導入拡大を進めています。
パートナー戦略における4つの誤解と解決策
キャズムを超え、売上を伸ばすためにパートナー戦略は有効です。しかし、導入したからといって必ずうまくいくわけではありません。よくある誤解は以下の4つです。
- パートナーと契約すれば、すぐに売ってもらえる
- ディストリビューターと契約すれば、案件が増大する
- パートナー戦略はいつ始めてもいい
- 大手企業とのパートナー契約は難しい
誤解1「パートナーと契約すれば、すぐに売ってもらえる」
インセンティブが多いと動機づけも強くなります。しかしあくまでパートナー企業に商品を売ってもらうための要素のひとつにすぎません。パートナー戦略を成功に導くためのKSF(Key Success Factor:重要成功要因)は以下の3つです。
- パートナーの事業にメリットがある
- パートナーが儲かる
- パートナーが売りやすい
株式会社ラクスは、パートナー企業への同行セールスだけでなく、リード獲得や販売戦略の立案なども行っています。とくにパートナー契約後の初期段階においては「売れる実感」を抱いてもらうことが重要です。
パートナー戦略の導入後は、自社が積極的にパートナー企業のセールス活動に関わる必要があります。その活動を通して、パートナー戦略のチーム内に、商品の売り方やQA集などのナレッジも蓄積できます。
パートナーと契約締結してもすぐに売れるわけではありません。パートナー企業は複数商品を取り扱っているケースが多く、販売の優先順位を完全にコントロールすることはできないからです。自分が売る立場になるとわかりますが、以下の観点でアプローチを考えましょう。
- パートナーの既存事業と相乗効果が見込めるか
- インセンティブが魅力的かどうか
- 売りやすいかどうか
つまりパートナー企業の既存事業との相性や売れるためのサポート、インセンティブ設計が重要なのです。
誤解2「ディストリビューターと契約すれば、案件が増大する」
SB C&S株式会社やダイワボウ情報システム株式会社などの大手ディストリビューターの販売ネットワークは強固なものです。しかしながら、契約すれば自動で案件が増えるわけではありません。
ディストリビューターとの取引契約の締結は、販路拡大やパートナー管理コストの軽減などのメリットがある一方で、注意点もあります。一例として、受け身の営業体制であること、ディストリビューター特有の商流を見越したプライシング設計が必要になることを理解しておくとよいでしょう。
※関連記事:ディストリビューターの実態が知られていないので、解説してみた
誤解3「パートナー戦略はいつ始めてもいい」
パートナー戦略は、知見がない状態から始めると、体制構築から軌道に乗るまでに試行錯誤を繰り返し、2~3年ほどの期間を要します。直販と兼任で、片手間で取り組んでいてはさらに時間がかかかります。
「AI inside株式会社」は2019年にパートナー戦略を立上げ、2年足らずで大きな成長を遂げた成功事例です。しかし直近では大手代理店の契約不更新などもありました。試行錯誤を行いながら、体制構築に取り組んでいる最中といえます。
上場など大きなイベントを計画している場合は、想定している事業戦略から逆算してパートナー戦略の計画を立てるとよいでしょう。
誤解4「大手企業とのパートナー契約は難しい」
商品との相性や提案内容によりますが、大手企業とのパートナー契約も十分可能です。セーフィー株式会社は2015年設立のスタートアップ。設立2年後の2017年には、キヤノンマーケティングジャパン株式会社やオリックス株式会社など、大手企業とパートナー契約を締結しています。
ターゲットとなり得るパートナーがどのような商材を欲しているか、そこに対してどのような提案ができるか、狙いと目論見を明確にしたうえで、戦略を検討することが重要です。
※関連記事:SaaSビジネスがパートナー(代理店)契約で「選ばれる」ための提案書テンプレート
パートナー戦略は軌道に乗せるまでに、時間と労力が必要です。しかしながら、一度走りだせば大きな成長のエンジンになり得ます。