事業を取り巻く環境の変化や人材の流動化が進むなか、営業組織には、個人に依存した営業活動から脱却し、営業成果を最大化する仕組みづくりが求められています。
そこで才流(サイル)では、営業組織が変わろうとするときを「営業組織のブレイクスルー」と捉え、成長企業・注目企業の経営者や営業パーソンの皆さまを取材します。
今回お話をうかがったのは、SaaSサービスの比較サイト「BOXIL SaaS」を運営する、スマートキャンプ株式会社の石黒 有晟さんです。
累計掲載社数800社、BOXIL会員は15万人と、SaaSマーケティングプラットフォームとしての存在感を強めるBOXIL SaaS。石黒さんは、同事業の成長を牽引する営業組織つくりに尽力してきました。
営業組織全体のスキルアップを目指して、マネージャーはどのような関わり方ができるのか?
石黒さんの取り組みを、才流コンサルタントの井出 孝尚が聞きました。
[BOXIL SaaSの営業組織の変遷]
- The Model型組織の利点がいかせず、体制を変更
- 営業活動の質と量にこだわり、営業メンバー一人ひとりをフォローアップ
- 組織で活躍できる人材の定義が明確に。ハイパフォーマーの採用につながり、組織全体の営業スキルが向上
BOXILカンパニー執行役員COO 営業統括本部 本部長
経営企画室 室長
大学卒業後、エイチームを経て、2019年11月にスマートキャンプへ入社。BOXIL SaaSのカスタマーサクセス、同セールスマネージャーを経験後、営業統括本部の本部長に。現在は、BOXILカンパニーの執行役員COOも兼任。BOXIL SaaSを軸とした事業全体の経営企画にも携わっている。
インサイドセールスとアカウントセールスの2体制・BOXIL SaaSの営業組織
井出 はじめに、BOXIL SaaSについて教えてください。
石黒 BOXIL SaaSは、SaaSサービスの比較サイトです。2023年3月現在で、累計掲載社の実績は800社、BOXIL会員は15万人を突破しました。
BOXIL SaaSの特徴は、SEOに強いこと。たとえば「CRM 比較」で検索すると、検索上位にBOXIL SaaSの該当ページが表示されます。
また、BOXIL SaaSと情報メディア「BOXIL Magazine」に掲載できる「BOXIL Ads」や、メールマガジン、オンラインの展示会「BOXIL EXPO」などの幅広いサービスがあることも強みです。
BOXIL SaaSを軸に、さまざまなサービスを組み合わせ、サービスの認知からリード獲得まで一貫したマーケティングをご支援しています。
井出 石黒さんは、スマートキャンプに入社後、BOXIL SaaSの営業組織全体のスキルアップに取り組まれてきたとうかがいました。現在の営業組織は、どのような体制でしょうか。
石黒 私がマネジメントしている営業統括本部には、15人ほどのメンバーが所属し、インサイドセールス(以下、IS)とアカウントセールス(以下、AS)の2つの部署にわかれています。
営業統括本部としての業務は、BOXILの各サービスを通して、SaaS企業さまのマーケティング課題の解決をご支援することです。
ISがリードの獲得から商談作成まで、ASが商談から受注、受注後のフォローまでを担っています。
※アカウントセールス(AS):アプローチする企業(アカウント)を絞り、関係性を深めていく営業手法
井出 ASがカスタマーサクセス(以下、CS)も担当しているんですね。
石黒 はい。BOXIL SaaSはプロダクトやサービス情報の掲載によるリード獲得だけでなく、マーケティングのさまざまなご支援が可能です。ASでは、リード獲得の最大化やウェビナー集客のご支援、リードからアポや受注へつなげる仕組みの設計・運用まで、幅広く対応しています。
The Model型の利点がいかせず、目標未達が続く
井出 ここからは、石黒さんの取り組みについて教えてください。以前の営業組織は、どのような体制だったのでしょうか。
石黒 私が入社した2019年当時の体制は、The Model型を採用していました。セオリー通り、マーケティング、IS、フィールドセールス(以下、FS)、CSの4機能に分業していたんです。
しかし、目標未達が続いていました。「BOXIL SaaSの成長にあたって、一番のボトルネックは営業だ」といわれても仕方がないほどの状況でした。
その頃の私はCSチームの1メンバーでしたが、組織全体に「目標を達成しよう」というマインドが薄かったことを覚えています。営業目標に対して、架電数もアポイント数も下回る状況が、当たり前になっていました。
井出 分業がうまく回っていなかった?
石黒 そうですね。たとえば、CSが「FSの受注・訴求のやり方が悪いから、お客さまが解約してしまう」と言えば、FSは「商談が少ないのはISが商談を取らないから」と答えるような状態で。
ISも「マーケが取ってくるリードが足りないし、リードの質が悪い」と主張してしまう感じでした。
井出 自分たちが目標を達成できない原因は、前工程にあると考えていたんですね。
石黒 メンバー視点での印象ですが、営業の進捗を確認するミーティングも、活気がなかったように思います。
このような状況下では、組織の根本的な変化が必要です。そこで、2020年3月にISとマーケティングが統合し、FSはCSと統合してASを置くという、現在のISとASの体制になりました。
そのタイミングで、私はASのリーダーとなり、組織の立て直しに関わり始めたのです。
営業計画を立て、営業活動のルールや判断基準を明文化
井出 組織を活性化するために、どのような施策を行いましたか。
石黒 営業組織の改善に特効薬はない。そう考え、営業活動に必要な当たり前のことを愚直に積み重ねてきました。そのプロセスは、大きく分けて3つのフェーズがあったと捉えています。
井出 各フェーズでの取り組みを、くわしく教えてください。
石黒 フェーズ1では、ASの育成に注力しました。具体的には、2つの施策に取り組んでいます。
1つ目の施策は、営業目標に対して「逆算型」の思考を組織に定着させることです。
一般的な営業活動の計画は、売上などの目標に対し、「商談が月○件は必要。受注率が○%だから、リードは月に○件必要」と逆算して活動内容を設計していきます。
しかし、その頃の組織では逆算型の思考がなく、「10件しかリードがないから、3件受注できそう」という、悪い意味の積み上げ型思考になっていました。
そこで、「営業目標の達成のためにどんな活動がどのくらい必要か?」を考え、やるべき営業活動の目標を数値でわかるようにしたのです。
石黒 2つ目の施策は、営業活動の基本的なルールや意思決定に関する判断基準の整理と明文化です。
月間行動数の目安やサービスのカスタマイズ範囲、「商談後のお礼メールは、その日に送る」のような細かいルールまで言葉にしました。それくらい、全員の認識がバラバラだったのです。
設定したルールや判断基準は、ひとつにまとめ、全員に共有し、いつでもどこでも確認できる状態にしました。
そのうえで、メンバーがルールや判断基準にあわない行動をしていたら、リーダーとして逐一フィードバックしました。当時は「お客さまのメールのCCには必ず石黒を入れる」と決め、メールを送るタイミングや内容まで、細かく指摘しています。
井出 どのようなフィードバックをしていたのでしょうか。
石黒 たとえば、「商談後のお礼メールは当日に送る」のルールに対して、メールが翌日になっていたら、できなかった理由を考えてもらいました。お礼メールの内容に不備があれば、細かいところまで指摘しました。
オンライン商談の録画も、メンバーと一緒に見返していました。「お客さまの本当のニーズを引き出すためには、受け答えのここで、こういった仮説をぶつけないといけないよね」のようなフィードバックに、メンバーは「細かすぎ…」と思ったかもしれません(笑)。
井出 一般的に、ルールを決めただけでは実務に反映されないことも多いです。実際に石黒さんが手を動かし、フィードバックを行い、次につなげていく関わりをしていたんですね。
石黒 そのほかにも、「このお客さまはどんな課題を持っているのか」といった仮説の立て方や提案の準備なども細かく見ていました。
一方で、メンバーの成長した点を見つけたときは、伝えるようにしていました。
「Aさんは商談のオープニングが苦手だったけれど、前に指摘したところが改善されている。その結果、お客さまが前向きに商談をしていましたね」と具体的に伝えると、あるべき行動が定着します。
メンバーの一人ひとりにフィードバックをしていたので、労力はかかりました。評価基準が変わり、不満を持つメンバーがいなかったわけでもありません。
ですから、しだいに「目標を達成するために何が必要か?」と主体的に考えられるメンバーが出てきたことは、嬉しかったです。組織が変わっていく手応えを感じました。
ハイパフォーマーを採用。営業組織全体のスキルも一気に向上
石黒 続いてフェーズ2では、ISも含めてマネジメントするようになり、営業活動量の底上げ、既存のお客さまに対するアプローチ強化に取り組みました。
この時期は、前期よりも2倍の売上目標を設定していました。メンバーのスキルを少しずつ底上げするだけでは、達成できない目標です。
そこで、やるべき営業活動の量を一気に引き上げました。ISであれば、前期より倍以上のリード数をつくる、といったレベルです。
さらに、新規のお客さまの契約だけでなく、既存のお客さまのアップセル、クロスセルにも注力し始めました。既存のお客さまのリード数や商談化率を分析し、それらの伸びしろを見つけ、新しいメニューを提案していきました。
また、解約率を下げるために、受注後のオンボーディングのシナリオを精査したり、社内外の成功事例を共有しあったりと、実行できるアクションを次々に取り入れていきました。
このフェーズでは、メンバー自身で自分の成長を実感したり、主体的に改善点を見つけられるよう、SFAと連携し営業活動を可視化するツール、SALESCOREを導入しています。
石黒 そしてフェーズ3では、採用を強化しました。
ここまでの取り組みで、BOXIL SaaSの営業として活躍できる人材、必要なスキルなどが明確になり、ハイパフォーマーの採用につながっています。
ハイパフォーマーが入社したことで、他のメンバーも刺激を受け、営業組織のレベルが一気に上がりました。
井出 ハイパフォーマーの採用は、組織のスキルを上げるひとつの手段です。石黒さんのケースでは、「自社の組織で活躍できる人材」が定義されていることがポイントですね。
石黒 営業にとって「お客さまと向き合う」ことは重要です。ただし、ビジネスモデルや事業フェーズによって、その関わり方は変わります。採用で重視した点は、BOXIL SaaSの今の事業フェーズに適したお客さまとの関わり方ができるかどうかでした。
そのうえで、私たちはベンチャー企業。組織だけでなく、さまざまなことが目まぐるしく変わります。変化を前向きに捉えて仕事をする人が、活躍できる組織です。
私の価値観ですが、営業として大事なことは数字から逃げないこと。お客さまに喜ばれる仕事をしたうえで、数字を達成することがBOXIL SaaSの営業には求められます。そして、「この人から商品を買いたい」と思わせる力があるか。
感覚的ですが、そのような人と出会えるまで根気強く面接を続けました。
メンバーに主体性が生まれ、目標の2.5倍を達成
井出 営業組織の変革の結果、どのような変化がありましたか。
石黒 売上目標よりも、2.5倍の数字を達成できるようになりました。「目標必達は当たり前」という文化が生まれ、営業活動の質も高くなっています。
さらに、メンバーの一人ひとりが主体的にデータを見て、課題を発見し、改善策を考えて実行できるようになりました。
井出 以前の組織では、協力体制が築きづらかったとうかがいました。現在のISとASの関係性はいかがでしょう。
石黒 部署同士の連携が増えました。その背景に、ISとASで共通の目標を追っている点が挙げられます。
一般的にISのKPIは、商談獲得数や商談転換率になるケースが多いです。しかしそのケースでは、数の多さや数値の高さに注目してしまい、お客さまの予算額まで意識が向きません。
そこで、ISのKPIを、商談獲得数からASが受注した金額に変えたのです。
結果、ISの意識が変わりました。「このお客さまには、このような課題があります。こんな提案が喜ばれそうです」のような仮説の提案や、「ISの見解はこうですが、ASとしてどう思いますか」など、建設的な対話をしています。
井出 商談獲得数を追うだけでなく、商談化すべきかのコントロールや、初回商談前の仮説立案まで提案できるISの存在は、心強いですね。
「営業」という枠を超え、マーケティング課題を解決できる組織へ
井出 おわりに、石黒さんが目指す営業組織像を教えてください。
石黒 お客さまのマーケティング課題を今以上に解決できる営業組織にしていきたいです。
サービスを売るだけでなく、SaaS企業さまの本質的なニーズを捉えて、課題解決につながる具体的な施策をご提案する。場合によっては、BOXIL SaaSのサービスに限らず、他社のサービスまでおすすめすることがあってもいい。
そのくらい、お客さまのマーケティング課題に向き合える営業組織は強いですよね。
そして、営業だけに留まらず、サービスの改善や新しいサービスの開発ニーズがあれば、積極的に社内へ提案できる営業パーソンがいる組織が理想です。
「BOXIL SaaSの営業出身なら、どんなサービスでも任せられるね」と頼られるような人材を、次々と輩出する営業組織を目指していきます。
才流コンサルタントが要点を解説
営業改善を目的とした組織の再編は、よく行われる打ち手です。しかし、再編のみに留まり、その効用を引き出すまでに至らないケースが少なくありません。
そのようななか、スマートキャンプでは、組織再編をきっかけに営業スキルの向上に取り組み、行動水準の基準値やメンバーのマインドを引き上げていました。
成果につながったポイントとして、ステップを踏んで着実に施策を実行したことが挙げられます。
- 営業活動のルール決め
- 一部の部署からルールの徹底を行い、対象となる部署を拡大
- 段階的な行動水準の引き上げ
- ハイパフォーマー採用によるスキル水準の引き上げ
一見、シンプルな施策のように思えますが、「当たり前の基準を決めて徹底して実行」は、簡単にやり切れることではありません。
たとえば、「商談後のお礼メールは当日に送る」のルールに対して、メールが翌日になっていたら、できなかった理由を考えてもらいました。お礼メールの内容に不備があれば、細かいところまで指摘しました。
そのほかにも、「このお客さまはどんな課題を持っているのか」といった仮説の立て方や提案の準備なども細かく見ていました。
オンライン商談の録画も、メンバーと一緒に見返していました。「お客さまの本当のニーズを引き出すためには、受け答えのここで、こういった仮説をぶつけないといけないよね」のようなフィードバックに、メンバーは「細かすぎ…」と思ったかもしれません(笑)。
スマートキャンプ 石黒さん
当たり前の基準も抽象的にせず、「メールを送るタイミングや内容」まで言語化し、具体的な行動に落とし込んでいる点も、注目すべきポイントでしょう。
また、営業目標から逆算し、実行すべき活動量を可視化したことも重要です。基準と数値の可視化は、セットです。数字によるコミュニケーションができると、PDCAが回せるようになり、営業活動の改善が進みます。
スマートキャンプ石黒さん、ありがとうございました。
(撮影:ヤマダヤスヒコ 文:杉山直隆|オフィス解体新書 取材・編集:水谷真智子)
連載「営業組織のブレイクスルー」
才流では、あるべき営業の進め方を整理し、営業の属人化の解消を支援しています。属人的な営業活動からの脱却や営業担当者の早期成長をご希望の方は、お気軽にご相談ください。
「セールスイネーブルメントコンサルティング」のサービス詳細を見る