事業を取り巻く環境の変化や人材の流動化が進むなか、営業組織には、個人に依存した営業活動から脱却し、営業成果を最大化する仕組みづくりが求められています。
そこで才流(サイル)では、営業組織が変わろうとするときを「営業組織のブレイクスルー」と捉え、成長企業・注目企業の経営者や営業パーソンの皆さまを取材します。
今回お話をうかがったのは、電話面談システム「bellFace」を提供する、ベルフェイス株式会社(以下、ベルフェイス)の西山 直樹さんです。
同社のエンタープライズ営業の部署を立ち上げ、組織をリードしてきた西山さん。「SMB営業からエンタープライズ営業への挑戦は想像以上に厳しかった」と語ります。
その経験は、営業組織の生産性を最大化させるために作成した営業プレイブック(※)に活かされ、同社のエンタープライズ営業の指標になっています。
SMB営業とエンタープライズ営業の違いや、営業プレイブックを定着させる仕組みなどを、才流コンサルタントの井出 孝尚が聞きました。
※営業プレイブック:自社のあるべき営業活動のノウハウをまとめたマニュアルや資料のこと。セールスプレイブックとも呼ばれる。
才流では、個人に依存した営業活動から脱却し、営業成果を最大化する仕組みづくりを支援しています。「受注率を改善したい」「営業パーソンのスキルを高めたい」といったお悩みをお持ちでしたら、ぜひご相談ください。
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[ベルフェイスの営業組織のブレイクスルー]
- 解約急増を受け、金融機関を中心としたエンタープライズ企業への営業にシフト
- 営業組織の生産性、採算性向上に着手。エンタープライズ営業のノウハウを営業プレイブック化
- 営業活動の質の向上、評価軸の明確化につながる。営業プレイブックが、エンタープライズ営業の行動指標に
2015年、ベルフェイスの創業に参画。セールス・マーケティング・CS・アライアンスなどのビジネス部門全般を管掌し、レベニュー最大化を目指した組織全体を陣頭指揮。
解約増加という逆境で見つめ直した、営業組織の生産性
井出 ベルフェイスでは、コロナ禍を境にエンタープライズ営業へとシフトし、そこで得たノウハウを営業プレイブックとしてまとめているとうかがいました。
あらためて、営業プレイブックを作成した背景を教えてください。
西山 われわれベルフェイスは、電話面談システム「bellFace」を提供しています。サービスをリリースした2015年〜2020年までのあいだ、まさに絵に描いたような順調さで売上を伸ばしてきました。
しかし、コロナ禍でオンライン商談の機会が増えるなか、一般的なオンラインコミュニケーションツールの浸透により、bellFaceの解約が増えてしまうというハードシングスを経験しました。この状況を受け、SMBからエンタープライズ企業へのアプローチへ、事業戦略の転換を図ります。
一連の立て直しを行うなかで、重視すべきだと再認識したのは生産性です。
多額の調達を行なったスタートアップには、投資いただいたお金でアクセルを踏み、売上高を伸ばしていくという至上命題のフェーズがあります。ただ、このフェーズでは、どうしてもコスト意識や生産性、採算性の優先順位が下がってしまうんです。
井出 ベンチャーのジレンマであり、悩ましい問題ですね。
西山 ベルフェイスも御多分に漏れず、事業の成長にフォーカスするあまり、いろいろな歪みが生まれていました。とくに、SLG(※)でアプローチするSaaSの他社と比較したとき、われわれの営業組織は生産性に大きな改善余地があると気づいたのです。
※Sales-Led Growth:営業による成長のこと
生産性を改善しなければ、売上を伸ばしても再び同じことを繰り返してしまいかねません。一人ひとりが、迷いなく成果を再現できる組織へ変貌しなければならないと考えました。そこで、営業プレイブックを作成し、成果が出る行動を可視化して、方程式に落とし込もうと決めたのです。
長期戦のエンプラ営業では、正しい営業活動の型が必要
井出 全社的な生産性を見直すなかで、とくに営業組織の改善が重要だと判断されたんですね。そのうえで、エンタープライズ営業へのシフトも、営業プレイブックの作成に影響しているのでしょうか。
西山 そうです。実は私自身、エンタープライズ企業にアプローチをすると決め、各部署の敏腕プレイヤーを集めて部署を立ち上げましたが、1年近くなかなか成果が出せない、無風状態を経験しています。目に見える成果がないと、やっていることが正しいかどうかがわかりません。答えがない問いに向き合うことは、本当に苦しいんです。
対してSMB営業には、答えがあります。たとえば、受注率、商談化率から計算すると、1日に行うべき商談数や、マーケティングで創出するリード数が見えてきます。やるべきことがシンプルで、迷いがない。
西山 エンタープライズ営業の立ち上がり直後は、生産性が著しく低いです。エンタープライズ企業を担当する組織には、大きな数字を短期的に求めてはいけないと考えます。
ただ、「数字をすぐに上げなくてよい」状態に甘えていると無風状態が続き、今度は不安になってくるものです。やっている本人たちも楽しくなくて、組織がどんどんギスギスします。
営業プレイブックは、成果が見えにくいフェーズを良い方向へ導くためのマニュアルです。営業プレイブックがあることで、「この通りに取り組むとよいのだ」と信じられる。そして、がんばれるんです。
エンタープライズ営業では、営業活動のなかで何が正しい行動なのかを、より明確にすべき。それを実感しているからこそ、営業プレイブックの作成につながったと思います。
営業マネージャーやハイプレイヤーが営業プレイブックを執筆
井出 では、ベルフェイスの営業プレイブックをくわしく教えてください。
西山 営業プレイブックの狙いは、営業組織の生産性を最大化することです。成果の標準化に向けて、営業担当者それぞれが正しいプロセスを踏める指南書のようなコンテンツとして作成しました。営業マネージャーみずからが執筆したノウハウがまとまっています。
たとえば、「大規模案件の有効商談化率を最大化させるために、事前に踏むべき3つのステップ」「アカウントプランの作成方法」などです。営業プレイブックは、notionで作成・管理しています。
井出 どのような方法で作成したのでしょうか。
西山 営業プレイブックは、事業戦略本部長の岩田恭行が発起人です。彼が課題意識を持ち、リーダーとなって営業プレイブック作成のプロジェクトを立ち上げました。
具体的には、構成を考える前に各営業へインタビューをするところから始めています。営業のキャリア問わず、その人の仕事のやり方や工夫しているポイント、成功体験をインタビューしていきました。
並行して、われわれのターニングポイントとなったお取引の特徴も、細かくヒアリングしました。たとえば、商談回数や商談相手、どういった内容の商談を行うとフェーズが上がるのかなどを分析しています。
インタビューやビッグディールの分析をしていくと、やっていることはバラバラながらも、商談がうまくいく法則が見えてくるんです。商談成功の確率を高めていくため、共通するアクションは何か?を、さらに掘り下げていきました。あわせて、見えてきた組織の課題も整理していきます。
井出 ハイパフォーマーだけにインタビューするのではなく、現場のさまざまな成功体験を聞くことで理想的な商談の共通点が見えてくるのですね。
西山 そして、課題をもとにリーダー(岩田さん)が構成を考え、営業のマネージャーや、ハイプレイヤーをアサインして、実際にコンテンツを書いてもらいました。
「このコンテンツは、〇〇さんに書いてもらおう。このTipsは〇〇さんの言葉で書きたい」などを考えながら、アサインしていましたね。現場の最前線で取り組みをしている人たちが時間をつくって、営業プレイブックの作成を率先しました。
井出 みなさん、実務で忙しいと思います。正直なところ、プロジェクトに対してどのような反応でしたか。
西山 営業プレイブックで目の前の売上がつくられるわけではないので、全員が全員、最初から前向きに取り組んでいたわけではなかったと思います。もちろん、口には出しませんが。
ただ、われわれの営業の生産性や採算性には改善の余地があるという背景を説明し、再現性高く、非連続な成長を遂げるためには、中長期的に見て営業プレイブックが必要であることをうながしました。
それに、少しずつでも作成を始めていくと、情報が蓄積されて、プレイブックの形になっていくんです。最終的には、みんな前向きに取り組め、完成したときには取り組んだ意義や価値を分かち合えていました。
井出 営業プレイブック作成には、どのくらいの時間がかかったのでしょうか。
西山 一通り内容がまとまった初版は、半年ぐらいかかりました。まだ作成中の項目もありますし、改善も続けています。
「できていないこと」「次にやるべきこと」が可視化され、営業活動の質が向上
井出 営業プレイブックを活用し始めて、どのような成果が出ていますか。
西山 やるべきこと・やらなくてよいことが明確になり、案件ごとの状況把握の質が上がりました。
営業プレイブックは、やるべきことが星取表のように整理されています。そのため、「今できていないこと」や「次に起こすアクション」がわかり、迷いません。よって、会議やお客さま理解といった営業活動の質が向上しているんです。これから定量的な成果も出てくると考えています。
井出 そのほかにも成果を感じた点はありますか?
西山 営業の評価指標が明確になりました。
エンタープライズ営業は時間がかかるため、今期取り組んでいることが数字に現れないケースも少なくありません。ですが、営業プレイブックに従ってちゃんとステップを踏めていれば、もし目の前の数字が上がっていなくても、ゆくゆくは成果につながることがわかっています。
だから、現場のメンバーたちも営業プレイブックを信じて迷わずにやるわけです。「目の前の数字がつくられていなくても、今やるべきことができていればOKなのだ」と、マネジメント側も評価しやすくなった。これも営業プレイブック導入の成果に間違いありません。
営業プレイブックの遵守率を評価に紐づける
井出 営業活動の改善では、「マニュアル化などの施策は実施している。しかし、実務につながらない」という企業の悩みをよくうかがいます。営業プレイブック活用の定着には、どのような工夫をしているのですか。
西山 「営業プレイブックにそった活動をせざるを得ない仕組み」を、ガチガチにつくりました。
たとえば商談準備でいうと、営業プレイブックにはコンタクトすべき役割の人たちや事前に必ず掴んでこなければならない情報を埋めるアカウントプランがあり、営業はこれにそって活動しなければなりません。
すると、「この情報が足りない」「この人を握れていない」がわかり、うまく進んでいない要因も見えてきて、次に何をすべきかもわかります。
井出 アカウントプランは「埋めていく項目が何か?」が重要です。営業プレイブックはマニュアルではなく、実務の一つひとつに紐づくレベルで仕組み化されているんですね。属人化も防げます。
西山 マニュアルはいつでもつくれるんです。大切なのは、どうやって形骸化せずに定着させていくか。われわれの場合は、営業の評価指標のなかに営業プレイブックの遵守率があります。極論、遵守率が規定のパーセントを越えないと、給与が下がる場合もある。
反対に、営業プレイブックの遵守率が100%だったら、売上が上がっていなくてもプラスの評価になります。「目の前の数字には現れていないが、営業プレイブックに従って進んでいるから、成果は出てくるはず」と評価するんです。評価軸に結びつけなくては、仕組みは形骸化します。
井出 これまでもベルフェイスでは、営業改善の施策を行なってきたと思います。以前の施策と、今回の営業プレイブックに違いはありますか。
西山 今ふりかえると、過去は改善らしき施策に留まり、成果につながるような取り組みになっていなかったと思います。
以前は、商談が決まるシナリオをまとめた商談鉄板フローや、お客さまから喜ばれた取り組み、仕事の工夫をSlackに投稿し、チーム内に共有する習慣がありました。また、よいナレッジを営業組織内にシェアする、ナレッジシェア会も月に1回行っていたんです。
しかし、局所的でした。よいナレッジや取り組みであっても、一貫性がなく、商談のどのフェーズで再現できるナレッジなのかがわからなかったり、Slackでシェアしたままストックされなかったりと、活用ができていませんでした。
営業プレイブックは、理想とする商談のあり方が定義され、その実現を目指して組織が進むべきステップが体系的にまとまっている。さらに、やるべきことが実務に落とし込まれ、評価と連動しています。ここが、これまでの改善施策との違いだと思います。
行動の必要性に気づき、営業の型に合わせた先に、イネーブルメントがある
井出 エンタープライズ企業への営業活動では、SMB営業とは異なるスキルが必要になったと思います。組織に対して、営業プレイブックのほか、どのようなセールスイネーブルメントを実施したのでしょうか。
西山 エンタープライズ営業の基本は、ABM(※)です。そのため、まずアカウントリストを限定し、お客さまを深く理解するため、アカウントプランやパワーチャートをつくる時間を確保していきました。
※ABM(Account Based Marketing/アカウント・ベースド・マーケティング)特定の企業を決め、その企業に特化したマーケティング施策を行う手法
そして、先ほど説明した営業プレイブックの遵守率やSalesforceへの入力などを通して、エンタープライズ営業に必要な要素を意識するようにしていったんです。「これをやらなければいけない」の仕組みをつくり、自分で調べてお客さまのことを考えるしかない状態に持っていきました。
井出 「教える」ではなく、やらなくてはならない仕組みをつくったんですね。
西山 セールスイネーブルメントでは、最初に研修やマニュアル化を想像する人が多いです。でも、研修やマニュアルで知識を得ても、できるわけではありません。まずは、「今自分にはこれが必要なんだ」と気づくことが大事。気づきがなければ、教えても変わらないんですね。
なのでベルフェイスでは、まず営業プレイブックを通して「こういう項目を入れなさい」「こういった情報が必要ですよ」と気づかせ、アウトプットをつくるフレームをつくりました。すると、あるべきアウトプットが見えてきて、インプットも変わってきます。そのようにして、営業のサイクルが変わる取り組みを実施しています。
才流コンサルタントが解説
エンタープライズ営業は成果がすぐに見えづらく、多くの企業が苦戦しています。
ベルフェイスの事例は、エンタープライズ営業の「正しいプロセス」を定義することで、目指すべき営業活動の方向性を整えたという、好例です。
西山さんは、次のように話しています。
営業プレイブックは、やるべきことが星取表のように整理されています。そのため、「今できていないこと」や「次に起こすアクション」がわかり、迷いません。よって、会議やお客さま理解といった営業活動の質が向上しています。
ベルフェイス 西山さん
井出 エンタープライズ営業は、行動量などの数字による評価が難しいといわれています。対してベルフェイスでは、「営業プレイブックどおり進められているか」を営業の評価基準の1つにしていました。
ベルフェイスの営業プレイブックは、各案件の進捗や課題、やるべきことが明確になるよう設計されています。そのため、マネジメントも評価に迷うことがないのです。
また、営業プレイブックの作成プロセスでは、ポジションに関係なく各営業メンバーの成功体験を深掘りした点が印象的でした。
営業の型づくりでは、ハイパフォーマーのやり方をベースにするケースが多いです。そのため、「ハイパフォーマーがいないから営業の型づくりは難しい」と悩む企業もいますが、各営業の成功体験から共通点を見出すベルフェイスのアプローチは、参考になるのではないでしょうか。
今回はエンタープライズ営業中心のお話でしたが、受注/失注に至るプロセスの正しい進め方を定義する試みは、すべての企業で取り組める内容です。
西山さん、ありがとうございました。
(撮影/ヤマダヤスヒコ 取材・文/水谷真智子)
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