ビジネスにおいて、安くていいものが売れるのは当然のことです。しかし、BtoB企業ではこれと反対の現象がしばしば起こります。
「新サービスは既存サービスより低単価で内容も優れているのに、既存サービスばかり売れている」
このような場合、営業パーソンが「新サービスを売りたい」と思えるような環境が整備されていないのかもしれません。
私は、前職の医療系Webコンサルティング会社で3年間営業を、残りの3年間で新規事業の開発を経験しました。本記事では、数々の新規事業開発に従事した私の経験から、新サービスが売れない事例と対処法を語ります。自社の新サービスが売れないことにお悩みの方は、ぜひチェックしてみてください。
新サービスが売れない原因は営業組織にあるかもしれない
価格が安く、内容も既存サービスより優れている新サービスを立ち上げたものの、営業が受注してくるのはより高額の既存サービスばかり……というケースは意外と多いものです。
そこで、これまで関わってきた複数の事例から新サービスが売れない原因を探ってみました。すると、新サービスが「売れないのではなく、売ってもらえない」ケースが多いことがわかりました。
BtoB企業の営業組織では、売上や粗利などの目標に対する達成率が営業パーソンの評価基準の一部であることがほとんどです。結果として、営業パーソンは自分の目標を達成するために、安いサービスより高額のサービスを売ることを優先してしまいます。
また、営業パーソンは新サービスを売ることに対して不安を抱えているため、消極的になりがちです。
このように、新サービスの内容の良し悪しにかかわらず、営業パーソンが売りたくなるような環境が整っていないことが新サービスが売れない大きな原因となりうるのです。
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営業が新サービスを売りたくなる4つのポイント
新サービスを既存の営業組織に売ってもらうためには、社内の営業パーソンを顧客に見立てて、「どうすれば動いてもらえるのか」を体系的に考える必要があります。
営業パーソンの不安を解消し、新サービスを売りたくなるような環境を整えるために、以下の4つのポイントを押さえて実践していきましょう。
- 営業のモチベーションをつくる
- 営業の協力者(エバンジェリスト)を巻き込む
- 営業が売りやすい環境を作る
- 営業の手離れを良くする
それぞれについて解説します。
1.営業のモチベーションをつくる
たとえば、新サービスの単価が既存の主力サービスの2分の1以下である場合、既存サービスよりも高い営業評価を得るには2倍の受注数が必要です。これだと営業パーソンが新サービスを売りたくなる状態とはいえません。
そこで、期間を決めて新サービスを販売した際の営業評価を上げることをおすすめします。新サービスの単価を上げることは難しいので、社内の評価基準を調整するほうが現実的です。
極端な話ですが、売上が落ちてしまっても営業評価が上がるのであれば、新サービスを売りたいというモチベーションはつくれます。
そもそも実績が少なく、サービスの質もじゅうぶんに高まっていない新サービスを高単価で売るのは至難の業です。
まずは自社の営業組織の評価基準を知ることからはじめましょう。
インセンティブ支給では売れない
営業パーソンのモチベーションを高める方法として真っ先に思い浮かぶのは、インセンティブ支給ではないでしょうか。
インセンティブ支給とは、「1件売れたら◯万円」といったように、営業パーソンに対してインセンティブ(報酬)を支給する方法のことです。
しかし、インセンティブ支給によるモチベーション管理は、現実的にはうまくいっていないケースが多いです。
私の前職でも、新サービスの販売のために1件販売したら3万円のインセンティブを何度も支給していましたが、モチベーションの向上にはあまり効果がありませんでした。
一般的な営業組織では、未達なのに大量のインセンティブを稼いでいる営業パーソンは評価されません。そのためインセンティブが高いサービスよりも、目標達成に直結するサービスのほうが売れるのです。実際に、目標達成している真面目な営業パーソンは、個人のインセンティブより来月の仕込みを優先していることが多いです。
重要なのは「営業評価につながる設計」です。もちろん、企業カルチャーや社員のマインドによって千差万別ではありますが、単純なインセンティブ支給ではうまくハマらないケースが多いことは覚えておきましょう。
2.営業の協力者(エバンジェリスト)を巻き込む
そもそも、新サービスを販売するのは営業パーソンにとって負担でありリスクのある行動です。
【営業パーソンが抱える負担・リスク】
負担:サービス内容をきちんと理解し、顧客に案内しなければならない
リスク:サービスの実績がないため、トラブルが起きてクレームにつながりやすい
こういった負担やリスクをできるだけ低減し、営業が売りやすい環境をつくることが大切です。そこで、営業組織の中でエバンジェリストとなる存在を見つけましょう。
営業パーソンの大半は、負担とリスクを避けたくて新サービスの販売に消極的になりがちです。しかし、営業組織の中にも新しいことにチャレンジしたい人は必ず存在します。
前職では、社内に新サービスを浸透させる際に最初から全社展開を狙わず、一部の営業パーソンにのみ展開しました。そこで意識したことが、社内におけるキャズム理論です。
キャズム理論とは、イノベーターやアーリアダプターなどのいわゆる「新しいモノ好き」な人たちと、アーリーマジョリティやレイトマジョリティなどの検討や行動に時間がかかる大多数の人たちの間には深い溝(キャズム)がある、というマーケティングの理論です。
社内も同様に、新しいことにチャレンジする人はほんの一部で、多くの人は変化を嫌います。最終的に全社展開をするためにも、まずはイノベーター、アーリーアダプターを味方につけることを意識しました。
もし社内に協力者が見つけられない場合は、新サービスの担当者自身が営業して実績をつくることもおすすめです。
例:某大手食品メーカーの新規事業
実際に新サービスをリリースしたものの、営業が売ってくれない事態に直面したある企業の事例を紹介します。
某大手食品メーカーのA社では、新規事業としてBtoB向けのデジタルサービスをリリースしました。しかし、社内にはデジタルサービスを販売した経験のある営業パーソンが存在しなかったため、誰も売ってくれないという事態に。
そこで新事業の担当者自ら顧客を訪問し、サービス説明や商談を行いました。すると徐々に成果が出はじめ、大手企業での導入も決まりだしたのです。
社内の営業組織に対して大手企業での導入に至った成功事例を伝えたところ、ようやく新サービスの販売に興味を持ってもらえるようになりました。現在は新サービスに特化した営業パーソンを育成するなど、事業は軌道に乗り始めています。
3.営業が売りやすい環境を作る
営業が売りやすい環境を整備することはとても大切です。しかし、実際にはその工程を省いてしまうケースが多いようです。
私自身も前職では「実績がない状態」で、「必要最低限の営業資料だけ用意」して、「全社に1回説明会」をしただけで、あとは新サービスが売れるのを待っていただけでした。もちろん、新サービスが勝手に売れることはなく、販売は伸びませんでした。
営業組織の中から協力者となるエバンジェリストを見つけたら、まずは共に実績をつくることに注力しましょう。
この時点では、採算や効率は度外視しても問題ありません。ひとまず既存顧客の中から10社程度に導入してもらい、実績をつくります。そこから営業資料やWebサイトに展開していくのがポイントです。
また、営業に必要なコンテンツを用意するのも忘れないようにしましょう。営業資料、競合比較、QAなどは全社展開する前に用意しておきます。さらに、問い合わせ窓口を設置することをおすすめします。新サービスを販売する営業パーソンは不安を抱えているので、「何かあったら聞ける」環境を作ることで背中を押せるからです。
ここまで準備できたら、いよいよ社内に向けた説明会を実施します。しかし、ただ説明するだけでは理解を得られず、販売も進みません。「営業するメリット」をしっかり伝えて、そのうえで質疑応答によって営業の不安を解消しましょう。
複数の営業拠点がある場合は、拠点ごとに説明会を実施することも効果的です。人数を絞ることで参加者は質問しやすくなり、説明する側も拠点の事情に合わせて案内できるというメリットがあります。
4.営業の手離れをよくする
新サービスを売ってもらうためのポイントは、「手離れがよさそう」だと営業パーソンに認識してもらうことです。 売った後に面倒な作業が多いことも、営業の販売力が低下する原因になるからです。
営業パーソンの立場からすると、契約後は一切の手間がかからないのが理想です。 そのため、場合によっては案件のトスアップだけを営業パーソンに依頼して、商談〜受注はサービス部門で巻き取ってしまうのも手です。
また、受注後のフローは丁寧に整えておきましょう。
新サービスでは、受注後のフローが曖昧なことが多いです。また、フローが構築されていても営業パーソンに伝わっていないケースがしばしばあります。受注後のフローについては、説明会などで丁寧に説明しておきましょう。
【事例】営業の評価基準を変えて新サービスが売れたケース
ここからは、実際に営業の評価基準を変えたことで、新サービスを営業が売ってくれないという課題を解決できた企業の事例を2つ紹介します。
2社の事例は、単価を上げづらい新サービスの初期に有効な打ち手となる一方で、リスクも存在します。営業の大半が新サービスの販売に舵を切ってしまうと、直近の既存サービスの売上は低下し、会社全体としては業績が悪化してしまうからです。営業評価にどのくらい色をつけるのかは経営判断となります。事例を参考に、「営業のモチベーションをつくる」という観点で自社に合わせて取り入れてみてください。
安いサービスが売れないIT企業の例
私の前職での事例を紹介します。
前職では安いサービスは売れず、高いサービスばかり売れていましたが、その原因は明白でした。営業評価で粗利目標が設定されていたからです。
【新サービスが売れない原因】
- 1人あたり月に250万円の粗利目標を設定
- 1人の営業がこなせる商談数は多くても月に20件程度
- 営業の平均受注率は10%程度
- 受注できるのは月に平均2件
- 粗利125万円以上のサービスを売らないと達成できない構造
当時、開発部がつくった新サービスの大半が粗利50万円以下でした。当然、営業は見向きもしないので、新サービスが売れることはありません。
会社としては、新サービスの販売を優先させたいと考えていました。しかし新サービスの単価を上げられず、営業パーソンのモチベーションをつくれないことが課題だったのです。
そこで会社と交渉して、新サービスの販売についてはリリースから1年間のみ1.25倍の評価を与えるようにしたところ、一転して販売は順調に進みました。こうして最初の1年で販売実績をつくり、サービスをブラッシュアップすることに成功。営業評価が通常の評価に戻っても、しっかりと売れる状態をつくることができました。
月額のSaaS事業が売れないシステム開発会社の例
某大手システム子会社(A社)の事例です。
A社は、SI事業を中心に展開する年商数千億円の企業です。営業組織では売上に基づく業績評価を採用していました。
SI事業は莫大な売上を稼ぎ出すものの、利益率は決して高くありません。莫大な人的リソースも必要となるため、A社としては月額で積み上がるSaaS事業の売上を伸ばしていきたいと考えていました。
しかし、その販売は低迷するばかり。サービス自体の問題もありましたが、一番大きな要因は「SaaS事業を売っても目標達成しないので、優先度が下がってしまう」ことだったのです。
【SaaS事業が売れない原因】
- 営業の評価基準は売上
- ショット売上が大きいSI事業と月額SaaS事業を同じ営業が担当
- SaaS事業を売っても達成できない構造
- 達成できないSaaS事業の優先度が下がってしまう
そこでA社では、月額SaaS事業の販売に対して24か月分の営業評価をつけることにしました。たとえば、月額3万円のプロダクトを販売したら売上評価は72万円となります。こうして営業がSaaS事業を販売するモチベーションをつくることに成功し、販売が加速していきました。
まとめ
新サービスが「売れない」のではなく、営業に「売ってもらえない」ケースは世の中にたくさんあります。
新サービスを売ってもらうには、以下のように営業が新サービスを売りやすい環境を整備することが大切です。
- 新サービスを売ることで営業評価につながるようにする
- 営業パーソンの不安を解消できるようにサポートする
- 受注後は営業側に一切の手間がかからない体制をつくる
新サービスを売ってもえらえないことに悩んでいたら、本記事を参考に営業が売りたくなる環境づくりに取り組んでみてはいかがでしょうか。
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