ビジネスにおけるプライシング、すなわち料金設定は重要です。しかし、その重要性を分かっていたとしても、どうすれば良いのか、何から始めれば良いのか悩む方も少なくないでしょう。
私自身も以前営業をしていたとき、値上げすることよりも値下げをして楽に受注したいという心理的圧力がありました。
今回は、花王でマーケティング、経営戦略、海外事業などを担当された後に、アメリカの江崎グリコの代表取締役として海外版ポッキーの業績を急拡大させた中井俊介氏にヒアリングをしました。
中井氏が、業績拡大に向け最初に着手したのが、本記事のテーマであるプライシング変更です。
取り扱う商材は一般消費者向けのものですが、
- プライシング変更の考え方
- ブランド育成
- 広告に対する考え
などはBtoB企業にも参考になる点が多いです。
是非ご一読ください。
ーープライシング変更によって、どんな成果があったのでしょうか?
私が、米国の江崎グリコの代表取締役社長になったのは2014年です。
もともと江崎グリコはアメリカで2001年からビジネスをやっていましたが、2004年から2013年まで、売上はほぼ横ばいでした。
私が赴任して以降、業績は
- 売上は5倍近く
- 営業利益率は6倍
と伸びました。
なぜ、そこまで伸びたかというと、$1だったポッキーの※提案店頭価格を倍の$2に変更したことで粗利率が改善され、ブランド育成のための広告や人材獲得といった施策が打てるようになったからです。
そもそも、そこに至るまでにどういったストーリーがあったのかをお話します。
※提案店頭価格:あくまでメーカーが提示する価格。店頭の売価は流通が決めることなので、メーカーは拘束できません。
ーー中井氏が赴任される前までは、何が課題だったのでしょうか?
元々、海外版ポッキーの提案店頭価格は$1でした。
これは、同じグラム数のお菓子で競合にあたるHERSHEY’SやM&Mの価格が$1だったためです。
ただ、実際に店頭で売られていたHERSHEY’Sなどのお菓子は$1.5ぐらいが多かったです。
というのも、ウォルマートやコストコなどの小売業者と我々メーカーとの間には卸業者がいます。$1にしてしまうと、彼らの利益がなくなってしまうため、海外版ポッキーを$1で売って欲しいと提案しても実現しませんでした。
また、$1だと事業構造的に粗利が残らず、
広告が打てない
↓
認知されない
↓
ブランド育成ができない
といった課題がありました。
そこから、当時40グラムだったポッキーを廃止し、新たに1本70グラムの大きいサイズにして2ドルに値上げをしました。
ーー値上げの反対はありませんでしたか?
もちろん反対はありました。
当時、我々が値上げする際の利害関係者は、
- 小売(コストコ、ウォルマートetc)
- 卸
- 消費者
この3つです。
小売には直接話をしにいき解決しました。
我々のようなメーカーが小売と直接話すことを卸には嫌がられましたが、卸は売れるものをたくさん売ってくれるところなので、売れないものをいかに売るかを考えるのはメーカーの役割です。
店頭価格を値上げしても同じ個数を売ることができれば、単価が上がることで卸や小売の粗利が増えるので、値上げ自体喜ばれることはわかっていました。ブランドを育成すれば、店頭価格が上がっても販売個数を伸ばすことは可能であると考えていました。
ただし卸や流通が嫌がるのは自分のところだけ値上げされることです。
なので一斉に値上げをしました。
よく、アイスやお菓子が値上げをするニュースがありますよね。実はあれはテクニックの一つで、流通業界に対する広報を使った告知になります。
消費者観点で言えば、本来はブランド育成をせずに値上げをしてはいけません。しかし、当時の海外版ポッキーはほとんど認知されていないと考えていました。
値上げに対する社内からの反発は相当ありましたが、押し切って値上げを実行しました。すると、短期的に見ても売上が上がったので継続することになりました。
売上が増えれば広告を打ち、ブランドを強くできます。
それでもアメリカの広告費は高いので、いわゆる一般的な
- テレビ
- 新聞
- 雑誌
- ラジオ
といった広告は一切やりませんでした。
例えば、サンフランシスコで1000GRP(延べ視聴率)のテレビCMだと約5億円かかります。
※参考:日本では1000GRPで1億円
広告を打つ上で重要視したのは、トライアルの母数をいかに増やすかでした。
ーートライアルとは何のことでしょうか?
トライアルは、文字通り試しに食べてもらうことです。
トライアルなきブランド広告は空振るとわかっていました。そのため、とにかくポッキーを一度食べてもらうよう100万個のサンプリングを用意して、配布専用のトラックを全米に走らせました。
100万個のポッキーを用意。店頭をジャックし、無料配布する
重要なポジションである店頭をポッキー配布専用トラックでジャックし、その周りでポッキーを無料配布したのです。
アメリカにおけるポッキーの重要なターゲットは学生、特にアニメギーク(アニメマニア)です。
アニメギークは、日本のアニメに出てくるポッキーを元から知っていました。
そこで、「周りのみんなはM&Mを食べているけれど、私はみんなと違ってポッキーを食べる」といった自己表現に使えるような仕掛けをしました。
元々、アメリカのスーパーマーケットはPOSデータで管理されているため、陳列される商品がどの店に行っても類似しており、消費者は飽きていました。
これを加味し、ポッキーは、
- 細いスティック形状だから食べる姿がかわいく見える
- 箱にたくさん入っているから友達に分けられる
- ランチになると話の中心になれる、人気者になれるかもしれない
このような情緒価値で勝負をしました。
ポッキーを店頭で配るときは、事前に店に連絡をしておき、
- トラックを使ったキャンペーンをやるので、店頭にポッキーをジャックさせてください
- そのかわり、きちんと週販(週間販売売上)を計測してください
と、事前に握っておきます。
このようなことを続けていると、コストコなどの週販が伸び、卸のバイヤーが向こうからポッキーを置きたがるようになります。
価格交渉力が持てるようになり、値下げせずに売れるようになるのです。
また、トラックによるキャンペーンは広報に役に立ちましたね。
テレビ局のニュースに取り上げてもらうことが多く、次の町にいくときは事前にテレビ局に連絡をしておくことで露出の回数が増えていきました。
ーーブランド育成とおっしゃっていましたが、計測はできるのでしょうか?
よく、広告代理店の方がブランドを
- 認知率
- 購入経験有無
などをもとにして、ブランドスコアとして数値化しますが、定点で観測可能な信用できるデータがありませんでした。
自己満足になりがちですし、「そもそも、それが何なの?」と思います。
私たちは、お店のPOSデータを見て、店舗毎の週販が伸びているかどうかを計測していました。
ーー今回のプライシング変更プロジェクトの難易度はいかがでしたか?
おこがましいかもしれませんが、イージーでした。
というのも、米国のポッキーが当時はまだ認知されていなかったためです。
例えばこれが、数十年多くの消費者に知られているような商品であれば、利害関係者が増えるため難しくなります。
そのため、価格は据え置きのまま、中身が少なくなっているお菓子を最近見かけると思います。
私は嫌いですがね。
結局、ベストは既存ユーザーのメリットを作り、値上げすることです。
まとめ
インタビューは以上です。
個人的に面白かったのは、
- 値上げは認知されてない時がチャンス
- 広告は高いので、トライアル数を増やすことに注力
- トライアル数を増やす施策が、テレビ露出などにつながる好循環を生んでいる
- ブランド育成を意図しているが、見る数字は売上
このあたりです。
SaaSプロダクトで無料デモ体験を申し込むといったオファーがよくあります。記事内にある考え方を踏襲して施策を打つ場合、何らかの方法で母集団を作り、体験の数を増やすことになります。そう考えると、実際にプロダクトの体験をできる展示会は理にかなっていると感じますね。
是非参考にしてみてください。