ソフトバンクグループの決済・金融事業を担う、SBペイメントサービス株式会社様。決済取扱高は8.0兆円(2023年度実績)と業界トップクラスに位置し、年々事業成長を続けています。
才流では、大手企業向けアプローチの強化を推進する同社へ、ABM(アカウント・ベースド・マーケティング)の戦略をご提案しました(2023年3月)。
今回は、その大手企業開拓プロジェクトの実行フェーズとして、営業本部を対象としたABMの実装と伴走支援を行った事例をご紹介します。7か月にわたる支援のなか、プロジェクトに参加した営業の皆さまの変化や得られた成果について、同社の林さん、松浦さん、平野さんにお話を伺いました。
大手企業開拓に適した営業の型を身につけ、組織を底上げしたい
─ 大手企業開拓プロジェクトの開始にあたり、営業ではどのような課題があったのでしょうか。
林 ソフトバンクでは、通信事業を基盤に新たな事業拡大を目指す成長戦略「Beyond Carrier」を掲げています。当社もグループの一員として、より大きな事業拡大を目指しており、大手企業の開拓に注力してきました。
しかし、大手企業の開拓とは高い山を登っていくようなもの。経営視点からは、いくつもの難所を超えていくために、中長期的な視野を持った営業戦略が必要だという課題がありました。
さらに現場視点で見ると、担当者の個性や経験をいかした営業活動が中心になっており、営業プロセスの標準化はまだこれからの段階でした。そのため、現場は成果を出していたものの、経営幹部層がどのタイミングでどう動くべきか意思決定をする判断材料が充分ではなく、適切なサポートがしづらいというフラストレーションがあったのです。
林 また、組織の成長に伴い、マネジメント層が一人ひとりに向き合える時間が減ってしまうことも懸念でした。
才流では、2022年末にSBペイメントサービス様の営業推進室(現在は営業推進本部) 営業戦略部よりご依頼をいただき、大手企業向けアプローチの強化としてABM戦略を立案。提案を採用いただき、2023年5月より第一営業本部へのABM支援を実施しています。
参考記事:「大手企業向けの営業方針が定まり、次期からやるべきことが見えた」ABM戦略の立案をご支援(才流お客さま事例)
営業メンバーを選出し、ABMの考え方・実践方法を段階的にインプット
─今回は、実装と伴走の2つのフェーズにわけ、7か月かけて段階的にABM支援を行いました。具体的な取り組みを教えてください。
政次 ABMとは、ターゲットアカウント(企業)を個社の単位まで定め、アカウントからのLTV最大化を目指すときに最適な戦略です。営業とマーケティングを中心とした各部門が連携し、ターゲットアカウントごとにカスタマイズされたマーケティングおよび営業活動を行います。
ABMは、ターゲット選定、プランニング、アクションのプロセスに沿って進めます。そのうえで、ABMの活動を支える基盤として、モニタリングと体制の整備も行います。今回のご支援では、プランニングとABM活動のモニタリング体制を整えました。
政次 まず実装フェーズでは、SBペイメントサービス様が大手顧客開拓を進めるうえでの目的と課題の再整理を行い、営業プロセスを作成しました。
その後、第一営業本部内で営業メンバーを6名アサインいただき、ABMの考え方・実際の進め方を研修や勉強会、個別ディスカッションを通して支援してまいりました。
政次 SBペイメントサービス様のABM戦略では、ターゲット顧客をどのように開拓していくかをまとめたアカウントプランの作成・活用が重要となります。
実装フェーズでは、2か月間という短い期間でアカウントプランをつくり、実際に活用するという高い目標がありましたが、皆さん通常業務がお忙しいなかでも、実直に取り組まれていました。
皆さんの意識が一段と変化したのは、リレーションマップの情報が増え、正しくリスクが想定でき、次のアクションにつながるというスモールサクセスが得られたときですね。ABMの手応えを感じてくださり、前向きに次の伴走フェーズへ進められたと考えています。
政次 次の伴走フェーズでは、支援対象のメンバーを増やし、第一営業本部内におけるABMの実践を拡大していきました。
伴走フェーズでも、まずは勉強会から行い、実際にアカウントプランを書いていただくところからスタートしています。そして、参加メンバーそれぞれと、毎週30分のディスカッションを行い、リレーションマップの書き方や活用方法、アカウントプランに沿ったアクションの決定などフィードバックいたしました。
伴走フェーズの後半では、私が商談にも同席し、商談全体に対するフィードバックも行いました。
「大手企業開拓の営業プロセスに課題がある」ことに気づく
─松浦さん、平野さんは伴走フェーズから参加されました。印象的だったことを教えてください。
松浦 最初に、研修としてリレーションマップを書くところからはじめたんです。政次さんが用意したフォーマットどおりに書いてみると、お客さま社内の担当者や役職者の関係性や当社との関係性が1枚に可視化されました。「ABMでは何をするのか?」について理解が深まりました。
また、目指すべきゴールを明確にすることも新たな発見でした。これまでは、個々のお客さまに応じてその都度柔軟に対応することが多かったんです。しかし、アカウントプランをつくり、お客さまとどうなりたいのかというゴールを設計し、ゴールに向かって計画を立てていくことが重要なのだと理解できました。
平野 ABMに取り組み始めた当初は、ゴールの設計が難しかったです。そもそも、いつもの営業活動でゴールを意識していなかったことにも気づきました。
これまでを振り返ってみると、できることをゴールにしていたり、できなかったらゴールを変えたりと、ゴールの設計があいまいでした。お客さまと長期的なお取り組みを設計せず、お客さまとの面談を受けて、次のアクションを行うという、単発的な対応になっていたと思います。
しかし、アカウントプランに沿って進めるうちに「最終的にできないという結論が出るまでゴールは変えない」「ゴールから逆算したアクションが重要」のように、認識が変わっていきました。
※関連記事:
ABM、エンタープライズ営業に必須。アカウントプランのつくり方|ABM入門と実践ガイド第4回 | メソッド | 才流
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毎週30分の個別ディスカッションで進捗報告の重要性を実感
─才流の支援報告後にいただくGood & Moreの評価では、コンサルタントとの個別ディスカッションを高く評価いただきました。具体的に、どのようなところが印象に残っていますか。
平野 週1回30分のディスカッションでは、進捗の確認や次のアクションのアドバイスがありました。毎週の進捗報告は大変でしたが、その報告や確認がアカウントプランに沿って進めていくためにも、とても重要なのだと実感しました。
今回、私は現場メンバーの1人として参加しましたが、将来マネージャーの立場に立ったとき、チームメンバーの進捗を定期的に確認し、モチベーションを維持するにはどうすべきか?の観点で、とても大切な気づきを得られました。
とくに、政次さんから「取り組んだけれど結果が出なかった、ということも一つの成果です」というアドバイスをいただいたことが印象に残っています。
─林さんは、プロジェクトが進むなかで、組織にどのような変化を感じましたか。
林 7か月のプロジェクトを振り返ると、現場の意識の変化を感じます。たとえば、大手企業開拓の営業プロセスでは、当社上層部の思考や動きを把握するほか、会社のリソースを活用するために、適切なタイミングでの情報共有が求められます。その重要性を理解し始めているメンバーが、徐々に増えてきたと感じています。
営業パーソン1人で動くのではなく、社内外の人脈やアセットを活用して組織で動くほうが投資対効果が高いと気づいているメンバーは、ABMに取り組み始めていると思います。
リレーションマップが情報共有や営業活動の共通言語に
─今回のプロジェクトでは、どのような成果がありましたか。
松浦 アカウントプランを軸に、資料の型、発表の場が決まり、やることや期日が明確になりました。さらに、メンバー間の情報共有がより効率的になり、チーム内の意思疎通も一層スムーズになりました。
また、現場でつくったリレーションマップを、副社長をはじめとした経営層が参加するアカウントプランのレビュー会議で活用するようになりました。これまでは、現場で使う資料と会議用の資料が別で、会議に向けて作り直していたのです。今は同じ資料を使うため、準備の時間が短縮できています。
平野 リレーションマップを活用できるようになったことは、大きな成果です。頼もしいツールを手に入れた感覚があります。現場として、上長に報告する際の説得力を増す材料にもなっています。
政次 プロジェクトを通して、リレーションマップが共通言語となり、皆さんの議論が早くなっていると感じました。マネジメント層と現場メンバー間のコミュニケーションも、アカウントプランやリレーションマップが起点になると、より良くなりますね。
─定量的な成果はいかがでしょうか。
政次 今回、プロジェクトの中間報告として期待収益額(※)による評価をご報告いたしました。
組織が大きく、多くの関係者との合意形成や調整が必要となる大手顧客開拓では、接点づくりから商談・提案までのプロセスが長いため、受注という成果が出るまで時間がかかります。そこで才流では、案件受注額だけでなく営業活動の各フェーズを評価する期待収益額を算出しました。
プロジェクト開始時点と、5か月後のアカウントプラン対象顧客における期待収益額は約2.5倍以上となり、ABMの取り組みにより営業活動が大きく前進していることがわかりました。
※期待収益額:案件×受注確度で計算される、受注予想金額
─林さん、組織として得られた成果をお聞かせください。
林 早い段階で、現場にリレーションマップの重要性が理解されましたね。
リレーションマップによって、お客さまの組織が可視化されるようになり、上長側は次のアクションの後押しがしやすくなりました。リレーションマップから、全社的な協力体制につながるケースも出てきています。
また、リレーションマップは人と人のつながりや、どの決裁者と接点があり、どのような状況なのかが一目瞭然のため、関係者間でピントが合いやすい。必要な情報の取捨選択や優先順位の付与により、意思決定やアクションの時短となり、やるべきことが明確になります。型があることで、意思決定がしやすくなったと間違いなく言えます。
ABMの実践を次世代リーダー育成への足がかりに
─ABMに限らずですが、新しい取り組みを始めるときは、組織としてどのようなコミュニケーションを行うことが効果的でしょうか。
林 今回の場合、ABMに取り組むメンバーに対して積極的なサポート体制を用意しています。
具体的には、3か月に1度、経営層が同席するアカウントプランのレビュー会を意図的に実施しています。営業の各メンバーは否が応でもその会に向けて動かなくてはなりません。経営層にとっても現場メンバーにとっても、ABMに取り組むことへの意識づけやABM実践による手応えを感じられる風土をつくっていこうと考えています。
政次 アカウントプランのレビュー会、とても素晴らしい場だと思います。
副社長も参加されることで、現場の視点だけでは気づかない観点や提案、リスクの可視化になりますし、やること・やらないことがより明確になり、アカウントプランが研ぎ澄まされていきます。
経営層のコミットメントは、ABMを推進するうえで欠かせません。
ABM定着により営業効率性を高め、飛躍的な事業成長の達成を目指す
─今後の展望をお聞かせください。
林 飛躍的な事業成長を達成するためには、これまでの成功事例を積み上げるだけでなく、手法を変えることや、違う領域へのチャレンジも必要になります。内部のリソースを新しいチャレンジへ寄せるためにも、ABMには営業効率性の向上を期待しています。
松浦 営業メンバー全員が同じ型を身につけ、実践できる状態を目指したいです。まずは、私自身がアカウントプランの発表の場を通して、他のメンバーのプランから学び、ABMを身につけていく。次にメンバーへ共有し、共通言語で会話ができるようになり、効率化へつなげたいです。
平野 今回取り組んだアクションや作成した資料などの精度を高め、営業の振る舞いとして自然にできるようになることが個人の目標です。
また、在籍するチームでは、月1回アカウントプランの発表会を行っています。この会の頻度を増やし、状況を共有できる場が浸透していくと、メンバーのモチベーション維持につながりますし、やることも見失わないのではないかと考えます。本プロジェクトに参加したメンバーとして、まわりへのサポートと情報発信を率先していきたいなと思います。
─最後に、才流の支援の感想やご要望をお願いします。
林 政次さんのパーソナリティが、とても当社と相性がいいんだなと感じました。さまざまなキャリアを持つ営業パーソンに対し、1人ひとりの価値観を重んじたアプローチを心がけてくださり、非常にやりやすかったです。
ABMは2年くらい時間がかかることは理解していますが、いち早く受注などの成果が出ることで、取り組むメンバーのモチベーションに大きく影響します。すると、様子を伺っていたメンバーも、ABMに取り組む必要性を感じ、行動への後押しになるでしょう。今後は、受注や案件拡大などの成果を出すために何が必要なのか、伴走ではなく仲間として一緒に走っていただけたらと思います。
(撮影/ヤマダ ヤスヒコ、取材・執筆・編集/水谷 真智子)