トヨタ自動車株式会社様の新規事業創出スキームであるBE creation。起案する社員の強い思いを大切に、顧客起点の事業アイデアを型に落とし込み、新たな価値創造を推進・支援しています。才流(サイル)では同組織から新規事業の支援をしてほしいと相談を受けました。
支援した事業は、熱の流れを可視化する熱流センサのEnergy flow。これまでは主に自動車業界に向けて営業をしてきましたが、他業種に販路を拡大したいとの要望を受け、2024年の1月から3か月にわたりテストマーケティングの支援をしました。
才流の支援に対する感想や得られた成果について、同事業を推進する竹中さん、木村さん、BE creation事務局の後藤さんにお話を伺いました。
新規事業の販路拡大に課題。メソッドを他事業にも展開したい
-トヨタ自動車の新規事業を支援するBE creationとは、どのようなスキーム(仕組み)ですか?
後藤 自動車業界は今、100年に一度の大変革期を迎えています。トヨタ自動車ではモビリティ・カンパニーへの変革を掲げ、新規事業の創出に注力しています。 社内には多様な領域に数多くの新規事業があり、その一部を支援しているのがBE creationです。
大切にしているのは『机上ではなく、必ず現場・顧客に直接出向く』こと。数百回の仮説検証によって課題を突き止め事業化しています。また、検証と投資は段階的に行い、無駄な投資を抑えながら成功確率を高められるよう仕組み化。これはトヨタ生産方式の考え(現地現物/必要なものを必要な時に必要な分だけ)に立脚しています。
取り残され解決できていない課題に向き合い、「だれかのために」挑戦することを支援しています。
トヨタ自動車の新規事業創出スキーム「BE creation」Webサイトはこちら
-今回、才流でご支援をしたEnergy flow(エナジーフロー)はどのような製品ですか?
後藤 BE creationで支援をしている新規事業の1つが、Energy flowです。BE creationのスキームではシード段階に位置しています。お客さまに確実に商品を届け、満足いただけるかを検証するフェーズです。
熱の流れを可視化するトヨタの熱流センサ 「Energy Flow」のWebサイトはこちら
竹中 Energy flowは熱の流れを可視化する熱流センサです。熱電対や温度センサは、熱が流れたことで物体が温められたり冷やされたりした結果としての「温度」を計測します。一方、熱流センサはその温度変化に至る過程である「熱の流れ」そのものを計測できるため、その温度に至った原因を探ることができます。
こうした特徴を、トヨタではクルマづくりのなかでキャビンやパワートレーンの熱設計に活用してきました。その特徴はクルマづくりだけではなく、さまざまな産業分野の熱設計にもいかせると考えています。たとえば、電子機器の冷却設計や建物の暑熱対策への応用などです。
しかし熱流センサは、その存在自体があまり知られておらず、市場規模も決して大きくありません。当社では2022年9月にEnergy flowの外販を開始したのですが、認知度が上がらないことに課題を感じていました。
一度良さを知るとリピートいただけるのですが、なかなか知るまでに至らない。自動車会社では活用イメージが湧くのですが、他の業界では用途イメージが湧かないようでした。
-才流にはどのような経緯でご依頼いただいたのでしょうか。
後藤 当社の場合、自動車事業における営業やマーケティングは主に販売店様などが担っています。そのため、営業やマーケティング、さらに新規事業となると社内にノウハウが乏しい状況です。昨日までエンジン開発をしていたメンバーが、新規事業開発のために営業やマーケティングスキルを求められる事態も発生していたため、その状況に対処する必要がありました。
また、BE creationでは複数事業を扱っているので、再現性をもって支援してくれる会社を探していました。熱流センサのためだけのマーケティング戦略を描いても、他事業への横展開は難しいものがあります。横展開をするには、検討する際の観点や考え方の型が必要です。
そのような支援ができる会社を探していたところ、見つけたのが才流でした。ホームページを拝見すると大量の「型」が掲載されている。これはすごいと思って問い合わせをし、支援を依頼しました。
熱流センサの認知度アップに向け、用途開発のパートナーを開拓
-プロジェクトでは、どのようなことを行いましたか。
野田 Energy flowを他業界にも展開したいというご要望を受けて、プロジェクトはスタートしました。
最初に想定ターゲットである半導体業界など、複数の業界で熱流センサを使っている技術者にインタビューを実施。すると想像以上に使用者がいないことがわかりました。
世の中に使用者が少ないのか、インタビュー対象者として見つからないだけなのか。どちらかを確認するため、技術者の集まる展示会に足を運んで話を聞きました。すると、ほとんど使われていない現状が浮き彫りになりました。
「熱流センサ」という言葉自体が、あまり知られていなかったんです。ならば、熱流センサがどういうものなのか、事例を含めて知っていただく必要がある。そこで用途開発(新たな市場での活用用途を見出し、開発すること)のパートナーを探し、その事例をもって顧客開拓をしようという流れになりました。
野田 ターゲット像は、ヒアリングを通じて次第に明らかになりました。最新技術に対してアンテナの高い、攻めの実験をしている先行開発の技術者です。熱設計の分野で革新的なアプローチを行う技術者にとって、Energy flowはとても価値があることを発見しました。
野田 ターゲットを踏まえて「次世代の熱設計」をキーワードにWebサイトを修正。ファーストビューのメッセージを変え、CTAのボタンも設置しました。ドメインも強いので、熱流センサで検索すると2週間ほどで1位に。Webサイト経由の問い合わせが安定的に入るようになりました。
理想論を語るだけではない。実行フェーズもリードしてくれた
-プロジェクトで印象に残っていることがあれば、聞かせてください。
竹中 Webサイトさえつくればお客さまは来てくれるだろうと漠然と考えていました。ところが野田さんからの指摘で、自分が知らないキーワードは検索すらしないことに気がつきました。
どうやってサイトに来てもらうのか、来ていただいたお客さまが「購入したい」と思うにはどんな情報を提供すればいいのか。認知から購入までの接点を、階段のステップのように設計することが大切だというお話は非常に説得力があり、印象的でしたね。
※関連記事:階段設計とは?BtoBマーケティングで商談・受注数を最大化するポイントを解説
木村 私が印象的だったのは、メソッドの説得力です。他の企業さまと培ってきた、たくさんのメソッドが才流内にしっかり蓄積されている。疑問や違和感を覚えるものは1つもありませんでした。
あとは強いリーダーシップで私たちを引っ張ってくださったこと。「やってください」とどんなに伝えても、クライアント任せにしていてはなかなか前に進まないこともあるのではないでしょうか。才流は理想論を伝えるだけではなく、実務に落とし込むことに強いこだわりを持っていらっしゃると感じました。
たとえば顧客インタビューもやってください、ではないんです。インタビューで聞くべき観点を教えてくれて、実際にインタビュー現場に入り込んで、やり方を見せてくれる。実行フェーズもしっかりリードしてくれたのが印象的でした。
後藤 顧客インタビューは私も強く印象に残っています。認知経路や購入力学を、既存顧客・見込み顧客・離脱顧客など異なる立場の顧客に聞くようにと、説得力をもって説明いただき、実例も見せてもらいました。
「マーケティング戦略」というと難しく捉えてしまいがちです。しかし顧客インタビューをはじめ、一つひとつの施策はメソッドどおりに、ある意味基本を忠実に実行することが大切なのだと、手触り感を持てたのは大きかったです。
※関連記事 見込み顧客へのデプスインタビューの効果を高める26のチェックリスト
購入者の8割がWeb経由。予想外の業種から問い合わせも
-プロジェクトによる成果を教えてください。
竹中 「熱流センサ」で検索すると、Energy flowのサイトが1位に表示されるようになり、Webからの流入、問い合わせが増えています。
これまでの購入はすべて営業経由でしたが、今ではご購入いただく方の8割が、Web経由でのお問い合わせがきっかけです。用途開発のパートナーも見つかり、複数社とケースづくりが進行しています。
竹中 客層も自動車業界はもちろん、それ以外の業種からのお問い合わせも増えています。半導体業界をはじめ、住宅建材のメーカーや空調機器メーカー、樹脂成形メーカーの企業さま、大学や研究機関など、当初想定していなかった業種からもお問い合わせをいただいています。
木村 今までご購入いただいたお客さまのなかでリピートして使ってくださっているのは、複数本をご購入いただいた企業さまでした。これは、1本だけでは異なる部位でのデータの比較が難しく、センサの価値を十分に理解できない可能性があるためだと考えています。
「複数本使うと、こんなことがわかります」と提示できれば、熱流センサの価値がより伝わり、購入の動機付けにつながります。階段設計でいうと、検討段階の顧客に具体的な活用方法や価値を示すことができるため、紹介できる事例を増やす活動をしています。
後藤 プロジェクトの成果として、事務局目線では才流のような支援会社と出会えたことが一番の収穫だったと感じています。
その理由は、マーケティングは基本に忠実でいいのだと手触り感が持てたこと。個別課題に対する答えだけではなく、どういう観点で検討すればいいのか、考え方のフレームワークを提示してもらえたこと。そしてターゲット像をつかむために自ら展示会まで足を運んでくれた野田さんの熱意に触れ、信頼関係を構築できたこと。考えるだけではなく足を動かすことの大切さを教えてもらいました。
高い熱量と強い信頼関係。才流は期間限定のメンバーだった
-才流のコンサルタントのコミュニケーションに対する感想も聞かせてください。
竹中 私が一番印象に残っているのは、野田さんと最初にお会いした時のことです。「熱流センサがどういうものなのか、よくわからなかったので、熱に関する本を読んでみました」と言って取り出した本が、私もよく読んでいる先生の本だったんです。
これまで熱について会話する相手もいなかったので(笑)、興味関心をもって会いに来てくれたことが非常に嬉しかったことを鮮明に覚えています。
野田 高校以来の物理でした(笑)。
木村 技術的に理解されにくい商材のマーケティングをするからこそ、「商品を正しく理解してクライアントをガイドするんだ」という強いプロ意識を感じましたね。だからこそ、私たちも終始不安を感じることなく、安心してお任せできました。
あとはこちらの理解度に合わせて、マーケティングの基本的な考え方をしっかりと教え、導いてもらったと感じています。
当初はWebマーケティングという文脈でご相談をしていましたが、結果的に事業全体を見てもらい、Webはマーケティングの1つの打ち手に過ぎないと実感することができました。
後藤 プロジェクトが始まるとすぐに、関係者が個別に野田さんとお話をする機会があったんです。たとえば私は自分でも進めている別プロジェクトがあり、それが野田さん個人で手がけている事業(副業)と近しい部分があって。そんなお話ができると、人としての距離感も縮まりますよね。関係性構築のため、コミュニケーションがしっかり設計されている点も勉強になりました。
-才流のコンサルタントは皆さんにとってどのような存在でしたか?
後藤 強い信頼関係を構築でき、どの会社よりも高い熱量を感じました。そういう意味ではマーケティングの先生というより、メンバーに近い印象です。困りごとがあるとすぐにチャットで問い合わせもできるので、委託元と委託先というよりは、期間限定のメンバーだったように感じています。
自分たちでは選ばない「メルマガ広告」の配信で予想外の反響
-外部の支援会社を入れる価値は、どのような点にありますか?
竹中 スピード感が違いますよね。自分たちで学びながら経験を積み上げるやり方もありますが、BE creationでは目標に至らなかった場合、撤退になります。漫然とした時間を過ごしていては事業として成立しません。
目標に到達するためにはより良いルートを選ぶべきで、私たちにとって最適なルートが才流の支援だったと思います。
後藤 社内に話をする際は、全体感としてどんな選択肢があるのか、そのなかでなぜその選択肢を選んだのかを説明する必要があります。才流からはフェーズごとに存在しうる選択肢と、検討すべき観点を教えてもらえたので社内を動かしやすかったです。
そもそも自分たちでは気づけない選択肢も提示してもらえるので、視野が広がります。内製ではまずできません。
野田 認知獲得の施策としてメルマガ広告のご提案をしたときは、予想外の選択肢だと驚かれていましたよね。
木村 「メルマガ広告?」と驚きました(笑)。
野田 当初はリスティング広告を予定していたのですが、広告代理店との契約期間上、間に合わないと。短期間でできる施策で、なおかつターゲットにピンポイントで送れるのがメルマガ広告でした。
インターネット広告が普及している昨今、使い古された昔ながらの手法のため選択肢にあがることは少なくなっていると感じます。自社だけでは選びにくい選択肢だったかもしれません。ですが蓋を開けてみると、効果はその媒体の他社の平均と比較して3倍。かなりの反響を得ることができましたね。
木村 ターゲットの技術者が何を読んでいるのか、事実を捉えると、こんな選択肢もあるのだと学びました。
中澤 メルマガの文面を考えたときは、盛り上がりましたよね。ターゲットに響く言葉を、トヨタ自動車の熱の技術者の方々とディスカッションさせていただいて。
木村 お客さまの心を動かす言葉を、みんなで考えることができました。すごく良い時間でしたね。
お客さまの元に足を運び、本当に求める課題解決を実現したい
-才流のサービスを他社におすすめするとしたら、どのような課題を持っている企業にフィットすると思いますか?
木村 私たちのように、プロダクトイメージがある程度できあがった状態のプロジェクトにフィットするように思います。
プロダクトのポテンシャルは感じているものの顧客解像度が高くない、つまり正しいマーケットにアプローチする方法がわからなくて困っている企業さまに一番おすすめしたいです。根底にあるPMF(Product Market Fit)の考え方を実践しながら学ぶことができるからです。この考え方は今後、事業を推進をするうえでの基礎になると感じています。
※関連記事: PMFとは?読み方と定義、PMFしている状態のシグナルを解説
後藤 当社のように、新規事業を領域広く手がけている企業にもおすすめです。向き合う市場が多様であるほど、共通項を見つけるのは難しいですが、才流の支援であればどの事業領域でも必要となる型を提示してもらえると思います。
当社では今回のプロジェクトの学びを社内に共有し、資料をイントラネットで公開しています。潜在市場と顕在市場の攻めどころの違い、顧客インタビューのやり方など、今回学んだ汎用性の高いメソッドを他の事業にも横展開して活用しています。
-最後に、Energy flowの展望について聞かせてください。
竹中 引き続きお客さまや用途開発のパートナーの方々との対話から課題を捉え、新しい市場を開拓していきたいです。また、今回のプロジェクトを通じて学んだ営業活動における階段設計を、Webを中心としたさまざまな販促の機会に取り入れていきたいと考えています。
後藤 熱流センサはいろいろな業界を跨(またが)る熱課題の解決に貢献できる可能性を秘めています。1つの製品群で多岐にわたる市場を攻めた当社のトップランナーとして、Energy flowがその先行事例になってくれたら嬉しいですね。
熱の流れを可視化するトヨタの熱流センサ 「Energy Flow」のWebサイトはこちら
(撮影/関口達朗 取材・執筆・編集/藤井恵)