ABM(Account Based Marketing:アカウント・ベースド・マーケティング)に取り組む企業を取材し、ABMを実践するなかで乗り越えてきた課題やその対策、注意すべきポイントなどをご紹介します。
株式会社ユーザベースで営業DXソリューション「FORCAS」事業部を統括する田口 槙吾さんと、才流でABM実行の支援を手掛ける、営業コンサルタント政次 貴弘の対談。前後編でお届けしています。
後編では、ABMの成功を阻む2つの壁と、ABMの取り組みを成功させるために必要な、マーケティングと営業の連携について語りました。
前編の記事:「フィールドセールスだけが未達」から受注率が2倍に。FORCASに学ぶABMの基本
1984年生まれ 北海道出身。2016年にユーザベースに参画し、経済情報プラットフォームSPEEDAの営業リーダーを経験後、営業DXソリューションFORCASの創業メンバーとして新規事業立ち上げに従事。FORCAS CRO(Chief Revenue Officer)などを経て、2021年よりCEO就任。ユーザベース参画前は、複数のIT企業にて営業マネジャーや新規事業立ち上げなどを経験。
「受注につながらないリードを獲得しても意味がない」
政次 前半では、ABMの定義とFORCASのABMへの取り組みについてうかがいました。
ABMとは、顧客戦略のもと、個社の単位までターゲット企業をしぼり、その企業に対してマーケティング、営業企画、営業などの各部署が連携して、企業の課題解決を行うことです。
政次 実際にABMを取り入れたFORCAS事業部も、マーケティングから営業まで、部署が一丸となってターゲット企業リストに対する活動に集中したというお話が、とても印象的でした。
いっぽうで、FORCASがABMを取り入れる前から、マーケティングとIS(インサイドセールス)は、KPIを達成していたわけですよね。
FORCASの受注の伸び悩みを受けて、ターゲット企業を絞ろうと意思決定をしたとき、両方の部署からはどのような反応があったのでしょうか。
田口 一定の不安はありましたよ。しかし、「受注が伸び悩んでいるのに、受注につながらないリードを獲得するのは意味がない」と話し合い、トップダウンで決めました。
このトップダウンのポイントは、当時FORCASの代表取締役兼プロダクトオーナーの佐久間(※1)とマーケティングとISの両方を統括していた酒居(※2)と一緒に、「成果が出ていないなら変えるしかない」と最終的な意思決定をしたところにあります。
ABMの体制構築では、マーケティングと営業、さらにプロダクトの開発側もすべて足並みを揃えなければ意味がない。すべての部署を横断して見ている人が意思決定することが大切です。
部門長が別々で、関わる部署の意見がまとめられないうちは、ABMの体制は作れません。
※1:ユーザベース 代表取締役 Co-CEO 佐久間衛さん (当時:株式会社FORCAS 代表取締役。株式会社FORCASは2021年にユーザベースに吸収合併)
※2:ユーザベース 執行役員 SaaS事業CMO(Chief Marketing Officer) 兼 NewsPicks Stage.事業責任者 酒居潤平さん
政次 マーケティングと営業の連携が取れない状況は、ABMでつまづきやすいポイントですね。
田口 営業の合意がないままに、ABMにトライしようとするケースは非常に多いです。
マーケティングや営業企画が、自分たちが使いたいからという理由でツールを導入し、自分たちだけで完結するような形でABMをやり始めてしまう。
または、ターゲット企業リストだけ作成して、営業に「このリストの企業を追ってください」と一方的なコミュニケーションをしてしまう。このような進め方では、まずうまくいかないです。
政次 わかります。マーケティングが、ABMでターゲット企業リストを作ったのに成果がでないのは、リストが悪いのだろうか?と悩んでいる。
でも、実は営業とリストの合意を取っておらず、営業の行動が何も変わっていなかった、という状況が起きていることもあります。どちらが悪いかではなく、コミュニケーションを取りましょうというお話なのですが。
田口 先日ユーザベースがリリースした「営業企画白書2023」でも、「営業企画と隣接部門との間で、戦略・方針が一致している率は高くない」という結果をレポートしています。
田口 とくに大手企業では、営業企画がマーケティング機能を持っているケースが多いのですが、同部署が営業と定期的にコミュニケーションする機会は極めて少ない傾向にあります。
会社の戦略として同じターゲット企業に対してアプローチしなくてはならないのに、それぞれでバラバラに動いてしまっているのです。
そのため、最近ではFORCASのカスタマーサクセス活動の一環として、お客さま社内のファシリテーションから入ることもありますね。お互いの業務や知見を知るワークショップを開催するほか、マーケティングと営業の会議設計なども支援しています。
マーケティングと営業で話し合う場をつくる
政次 ABMは、マーケティングというワードが含まれるゆえに、マーケティング領域の施策だと思われているのではないかと感じます。
しかし、営業企画やマーケティングが作ったターゲット企業リストは、営業と一緒にすり合わせすることが必要です。そして「どんな基準でターゲティングしたのか」の背景まで伝えて、リストの内容に合意していただきたいですね。
田口 営業はバイネームまで分かると、「この企業はチャンスがあるけれど、ここは難しい」というように、これまでの経験則から予測がつけられます。その予測を反映して精査したリストが「営業と合意が取れているリスト」であり、顧客戦略を合意できている状態です。
FORCASの導入をきっかけに、営業とマーケティングがお互いに話す会議を設計し、顧客戦略を合意するところまで行動していただきたいと考えています。
政次 さらに、「ターゲット企業リストを合意したら、あとは営業がよしなにやってくれる」と考えてはいけませんね。
実行して、初めて見えてくるものがたくさんあります。たとえば、そもそも会えない。窓口の担当者以外に接点が増えない、キーパーソンの関心事項は現在〇〇である、競合のA社が入り込んできている..…などですね。
営業が足で稼いだリアルな情報をもとに、マーケティング側はどのような施策や企画・コンテンツを強化すれば、よりターゲット企業へアプローチできるのかを考えていく必要があります。
なかには、マーケティングが商談に同行し、現場感を知るといった活動をしているケースもあり、とても有効な取り組みだと感じます。
田口 私も同感です。セミナーや商談などで営業の方と接する機会があったら、「営業1人では奮闘できません。マーケティングや営業企画などのまわりを巻き込んで、どう一緒に動いていくかを考えましょう」と伝えています。
これは私の体感ですが、10年前に比べて、営業の難易度が変わっています。
顧客がインターネットで情報収集ができるようになったことで「BtoBの購買プロセスの約6割が、営業担当者に会う前に終わっている」という有名な調査(The Digital Evolution In B2B Marketing・2012年)がありますよね。
営業の方には、ぜひマーケティングや営業企画とタッグを組んで、チームで戦うマインドを持ってほしいです。
ABMの成功を阻む2つの壁。「ターゲティングの恐怖」と「過去の囚われ」
政次 ここまで、ABMでは営業とマーケティングの連携が重要というお話をしてきました。
おそらく、「連携しましょう」と言われたら、担当のみなさんは「なるほどな」と思うんです。でも、実際に行動に移すのは難しい。田口さんは、何がABMの推進を阻んでいると思いますか。
田口 2つあります。1つ目は、ターゲティングすることへの怖さですね。実際に、「ターゲット企業を絞ると、提案先が少なくなってしまいますよね」という不安の声を聞きますし、その気持ちもわかるんですよ。
でも、「永遠にこのターゲット企業リストしかやりません」とは言っていないんです。リストは優先順位の話。たとえば「3か月後にリストを見直す」と決めて取り組めば、怖がる必要はありません。
2つ目は、過去の失敗に囚われていること。せっかくターゲティング企業リストを作ったのにも関わらず、過去の慣習や実績をもとに考えてしまい、振り切った施策ができないのです。
よくあるケースは、ターゲット企業を決めたのに、マーケティングが発信するコンテンツが変わっていないことです。たとえば、ターゲット企業リストのリードが取れないとわかっているのに、リード数がとれるテーマのセミナーをやってしまうケースです。施策が変わらないから、当然ですが成果にも現れません。
政次 ターゲティングへの恐怖と、過去の失敗に対する囚われという2つの壁があると。
なかでも、全部署がターゲティング企業に対するアプローチへ振り切る、このリスクを取れないのは現場ではないんですよね。課長や係長などのファーストラインマネージャーが、迷ってしまっている。
田口 数字責任を持つ管理職だからこそ、恐れているところがあると思います。
政次 やはり、新しい取り組みが失敗してしまったときにペナルティが発生する組織では、リスクが取りづらい。とくに、伝統的な企業の管理職の方は慎重です。それどころか、「ABMをやる意味があるんだろうか?」と、ファーストラインマネージャー自身がまだ腹落ちしていない場合もありますね。
田口 営業以外の人の手を借りる、チームで取り組む感覚は、皆さん理解できると思うんです。ただ、「どこの誰の協力をどうやって仰げばいいの?」というときに、マーケティング、営業企画、IS、FS、既存顧客担当と、すべてのリスクを取れる人が不在です。
この解決策として、たとえばCRO(※チーフレベニューオフィサー)を置くことが考えられます。営業は、企業の最重要課題のひとつですから。
政次 実際に、CROのポジションを新設する企業は増えていますよね。全体を見て意思決定できる人でないと、リスクが取れないと実感します。
※CRO:Chief Revenue Officerの略。事業の収益にまつわるすべての責任を担うポジションのこと
ABMを推進する基盤づくりから支援する
政次 才流が行うABMの実行体制支援では、ターゲット選定、ターゲットアカウントのプランニング、アクション(施策)を順に進めながら、並行して、実行できているかのモニタリング、体制の整備を進めています。
また、組織によって必要な実行内容や度合い、進め方は変わってきますので、組織の状況にあわせたご支援を行っています。
FORCASでは、導入後のオンボーディングやカスタマーサクセスで、どのようなサポートをしているのでしょうか。
田口 これまでは、総じて営業やマーケティングの戦略部分という、上流工程の広い面を支援することが多かったんです。
さらに、ターゲット企業が増えるミッドマーケットやSMBマーケットを対象としているクライアントに対しては、顧客起点のマーケティングの実装をどうするか?という視点で、組織変革のところから関わることも増えてきました。
FORCASのメッセージを「営業DXソリューション」へ変えてからは、セールスイネーブルメントの領域にも踏み込んでいますね。具体的には、アカウントプランの作り方や商談の進め方などの営業課題に対して、フレームワークを作り、解決策を実装するところまでやっています。
田口 これまで私たちは、ツールベンダーの発想が強かったんです。ただ、営業のデジタル化の実現には、既存の組織の枠組みでは対応しきれません。そこで、理想的な体制を提案するところから関わるように変化しています。
たとえば、「営業本部があって、その中に営業企画部があり、さらに情報システム部、研修チーム、戦略立案専任の人がいる。そして、リード獲得のチームとしてマーケティングのようなプロモーションをリードするチームを作りましょう」というような、具体性のある提案です。
ひいては、ユーザベースが提供するさまざまなツールを活用して、営業DXを加速するような支援につながればと考えています。
専任者がABMを実践し、持続的な成長ができる実行力のある組織を目指そう
政次 終わりに、ABMに関心を持つ皆さんへ、「ABMでこれだけは覚えておいてほしい」というメッセージをお願いします。
田口 2つあります。1つは「ABM専任の担当者を立てましょう」ということです。おそらく、多くの企業が既存業務と兼任で、ABMに取り組んでいると思います。
しかし、兼任でできる業務ではありません。ターゲット企業リストを決めて、各施策を実行し、効果測定を繰り返す。このリソースを確保していただきたいですし、会社として部署を横軸でまとめ、徹底して取り組むというマインドを持つと組織は変革していきます。
2つ目は、「ABMを関心ごとにとどめず、すぐに実行しましょう」ということ。アメリカでは、94%の企業がABMに取り組んでいて、そのうち69%以上の企業で成果が出ているデータ(※)があります。その現状を理解してほしいです。
リードをベースにした営業モデルはわかりやすいのですが、やはりターゲット外のリードも含まれてしまう点において非効率です。持続して成長するために、ABMにぜひ取り組んでほしいです。
※参考:5 Key ABM Trends for B2B Marketers to Track Heading into 2020
政次 では、FORCASの今後の展望をお聞かせください。
田口 FORCASは、ABMの考え方を正しく理解し、組織で一体となり、戦略に沿って実行することを支援する存在でありたいですね。
ABMの実行には、マーケティング・営業企画・営業と、会社が一丸となって取り組む文化の形成も必要になってきます。ツールの提供を飛び越えて、組織開発のところにもサポートできたら良いなと考えています。
ただ、コンサルティングをやりたいというわけではなくて、自走してABMに取り組んでいく組織の内製化を支援したいです。
FORCASは、既存業務のリプレイスではなく、新しいことに取り組むためのツール。だからこそ、ツールの提供だけでは活用が難しいところもあり、「どんなふうに使うのか」「何に使うのか」という活用方法を、ハンズオンで関わっていくアプローチも検討していきたいと考えています。
政次 ABMを企業の持続的な成長へと活用していきたい気持ちは、私たち才流も同じです。引き続き、よろしくお願いします。
才流コンサルタントが解説
営業DXソリューションとして、導入企業が増えているFORCAS。
しかしFORCASにも、ローンチ後に受注が伸び悩む時期がありました。トップダウンでABMを採用し、危機を乗り越えたお話が印象的でした。
ABMの実践では、マーケティングと営業の連携がとても重要です。
とくに大手顧客開拓においては、営業による組織攻略が欠かせません。マーケティングと営業の連携、共通のモニタリングルール・体制があってはじめて、ABMは成功に近づくのです。
しかし、「ABMを採用する」とトップダウンで決めきれない企業が多いことも事実です。
その場合は、一部の営業部署やメンバー、特定のサービスなどからABMを始め、小さな成功(スモールサクセス)を目指す方法も考えられます。才流でも実際のご支援では、企業の状況にあったABMのプロセスをご提案し、実践まで伴走しています。
田口さんが「ABMを関心ごとにせず、すぐに実行しましょう」とお話ししていたとおり、売上の最大化を目指すうえで、ABMはぜひ検討いただきたい選択肢のひとつです。
すでにABMを実施している企業も、次のチェックポイントを参考に、自社の活動を再評価することをおすすめします。
「自社で適切にABMを実践できているか」がわかる、5つのチェックポイント
- バイネーム(個社名)まで指定したターゲティング企業リストがある
- マーケティングと営業で戦略や施策・結果について話し合う場がある
- 実行プロセスのモニタリングリールが明確にあり、定期的に見直されている
- ターゲティング、施策、モニタリングの設定理由を、根拠を持って説明できる
- 営業担当は迷いなく自身のやるべきことが理解でき、行動している
(撮影:関口 達朗)