営業の生産性を高める商談議事録の運用について、元セールスフォース・ジャパン(以下、セールスフォース社)のプリセールスで、現在は株式会社リゾルバの代表取締役社長・呉縞 慶一(くれしま けいいち)さんに、前後編でお話をうかがいます。
呉縞さんは、前職のセールスフォース社時代に、プリセールス(※)の立場から、顧客理解と商談議事録の仕組み作りと運用に関わり、営業組織の生産性向上に寄与しました。
※プリセールス:プロダクトやサービスの提案時に、技術視点から製品デモや技術要件整理などを行うポジション。セールスエンジニア(SE)とも呼ばれる。
前編では、呉縞さんのセールスフォース社での経験をもとに、提案の質を高めるための「顧客理解フォーマット」と「商談議事録フォーマット」をご紹介いただき、主に商談議事録のあるべき姿についてうかがいました。
後編では、2つのフォーマットを実際の運用に落とし込む際の注意点、セールスイネーブルメント設計のポイントについてうかがいます。
聞き手は、才流コンサルタントの井出 孝尚です。
NECソリューションイノベータを経て、2018年にセールスフォース・ジャパンへ入社。プリセールスエンジニアとして、中小企業を中心に担当。
在籍中は、Japanリージョンにおいて販売成績トップ、またSalesforce社内でのナレッジシェア反響数がGlobal No.1となり、全社貢献度の社員投票においてCEO Awardに選出。2021年8月にリゾルバへ参画。副社長COOを経て、2022年6月より現職。日本最大級の営業の大会S1グランプリ 2023で優勝。
「顧客理解がないと正しい提案はできない」の思考を当たり前に
井出 前編のインタビューでは、提案の質を高めるための「顧客理解フォーマット」と「商談議事録フォーマット」をご紹介いただきました。
後編では、実際にこれらのフォーマットを運用し始める際、どのような点に注意すべきかをうかがいます。
まずは顧客理解フォーマットの運用から教えてください。
呉縞 あらためてお伝えすると、顧客理解フォーマットは、質の高い提案をおこなうために必要な顧客情報を漏れなく蓄積・共有するためのものです。
どのような企業の営業活動にも、「ここは提案前に理解しておくべき」というポイントや担当営業が変更になる際に必ず引き継ぎしておきたい情報があると思います。前編でお伝えした要素を参考に、まずは自社なりの顧客理解フォーマットを作成してみてください。
そして、まずは1社でもよいので、各営業で重点顧客を選定し、トレーニングとして顧客理解フォーマットに必要な情報を調べ、全項目を埋めてみます。さらに、その調べた結果を活用するための会議設計(後述のレビュー会議など)も行ってください。
顧客情報の調査から活用の体験を通して、営業組織のすべての担当者がひとつの企業を理解するために必要な顧客情報がどこにあるかを知り、企業理解、経営者視点の基礎力の習得を目指します。
実際の営業現場で、すべての案件に対して顧客理解フォーマットの全項目を埋める運用は、業務負荷的にも時間的にも難しいと思います。商談の規模・重要度などに合わせ、調べるべき情報の重みづけを行う前提での設計をおすすめします。
井出 顧客理解フォーマットへ蓄積した情報を効果的に活用するために、注意すべき点はありますか。
呉縞 蓄積した顧客情報は、アカウントプラン(顧客ごとの営業プラン)の設計や提案の参考にしていきます。しかし、営業担当者が情報活用の仕方を知らなければ、そのメリットをいつまでも実感できません。
そこで重要になるのが、アカウントプランのレビューです。レビューでは、営業本部長、営業部長などのマネージャークラスに対して顧客情報を根拠に作成したアカウントプランを共有し、提案作成に向けたディスカッションをおこないます。
これにより、営業担当者は自分が集めた情報や考えたプランが、レビューを経て質の高い提案になっていく、という体験をします。
そうすれば、「顧客情報の質を高めるほど、社内から良いフィードバックをもらえ、より良い提案ができるのだ」という思考が当たり前になっていきます。
営業担当者が埋めるべきフォーマットを作ったままにし、フィードバックをしない企業はうまくいきません。必ず、マネージャークラスの上長が質の高いフィードバックを提供する機会や、提案チームで調査内容を見て提案の方針をすり合わせる機会をつくってください。
フォーマットの導入は、変化を受け入れやすい期初がおすすめ
井出 続いて、商談議事録フォーマットの運用を始める際のポイントを教えてください。
呉縞 まずは、前編でお伝えした要素を参考に、自社に適したフォーマットを作成してください。議事録のフォーマットには、自社で高い成果を出している営業担当者が、商談や会議の前に必ず準備していることの項目化をおすすめします。
呉縞 そして、導入のタイミングが重要です。顧客理解フォーマットにも言えることですが、一年のうち、社員が最も変化を受け入れやすい期初に導入することをおすすめします。
とくに議事録は、自分なりに慣れている取り方やツールがある方がほとんどです。期中の忙しい時期に変えようとすると、抵抗も大きいでしょう。
そのことを考慮しても、既存社員に対する商談議事録フォーマットの導入は、環境やメンバーがガラッと変わって、新しい取り組みへの抵抗感が小さい期初がおすすめです。
新卒メンバーや中途メンバーは、入社した直後の入社時トレーニングが、もっとも運用を定着させやすいタイミングになります。
実際に、セールスフォース社でこの運用を始めたときは、期初に組織と担当顧客が変わるタイミングで、営業本部長が「今期から〇〇営業部でこのフォーマットを使用します」とトップダウンで伝えました。そのうえでトレーニングを行い、営業チーム全体が足並みを揃えることができました。
顧客理解・商談議事録フォーマットの運用体制
井出 組織に新しいやり方を浸透させていくことは、一筋縄ではいかない印象です。どのような体制で、企画・推進していくとよいでしょうか。
呉縞 ミニマムな体制としては、営業本部全体にトップダウンでメッセージが出せる営業本部長クラスの方と、フォーマットを管理する運用担当者がいれば、運用は開始できるかと思います。運用担当者は、営業現場の課題を実体験している人が良いです。
やはり組織のトップがコミットしていなければ、フォーマットをしっかり浸透させることは難しく、営業本部長クラスによるリードが重要です。
運用担当者は、営業現場の課題を解決するフォーマット(型)の企画・更新、トレーニングや全体周知の推進などを担います。求める成果が安定的に出るまでは、継続的にフォーマットのアップデートが必要です。
さらに期中にフォーマットを変更する際は、営業会議のような多くの人が集まる場で変更理由と活用方法について周知するなど、運用に乗せるための継続的な取り組みが欠かせません。
このように、営業組織の課題を俯瞰できて、課題解決の仕組みを考え、営業リーダー陣と積極的にコミュニケーションが取れる運用担当者を選任すること自体も大切です。
井出 今回教えていただいた商談議事録フォーマットは、チームセリングでとくに効果を発揮すると捉えています。チームで運用するうえで注意すべき点はありますか。
呉縞 営業担当者に限らず、商談に関わる関係者全員が運用を理解し、商談議事録に顧客との折衝情報を集約していける状態を目指してください。
チームセリングという意味では、営業担当者のみがアウトプットするだけでは意味がありません。
それに対して営業マネージャー、インサイドセールス、プリセールスなどの関係者が一緒に情報を集めたり、コメントしたりすることで、提案の質や成果は高まっていきます。
提案チームの全員がアウトプットすることで、返報性の原理がはたらき、情報共有はさらに活性化していきます。
呉縞 余談ですが、セールスフォース社内で商談議事録フォーマットを展開したときは、営業本人よりも提案の協業者側(営業マネージャー、プリセールス、スペシャリストなど)から非常に喜ばれました。
顧客側の参加者情報や、当日の会議のゴール、協業者への期待値情報などが会議前に質の高い状態で共有されることで、協業者として求められる役割がはっきりし、より貢献度高く提案に関われたからです。
「情報を記録する理由と活用方法」を学び、フォーマットの定着を図る
井出 セールスイネーブルメントの取り組みでは、商談議事録フォーマットのような仕組みを作っても「形骸化してしまう」「狙い通りに実践できない」という悩みをよく耳にします。
こうした状態を避けるポイントをうかがえますか。
呉縞 セールスイネーブルメントでは、フォーマットやツールを用意するだけではなく、組織全体で行動につなげるための仕組みまで設計することが大切です。この設計がなければ、おっしゃるとおり形骸化してしまいます。
そのため、日々の営業活動で、顧客理解と商談議事録の2つのフォーマットを必ず使わざるを得ない状態を作らなければなりません。
前述したとおり、2つのフォーマットは組織のトップ営業の当たり前な行動と準備内容から、必要な要素を抽出して作られています。
運用が定着すると、フォーマットそのものが自ずとトップ営業になるための矯正ギプスになり、組織全体の営業力を押し上げる仕組みになるわけです。
井出 「矯正ギプスになる」状態にすることの難しさもあると思います。呉縞さんはどのように取り組んできたのでしょうか。
呉縞 まず、フォーマットの実運用前に、目的と使い方、営業メンバーにとっての活用メリットを周知し、トレーニングを行います。
トレーニングにおいてポイントとなるのは、やるメリットだけでなく、「やらないデメリット」もしっかり伝えることです。
たとえば、「営業を支援するマネージャーやチームメンバーから見て、会議の準備や顧客情報の共有しっかりしてくれる営業と、してくれない営業では、掛ける支援リソースの量がこのくらい変わるよ」「情報をくれない営業は、まわりが時間を使わなくなるよ」など、しっかりとリアルなデメリットを伝えることが重要です。デメリットを伝えることで、損失回避意識が働き、行動変容が起こりやすくなります。
また、顧客理解のトレーニングでは、調査フォーマットの説明だけでなく、トップ営業のリアルな思考プロセスもあわせて伝えるようにしています。
なぜその調査項目を調べるのか。その調査項目を調べながら、どう顧客提案につなげるのか。
また、複数のトップ営業からヒアリングを行い、調査した情報を使って、お客さまとどのような会話をし、関係性を深めているかがわかる、トークサンプルも伝えています。
これにより、トップ営業の商談準備から顧客折衝の追体験ができるようにしています。
井出 フォーマットに情報を埋めるだけでなく、「なぜ埋めるのか」「どうやって情報を活用するのか」もセットで運用していくことが大切なのですね。
呉縞 はい。商談議事録フォーマットも同様です。営業本人だけでなく、提案チーム全体が作成できるようにトレーニングします。
こちらも「この項目を埋めましょう」ではなく、前編でお伝えしたような書き方のポイントや、記録した情報をどのように使うか、使うことで商談にどんなメリットとデメリットが発生するのかもあわせて伝えていくことが重要です。
「やらない人」「書かない人」とは泥臭く向き合う
井出 これまでのやり方を捨てきれない人や、新しいやり方に反発する人も出てくると思います。どのような対策が考えられますか。
呉縞 営業担当者にとって慣れないやり方やツールの変更はストレスが大きいので、一部の方からは抵抗があることは理解しておく必要があります。
しかし、「顧客を理解するための情報がない」「議事録が残っていない」となると、顧客の要望や課題の他、提案に必要な情報が不足し、提案の質の低下へつながります。
前提として、2つのフォーマットは、「協業者のパフォーマンスを最大化し、営業の皆さんの受注率を上げるためにあるものだ」という目的を伝えることが重要です。
先ほどもお伝えしたとおり、両フォーマットのトレーニングでは、事前準備や情報共有をしない営業には、協業者から協力を得られず、商談期間が伸びたり、商談の受注率が下がったりしてしまうデメリットを、ファクトベースで伝えるようにしていました。
本人のメリットにつなげて、腹落ちして行動できるように伝えることがポイントです。
そのうえで、「書けない」「書き方がわからない」場合には、正しい書き方と、「“なぜその書き方をするのか?”のWhy」を伝えます。説明するだけではなく、実践できている人が背中を見せる機会をつくることも効果的です。
そして、商談中に議事録を取ることを何度もトライさせ、まわりのマネージャーや関係者がフィードバックするサイクルを回していきます。
井出 粘り強いコミュニケーションが必要な場面ですね。
呉縞 くり返しますが、フォーマットは矯正ギブスのような役割です。「つけてもつけなくても構いません」というスタンスでは意味がありません。
フォーマットが浸透するまで、マネジメント側は泥臭く向き合い、コミュニケーションしていくことが必要不可欠です。
営業組織全体で、毎日、当たり前のようにフォーマットを活用する環境が整備できれば、成果を高めるための「正しい筋肉の動かし方」が身についていきます。
たとえば、会議のゴールを書き続けることで、ゴール思考が身につき、日頃のすべての会話において、ゴールや目的を意識したコミュニケーションができるようになります。
また、箇条書きで議事録を書き続けることで、つねに物事を構造化してロジカルに整理できるようになっていきます。
他にも、議事録に記録した課題と要望をマーキングで分類することで、顧客の発言に対し、自然とそれらの背景や理由が気になるようなり、掘り下げる質問ができるようになるでしょう。OJTで商談経験をくり返すだけよりも、効率的にビジネスの基礎力を身につけられます。
顧客理解フォーマットや商談議事録フォーマットの本来の目的は、情報濃度統一によるチームセリング力の強化ですが、組織全体でフォーマットの運用が当たり前になれば、営業一人ひとりの基礎能力も向上していきます。
組織全体が「明日からやる」イネーブルメントを設計しよう
井出 ここまで、組織的に提案の質を高めるための、顧客理解フォーマットと商談議事録フォーマットの運用、活用方法をうかがってきました。
終わりに、呉縞さんがセールスイネーブルメントに関わるなかで、感じていることを聞かせてください。
呉縞 セールスイネーブルメントをはじめとして、ビジネスパーソンの育成に関わる方達に伝えたいのは、「教育(Enablement)を、論理を教えるだけでとどまっていないか?」ということです。
組織における教育や研修は、往々にしてHow(方法論)を教えるだけになりがちです。Howを伝えて明日から自分の業務に落とし込めるのは、トップ1割の優秀層だけです。それでは、組織全体の営業スキルの底上げにつながりません。
組織全体で実行に移していくためには、How(方法論)だけでなく、そのHowを実行するWhy(理由)とWhat(具体例と効果)を伝え、新しいチャレンジが各々の成果につながるイメージを組織全体に持ってもらえる状態にすること。
そして、明日から全員が始められる具体的なフォーマットや運用、行動レベルまで設計できていることが必要です。全員が、行動変容の一歩目を踏み出せる状態になっていないと、営業の行動改革はスタート地点にすら立てないでしょう。
呉縞 行動変容には、「明日から全員がこの運用をマストでやりますよ!」というトップメッセージと、運用設計が必要です。
イネーブルメントの目的は組織の中央値を引き上げること。どれだけ全体を引き上げられるかを考えた設計が不可欠です。意識の高い一部の営業だけが、自主的に行動する状態ではダメなのです。
今回ご紹介したフォーマットやエピソードを参考に、組織全体の行動変容につなげることを意識してイネーブルメントに取り組んでみてください。
井出 呉縞さん、ありがとうございました。
参考情報:Salesforceの営業が実践するチームセリング議事録 徹底解説!(You Tube)
(撮影/矢野 拓実)
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