女子高生のおしゃべりは、学術的に極めて正しい生存戦略だった。 | DOER NOTE

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女子高生のおしゃべりは、学術的に極めて正しい生存戦略だった。
栗原 康太

女子高生のおしゃべりは、学術的に極めて正しい生存戦略だった。

強いチームほど、よく雑談をする。

女子高生がカフェで延々おしゃべりをする行為、あれが進化生物学的に見ると極めて有効な生存戦略だと説明すると驚かれるだろうか。


一見、ものすごく非生産的な会話に見える。しかし古代の人類にとって「おしゃべり」は、集団内の掟を破る人や外敵の存在に気付くために欠かすことのできない情報伝達手段だった。進化生物学には、そうした説がある。


別の説では、不完全な情報下でターゲットを突き止めるために最も効率の良い戦略は、秩序のとれた規則的な動きではなく、バースト(爆発的な行動)を含んだある種デタラメな探索であるというものがある。また、最善の学習戦略は「自分で考える」が1割、残りは「外に情報を取りに行く」が9割とする説もある。つまり、「自分で考える」はほとんど重要ではない(!)という説なのだ。


一見すると無駄に見える探索行動によって、それまで認識できなかった情報に触れられ、袋小路にはまらなくなる。多様な情報に触れることで知の交配が起き、生産性が高まる、という話だ。われわれ人間の見通せる範囲は、自分たちが思っているよりはるかに少ないことを痛感させられる話でもある。


振り返ってみると、過去に自分が所属した強いチームほどよく会話し、よく飲みに行き、よく合宿し、いわゆる“雑談”をしている時間が長かった。逆に、雑談が少ないチームは一時的には良くても段々と行き詰まっていった印象がある。


そんな背景から、通常、組織で意図して設計されるミッションや戦略、意思決定に関するコミュニケーションだけでは大切なことの一部しかカバーできず、むしろ「設計されたコミュニケーションの外」にこそ、大事なコトが落ちてるんじゃないか。『あーでもない、こーでもない話』こそが組織やチームにとって大切なのでは、という仮説を考えた。

 

人間の知性で「狙って」当たりを引くのは難しい

そもそも、人間の脳は複雑な現実世界の変数のほとんどを見通せていない。自分たちが感覚で考えるより、数百倍は不確実な状況に置かれている。


我々が考える“目的合理性の高いコミュニケーション”ばかりしていると、必然的に盲点が大量にでき、個人や集団として淘汰されやすくなってしまうのだ。目的合理性を手放し、円の外側にとにかく出ていく。これは一見非合理的に見えるが、生存戦略として極めて合理的。

 

組織における雑談、コミュニケーションの重要性

 

この前提に立つと、『あーでもない、こーでもない』おしゃべりは、円の外側の情報を流通させるために組織にとって欠かせないものになる。古代の人類がペチャクチャ話すことで生存確率を高めたのと全く同様に。


さらに突き詰めると、ビジネス上の思考や行動も合理性を手放し、わけも分からずとにかく点を打つことこそが良い結果につながっていく。


宝くじを買わないと「当たり」を引けないのと同様に、思考や行動も点を打たないと当たりは引けない。そして、人間の限られた知性では、狙って当たりを引くことは難しい。大量に点を打つ中でいつか当たりが引ける、ぐらいの認識で点を打ち続けることが必要なのだろう。


シリコンバレーの著名投資家 ベン・ホロウィッツは「HARD THINGS」の中で印象的なことを書いている。

 

私は成功したCEOに出会うたびに「どうやって成功したのか?」と尋ねてきた。凡庸なCEOは、優れた戦略的着眼やビジネスセンスなど、自己満足的な理由を挙げた。しかし偉大なCEOたちの答えは驚くほど似通っていた。彼らは異口同音に「私は投げ出さなかった」と答えた。


自分も、投げ出すことなく、点を打ち続けられる人でありたい。

栗原 康太

2011年にIT系上場企業に入社し、BtoBマーケティング支援事業を立ち上げ。事業部長、経営会議メンバーを歴任。2016年に「才能を流通させる」をミッションに掲げる、株式会社才流を設立し、代表取締役に就任。 より良い物事の捉え方・進め方を「サイル式メソッド」として発信しています。

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