BtoBマーケティング組織の立ち上げや変革には、経営や営業とコミュニケーションを重ねる、地道なプロセスが欠かせません。変革の推進者は、どのように周囲を巻き込んで組織を動かし、変えていったのか。本連載では、そのプロセスに焦点をあて、読者が自社の組織づくりにいかせる実践的な学びを提供します。
第1回目は、株式会社マクロミルにてマーケティング部門を率いる橘さんにお話をうかがいます。3人からスタートした同部門は、6年の歳月をかけて社内でのプレゼンスを高め、予算・人員ともに10倍を超える組織へと成長しました。その過程では営業の現場と、数百回に及ぶコミュニケーションを重ねたと言います。具体的な対話の内容や経営との交渉術、社内キーパーソンの巻き込み方など、組織拡大のポイントについて聞きました。

橘 亮介 さん
株式会社マクロミル
法人向けマーケティング部門責任者
イベントから広告運用、インサイドセールス設計まで幅広いデマンドジェネレーション業務を経験した後、もともと存在していた販促部門を下敷きに、SMB~エンタープライズまで管掌する全社横断の法人向けマーケティング部門を立ち上げ、人員・予算を10倍以上に拡大。MarkeZine編集部主催の「BEST OF MARKETING AWARD2026」にてBtoB部門賞を受賞。
「BtoBマーケティング組織の履歴書」連載第1弾。聞き手は、当社が主催する「BtoBマーケティング研修会」責任者の澤井 和弘です。
才流では「同じミッションを抱えた他社の組織が何をしているのか」「先進的な企業はどのような取り組みをしているのか」「⽣々しい成功事例‧失敗事例を聞きたい」といった企業さまに、BtoBマーケティングに関する情報やつながりが得られる研究会を開催しています。BtoBマーケティングに関するお悩みや課題をお持ちの方は、ぜひご覧ください。⇒BtoBマーケティング研究会の詳細はこちら
社内プレゼンス低下で、予算と人を失ったマーケティング組織
澤井 マクロミルさんのマーケティング部門は、この6年で予算・人員とも10倍以上に拡大していると聞きました。橘さんがマーケティングに関わり始めた当時、マーケティング部門の立ち位置や、社内からの期待はどのようなものでしたか。

橘 当時のマーケティング部門は、とにかく存在感の薄い部署でした。メンバーは私を含めてわずか3人で予算はゼロ。メルマガの配信こそしていましたが、営業部が送っているメルマガとの違いすら認識されておらず、社内では何をする部署なのか、ほとんど知られていませんでした。
広告出稿はストップし、セミナーの相談はマーケティングではなく広報に行ってしまう。オフィシャルな会議で成果を報告する機会もなく、社内プレゼンスが極めて低い状況でした。
澤井 3人の組織になる前は、一定の規模でマーケティング活動を行っていたんですか。
橘 過去には、社内にデジタル広告の有識者がいて、先進的な取り組みをしていました。ただその成果を、営業や経営に納得感のある形で説明できていなかったんです。
その後、マーケティング機能がコーポレート部門とビジネス部門に分割された時期がありました。結果として、それぞれの部署の文脈で、部分最適化された成果しか報告できなくなってしまった。マーケティングが事業の成長にどう貢献しているのか、全体像を経営に理解してもらう機会を失ってしまいました。
もともと営業が強い会社ということもあり、マーケティングの売上に対する貢献を証明できず、それが致命傷となって、予算も人員も大幅に縮小されてしまったのです。
27万人のリストを1つに。統合のメリットを提示した他部署の巻き込み術
澤井 どのようなアプローチで社内におけるプレゼンスを高めていったのでしょう。
橘 最初に手をつけたのが、成果を出すためのアセットの整備です。具体的には、社内に点在していた27万人のハウスリストを統合しました。
当社には各プロダクトのエキスパートが複数います。彼らに良質なコンテンツをつくってもらって配信すれば、リードをつくれるのではないか。メルマガをオウンドメディアとして捉え、Macromill Newsと名付けてファンを増やす方針を打ち出しました。

澤井 部署ごとに抱えているリストを開示してもらうには、一筋縄ではいかないことも多かったと思います。どのようにアプローチしたんですか。
橘 メリットを提示する声がけをしました。「Macromill Newsは、全社共通のメディアブランドです。合流してくれたら、より多くのリストにアプローチできるので、あなたの部署の数字も伸ばせますよ」と。
さらに「Macromill Newsから得られた成果は、私たちが集計しますが、皆さんの成果として社内に報告していただいて構いません」と提案しました。
こうなると、合流しない理由はないですよね。あとは「A部署からもリストを提供してもらったので、あなたの部署からももらえませんか」と1件ずつ、リストを集めて回りました。
澤井 営業が集めた名刺情報に対して、マーケティング部主導でメルマガを配信すると、「自分たちの顧客に情報を送らないでくれ」と営業から反発を招くケースも多いです。御社ではいかがでしたか。
橘 ありがたいことに、そうした反発はほとんどありませんでした。むしろ、「顧客にとって有益な情報を配信してくれるならありがたい」という反応のほうが多かった。
そこでリスト集めと並行して、有益なコンテンツを継続して届けるための体制構築に注力しました。社内のエキスパートのもとへ何度も足を運び、コンテンツ制作を手伝ってほしいと社内営業を繰り返しました。3〜4年をかけて、統合したハウスリストに質の高いコンテンツを配信できる体制を構築しました。
コンテンツの質を高めるステップの踏み方
澤井 質の高いコンテンツを制作し続けるのは、大変なことだと思います。どんなコンテンツを配信しているんですか。

橘 内容は、セミナーの告知やホワイトペーパーのほか、リサーチ業界ならではの自主調査レポート、社内のエキスパートによるナレッジブログです。
ブログのテーマはデジタルマーケティングの効果測定や広告の残存効果の考え方、因果推論、グローバルリサーチにおけるサンプルの質の担保の難しさなど、専門的な領域に踏み込みました。「専門領域はマクロミルに任せれば間違いない」と感じてもらえるコンテンツを心がけました。
また同時に、自社プロダクトの紹介コンテンツも配信。プロダクトを開発・運用している部署の人間を巻き込んで制作してもらう体制をとりました。
澤井 他部署のエキスパートを巻き込むのは、なかなかハードルが高そうですね。
橘 最初からエース級の人材に頼むのは難しいので、まずは各部署の若手社員に、勉強がてら書いてもらうところからスタートしました。統合した27万人のリストがあるので、若手の記事でも一定の成果が出ます。
その成果をもって、今度はその部署の中堅メンバーのところに行くんです。「若手が書いたコンテンツでこれだけの成果が出ました。より知見のある人が書いたら、さらに大きな成果が期待できますよ」と。
コンテンツの質が高まると、さらに大きな成果が出る。これを繰り返すことで、最終的にはどの部署からも、エース級の人材をアサインしてもらえるようになりました。
プロダクトの第一人者が書いたコンテンツは専門性が高く、役立つ内容ばかりです。読みたい人が集まって、リストがさらに増える。リストが増えると、リードも増えて売上が上がります。結果として、プロダクト側が追うKPIの達成にも貢献できるようになって、喜んでもらえる。この好循環がぐるぐると回っていきました。
澤井 若手社員に手伝ってもらうのは、教育的な観点でも良さそうですね。
橘 まさに当社でも、新卒や若手のリソースは、どの部署も比較的快く出してくれました。アウトプットをすると知識も定着し、教育的な観点からも好都合ということで。若手のリソースで成果を出し、その結果をもって、より専門的なメンバーのリソースをもらいにいくようにしていました。
澤井 一方で、新卒や若手のメンバーに依頼すると、クオリティのコントロールが難しくありませんか。
橘 難しいですね。27万人に配信する情報なので、クオリティの担保は絶対に必要です。
そこで、制作時には必ず、マネージャーに監修に入ってもらいました。9割を新卒がつくり、1割をマネージャーが確認して完成させる形です。確認程度であれば大した負担にはならないので、協力してもらうことができました。
数百回の対話で営業ニーズを把握し、味方になってもらうまで
橘 ハウスリストの統合とコンテンツ配信の体制が整ったことで、目に見えて効果が跳ねるようになりました。セミナー告知を1回すると、300人規模の集客ができるほど。
ただ、どんなリードでも歓迎されるわけではありません。ときには調査内容まで具体化しているリードを渡したり、そうでなくても、アプローチがしやすいリードを潤沢に提供したり。営業の武器になるパスを出し続けることで、少しずつ、営業がマーケティングの味方についてくれるようになりました。

澤井 実績をつくって社内に味方を増やしていったんですね。メンバーからマネジメント層まで、どのレイヤーとコミュニケーションをとりましたか。
橘 重心は意思決定をするマネジメント層に置きましたが、全レイヤー同時並行で、数百回に及ぶコミュニケーションを重ねました。
なぜなら、マネージャーを説得するにはメンバーの声を伝えることが有効で、部長を説得するにはマネージャーの声を伝えることが有効だからです。
澤井 成果を出しているマーケティング組織ほど、営業現場の行脚を何よりも大切にしています。とくに関係部署の多い大企業では、地道なコミュニケーションが欠かせませんよね。
橘 そう思います。営業とコミュニケーションをするうえで重要なのは、マーケティング側が創出したリードが現場でどう受け止められ、どう対応され、最終的にどう売上として波及しているのかを把握することです。
当社の場合、営業が一番喜ぶのは今すぐ案件化しそうなホットリードです。そのためマーケティングから渡したリードの質を営業側に細かくヒアリングして報告し、ときには営業対応の課題点や改善策をマネージャー層に提案することもありました。
澤井 リードを渡して終わりにせず、中身までを営業側と細かくすり合わせていったのですね。多くの企業では、「どんなリードを営業が欲しているか」を確認せず、「せっかくリードを渡したのに、なぜフォローしてくれないんだ」と揉めてしまう話をよく耳にします。現場のニーズに寄り添った支援が、味方を増やすポイントだったのだと思います。
橘 営業が強い組織において、マーケティングの存在感を高めていくプロセスは、一種のレジームチェンジ(体制変革)のようなものです。
だからこそ、変革を成し遂げるには、営業現場からの賛成票が欠かせません。現場と対話を重ね、彼らのニーズに応え、マーケティング施策は売上に直結するというファクトを積み重ねる。一票ずつ現場の支持を集める草の根活動が、絶対に必要だと思います。
マーケティング投資を引き出した、採用VSマーケティング論
澤井 営業現場を味方につけ、社内のエキスパートを巻き込んで質の高いコンテンツを配信する。着実に実績をつくったうえで、経営層との交渉に臨んだのですね。経営層とは、どのようなコミュニケーションをとったんですか。

橘 数字を共有して、管掌役員とワンチームで投資を引き出すための交渉をしました。「お金をかけず、社内リソースだけでこれだけの成果を出しました。営業現場も喜んでいて、私たちの味方をしてくれています。予算をつけてもらえたら、さらに大きな成果を出せますよ」と。
ここからようやく、マーケティング予算を本格的に獲得できるようになりました。
澤井 経営層がマーケティングにくわしくない場合、投資の必要性を理解してもらうのは至難の業です。実際、多くのマーケティング責任者が、経営層への説明に苦労しています。
橘 そうですね、非常に難しいと思います。だからこそ意識したのは、ツッコミどころのないレベルまで、数字のロジックを積み上げること。営業側と事前に「この数字の扱いはこれでいいですね」と一つひとつ議論して握っておく。営業側も認めるマーケティングとしての成果を、しっかり数字で示すようにしました。
もともと私は事業企画の出身で、経営会議用の資料作成に携わっていたんです。そこで培ったスキルを活かして、経営層が見る財務指標と、現場が追うリードや商談数といった指標を一直線につなぐことを意識しました。「この数字のつながりなら、皆が合意するだろう」という状態を作り上げ、それを1枚のエクセル資料にまとめて、社内調整を進めました。
澤井 具体的に、どんなロジックで経営と交渉したのか、くわしく教えていただけますか。
橘 営業とマーケティング、双方への投資における一番の違いは、利益に行き着くまでのスピードにあると説明しました。
営業の人員を増やす場合、コストをかけて採用し、時間をかけて育て、戦力化して売上が上がるまでに一定の時間がかかりますよね。市況によっては計画通りに採用が進まないこともよくあります。一方でマーケティングへの投資は、プロモーションもデマンドジェネレーションも、仕組みさえしっかり構築すれば、蛇口をひねるようにリードを生むことができる。即効性の高いアプローチです。
営業人員の採用や離職、大規模組織のガバナンスの難しさ、つまり「事業計画の蓋然性を補完する手段」として、マーケティング投資の有効性を訴求していきました。
澤井 採用とマーケティングへの投資を比較するアプローチは面白いですね。
橘 採用もマーケティングも、最終的な投資効果には、劇的な差はないかもしれません。しかし、利益にたどり着くまでのスピードでは大きく差を出せる。今はどの業界も同じ状況かと思いますが、採用難に悩む経営陣にとって、このスピードの差は魅力的な訴求ポイントになったはずです。
マーケティング機能の集約と、強い組織をつくる機能の純化
澤井 現在、マーケティング部門は御社のなかでどのような立ち位置になっているのでしょう。
橘 各事業部に分散していたマーケティング機能が私たちのもとへと集約されつつあり、全社横断の組織になっています。
機能を強化すべく、これまでメルマガやWebサイト、セミナーと専門性を磨いてきました。ライティングひとつとっても知見がたまっており、その専門性と実績が社内でも認められ、スムーズな集約が進んでいます。
澤井 専門性を磨くための取り組み内容について教えてください。
橘 週に1度、私が講師となって勉強会を開催しています。コトラーのマーケティング理論などの基礎から、最新のマーケティング科学、さらには芸術論や認知心理学まで、幅広くインプットの場を設けて、発想を広げてもらうようにしています。
澤井 独自の教育体制があるからこそ、他部署に説得力のある提案ができ、機能の集約が進んでいるんですね。
一方で全社横断の組織になると、商材理解や顧客解像度の低下が課題になるケースも多いですが、その点はいかがですか。
橘 そこは仕組みで解決するようにしています。私たちのマーケティング組織はあくまで情報を発信する「放送局」で、事業部はコンテンツを制作する「制作会社」という役割分担です。
専門的なコンテンツの制作を事業部側にお願いしているので、知識不足がボトルネックになることはありません。仮に事業部に書ける人がいなくても、語れる内容を持つ人に協力してもらえれば問題ありません。私たちがヒアリングして、コンテンツ化できるからです。
澤井 「放送局」と「制作会社」という発想は、ユニークでわかりやすいですね。最後に、マーケティング部門の今後の展望について聞かせてください。
橘 6年前は3人だったマーケティング部門も、今では非常に大きな組織になりました。実は3人の時代から今日まで、1人も離職者が出ておらず、メンバーそれぞれの業務の高度化が着実に進んでいます。プロスポーツチームのように自立して目標にコミットする、強い組織ができつつあります。これからも学びながら、営業や経営と対話を重ね、マーケティング部門としての機能をさらに高めていきたいです。
澤井 貴重なお話をありがとうございました。人も予算も限られる厳しい状況から、社内コミュニケーションを徹底し、マーケティングのプレゼンスを高めていった舞台裏は、組織づくりに悩む多くの読者の参考になると思います。マクロミルさんのマーケティング部門の、さらなる発展を期待しています。

撮影:植田 翔
執筆・編集:藤井 恵