BtoBマーケティング組織の立ち上げや変革には、経営や営業とコミュニケーションを重ねる、地道なプロセスが欠かせません。変革の推進者は、どのように周囲を巻き込んで組織を動かし、変えていったのか。本連載では、そのプロセスに焦点をあて、読者が自社の組織づくりにいかせる実践的な学びを提供します。
第2回は、パーソルホールディングス株式会社で法人マーケティング部を率いる繁田さんにお話をうかがいます。国内グループ49社、約6,000人の営業が集めてきた数百万件の名刺。同社はこれらを統合し、グループ共通のマーケティング資産へと変えることに成功しました。
組織の立ち上げ当初に聞こえてきたのは「なぜ自分が集めた名刺を渡さなければならないのか」という現場の営業からの声。この壁を越え、7年かけて横断組織を育ててきたプロセスがあります。 法務・セキュリティの整備、全国のマネージャー会への行脚、誰も反対できないコンセプトづくり、そして経営との交渉術まで、横断組織を動かすポイントを聞きました。
※関連記事:【BtoBマーケティング組織の履歴書 #01】マクロミル全社横断マーケ組織の逆転劇。予算ゼロから37名の組織へと拡大させた軌跡。

繁田 佳典
パーソルホールディングス株式会社
グループ営業本部 法人マーケティング部 部長
新卒入社したベンチャー企業にて人材ビジネスの営業・企画職を経験後、2008年にパーソルキャリア(旧インテリジェンス)に入社。アルバイト・パート採用向けプロダクト「an」の法人営業・営業企画を経て2019年にパーソルホールディングスへ。「愛されるマーケティング」を標榜し、グループ会社をまたいでアセットをフル活用する横断型BtoBマーケティングを構築。顧客ニーズに沿って300を超えるサービスのGTM施策をけん引。グループ全体の営業+マーケティング機能のAI・データを活用した高度化も実施。
聞き手は、当社が主催する「BtoBマーケティング研究会」責任者の澤井 和弘です。
才流では「同じミッションを抱えた他社の組織が何をしているのか」「先進的な企業はどのような取り組みをしているのか」「生々しい成功事例・失敗事例を聞きたい」といった企業さまに、BtoBマーケティングに関する情報やつながりが得られる研究会を開催しています。BtoBマーケティングに関するお悩みや課題をお持ちの方は、ぜひご覧ください。⇒BtoBマーケティング研究会の詳細はこちら
グループシナジーを掲げた中期経営計画から生まれた、横断マーケティング組織
澤井 パーソルグループの法人マーケティング組織は、国内49社を横断するユニークな体制だとうかがっています。まず、組織の成り立ちから教えていただけますか。

繁田 出発点は、2018年から2020年の中期経営計画です。当時、「グループの総力を挙げて何かできないか」という議論がありました。
背景は大きく2つです。1つは、競争環境。業界のなかで私たちがどう戦っていくかを考えたときに、私たちならではの強みであるグループ会社間の「横の連携」で勝負できないか、という発想がありました。
もう1つは、いわゆるコングロマリットディスカウント(※1)の問題です。国内だけでグループ49社。お客様からすれば「パーソルキャリアです」「パーソルテンプスタッフです」と別々の会社がそれぞれに訪ねてくる状態で、グループとしての価値を十分に発揮できていませんでした。
そこで中期経営計画の柱の1つに「グループ横断で連携し、法人向けのシナジーを発揮する」というテーマが掲げられ、2018年に取り組みがスタートしました。グループ全体で法人顧客のデータを共有し、お客様とのコミュニケーションを統一していくという現在につながる思想は、このとき生まれたものです。
澤井 繁田さんご自身は、どのタイミングで参画されたのですか。
繁田 2019年です。もともとパーソルキャリアで営業を約5年、その後営業企画をやっていたのですが、この構想を立ち上げたのが元上司で、「一緒にやらないか」と声をかけてもらいました。純粋に面白そうだと思ってジョインした形です。
澤井 現在の体制についても教えてください。
繁田 私たちはグループ営業本部という組織に属しています。本部の中心には、グループ横断で大手企業を担当するアカウント営業のチームがあります。パーソルの各社がバラバラに訪問するのではなく、超大手のお客様に一本化して向き合うための、エキスパート営業の集団です。
その体制を支えるマーケティング機能として、法人マーケティング部があります。機能は大きく5つ。イベント出展やWebサイト改善などでリードを獲得する「リードジェネレーション」、MAやインサイドセールスを担う「リードナーチャリング」、グループ横断のデータフローやITアーキテクチャ、セキュリティ・リーガル面を整備する「マーケティングオペレーション」、データ分析や生成AI活用を担う「セールス&マーケサイエンス」、そしてグループ全体のマーケティングのあり方を設計する「マーケティング企画」です。

澤井 かなり幅広い機能を持たれていますね。人数はどのくらいですか。
繁田 直接雇用しているのは20人ほどです。
澤井 それだけの機能を、20人で。
繁田 少数精鋭で、実働はグループのアセットを活用しています。たとえばMAの運用やインサイドセールスの実務は、グループ内のBPO専門会社に委託していて、その先には50人ほどのメンバーがいます。マーケティングオペレーションも、要件定義などは4〜5人で担い、実装や運用はIT部門や外部パートナーと連携する。ホールディングスとして大きな人員を抱え込むのではなく、企画と設計に集中する体制です。
そのうえで、私たちの一番の個性はリソースの規模だと思っています。国内グループには6,000人の営業がいて、グループ全体で提供できるソリューションが約300ある。このボリュームとバラエティを横断的に活用できることが、この組織の強みです。
※1:コングロマリットディスカウントとは、多角的に事業を展開する企業グループの企業価値が、各事業の価値の合計よりも低く評価される現象。事業間のシナジーが見えにくいことなどが要因とされる。
「なぜ私の名刺を渡すのか」。名刺統合を実現した3つの布石
澤井 グループ企業の名刺統合は、この取り組みの土台ですね。ただ、営業が集めた名刺を吸い上げるとなると、現場との摩擦も大きかったのではないでしょうか。

繁田 当然ながらありました。BtoBマーケティングの世界でよく言われる「私の客」問題ですよね。この取り組みをスタートした当初は「なぜ私の名刺をあなたたちに渡さなければならないんですか」という声があがったようですし、実際に始めてみた後も役員クラスは取り組みを知っていても、現場の営業までは伝わっていないというケースもあって。「自分のお客様に、ホールディングスから電話が来たけどどうなっているんだ」という反応もたくさんありました。
澤井 それをどう乗り越えたのですか。
繁田 大きく3つのことをやりました。1つ目は、「本当にやっていいのか」の条件を整えることです。グループ各社の顧客データを共有するわけですから、法務・セキュリティ的にどこまでやってよいのかを徹底的に詰めました。走り始めの頃は、1年の半分は法務・セキュリティ部門との会議をしていたくらいです。そのうえで、要件を実現するためのITアーキテクチャを整備していきました。
2つ目は、「営業の安心感を担保した」ことです。法務・セキュリティ的には問題がなくても、営業には「このお客様には連絡しないでほしい」という思いがあります。だから、営業が「このお客様へのアプローチは止めてほしい」とフラグを立てられる仕組みを用意しました。嫌なら止められる。この安心感を担保したことは大きかったと思います。
3つ目が、行脚です。とにかく知ってもらうために、全国のマネージャー会を北から南まで回りました。たとえばパーソルテンプスタッフは、ほぼすべての都道府県にオフィスがあります。私自身も含め、メンバーが各地のマネージャー会に足を運び、取り組みの内容を直接説明して回りました。
この取り組みを通じて肌で感じたのですが、「反対」や「嫌い」という感情の根っこにあるのは「知らないこと」なんです。だから知ってさえもらえれば、なんとかなる。好意的に理解してもらうためにも、まずは知ってもらうことが何よりも重要だという感覚を持っています。
澤井 行脚の際は、何か成功事例を持って説明に回ったのですか。それとも、構想の段階から広く始めたのでしょうか。

繁田 どちらかというと後者です。大きな成功事例を待たずに、全体でスタートしました。そのぶん、ほかの領域で出た良い成果は積極的に宣伝材料にしましたし、外部からの評価も信頼の証として活用しました。2021年には「NIKKEI BtoBマーケティングアワード2021」の大賞をいただきましたが、こうした社外からの評価は「この取り組みには価値がある」と社内に伝えるうえで大きな後押しになりました。イベントやメディアへの露出を続けているのも同じ理由からです。
澤井 現在、「私の客」問題はどうなりましたか。
繁田 7年やってきて、もうほぼありません。取り組みが社内で有名になった結果、後付けではありますが、「各事業会社が集めた名刺はホールディングスの法人マーケティング部に帰属する」ということが、グループ全体の決まり事になりました。
ただ一方で、悩みもあります。嫌ならフラグを立てられるというハードルの低さでスタートした結果、実際にアプローチできる名刺の比率が下がってしまっています。今度は、その制限をどう適正化していくかが最近のテーマです。
澤井 導入時の摩擦を減らすための設計が、次のフェーズでは新しい課題になるということですよね。横断組織ならではのリアルなお話ですね。
誰も反対できない錦の御旗「愛されるマーケティング」
澤井 行脚の前に、取り組みのコンセプトを一言で表す言葉をつくられたとうかがいました。
繁田 はい。誰も反対できないような、「そうだよね」と言ってもらえる錦の御旗を用意しないといけないと思ったんです。それが「愛されるマーケティング」というコンセプトでした。

繁田 想像してみてほしいのですが、大手企業の人事部長のもとには、パーソルグループの各社から、1日に何度も電話がかかってきている可能性があります。お客様からすれば、決して心地よい状態ではないですよね。だから「お客様にとって一番心地よいコミュニケーションのあり方を、グループとして実現しよう」というメッセージを掲げました。今すぐ完璧にできるかは別として、ゆくゆくはこうありたいよねと。これには、営業も経営も反対しようがありません。
澤井 コンセプトの言葉選びで意識されたことはありますか。
繁田 カタカナのマーケティング用語を、なるべく使わないことです。専門用語で語ると、それだけで距離が生まれてしまう。誰が聞いてもわかる平易な言葉にすることで、行脚の際も「そういうことね」とすっと理解してもらえました。
澤井 「愛されるマーケティング」は、どの会社でも参考にできる汎用性の高いメソッドだと感じます。
繁田 そうですね。とくに当社のように営業組織が強く、現場の理解を積み上げていくボトムアップ型の会社には有効ではないでしょうか。
私はよく、意思決定がトップダウンかボトムアップか、そして営業組織が強いかどうか。この2軸で、BtoBマーケティングの進め方を整理しています。たとえば、トップダウンで営業が強い会社と、ボトムアップでマーケティング人材が経営にいるような組織では、それぞれ進め方がまったく違うはずです。
当社は「ボトムアップ×営業が強い」の象限です。役員のほとんどが営業出身で、現場の力が強い。この型の会社では、トップダウンの号令だけでは横断マーケティングは動きません。コンセプトを掲げ、現場に行脚し、一票ずつ賛成を集めていくやり方が、同じ象限の会社なら広く使えるのではないかと思っています。

澤井 私たちが企業をご支援していても、横断型のマーケティングのカギは結局、営業との連携に行き着くことが多いです。安心感の設計とわかりやすいコンセプト。この2つがそろっていたことが、名刺統合の第一歩を支えたのですね。
数百万件の名刺を「個人単位」で科学する
澤井 統合したデータをどのように活用されているのですか。
繁田 私たちはよく「お客様が何に困っているのかを科学している」と言っています。数百万件の名刺を企業単位ではなく、メールアドレス単位、つまり個人単位で分析しているんです。「この人は今、何に困っているのか」を推定し、「ならばこのサービスがフィットするはずだ」というところまで考え抜いたうえで、インサイドセールスにパスしています。

澤井 個人単位ですか。どんなデータを使っているのですか。
繁田 分析基盤に、思いつく限りのデータを集約しています。営業が集めた名刺情報、イベントの参加情報に加えて、特徴的なのはグループ主要各社のCRMが持つ顧客接点の情報です。どの会社の誰がいつ訪問し、何を話したか。各社が配信したメールの開封状況。A社の営業活動で得た情報と、B社が同じ企業にアプローチして得た情報を、いろいろな角度から重ねられる。グループの営業が足で稼いだ一次情報が豊富にあることが、私たちの分析の土台です。
そこに、東京商工リサーチの企業の業績見通しに関する情報や会社四季報といった外部データも組み合わせています。たとえば業績に勢いのある企業は採用ニーズが高まりやすいので、人材サービスの提案先として優先度が上がる、といった使い方ですね。
澤井 「ツールを統一すべきか」というご相談は、私たちもよく受けるテーマです。グループ各社でツールは統一されているのですか。
繁田 統一していません。各社が使いやすいツールを使い、データだけをDWH(※2)に集めてクレンジングしています。統一できるならしたい気持ちはありますが、事業会社ごとに最適なツールは異なりますし、統合プロジェクトにかかるコストと時間を考えると現実的ではないんですよね。データさえきちんと連携できていれば、ツールがバラバラでも横断マーケティングは成立するというのが、私たちの結論です。
澤井 分析した結果は、どのようにインサイドセールスに渡るのですか。
繁田 ここ最近で大きく進化したのがAIの活用です。CRMに集約したデータをAIに学習させ、「このお客様はこれに困っているはずなので、このサービスをこう提案するとよい」というところまで自動で出力される仕組みをつくりました。社内では「コネクティス」と呼んでいるAIシステムで、たとえば「顧客90秒ディープリサーチ」という機能では、ボタンひとつで直近の取引状況、過去の訪問記録、推奨されるトーク内容までが一覧で表示されます。
インサイドセールスのメンバーは、出社するとその日に架電すべきリストが優先順位つきで用意されていて、上から順にアプローチしていく。この仕組みのおかげで、経験の浅いメンバーでも一定水準の対応ができる状態になっています。実際、お客様と電話がつながった後の商談獲得率も高い水準で推移していて、約300のソリューションから最適な提案を選べることと、お客様の課題を細やかに想定できていることの掛け算の成果だと捉えています。
澤井 そこから生まれた成果は、どこに帰属するのですか。
繁田 売上はすべて事業会社に帰属します。ホールディングスの私たちは売上目標を持っていません。そのかわり、「このきっかけをつくったのは私たちです」ということは、定期的にきちんとアピールしています。各事業のキーパーソンには、四半期か半期に一度、「今期はこれだけのリードとアポをお渡しし、ここから売上につながりました」と報告する場を持っています。
※2:DWH(データウェアハウス)とは分析のためにデータを一元的にためておく基盤のこと
データサイエンティストの仕事は「未来予測」と「戦略」
澤井 データサイエンティストの方々は、どんな役割を担っているのですか。

繁田 面白いのは、この1年ほどで役割が大きく変わってきたことです。以前は、お客様の課題とサービスを紐付けるロジックの設計や、トーク設計のチューニングがデータサイエンティストの主戦場でした。ところが、その領域はAIがかなりの部分を担えるようになってきた。
そこで今は、力点が「未来予測」や「戦略」に移っています。たとえば、ある大手企業でデータ入力系の事務派遣のオーダーが急増しているとします。そこから「データを整備してAIに活用するニーズが生まれそうだ」と読んで、AI技術者を多く抱える事業会社に提案を促す。こうした兆候からの未来予測にチャレンジしているんです。
さらに、グループ全体の法人戦略づくりにも踏み込んでいます。2030年に向けた目標に対して、どの領域でどれだけのギャップがあり、そのためにどれだけの新規顧客を獲得しなければならないのか。市場そのものを分析し、次の金脈はどこにあるかを探す。データを武器に、経営アジェンダに直接切り込む役割へと進化している最中です。
澤井 AIの浸透によって、データ人材の価値の出しどころが「オペレーションの最適化」から「戦略の立案」へ移っているのが興味深いですね。
経営には「平易な言葉」と「1枚のレポート」で語る
澤井 経営とのコミュニケーションについてうかがいます。経営からの信頼をなかなか獲得できず苦労しているマーケティング組織は多いのですが、どんな工夫をされてきましたか。
繁田 数年来続けているのが、CXOレベルが集まる重要会議で、グループ全体の法人ビジネスの現在地を客観的なデータで示すことです。新規取引社数の推移、既存顧客の離脱率、営業生産性。ときには耳の痛い事実も含めて、あえて直視してもらう。私たち数十人のマーケティング組織だけで解決できる話ではありませんが、「グループとして法人マーケティングに本気で取り組まなければならない」という認識を、事実ベースでつくり続けてきました。
加えて、キーパーソンへの個別の働きかけも行っています。応援してもらえるように、ホールディングスのマーケティングや営業のキーパーソン、事業会社の社長といった方々に個別で時間をもらい、直近の成果や貢献を丁寧に報告して回っています。

澤井 中核事業会社の社長に個別で説明に行くのは、簡単なことではないですよね。
繁田 正直に言うと、最初はかなり抵抗がありました。ホールディングスの一部長が、中核事業会社の社長にアポを取って「自分の部署は今期こうでした」と報告しに行くわけですから。ただ、それを続けるうちに「おう、しげちゃん」と気軽に迎えてもらえる関係になってきた。先日は、ある社長に数字を説明した際に、初めて「どうしたらいいと思うか」と意見を求められました。長年やってきて、ようやく信頼してもらえたのかなと感じた瞬間でしたね。
澤井 積み重ねてこられた成果ですよね。報告内容としては、どのようなことを共有しているのですか。
繁田 KPIは3つだけです。リードを何件獲得したか、アポを何件つくったか、そこから売上がいくら生まれたか。ちなみに四半期ごとに経営に上げるレポートも1枚だけです。「リードが何件、アポが何件取れました。次はこうします。以上」というくらいの平易さを徹底しています。
澤井 「経営側と同じ言葉で話す」ともおっしゃっていましたよね。MQLやCPAといった専門用語を使わないと。
繁田 マーケティング用語で語った瞬間に、経営との間に壁ができますよね。当社の経営陣は営業出身が中心なんです。ですから、「アポ獲得数」や「売上貢献度」、「営業生産性」といった経営層が興味を持つ言葉で会話が成立するように気をくばっています。
澤井 最初から信頼関係を築けていたわけではないと思います。初期に苦労されたことはありますか。
繁田 一番苦しかったのは、中期経営計画の切り替わりです。最初の中計では「グループシナジー」が柱の1つに掲げられていて、全社方針のもとで走ることができました。ところが中計が切り替わると、経営アジェンダの優先順位が変わったりしますよね。掲げられる柱が入れ替わるのは当然のことですが、私たちにとっては取り組みの前提が一度リセットされることを意味しました。
加えて当時は単年度の利益をより重視するスタンスでした。マーケティングは中長期で効いてくる投資なので、単年度のROIだけを問われると、どうしても厳しい説明になります。
澤井 どんなロジックで乗り越えたのですか。
繁田 「外部調達との比較」で見せました。私たちは年間で相当な数のアポイントを創出しています。仮にこれを外部のサービスで調達したら、いくらかかるか。私たちのアポ獲得効率はそれよりも優れているので、その差分を計算すると、本来かかったはずのコストと比べて十分に見合っている。つまり、私たちの組織のコストを差し引いてもマイナスにはなっていない。この見せ方で、まずは投資の合理性を理解してもらいました。
短期の数字で判断される場面では、まず短期の数字で成立する説明をする。そこで信頼を得てから、少しずつ中長期の話ができる関係へ進んでいく、という順番だったと思います。
澤井 「短期利益しか見てもらえない」という悩みは、本当に多くのマーケティング責任者から聞きます。相手の評価軸に合わせてロジックを組むという発想は、大きなヒントになりそうです。
クロスセルは「売りたいもの」ではなく「顧客の課題」を起点にする
澤井 御社の取り組みの核心であるグループ横断のクロスセルについて、成功のポイントをまとめていただくとすると、何でしょうか。
繁田 出発点は、やはり「愛されるマーケティング」だと思います。そのうえで一番大事なのは「困っている人は誰で、その人に適切な提案は何か」をきちんと科学することです。
クロスセルというと、この製品が売れた会社には次にこの製品というプロダクトアウトの発想になりがちです。でも、売りたいものを起点に提案を重ねても、お客様に嫌われるだけなんですよね。私自身、営業時代に、お客様がどんな相談を持ちかけてくださっても、結局は自分の担当サービスの提案しかできないことに、ずっとモヤモヤしていました。
私たちには約300のソリューションがあります。お客様が何に困っているかさえ正確にわかれば、そのうちの何かは必ずフィットする。だから、課題の把握にこそ徹底的に投資する。そこが押さえられれば、あとは水が流れるように提案が決まっていく感覚が、本当にあるんです。
澤井 「課題とサービスの紐付け」こそがセンターピンである、と。名刺の統合も、データ分析も、AI活用も、すべてはお客様の課題を知るための投資だったと考えると、取り組み全体が一本の線でつながりますね。
グループ全体で「本気のマーケティング」に挑戦したい
澤井 最後に、今後の構想を聞かせてください。
繁田 やりたいことは大きく2つあります。1つは、グループ全体の戦略とマーケティングの取り組みを完全に同期させることです。2030年に向けた目標と現在地のギャップをデータで明らかにし、それを埋めるためにどれだけの新規顧客が必要で、だからBtoBマーケティングに本気で投資すべきだ、というストーリーを経営に理解してもらう。ここを徹底したいと思っています。
もう1つは、業界を切り口にしたバーチャルな横断組織づくりです。たとえば「製造業×パーソル」というテーマを掲げて、製造業に強みを持つグループ各社から予算と人を集め、ブランディングからイベント、リード獲得、ナーチャリングまでを一気通貫で展開する。会社ごとに「点」でマーケティングをするのではなく、業界というドメインに対して「面」でコミュニケーションを設計しに行くイメージです。
グループ49社の理想の横断組織を一足飛びにつくるのは、正直、簡単ではないとわかっています。だからこそ、まずはバーチャルなドメインで成功事例をつくり、その遠心力で少しずつ横断の範囲を広げていきたいと考えています。
澤井 現状では、各事業会社がそれぞれマーケティングを行っていて、重複もあるのですよね。
繁田 そうです。実は、グループ各社のマーケター約50人に会いに行って、同じ物差しで「いくらかけて、何をやっているのか」をすべて調べたことがあります。すると、同じような施策でも、商談獲得の効率に会社間で大きな開きがあることがわかりました。全体で見れば、明らかにやりようがある。この事実は経営にも共有していて、課題認識まではそろっています。あとは、現場の強いグループのなかで、各社が前向きに変わりたくなるような進め方をどう設計するかですね。
並行して、グループ内の法人マーケターを集めた勉強会やイベントも始めています。小規模な子会社では、営業企画出身者が1人でマーケティングを任され、社内に相談相手がいないというケースも少なくありません。そうした現場の声に応えながら、グループ全体のマーケティングの底上げを進めていきたいと思っています。
澤井 本日は貴重なお話をありがとうございました。「私の客」問題との向き合い方、誰も反対できないコンセプトの設計、経営の評価軸に合わせたロジックの組み立て。横断マーケティングに挑む多くの読者にとって、実践的なヒントに満ちたお話でした。パーソルグループの法人マーケティングのさらなる進化を期待しています。

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撮影:植田 翔
執筆:猪俣 奈央子
編集:安住 久美子