BtoBマーケティング組織の立ち上げや変革には、経営や営業とコミュニケーションを重ねる、地道なプロセスが欠かせません。変革の推進者は、どのように周囲を巻き込んで組織を動かし、変えていったのか。本連載では、そのプロセスに焦点をあて、読者が自社の組織づくりにいかせる実践的な学びを提供します。
第3回は、株式会社日立ソリューションズでマーケティングの型化を実現した宮本さん、大羽さんに話をうかがいます。
お二人が作り上げたのは、マーケティング活動全体をナビゲーションした447ページのドキュメントです。顧客の課題をとらえて事業を仕立て、GTM(Go To Market)戦略で売っていく。一連のプロセスを再現性高く実行する方法を示したもので、マーケティングの型として社内に浸透してきました。
実際にナビゲーションを適用した商材では、リリース1年後の受注数が主力商材の3倍を記録するなど、成果も出ています。
宮本さん、大羽さんはどのように他部門や経営層の理解を得て、作成したナビゲーションを社内に浸透させてきたのでしょうか。取り組みの裏側を探ります。
※関連記事:「BtoBマーケティング 組織の履歴書」連載ページ

宮本 敦士
株式会社日立ソリューションズ
セキュリティソリューション事業部 企画本部
セキュリティマーケティング推進部 グループマネージャ
2007年に日立ソフトウェアエンジニアリング(現・日立ソリューションズ)へ入社。自社セキュリティ製品の開発、プリセールスエンジニアとしての拡販、新規製品のプロダクトマネージャーを経験する。開発・セールス・プロダクトマネジメントの知見をいかし、2023年からマーケティング活動のナビゲーション構想を立ち上げ。全社共通の型として、社内での展開を推進している。

大羽 将徳
株式会社日立ソリューションズ
セキュリティソリューション事業部 企画本部
セキュリティマーケティング推進部 主任
2015年に日立ソリューションズへ入社。大手自動車会社のアカウントセールス、インサイドセールスの立ち上げを経て、2024年にセキュリティソリューション事業部へ異動し、マーケティング活動のナビゲーション構想立ち上げに参画。現在は新規ビジネスの販売戦略の構築とPMF(Product Market Fit)実現に取り組む。
聞き手は、当社シニアコンサルタントで、大手企業の全社横断(CoE)組織の立ち上げ支援を専門とする横山 直紀です。
才流では「同じミッションを抱えた他社の組織が何をしているのか」「先進的な企業はどのような取り組みをしているのか」「生々しい成功事例・失敗事例を聞きたい」といった企業様に、BtoBマーケティングに関する情報やつながりが得られる研究会を開催しています。BtoBマーケティングに関するお悩みや課題をお持ちの方は、ご参照ください。⇒BtoBマーケティング研究会の詳細はこちら
事業部と全社横断組織の役割分担で、マーケティングを推進
横山 現在、日立ソリューションズのマーケティングは、どのような体制で取り組んでいますか。

大羽 当社のマーケティングに関わる組織は、大きく分けて2つあります。
まず、各事業部の「企画本部」のなかにある事業の企画部門。新規事業の立ち上げや販売戦略を構築する部署で、ここがブレインとなって、各商材の戦略を立てます。私と宮本が属するのは、セキュリティ領域の企画部門です。
もう1つが、全社組織である「営業統括本部」のなかのマーケティング部門です。
各事業を横断する組織で、事業部側で企画したプロモーション内容の実行支援や、Webサイト・ウェビナーの運営といったオペレーション部分を担っています。
横山 全社横断のマーケティング部門は、どのような経緯で作られたのでしょうか。
大羽 かつては事業部ごとにサイロ化されたマーケティング部門が存在していたのですが、施策の品質にムラがあったり、顧客のキーパーソンの情報が共有されていなかったり、全社として最適化されていないという課題がありました。
そこでオペレーション部分だけを切り出して全社横断組織とし、各事業ドメインの専門知識が必要な「戦略を立てるブレイン」の役割は事業部側に残す現在の体制になりました。
横山 事業部視点で見ると、この体制の強みはどんなところでしょうか。
大羽 一番大きいのは、顧客基盤の活用やインサイドセールスの実行など、オペレーションをすべて全社横断組織に委ねられる点です。きれいに役割分担ができているので、事業部は「どのような商材を扱い、どう売っていくか」という戦略検討にリソースを集中できます。
「商材数は2倍以上になるも、売上は低下」背景にあった課題
横山 マーケティング活動の「ナビゲーション構想」への取り組みは、事業部側からはじまったとうかがっています。どのような経緯があったのでしょうか。

宮本 私たちが取り扱う新規商材がうまく立ち上がらなかった時期に、課題に向き合ったことがはじまりです。
当社は商材を開発するビジネスだけでなく、他社の優れた商材に付加価値を乗せて売るディストリビューター(一次販売店)やリセラーとしてのビジネスも多く手がけています。米国の現地法人と連携し、北米のスタートアップ企業などの先進的なセキュリティ商材を調査・輸入して、国内に展開してきました。
こうした海外アライアンス活動は、2018年頃までは順調でした。ところが2019年以降に取り扱った商材が、思うような成果につながらない状況に陥ってしまったのです。
取り扱う商材数は2018年以前の2倍以上に増えていたものの、リリース後3年目に年間売上高が10億円を超える商材数は、4分の1以下。商材の年間売上高の総和も10分の1以下と、深刻な状況でした。

横山 その原因を掘り下げていくと、マーケティングの課題に行きついたということですね。
宮本 はい。当時の私たちは、国内企業のニーズや課題をとらえきれておらず、顧客解像度が低い状態でした。自社都合の仮説で開発や販売を進めており、「お客様の課題は何なのか」十分に答えられる状態ではなかったんです。
その結果、どんなに訴求メッセージを変えても、お客様に響かなかったり、正しく価値が伝わっていなかったり。お客様とのあいだに、ギャップが生まれていました。
さらに、各事業部がそれぞれの方法でマーケティングに取り組んでいたため、効果測定がしづらく、組織として再現性を持てていませんでした。成功した施策をほかの商材に展開しても、成功した理由をきちんと言語化できていないので、うまくいかなかったですね。
現場の課題感が経営層を動かし、活動予算とチームを獲得
横山 現場のみなさんは、どのように感じていたのでしょうか。
宮本 当時、現場のマネージャー層以上、84人にアンケートを取りました。すると、共通の悩みとして浮かび上がってきたのが、「マーケティング活動の全容が不明」ということでした。
まずは、マーケティングの全容を示したナビゲーションが必要だと考え、動きはじめました。

横山 会社から与えられたミッションではなかったのに、宮本さんは課題に対し自ら動いたんですね。
宮本 プロダクトマネージャを務める前にセールスをやっていたので、売上や利益に対する危機感が人より強かったのだと思います。
当時、うまく立ち上がっていない商材を担当し、なんとか回復させようと動いていたんです。ところが、1社目のユーザーを獲得するところまでは行けても、そこからスケールさせることが難しくて。失敗した経験から、学ぶことは大きかったです。
社内のほかの方に、私と同じような失敗を繰り返してほしくない。どうにか、マーケティング活動全体をナビゲーションする仕組みをつくりたい。その思いが原動力となりました。

横山 特定の事業部の課題ではなく、全社の課題だと確信されたのはなぜですか。
宮本 営業や事業部の関係者に、マーケティング勉強会でこの構想をぶつけていったところ、マーケティング活動の課題感は、マネージャー層へのアンケートと共通していることがわかりました。
「なにを、いつ、誰が、どこまで、どのようにやればいいかわからない」。こうした声が各所から出てきたのです。
これは私の所属する事業部だけの課題ではなく、会社全体の課題だと確信しました。
横山 とはいえ、構想を実現するための活動費用も組織もない状態だったんですよね。何からはじめられたんでしょうか。
宮本 経営戦略統括本部の「全社投資制度」を利用するために、現場からの課題を署名活動のように集めたんです。それを持って上層部に訴えかけたところ、重要な課題として認識してもらうことができました。
制度の利用が認められ、活動費用の獲得とプロジェクトチームの立ち上げに成功しました。
横山 経営を動かすときに、自分の主張ではなく現場の課題感を束ねて持っていったんですね。個人の問題意識を、事業部の声、そして全社の課題へと段階的に大きくしていったからこそ、投資制度に乗せられたのだと思います。
全447ページにまとめたナビゲーションの全容
横山 具体的に、ナビゲーションはどのような内容なのでしょうか。
大羽 GTM戦略を「立案」「実行」「運営」の3つのパートに分け、体系化したドキュメントとして作り上げました。
前提として、私たちが使う「マーケティング」という言葉は、プロモーション的な要素ではなく、事業創出やGTM戦略にフォーカスしています。再現性のあるプロセスで顧客の課題をとらえ、それを事業として仕立て、どうGTM戦略で売っていくかをまとめました。

横山 最もボリュームがあるのがPart1の戦略立案の部分ですね。
大羽 そうですね。ここが最も重要で、Who(顧客課題)とWhat(提供価値)の組み合わせを把握する方法が書かれています。
お客様が解決したい真の課題は何か。それに対して私たちが提供すべき価値は何なのか。その組み合わせが本当に市場に存在するのか。
ここが決まれば、どのような顧客接点で、どのようなメッセージで、どのメディアを使って情報を届けるかという実行の部分も自然と決まりますよね。
実際、従来の事業化・拡販活動では、米国で売れている良い商材を見つけると、市場と実機を調査し、「米国で売れているなら日本でも売れるだろう」と、事業計画の策定に進んでいました。
しかし、ナビゲーションの適用後は、このプロセスを細かく分けました。
まず顧客課題・技術・商材の情報を集め、市場調査と予測から仮説を立てて、その分野が伸びるものなのかをフィルタリングします。
続いてCPF(Customer Problem Fit)検証で顧客の課題が本当に存在するのかを確かめ、PSF(Problem Solution Fit )検証で課題に対して私たちの提供価値が正しいのかを検証する。どちらも、実際にお客様にインタビューをして、ファクトに基づいて確かめる工程です。

横山 そこで得たファクトを持って、事業計画に進むと。奇をてらった取り組みではなく、改革しなければならない一番のポイントに正面から着手されたんですね。
宮本 そうですね。さらに戦略から実行へ、しっかりと連動することも意識しています。
これまでのプロセスだと、事業計画を立てたあとに商材の紹介資料やWebページなどを作っていました。するとリリースから本格的な拡販までに大きなタイムラグが生じ、市場のブームが過ぎてしまうことがあったのです。
ナビゲーションを適用したプロセスでは、CPF検証やPSF検証をしている段階で、紹介資料やWebページの骨子を作り上げるようにしています。事業計画の承認が下りた段階、つまりリリース時には、すべてのコンテンツの準備が戦略と連動した形で完了していることになります。この急がば回れのプロセス設計が、リリース直後からのロケットスタートを可能にしました。
横山 検証の段階でコンテンツの骨子までできているから、リリースと同時に走り出せる。ナビゲーションにより戦略と実行がつながっている証拠ですね。ナビゲーションの存在を社内で浸透させるために、何か工夫された点はありますか。
宮本 「全社のマーケティングの標準」になってほしいと思い、社内で浸透している開発規定の名称にならって名づけをしました。ただ、必ず守るべきルールとして社内に紹介するとハードルが上がってしまうので、あくまでもベストプラクティスとして社内に紹介しました。
横山 名称についても、いかに組織に受け入れられ、使ってもらえるかを考えられていたのですね。本連載の第2回でうかがったパーソルホールディングスさんも、「愛されるマーケティング」というコンセプトを掲げていました。全社に何かを広げるとき、最初に立てる旗の設計が効いてくるのだと思います。
社内で受け入れてもらうために、「相手の論理」で動く
横山 ナビゲーションを社内に展開していく過程では、どのような反応がありましたか。

宮本 マーケティングを広めようとすると、一種のアレルギー反応が起こることがありますよね。現場には現場の論理があるので、当然のことです。
重要なのは、マーケティングという言葉を前面に押し出すのではなく、「相手の論理、文脈で動く」ことだと思います。
私たちの場合は、マーケティングのエッセンスを自然な形で注入できるように、まずは困りごとに伴走するようにしていました。「商材の紹介資料を作るのが苦手だ」と困っている担当者がいれば、まずは資料作りを手伝います。そして軌道に乗ったときに、「実はこれがマーケティングとしての効果なんですよ」と伝えるんです。
この順番で進めることで、現場にもすんなり受け入れてもらい、一緒に動いてもらえるようになったと思います。小さな成功を、辛抱強く積み重ねていきました。
大羽 型を決めて、ただドキュメントとして他部門にお渡しするだけでは、現場は困惑してしまいますよね。ドキュメントには書ききれない暗黙知が、相当量あるからです。
まずは型を作った本人たちが実際に使って、目に見える成果を出す。そのステップを踏んでから展開することも重要だと考えています。
宮本 さらに、組織的な観点でもう1つ重要なのが、伴走する側のコストを、支援される側の事業部に負担させないことです。
全社から獲得した投資予算には事業部支援のための費用も含まれていたので、お金とリソースを持って支援に入りました。そうすれば、支援される側も「お金がかからないし、プロモーションを手伝ってくれるなら、ぜひお願いしたい」と好意的に受け止めてくれます。
ただ、注意が必要なのは、伴走支援をやりすぎてしまうこと。「資料を代わりに作ってくれる都合の良いリソースプール」として扱われてしまうと、本来の趣旨からずれてしまいます。あくまでも主体は事業部であり、「自分たちでマーケティングのエッセンスを取り入れられるようになるための支援」だという一線は引くよう意識しました。
横山 ご自身の知らない技術領域の部署には、どう入っていかれたのですか。
宮本 徹底的に勉強してくわしくなることですね。相手と対等に話せる会話のプロトコル、つまり共通言語を持っていなければ、伴走支援を提案しても受け入れてもらえません。
工夫したのは、そのプロトコルを合わせるときのやり方です。「教えてください」と打ち合わせをするのではなく、「これまで作ってきた事業計画書や商材の紹介資料を共有してください」とお願いして、それらを読み込むことからはじめました。
資料を読ませてもらうだけであれば、相手の時間を奪いませんし、警戒心も薄い。共有してもらいやすく、有効なアプローチでした。
適用した商材は主力商材比で商談数141%、受注数300%に
横山 実際にナビゲーションを適用して成果が出た事例があるそうですね。具体的に教えてください。
大羽 ナビゲーションを適用した商材と、2018年にリリースした主力商材を、それぞれのリリースから1年後の実績で比較した結果があります。
ナビゲーションを適用した商材のほうが、すべての項目で比較対象の主力商材を上回っています。商談数は主力商材比で141%、見積もり提示数は210%、受注数は300%です。

横山 活動量が増えているだけでなく、同時にコンバージョン率が劇的に改善しているのも素晴らしいですね。
大羽 ナビゲーションで理想的なお客様(ICP:Ideal Customer Profile)と、私たちにしか提供できない独自の便益(UAV:Unique Attractive Value)を徹底的に検証し、その結果をすべての拡販コンテンツに落とし込んだからだと考えています。
紹介資料も、Webサイトもメッセージングも、すべて連動している。この状態を初期段階で作れたので、高いコンバージョン率につながりました。

宮本 社内の啓発活動や、実務での成果創出といった地道な活動を、何度も繰り返し、このような成果が出たことはうれしく思います。
徐々に自分たちの考えに共感してくれる関係者が生まれ、自然とナビゲーションが浸透していったという感覚です。
「日経クロストレンド BtoBマーケティング大賞2026」の大賞をいただいたことで、社内の認知度、とくに経営層の間での認知も一気に高まりました。さらなる広がりを期待しています。
システム化で、スキルに依存しないマーケティングをめざす
横山 社内だけの取り組みでなかなか芽が出ないときに、外部の権威を借りるのは有効ですよね。ただ、そこに至るまでは、お二人の地道な活動があったわけです。何がお二人を支えていたのですか。
宮本 私たちはあくまで、個人として、そして事業部として感じていた課題に取り組んできました。それが長期的に見れば全社のためになると信じてきたので、続けてこられたのだと思います。
横山 BtoBのマーケティングをやるときに、すぐに報われようと思ってはいけない。私も自分に言い聞かせている言葉です。お二人がペアで活動されたことも、続けるうえで大きかったのではないですか。

大羽 宮本と私では、社内で持っている人脈や関わってきた領域がまったく異なります。二人で組むことによって、カバーできる組織の範囲が格段に広がりました。これは大きかったと感じています。
ナビゲーションを作っている際も、役職や上下関係ではなく、アイデアの質で議論することをお互いの信条にしていました。役職を気にせず、素晴らしい解を出せる意見が正しいという考え方が、質の高い成果物につながったと思います。
横山 最後に、これからめざすマーケティング組織の姿を聞かせてください。
宮本 ナビゲーションに書かれている型を、システム化していくことが今後の展望です。
今回作成したナビゲーションは、それ自体はあくまで指針にすぎません。読めば誰でもすぐに素晴らしいプロダクトが作れるわけではないんです。実践には高度なマネジメントが必要で、現状はどうしても個人のスキルに依存し、上振れ・下振れがあると考えています。
そこで、システムに沿って活動を進めていけば、自然とお客様の解像度が上がり、差別化要素である独自の便益を創出できる可能性が高まる。そんなナビゲーションシステムを作りたいです。
手作業でやると膨大なデータ整理と分析のパワーが必要になりますが、昨今は有用なAIテクノロジーが登場しています。生成AIを使うことで、システム化したナビゲーションを実現できるはずです。
横山 お二人の取り組みは、自ら前線に立って成果を出すだけにとどまらず、その知見を全社の型にまで昇華したことがポイントでした。現場84人の課題感を束ねて経営を動かす。マーケティングという言葉を出さず、相手の論理で入り込む。伴走コストを相手に負担させない。どれも型を組織に根付かせるうえで欠かせない設計だと思います。
BtoB事業のほとんどのケースにおいて、主役はプロダクトや営業です。マーケティングに向き合ううえで、その主役を輝かせるための黒子としてミッションを設定するマインドセットが大切になります。組織づくりに悩む多くの読者にとって、実践的なヒントに満ちたお話でした。日立ソリューションズさんのマーケティング組織の、さらなる発展を期待しています。
本日は貴重なお話をありがとうございました。

※関連記事:「BtoBマーケティング 組織の履歴書」連載ページ
撮影:関口 達朗
執筆・編集:安住 久美子