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営業をサボらずやり切ることがPMFを手繰り寄せる。徹底的な顧客ヒアリングで方向転換、AkerunのPMFストーリー

新規事業
株式会社才流 代表取締役社長
栗原 康太

BtoBスタートアップのPMF(Product Market Fit)ストーリーを紹介する本シリーズ。リニューアル後の2回目となる今回取り上げるのは、スマートロックを用いたクラウド型入退室管理システム「Akerun」を手掛ける株式会社Photosynth(フォトシンス)だ。もともとC向けのスマートロックからスタートした同社が、法人向けの入退室管理システムとしてPMFを達成し、2021年11月には東証マザーズ市場に上場(現在は同グロース市場に移行)を果たすまでにはどのような物語があったのか。代表取締役社長の河瀬航大氏に聞いた。

※関連記事:PMF(プロダクトマーケットフィット)達成ガイド~基礎から事例まで、新規事業を成功に導くためのコンテンツ集

後付け型のスマートロックを起点にセキュリティ向上や業務効率化を実現

フォトシンスが法人向けに展開しているクラウド型入退室管理システムは、既存の扉に後付け型のスマートロックを設置するだけでオフィスセキュリティの向上や業務効率化を実現できるサービスだ。

「いつ」「誰が」「どこに」出入りしたかのデータが可視化されることで入退室情報の管理が簡単になるほか、他サービスと連携すれば勤怠管理や会員管理などにも活用できる。交通系ICカードやスマートフォンを使って鍵の開け閉めができ、時間を限定して社員やアルバイトスタッフに対して鍵を発行することも可能。「鍵を開けるためだけの出社」が不要になることから、コロナ禍で導入が加速したという。

セキュリティシステムや入退室管理システム自体はさまざまな製品があるが、施工が必要な電気錠の場合には1つの扉あたり100万円程度のコストがかかることも珍しくない。その点Akerunは大規模な工事なしで導入でき、ソフトウェアとしての利便性にも優れる。こうした理由によりエンタープライズからSMBまで幅広い企業で導入が進み、累計の利用企業数は7,000社を超えた。

Akerunのプロダクト
Akerun Proの利用イメージ

出だしは好調もローンチ3ヶ月で気づいた危険な兆候

今でこそ法人向けのクラウド型IoTサービスとして強固な事業基盤を構築しているフォトシンスだが、もともとは「スマートロック」という言葉がほとんど浸透していなかった2015年に“家庭用のスマートロック”として製品をローンチしている。

フォトシンスが立ち上がった2014年頃は、プロダクトアウト型でユニークなガジェット作りに挑戦するハードウェアスタートアップが複数社誕生していた時期だ。河瀬氏たち自身も「スマホで鍵が開けられたらかっこいいよね」という話題で盛り上がったことをきっかけに、スマートロックの開発に着手。2015年4月に製品を世に出した。

「創業したときにPMFという言葉を知っていれば良かったのですが、当時は全く知らなかったので『バズれば売れて、上手くいくんじゃないか』くらいに考えていました。当時は世界初の後付け型スマートロックということもあって、いろいろなメディアにも取り上げられ、実際によく売れたんです」(河瀬氏)

ただ望ましい状況は長くは続かなかったという。そのわずか3ヶ月後にはすぐに危険な兆候に気がついた。「PMFしていなかった」 のだ。

「確かに売れてはいたものの、Akerunのアクティブ率がどんどん下がっていっていることに気がついたんです。その頃は売り切り型だったので事業面で大きな打撃を受けていたわけではありませんでしたが、お客さんの課題解決にはつながっていなかった。つまり単なる『おもしろガジェット』になってしまっていたんです。データを見れば明白だったので、そのままの状態で売り続けるのはリスクが大きいと考えました」(河瀬氏)

河瀬氏たちにとって幸運だったのは、ハードウェア単体ではなくアプリとセットで提供していたこと。ハードウェアの売れ行き自体は同水準をキープしていたため足元の売上が落ちたわけではなかったが、アプリを通じてアクティブ率を測れる仕組みがあったことにより、早い段階で「思っていたよりも使われていない状態」に気付けたという。

Must Haveだと感じている顧客は誰か「PMFを探る旅」

創業製品であるAkerun Smart Lock Robot(家庭向け)

それ以降、Akerunの「PMFを探る旅」が始まった。『リーン顧客開発』という書籍を教科書として、自社のビジネスに合わせて内容をカスタマイズしながら「ロジカルにPMFを探っていった」という。

まず取り組んだのが「どこの市場で、誰に向けてサービスを提供していくか」を整理するためのユーザーヒアリングだ。その時点でAkerunは一般家庭だけでなく宿泊施設、IT企業、教育施設など幅広い場所に設置されていたため、初期ユーザーの100社に対して「使っている機能」や「あったら便利だと思う機能」などを直接聞くことからスタートした。

次にヒアリングを通じて得られた知見をもとに、Product(主要な機能)とMarket(対象となる顧客)をセットにした“PMF仮説”を複数パターン作成。そこから今度は各顧客セグメントにおいて、「Akerunを知らない10人」にAkerunを欲しいと思うかを聞いていった。

たとえばPMF仮説の①が太陽光発電管理会社であれば、「Akerunを知らない太陽光発電管理会社の担当者10人」にヒアリングをするといった具合だ。

「特に重要なのが『Must Have』なのか『Nice to Have』なのかを確かめることです。この製品がないと厳しい、ダイレクトに売上が下がってしまうといったように、『強いMust Have』を探すことに注力しました」(河瀬氏)

10人中10人がその製品を欲しいと考え、そのうち4人がすぐにでも買うと答える──。河瀬氏たちはそのような条件を満たすものをMust Haveだと定義し、PMF仮説を分類していった。その結果として「従業員数が10人〜300名程度の中小規模のIT企業」において、入退室管理のデータを効果的に取得できる仕組みに対するニーズがものすごく大きいことがわかったという。

「実際にこの層のユーザーに関してはどんどんユーザー数が増えているだけでなく、軒並みアクティブ率も高かったんです。データを踏まえても、やはりこのマーケットは可能性があると感じました。一口に法人向けと言っても、どのような企業に向けて提供するかによって全く異なるサービスになります。だからこそヒアリングをしていく中で最も反応が良かったセグメントに絞り、その顧客だけに向き合うことを決めました」(河瀬氏)

導いたPMF仮説の精度を営業とマーケティングで高める

家庭向け製品としてスタートするも3ヶ月で方向転換を決め、次の3ヶ月ほどでヒアリングをしながら向き合うべき市場を整理した。そこからスマートロックも含めた法人向け製品開発に1年弱の時間を要したものの、ハードウェアスタートアップにしてはかなり早いスピード感で事業を進めていった。

実際に法人向けのサービスとして再スタートを切ってからは時間の経過とともに少しずつ市場への解像度も高まり、「人の流動性が高く、取り扱う情報量が多い業種」と相性が良いこともわかっていったという。

「10〜300名規模の企業のニーズが高いことはPMF仮説と企業へのヒアリングでつかめていましたが、そこから先は営業の世界です。実際に製品を展開する中で『この層の人たちによく売れている』といったかたちで、解像度を高めていきました。また7年ほど前からはコンスタントに毎月1,500社ほどから問い合わせをいただけるようになり、そこからの受注率や受注数などデータに基づいて意思決定ができるようにもなりました」(河瀬氏)

河瀬氏によると、サービスの認知を広げていく過程で「入退室管理システム」というキーワードを発掘できたこともPMFを手繰り寄せる意味では大きかった。もともとは「スマートロック」で広告を出していたが、入退室管理システムへと訴求方法を変えたところCVRが大幅に向上した。

「自分たちとしては入退室管理システムで起業したつもりはなかった」(河瀬氏)が、当時はマーケティング部門も開発部門も創業メンバーが率いており、PMFを強く意識していた。その中でこのキーワードを見つけた際は「金脈を当てた感覚」だったという。

価値訴求とプライシングの考え方

向き合うべき市場を特定して機能拡充を進めるのに合わせて、プライシングも変えていった。最初は一律月額9,500円のサービスだったが、既存のセキュリティサービス会社と戦っていけるだけの自信もついたことから価格を上げ、現在は月額1万7,500円から提供している。

「月額1万7,500円と聞くと、世の中の多くの人は1つの扉にこれだけの金額は払えないと思われるかもしれません。ただプライシングを検討するにあたってはマーケットの外部環境をものすごく意識しました。セキュリティ会社に依頼してスクラッチで電気錠のシステムを開発してもらうと、1つの扉で100万円程度の費用がかかりますし、修理のサイクルやデータ活用の可否、プロダクトの機能などを考慮するとAkerunの十分に価値を感じてもらえる。この価格帯でも適正だと思ってもらえると判断しました」(河瀬氏)

Akerunがターゲットにしている企業の中には、オフィス移転や増床のタイミングでセキュリティの強化を検討するところも多い。その際に候補になるのは警備系の会社やシステムベンダーで、スマートロックの会社はほとんど出てこないという。

その点、スマートロックを活用したAkerunのサービスは初期コストを抑えられるだけでなく、取り外しが簡単で移転先でもすぐに使うことができる。取得したデータは入退室管理だけでなく勤怠管理などさまざまな用途にも活用でき、他の選択肢と比べても付加価値は大きい。実際にプライシングを変更して以降もAkerunの勢いが止まることはなかった

上述したとおり毎月1,500件の問い合わせがあるため、まずはインサイドセールスの体制を強化しながらSMBを中心に顧客を獲得。プロダクトの進化とともに大手企業の顧客が少しずつ増えてくる中で、パートナーセールスやフィールドセールスの体制を整え、事業を広げていったという。

今回は初の収録形式で実施。イベントの後半には参加者の方も交えてQ&Aセッションも取り入れた。

「PMFはシリーズAの時だけではなく、ずっと追求していくもの」

「PMFはシリーズAの時だけに限ったものではなく、ずっと追い求めていくものだと思っています」

河瀬氏はこれまでの経験も踏まえ、PMFについての見解をそのように説明する。

フォトシンスの場合も“従業員数が10人〜300名程度の中小規模のIT企業”においては比較的早い段階でPMFの手応えをつかめていたが、シリーズBの調達は「それが不動産やコンサルティング、医療、金融など他の業種でも受け入れられるのかは不明瞭な状況」の中で進めていったという。

そこから現在に至るまでにも細かいPMFを何度も乗り越えてきた。 特にハードウェアはソフトウェア単体のビジネスに比べて量産するのに多くの時間と資金が必要になる。初期の段階からハードウェアは極力ミニマムに開発し、確度が高まってから大規模な投資を行うようにしてきた。

「業界がほんの少し変わるだけでも、顧客のニーズや求められるプロダクトが変わる可能性がある。たとえばAkerunの場合も(個室タイプの)シェアオフィスとオープンなコワーキングスペースではニーズが異なります。だからこそ目の前の市場においてPMFがハマっていたとしても、疑い続ける感覚は常に持ち続けておくべきです。そうしないと、TAM(Total Addressable Market:獲得可能な最大の市場規模)がものすごく限定されたビジネスになってしまう可能性もありますから」(河瀬氏)

PMFを連続的に達成していく仕組みを作るべく、フォトシンスでは新たにPMFを検証するための専門チームも作った。ここでは河瀬氏がチームメンバーと1on1を重ね、PMFの知見を直接伝えながら新しいマーケットを開拓している最中だという。

「(PMFの達成は)常に苦労するものではありますが、自分たちが重要にしているメソッドを挙げるとすると『営業』です。PMFの失敗例としてありがちなのが、十分に営業をやり切っていない段階でプロダクトを変えてしまい、プロダクトとマーケットという2つの変数を作ってしまうこと。最初はなるべくプロダクトを固定して、いろいろな業界へ営業に行って、顧客の声を集める。自分たちの場合は初期の100社へのヒアリングがまさにそうでしたが、そこで何らかの兆候が見えてきた段階で、初めてプロダクトをアップデートするくらいでいいと思います。まずは営業をサボらずにやり切ってみる、PMFを達成できるかどうかはそれによっても大きく変わってくるはずです」(河瀬氏)

(文:大崎 真澄)

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