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“パワポ一枚で売れる”強いコンセプトの発見で、導入が加速。BEARTAILのPMFストーリー

新規事業
株式会社才流 代表取締役社長
栗原 康太

BtoBスタートアップのPMF(Product Market Fit)ストーリーを紹介する本連載。本記事ではペーパーレス経費精算システム「レシートポスト」(現:TOKIUM経費精算)を始めとし、請求書受領クラウドサービスである「TOKIUMインボイス」や、文書管理クラウドサービスである「TOKIUM電子帳簿保存」などの複数の事業を展開するBEARTAIL(現:TOKIUM)を取り上げる。もともと消費者向けの家計簿アプリを主力事業としていた同社だが、2015年に新たな事業の柱として法人向けの経費精算システムをローンチ。約3年間の試行錯誤の末、「レシートをスマホで撮って、ポストに捨てるだけで経費精算が終わる」というコンセプトにたどり着いたことが、大きな転換点になったという。
※出典:MarkeZine / 公開日: 2021/09/13
※関連記事:PMF(プロダクトマーケットフィット)達成ガイド~基礎から事例まで、新規事業を成功に導くためのコンテンツ集

2022年3⽉31⽇より商号をBEARTAILからTOKIUM(トキウム)へと変更しました。また、ペーパーレス経費精算システム「レシートポスト」を「TOKIUM経費精算」へと名称変更しました。本記事では以降、公開時点(2021年9月)の名称にて表記します。

システム×人力で顧客の課題解決を目指す

BEARTAILが提供している「レシートポスト」は、文字通りスマホのカメラでレシート(領収書)を撮影し、専用のポストに投函するだけで経費精算が完結するサービス。スマホのみで経費の申請と承認が完結するのが特徴だ。既存サービスにはOCR(Optical Character Reader/Recognition:光学文字認識機能。画像データのテキスト部分を認識し、文字データに変換する機能)を活用したものが多い一方、レシートポストは専任のオペレーターが入力を代行することでデータ化の精度を担保する。

ポストに投函されたレシートはBEARTAILが回収し、経費申請データと突合点検を実施した上で提携倉庫にて保管される。必要が生じた場合には1枚単位でレシートの原本を取り出すことも可能だ。これによってオフィスで紙のレシートを保管する手間もなくなる。

レシートポストの資料より

経費精算システム自体はレシートポスト以外にも複数の選択肢が存在するものの、Webサービスやアプリといったソフトウェアだけでなく、“ポスト”というハードウェアをセットで提供することにより、従来のサービスでは残ってしまっていた業務負荷を軽減しているのがウリだ。

「仮に他の会社が自動運転車を開発するテスラのような存在だとすると、自分たちはライドシェアサービスを展開するUberのような存在です。つまりシステム単体ではなく、システムと人力をミックスすることで顧客の課題解決を目指すというアプローチを採っています」(BEARTAIL 代表取締役黒﨑賢一氏)

BEARTAIL 代表取締役 黒﨑賢一氏
筑波大学(情報学群)在学中の2012年6月にBearTail(現BEARTAIL)を創業。

コンセプトだけで売れて、解約がない状態がPMF

とはいえ、BEARTAIL自体も最初からソフトとハードを組み合わせていたわけではない。2015年に経費精算システムをローンチした当初は、他社と同じようにソフトウェアのみを提供していた。そこから約3年に渡ってサービスの方向性を練り続け、現在のコンセプトを考案できたことが、同社がPMFを達成する決定打になった。

「PMFについてはいろいろな考え方がありますが、私自身は『プロダクトがコンセプトだけで売れる状態』であり、その上で『解約されないこと』が重要だと考えています。たとえば(コンセプトを記した)紙を一枚見せただけで売れるかどうか。実際にレシートポストはプロダクトの管理画面などを見せずとも、資料を基に口頭で説明してご契約いただくことが多いです。その状態で他社との差別化を語ることができ、自社プロダクトの特徴を掴んでもらう必要があります」(黒﨑氏)

BEARTAILのPMFアクション

家計簿アプリから経費精算サービスへとシフト

もともと家計簿アプリを主力事業としていたBEARTAILが経費精算システムに舵を切ったのは2015年のことだ。家計簿アプリの収益化に苦戦する中で、引き続き注力するのか、別の事業も模索するか。悩んだ末、黒﨑氏たちは過去に検討したことのあった経費精算システムに取り組むことを決断。経費精算システムを選んだのには、いくつか理由があった。

参入理由&後発としての勝算は?

経費精算システムに的を絞った一番の理由は、市場の環境変化だ。2016年に電子帳簿保存法が改正されることにともない、スキャナ保存制度が緩和されることで、新たなニーズとビジネスチャンスが見込めた。米国ではテクノロジーを駆使して経費精算の課題を解決するプレーヤーが事業を拡大しており、日本でも大きな市場になる可能性があった。そしてBEARTAILが家計簿アプリを通じて培ってきたレシート入力エンジンを活用できる見通しもあった。

当時、日本でもすでに複数の経費精算サービスが存在していたが、黒﨑氏は十分に戦える余地があると感じていた。

「(ユーザーとして)過去に自社で既存の経費精算システムを使ったことがあったのですが、その時に利便性や使い勝手において改善の余地を感じました。自分たちが家計簿アプリで提供してきたようなUI/UXを法人向けの経費精算システムでも実現できれば、プロダクトの面では勝ち目があると思ったんです」(黒﨑氏)

ターゲット選定に苦戦

そのような考えで経費精算領域に参入したBEARTAILだったが、決して幸先の良いスタートを切ったとは言えなかった。どのような人たちが強い課題感を抱えているのかわからないまま、ターゲットを選定してしまったのだ。最初は2015年12月に個人事業主をメインターゲットにする形でモバイルアプリをローンチしたが(当時のサービス名はDr. 経費精算)、黒﨑氏は「ターゲット選定が間違っていた」と振り返る。

「ある程度使ってくださる人はいたのですが、まったく収益化ができませんでした。(個人事業主には)高いお金を支払ってまで解決したい課題がなかった。そのような市場の状況や顧客のニーズを理解するのに1年ほどはかかったと思います」(黒﨑氏)

それからは特定のターゲットに絞るのではなく、問い合わせがあった顧客にコツコツと向き合い、時間をかけながら市場の理解を深めていった。黒﨑氏は「決して賢いアプローチをしたわけではなく、やっていくうちに気づいていったことの方が多い」と話すが、その積み重ねが後にPMFを手繰り寄せることにつながる。

顧客の反応や別業界から学び、キラーコンセプトを発見

経費精算システム自体は目新しいものではないため、サービスを導入してもらうためには「既存サービスとの違い」や「自社サービスならではの特徴」を訴求しなければならない。

ただ自分たちでは十分に差別化をしているつもりでも、顧客からは「プロダクトの差分を認識していただくのが難しく、その差分に対してもなかなか価値を感じていただけなかった」(黒﨑氏)ことが原因で、思うように導入が進まない状態が続いた。

何かしらアプローチを変えなければならない。そこで黒﨑氏たちが目をつけたのが、企業の担当者にとって負担の大きかった電子帳簿保存法の申請作業だ。

「(法に適合した形で進めるためには)税務署に書類を書いて提出した上で、社内の処理フローについてきちんと規定を作る必要がありました。これを一般の経理担当者などが逐一やるのは負担が大きい。それならば、その業務を代行することで価値を感じてもらえるかもしれないと考えたのが始まりでした」(黒﨑氏)

ヒントは別の業界にもあった。人材紹介会社向けに、求人データベースなどを軸とした求人プラットフォームを提供しているスタートアップが、サービスの一環として開業申請届の代行など“オフラインの業務支援”まで行っていることを噂で聞いた。

「単にソフトウェアを提供するだけでなく、顧客が面倒だと感じているオフラインの業務オペレーションを代行することで付加価値を築いていると耳にして、同じようなことができるかもしれないと思ったんです。(オフラインの業務の代行は)一見大変そうで非効率にも感じるけれど、顧客にとっては大きな課題になっているかもしれないと」(黒﨑氏)

価値が明確に伝わり、他社より高価格でも導入が加速

試しに申請作業を代行してみているうちに、だんだんと「そもそも申請作業をすること自体が億劫で、顧客は誰も望んでいない」と感じるようになった。

法律に沿った形で、この作業負担を軽減することはできないだろうか。考え抜いた結果生まれたのが「レシートをスマホで撮って、ポストに投函するだけ」というコンセプトだ。

このアイデアを実現するにあたって、どのようなオペレーションを構築する必要があるのか。ホワイトボードを使いながら「1枚のレシートがどのような人の手を介して、最終的に倉庫へと行き着くのか」「反対にレシートを取り出したいと思った時に、どうすれば取り出せるのか」といったフローを整理し、要件を詰めていった。2ヵ月ほどで、新たなコンセプトに基づいて進化した経費精算サービスの原型ができたという。

レシートポスト

効果はすぐに出た。当時は現在のように洗練されたサイトもなかったので、最初は顧客の元に“カッターで切り込みを入れたダンボール箱”を持っていき、「(レシートを)パッとスマホで撮った後、ここに捨てるだけで経費精算ができるようになったらどうでしょう?」と聞いて回った。すると「それは良いですね」と受け入れ方が明らかに変わったのだ。

以前であればサービスの細かい機能を伝えたり、既存製品との違いを丁寧に説明する必要があった。ところがサービスにチューニングを加えた後は、コンセプトを話すだけで特徴を理解してもらえるようになった。

「競合製品との差分をしっかり認識してもらえるようになっただけでなく、他よりも高い金額を払っても良いと納得してもらえるように変わりました。価格勝負に巻き込まれることもなくなり、高い付加価値を訴求できるようになって、結果的に受注率も上がったんです」(黒﨑氏)

具体的な費用対効果なども算出できるかもしれないが、今はそれを細かく求められることはほとんどない。むしろ「自社の従業員にどのような働き方をして欲しいのか」「どのような文化を形成していきたいのか」といった観点からレシートポストの“オフィスから領収書をなくせる(ペーパーレス)”という世界観に共感し、導入に至る企業が増えているという。他社サービスよりも高い料金設計にも関わらずだ。

業務用プロダクトのPMFは「とにかく顧客に会う」

取材の最後に、黒﨑氏に自身の経験も踏まえてPMFに到達するためのポイントを聞いたところ、次のように答えてくれた。

「とにかくお客さんにたくさん会って、抱えている課題や現場のプロセスに対する不満をヒアリングしていくことに尽きるのではないでしょうか。実際に全工程を見せてもらいながら、使っている書類や社内で回覧されてるメールの文面、電話の内容などを可能な範囲で1つずつ教えてもらう。そのような行動は裏切らないと思っています」(黒﨑氏)

レシートポストのような業務用のアプリケーションの場合は特に、業界を深く理解することや顧客の真の課題を把握することに時間を要するというのが黒﨑氏の考え。だからこそ「プロダクトを開発する前に、そこに時間を投下するのは費用対効果が高い」という。

一方でPMFは必ずしも“短時間で効率よく”とはいかないため、粘り強く続けることも不可欠だ。黒﨑氏自身、レシートポストを開発する前には組織崩壊も経験したという。痛みにも向き合いながら経費精算システムをローンチし、自ら顧客の元を回って声を聞きながらプロダクトの改善を続けた。

「基本的には『PMFはしない』くらいの気持ちで臨む方が良いかもしれません。『いつまでにPMFを目指す』といったように目標を定めるのも大事ですが、あまり計画的にできることでもありませんから。コツコツと正しいと思うことをやり続けていると、100回目のアクションがPMFにつながるかもしれない。長期で取り組む覚悟が必要だと思っています」(黒﨑氏)

BEARTAILのPMFアクション(再掲)

取材後記

「プロダクトの管理画面などを見せずとも、資料を基に口頭で説明してご契約いただくことが多い」(黒﨑氏)ほど、強くマーケットにフィットしている「レシートポスト」。競合がひしめく経費精算システム市場の中で、他社サービスよりも高い料金設計で管理画面を見せずとも導入企業数を増やしているのは驚異的です。「レシートをスマホで撮って、ポストに捨てるだけ」というコンセプトが市場に受け入れられている証左でしょう。

本連載「僕たちのPMFの話をしようか」の第3回で取りあげたHERP(ハープ)社も「スクラム採用」のコンセプトにたどり着いた後、「スクラム採用を謳うコンサルティングの会社が知らないところで生まれ、HR系のメディアがこぞって『スクラム採用とは』という記事を書いてくれた」ほど市場から反応があり、マーケティング効率も上がったといいます。ことほどさように「コンセプト」の威力は大きく、強いコンセプトを発見できれば、市場や顧客からの反応は一気に変わるのです。

しかし、黒﨑氏が「業務用のアプリケーションの場合は特に、業界を深く理解することや顧客の真の課題を把握することに時間を要する」と語るように、強いコンセプトを見出すまでのプロセスは一筋縄ではいかないもの。黒崎氏が別業界のサービスからヒントを得たように偶発性も味方につけながら、PMFにたどり着く場合もあります。「レシートポスト」の事例からは強いコンセプトと、そこに至るまでの愚直な市場/顧客理解の重要性を学ぶことができるでしょう。

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