catch-img

成功の鍵は「段階的PMF」。上場を果たしたマーケティングDXスタートアップWACULのPMFストーリー

国内企業の「PMF(Product Market Fit)」事例を紹介する『僕たちのPMFの話をしようか』(※)。今回は、企業のウェブサイトをAI(人工知能)で分析し、パフォーマンス改善に向けた自動分析SaaS「AIアナリスト」などのサービスを提供する「WACUL」の取締役、垣内勇威氏が登場。

累計36,000以上のサイト改善を支援してきた実績を誇り、2021年2月には東証マザーズ市場への上場(現在は同グロース市場に移行)も果たした同社には、PMFに至るまでのユニークな歴史があった。これまでの試行錯誤と今後目指すところを伺った。
※『僕たちのPMFの話をしようか』は今回からMarkeZineから当社サイトに運営を移し、連載していきます

WACULとは?

WACULは2010年9月に設立。2015年4月にAIでウェブサイトを分析し、改善点を提案する「AIアナリスト」を公式リリースした。現在、デジタルマーケティングの代行サービスやマーケティングDX人材と企業のマッチングサービスなども含む多彩なソリューションを提供するほか、DXコンサルティングや研究開発で得た知見も積極的に発信する多角的企業である。

今回お話を伺った垣内勇威氏は、新卒時に株式会社ビービットに入社。ウェブコンサルティングやプロダクトの販売に7年間携わったのち、同社を先に退社した仲間が創設していたWACULに参画し、取締役に就任。前出の「AIアナリスト」の開発を立ち上げ時からリードし、さらに新規事業開発、R&D(研究開発)なども担当している。

WACULを上場に導いた「AIアナリスト」の原点

現在のAIアナリスト

「当時の解約率はほぼ100%と言えました」(垣内氏)。

累計36,000以上(2022年2月末時点)のサイトを改善してきた実績を誇り、昨年2月には東証マザーズ市場に上場(現在は同グロース市場に移行)。国内BtoBスタートアップにとってのサクセスストーリーを歩んできたWACULにも、受難の時期があった。

過去、そんな解約率の高止まりに見舞われたのは、意外にもWACULにとって不動の旗艦サービスであり、同社を上場にまで導いた「AIアナリスト」。垣内氏は同サービスの立ち上げへとつながる原点である、2010年の創業期をこう振り返る。

「当時、デジタルマーケティングのコンサルティングサービスで、顧客企業の数字を伸ばせる人はどこにもいませんでした。そんな状況を改善したかった。それで『成果コミット型ウェブコンサルティング』を標榜して、Google Analyticsのデータに基づいた施策提案で、『コンバージョン率○○%アップ』というような目標を明示し、返金保証つきでコンサルティングサービスを売り込んだのです」。

しかし、当時はまだAIではなく、垣内氏とそのチームが手動で分析していたため、1週間かけてようやく1社分の分析結果をエクセルにまとめるのが精一杯だった。「やっているうちに、だんだんと馬鹿らしくなってきて」という垣内氏の言葉通り、人力の限界に早々に行き詰まったことが、その後、2014年に開始された、AIアナリストの前身にあたる「Sure!」というツール開発のきっかけとなった。

「あまりにも効率が悪すぎたので、当時オフィスを構えていた本郷(東京都文京区)の近くにあった東大で学生のアルバイトを雇い、分析結果の集計作業をお願いすることにしました。しかし、東大生と言えど彼らにはこの分野における勘もないので、私のさらに2〜3倍の時間がかかってしまう。それに手間もかかりすぎるということで、エクセルのマクロで解析を自動化しました。それが現在の『AIアナリスト』の原点です」。

「SaaS化」で最初のPMF

垣内氏はその後、2014年8月に、それまで社内で利用していた自動解析のためのエクセルを、社外の顧客企業も利用できるSaaS(Service as a Software)へと改良。これが先ほどの「Sure!」である。

当時のSure!のサービス紹介スライドの一部

プロダクトの初期は、Google Analyticsのデータを集計して、効率的にサイトの伸びしろを見つけ、企業に指摘することを強みとしていた。

同サービスは導入の障壁が低かったこともあり、リリース直後から登録が殺到。ウェブ広告などを出稿せずとも、その登録数は日に日に増え続ける状況だったという。

「PMFとまでは言えなくとも、自分たちのサービスが世の中のニーズにフィットした体験というのは、あのときが初めてだったと思います」(垣内氏)。

その後、サイトの伸びしろの指摘だけにとどまらず、競合企業のサイトとの比較など、サービスのセールスポイントを強化し、2015年4月、「Sure!」事業の後継として「AIアナリスト」を開始。この時もまた、リリースと同時に企業からのサイト登録が殺到した。

「当時、まだ『AI』という言葉自体が日本に浸透し始めたばかりで、それ自体がキャッチーだったことは否めません。ワーディングの勝利という要素がまずあった。もっとも当時のAIなんて、現在のAIとは大きな差があったのですが(苦笑)」(垣内氏)。そうした技術面については、東京大学の松尾教授と共同研究を行うなど、AI技術の強化も進めていく。

「プライシングの改善」で2段階目のPMF 

垣内氏も驚くほど反響が大きかった「AIアナリスト」。

しかし、当時は「初回は無料で分析し、それ以降の依頼は単発で、1回の解析につき3万円」という料金体系を敷いていた。そのビジネスモデルがネックとなり、実は一切利益は出ていなかったという。「2回目以降も勝手に支払ってくれるだろうと思っていたんですが、甘かったですね(苦笑)」(垣内氏)。

そこで、「AIアナリスト」のリリースから半年後(2015年11月)、単発の課金形態から月額制に変更。それまでに無料登録した企業に営業をかけると、それなりの手ごたえがあった。しかし、その先には思わぬ落とし穴があった。

「月額5~10万円の継続課金に見合う価値を出すために、毎月分析レポートを提供することにしました。しかし結局、サイトが同じだと毎月ほぼ同じような分析結果しか出てこないのです。そのうちに顧客の不満は募り、解約率が爆発してしまいました」(垣内氏)。 

ユーザー登録数の増加は申し分なかった。同様のサービスを提供する他社がいなかったこともあり、営業をかければ月10万円のプロダクトが20%の商談受注率で売れていた。しかし、解約率は高く、決断の早い企業からは初月に「導入したけどなにも起きない」とクレームがあり、即解約されてしまう始末。「当時の解約率ですか? ほぼ100%ではないでしょうか」と、ここに来て、冒頭の垣内氏の発言のような苦境に立たされてしまう。 

そこでWACULは、分析だけでなく、改善提案まで行う機能をAIアナリストに付加することに。これにより、月額制の継続課金も安定するかに思われたが、そうはならなかった。

「ツールに『ここを改善してください』と言われても、多くの人は改善しないんです」(垣内氏)。そうして、解約率はまた上がってしまう。

「リモートミーティングの導入」で3段階目のPMF

顧客がツールを使いこなせないという課題を解決するため、WACULがAIアナリストに追加したのが「1カ月半に1回のリモートミーティング」、今でいうカスタマーサクセスが始まった瞬間だった。

月1回にしなかったのは、そうすると利益に見合わなくなってしまうため。ミーティングでは、パワーポイントにサイトの画面改善案をまとめて、改善案をより具体的に提案した。これにより、顧客企業はやるべきことが明確になると同時に、カスタマーサクセス担当者によって改善施策の実行までしっかりと背中を押されることで成果を出すための行動まで起こすようになり解約率は落ち着いていった。

「元々アナログで存在していた業務を自動化するだけなら、ここまで苦しむこともなかったと思います。しかし、『サイトを分析して、改善案を出し、成果を出す』というのは、それ自体、まだまだ新しい業務。類似サービスがほかに一切なく、企業にとって導入したことがないサービスだったため、『使い方までサポートしないといけない』という面がありました。チャレンジングな領域を選んだと思います」(垣内氏)。

その後、垣内氏がひたすら人力で作成したパワーポイントの数は、「リモートミーティング」のリリースからわずか1カ月ほどの間に500を超えた。しかし、垣内氏が作っていた企業への提案内容を俯瞰してみると、サイト改善案のパターンは3種類に大別できることが判明。そこからは現場のメンバーに任せられるようになったという。

リモートミーティングの様子

AIアナリストを入り口にした「クロスセル商材」で4段階目のPMF

垣内氏のここまでの話で、AIアナリストはすでに「PMF」と呼べそうなターニングポイントを幾度も迎えてきたように感じるが、同社はその後もさまざまな試行錯誤を繰り返し、進化してきた。「暗中模索で、常にバケツの水漏れをふさぎつつやってきた感じ」と同氏は実感を語る。実際、この後にも危機が訪れたという。

例えば、サイトの改善はトップページと問い合わせフォームの調整が最も大きな仕事。それ以降、提供できる助言はどうしても「重箱の隅をつつくよう」になり、効果が薄くなっていく。そうして契約期間1〜2年の顧客を中心に解約率が再び上がるようになり、社内の危機感も高まった。

営業で商談数を増やす、広告費を倍増させるなどの努力も根本的な解決にならない。次に、同社が行きついたのが「根本的な提供価値の改革」。ウェブサイトのデータ分析と改善提案メインから、デジタルマーケティング全般のPDCAの回転の支援という企業に“継続的に”価値を感じてもらいやすい領域へと提供できる価値の範囲を拡大した。

具体的には、サイト改善だけにとどまらない、コンバージョン数の向上という視点に基づいた、ウェブ広告、SEO、メールマーケティングなどの改善提案。WACULにとってはクロスセル商材の開発だった。 

クロスセル商材によるPDCAサイクルの構築

「まずはAIアナリストでサイトのコンバージョン数を増やすことで信頼を得られ、そこから他の商材も導入いただけるようになります。広告運用も、広告代理店のように広告費のマージン(利ざや)を増やそうという発想ではなく、コンバージョンに焦点を当てるだけで成果は大きく変わります。クロスセル商材の開発によって、解約率が下がり、1顧客あたりのLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)も2倍以上に上がりました」(垣内氏)。 

その後、2019年2月からは、SaaSとコンサルティングの両輪に加わる3本目の柱として、マーケティングテクノロジーに関する研究開発の情報発信も開始。順調に業績は伸び続け、そして、2021年2月に上場を果たした。

『PMFした』と言えるプロダクトなんて、世界でiPhoneくらい

ここまでのWACULの歴史を振り返って、同社のPMFへの道のりには、

  1. SaaS化した初期の「AIアナリスト」に大きな反響があったとき
  2. プライシングや機能を改善したとき
  3. 顧客との定期ミーティングを導入して解約率が下がったとき
  4. ウェブ広告、SEOなどのクロスセル商材を始めて、LTVが拡大したとき

の4つの段階があったように見受けられる。

「Google Analyticsなどデータを活用した改善ができないという課題に対して、AIアナリストはリリース時からフィットしていました。しかし、そこからどんどんと高度化していった企業の期待に、それぞれの時期に我々が応えられていたかどうかが、解約率やLTVに反映されてきたのだと思います」(垣内氏)。

とはいえ、同社のPMFがいつごろ実現したかと問うと、垣内氏からは「大前提としてPMFしたことはまだ一度もない」という、意外な答えが返ってきた。

「AIアナリストが市場に受け入れられるようになったことは認識していますし、リリース当時の反響の大きさからニーズの強さも感じていました。しかし、『PMFしています』と胸を張って言えるプロダクトなんて、世界でiPhoneくらいしかないのでは、と思います」(垣内氏)。

垣内氏が「WACULはまだPMFしていない」と頑なに語るのは、PMFというのは特定の到達点ではなく、「あるべき姿」であって、マーケットも競合他社も変わり続ける中で、「常にそこを目指していく」のが理想だと考えているからだ。

そのうえで、PMFに近づき続けるポイントは「顧客に今のプロダクトがフィットしているかどうかを、解像度を上げて見続けること」だという。顧客のニーズを満たしているか、なにが足りないのかを見極めるために、垣内氏自身、今でも定期的に顧客に会っている。

WACULは、2021年12月にデジタルマーケティング人材のマッチングサービス「Marketer Agent」を開始した。データから改善施策が出せない企業に「AIアナリスト」、改善施策の実行が出来ない企業に施策実行を代行するクロスセル商材を提供してきたが、デジタル人材不足という「成果を出すための障壁」が新たに多く見られるようになったことから、さらに事業を立ち上げたのだ。

「AIアナリスト」という名前の通り、ソフトウェアサービスではあるものの、今のところ『最後の一押し』は人間が出向いて話す必要がある。そこで顧客のニーズを拾い、「成果を出す」という最も重要な点にフォーカスした本質的な価値を提供するために、次々と新しいプロダクトを作る。そのプロセスが、同社の成功を支えている。

株式会社WACUL 取締役 垣内 勇威氏

[取材] 岡徳之 [構成] ウルセム幸子

著者/ 栗原 康太
株式会社才流 代表取締役社長

東京大学卒業。2011年にIT系上場企業に入社し、BtoBマーケティング支援事業を立ち上げ。事業部長、経営会議メンバーを歴任。「メソッドカンパニー」をビジョンに掲げる株式会社才流を設立し、代表取締役に就任。著書に『事例で学ぶ BtoBマーケティングの戦略と実践』(すばる舎)など。カンファレンスでの登壇、主要業界紙での執筆、取材実績多数。

この著者のSNSアカウント

執筆した記事一覧