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大企業の新規事業事務局向け|起案制度で「起業家タイプ」の人材がつまずいてしまう理由

新規事業開発
シニアコンサルタント
野田 拓志

社内の起案制度に応募してきた、起業家タイプの人材。プレゼンも上手だったので一次審査を通したのですが、その後のプロセスでうまくいかなくなってしまいました。一体何が悪かったんでしょう」

最近、大企業の新規事業事務局の方からご相談いただいたお悩みです。

書籍やスタートアップ系メディアの情報では、「意思決定が速い、行動量が多い、仮説検証を高速で回せる」ような起業家タイプの人材が活躍するストーリーが描かれています。そのような人を選んでいるはずなのになぜ課題を抱えてしまうのでしょう。

答えはシンプルで、大企業とスタートアップでは、新規事業の進め方や背景が違うからです。当然、求められるスキルにも違いがあります。そのギャップに気づかないままに事業推進を任せてしまうと、つまずいてしまうことがあるのです。

本記事では、起案制度で活躍できる人材を見極めるための考え方を解説します。

さらに踏み込んで、事務局として明確な人材アセスメントの評価軸を持ちたい方は、以下の記事を参照してください。

※関連記事:大企業の新規事業事務局向け|起案者のスキルや適性を見極めるアセスメントの進め方【テンプレート付き】

【本記事で得られる知見】

・起案者のアセスメントに必要な観点

・起案者の必須スキル

実際にあった、大企業の起案制度におけるつまずき

実際にあった、起業家タイプ人材Aさんのつまずき例を紹介します。

とある大企業の新規事業事務局では、毎年社内の起案制度を運営し、応募してきた人材を評価・支援する業務にあたっていました。評価に明確な基準はありませんでしたが、一次審査を通過するのは、顧客への解像度が高く突破力がありそうな「起業家タイプ」の人が多かったといいます

実際、一次審査で高評価を得たAさんは、顧客インタビューや仮説検証を短期間で進めていました。事務局側も「このまま事業化まで進むだろう」と期待していたといいます。

しかし、事業化に向けて具体的な足固めをするフェーズに入ると、次々と問題が明らかになります。

この起案制度はそもそも「既存の事業部に引き取ってもらう」前提で設計されていました。事業を推進するためには、引き受け先の部署があることは必須条件。にもかかわらず、Aさんは関係する本部長や部長には何の話も通していなかったのです。さらに、既存事業とのカニバリ調整もしておらず、クレームを受けてしまいました。

結果、事業の検証はストップ。Aさんは「社内でできないなら独立する」と宣言し、会社を離れてしまったのです。

事務局としては、1年間かけて検証フェーズを回した人材を失っただけでなく、起案制度そのものへの不信感を社内にもたらすことになってしまいました。

大企業の起案制度で事業を推進するには、単に「顧客にとって価値があるかを検証する」だけでなく、社内の調整や合意形成も進めなければなりません。2つの違う競技に同時に取り組むようなものなのです。

大企業の新規事業を、2つの競技を同時に進める活動として表現した図。タイトルは「大企業における新規事業は、『顧客価値の検証』と『社内調整・合意形成』という2つの競技を同時に行うようなもの」。中央にはゴールへ向かって走るビジネスパーソンのイラストがあり、その先に「ゴール:新規事業をリリースする」と書かれたゲートが配置されている。左側の「顧客価値の検証(市場での価値検証)」では、ユーザーインタビュー、課題仮説の検証、プロトタイプ検証、商談・提案、PoC・導入検証といった活動が並び、顧客の課題解決につながるか、市場で受け入れられるかを確認する流れが示されている。右側の「社内調整・合意形成(社内での合意・実行性検証)」では、上司への報告・合意、関係部門との調整、法務リスクの確認、特許の確認、投資計画の承認獲得、役員への根回し、PRの許可取りなどの活動が並び、社内の仕組みやルール、関係者との調整を経て実行可能な状態をつくる流れが示されている。図全体を通じて、新規事業の成功には「市場で顧客価値を検証する活動」と「社内で合意形成を進める活動」の両方を並行して進める必要があることを表現している。

起業家と大企業の新規事業起案者、必須スキルの違い

では具体的に、起業家タイプの人材と大企業の新規事業起案者に求められるスキルを比較してみましょう。

どちらにも共通して必要なのは、一次情報を取りに行くマインドや仮説検証のための行動力、不確実性への耐性などです。ほかにも顧客のインサイトを発見する洞察力や、やるべきことの優先順位を見極める力、失敗から学ぶ姿勢なども備えているのが理想です。これらは新規事業を前に進めるための土台となるスキルです。

一方で、必須か不要か、分かれるのが以下の5つです

必須スキルの比較

スキル必要な理由起業家大企業の起案者
資金調達力VCと交渉する
エクイティストーリーを構築する
必須不要
※会社が代替
採用・育成力創業メンバーをスカウトする
初期チームを組成する
必須不要
※会社が代替
ステークホルダーマネジメント力決裁者や関係部署のキーパーソンを把握し、摩擦調整・根回しを行うほぼ不要必須
リーダーシップとフォロワーシップ力上司や経営層の意図をくみ取り、現場の動きとリンクさせるほぼ不要必須
コミュニケーションと信頼関係構築力利害関係にかかわらず他部署からも協力を引き出すほぼ不要必須

たとえば、資金調達力や採用・育成力などは、大企業であれば、事務局や本社機能がサポートできるものです。起案者本人がこれらのスキルを持っていなくても、事業推進には支障が出にくいでしょう。

逆に起業家にはほぼ不要でも、大企業の新規事業起案者には必須なのが、ステークホルダーマネジメント力、リーダーシップとフォロワーシップ力、コミュニケーションと信頼構築力です。

前項で紹介した例の人材は、まさにこの領域のスキルが欠けていました。

コンサルタントの実践アドバイス

野田

事務局が事業起案者の足りないスキルをサポートできると理想的ですが、実態を見るとなかなか難しいようです。事務局を立ち上げて年数が浅く、サポート体制が整っていない。事務局メンバーも兼務でリソースが足りない。人事異動で事務局に来て「はじめて新規事業の立ち上げ方を知った」という方もいらっしゃいます。事務局が未成熟であればあるほど、着実に事業を推進できる人をアサインすることの重要性が増してきます。

継続的な観察でスキルのバランスを評価する

では、起案者を適切に評価するためにはどうすればいいのでしょうか。

書類審査や一発のプレゼンテーションで起業家タイプのスキルは見えるかもしれません。しかし、起案者に必要なステークホルダーマネジメント力、リーダーシップとフォロワーシップ、社内におけるコミュニケーション力などは、継続的な観察でしか見えない部分です。

そこで、評価対象者の日々の行動・思考・アウトプットを継続的に観察することをおすすめします。所属している部署の上司に話を聞くのもよいでしょう。

私がこれまでご支援してきた新規事業起案者のなかでも、うまくいっている人には共通する行動がありました。以下も参考に、観察を進めてみてください。

うまくいっている人の行動例

  • 顧客インタビューに行った帰り道で、「この検証結果を、どの部長に、どの順番で報告すれば味方になってもらえるか」を自然に考えている
  • 既存事業部のキーパーソンに対して、仮説検証の前に時間をもらいに行き、仮説検証の途中経過を共有。懸念を聞き出している
  • 新規事業の意義を、経営層・現場・既存事業部それぞれの「言葉」に翻訳して伝えている
  • 「この検証で何をたしかめたいか」を、社内の協力者に対して明確に説明している

うまくいっている人は、顧客に強い意識を向け、同時に「社内でどう話を通すか」も常に考えています。人材をアサインする事務局としては、「目立つ起業家らしさ」ではなく、「起業家らしさと調整力のバランス」を意識しましょう。

さらに踏み込んで、事務局として明確な人材アセスメントの仕組みを持ちたい場合は、以下の記事で評価軸を解説しています。

※関連記事:大企業の新規事業事務局向け|起案者のスキルや適性を見極めるアセスメントの進め方【テンプレート付き】

まとめ

大企業の新規事業起案者の評価で大切なのは、一般的な起業家論をそのまま持ち込まないことです。起業家と大企業の事業起案者では、求められるスキルセットが違います。

とくに「社内政治を含めたステークホルダーマネジメント」「既存事業部との摩擦調整」「上司や経営層の意図をくみ取る力」は、起業家論ではほぼ出てこない項目ですが、大企業の文脈では事業の成否を左右します。

自社の起案者制度で評価をする際の観点として、もっておいていただけるとよいでしょう。

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