「知らなかったがゆえに、数か月かけた議論の前提が覆された」「社内のリードタイムを把握しておらず、手塩にかけたサービスのリリースタイミングを見直すことになった」
大企業で新規事業を担当する方なら、こうした後悔に心当たりがあるのではないでしょうか。
実は私自身、川崎重工とソニーグループの合弁会社で、創業期から約4年間新規事業の立ち上げに携わり、同じような経験をしています。そこで本記事では、私自身の経験や支援した企業の例などをふまえ、大企業の新規事業担当者が連携すべき部署やタイミングを解説します。
大企業は既存のアセットをうまく使えば、自部門だけでは出せないスピードと成果を生み出せることがあります。一方、社内連携の勘所を外すと、致命的な手戻りにつながることも。
大企業の新規事業担当者は、参考にしていただければ幸いです。
==本記事で得られる知見==
- 大企業の新規事業で、フェーズ別に関係構築すべき部署と目的
- 各部署への具体的な巻き込み方・依頼のコツ
社内アセットを活用するための2つの心構え
社内アセットを活用して新規事業を進めるには、まず押さえておきたい2つの心構えがあります。
①「決まった道はない」と知ろう
大企業の既存事業では、各分野に専任者が配置され、業務プロセスが確立されています。フローに乗せれば、進んでいく状態がすでにあるのです。
一方、新規事業では決まったフローは存在しません。新規事業の担当者自身が規則やプロセスを理解し、組織外も含めた適切な連携先を見極め、正しい進め方を決めていく必要があります。
とくに重要なのが、社則や決裁規則といった社内規定の確認です。多くの場合、社内規定は既存事業を前提として作られています。
どの部門がどのような決裁に関わるのかを事前に把握しておくと、スムーズにプロジェクトを推進できます。自部門にもあてはまるか判断に迷った場合は、規定を管轄している部門(総務・法務、経営企画など)にすぐに確認・相談しましょう。
②「テイク」の前に「ギブ」しよう
社内であっても、相手の部署には相手の目標があり、事情があります。「協力してもらう」という発想だけでは、相手にとっては余計な仕事が増える依頼にしかなりません。
「相手にとってのメリットは何か」を起点に動き出すと、社内連携はWin-Winの関係へと変わっていきます。そうしてはじめて、社内アセットは自分たちの武器になるのです。
たとえば、経営企画部なら「新規事業の進捗情報は、IRレポートやステークホルダー向けの発信に使える」、営業部なら「新規事業の取り組みは、既存顧客との関係強化のきっかけになる」といった具合です。
連携先の部署の目標にひもづく価値を考え、用意しておくとよいでしょう。
部署別の関わり方と連携のタイミング
ここからは、部署ごとに、関わり方やタイミングを解説します。
対象部署は、経営企画・IR部門、既存事業の営業部門、R&D・開発・製造部門、法務・管理・知財部門、広報部門、マーケティング・インナーコミュニケーション部門です。
関わるタイミングは、新規事業アイデアの立案からグロースまでの道のりを示した「フィットジャーニー」をもとにしています。

まずは現在のフェーズを確認したうえで、対応する部署との連携を進めていきましょう。また、会社によって部署名や役割が違う場合もあるため、自社の実情にあわせて連携先を確認してください。
経営企画・IR部門
【連携のタイミング】主に立ち上げ初期・CPFフェーズ
経営企画・IR部門との連携は、新規事業のアイデアを出す初期段階から、CPFフェーズで取り組んでおきたいところです。目的は大きく2つあります。
まず、コーポレートの経営戦略と新規事業の整合性を確認し、社内の意思決定プロセスを円滑に進めること。そして、検討している新規事業をリリースするまでの制約やリスクを事前に洗い出すことです。
具体的には、検討中のサービスが自社の定款の範囲内で提供可能かどうか、サービス提供にあたって通過すべき社内外の審査やレビュー、決裁フローなどを確認します。
初期に確認をしておくことで、フェーズが進んでからの大きな手戻りを防ぐことができます。
また、事業計画の作成・変更時や開発中の大きなピボットなど、経営層への承認が必要な場面では、なるべく早いタイミングで情報を連携するとよいでしょう。
良好な連携をはかるために、経営企画やIR部門にギブできるのは「情報」です。彼らは会社の先進性や発展性を外部ステークホルダーにアピールするため、新規事業に関する情報を積極的に発信したいと考えているからです。
IRレポートや株主向けメールマガジンのコンテンツ作成には、積極的に協力しましょう。新規事業側から「こんな進捗があります、発信に使えるならぜひ」と能動的に情報を持ち込む姿勢が、信頼関係を育てます。
コンサルタントの実践アドバイス

本社配下の組織で新規事業に取り組んだ方からは、次のような苦労話を聞きました。
・本社の決裁規則が「事業をする前提」で整備されていなかったため、調整に時間をとられて大変な思いをした。
・社外との提携やプレスリリース発信のたびに、直接関係のない本社研究開発部門の決裁が必要なこともあった。
「誰の決裁が、いつ必要か」を把握しておけば、回避できる苦労があると覚えておきましょう。
既存事業の営業部門
【連携のタイミング】主にCPF・SPF・PMFフェーズ
既存事業の営業部門は、新規事業にとって最も強力な情報源であり、初期ユーザーを紹介してくれるパートナーです。
CPF・SPFフェーズでは、顧客や市場の「生の声」を集めるためのインタビューやアンケートへの協力を依頼します。さらにPMFに向けて、ペーパープロトタイプへのフィードバックやβ版のトライアルに協力してくれる初期ユーザーを得るために連携します。
実際、新規事業チームが営業担当者を介さずに既存顧客とコミュニケーションを取ってしまい、チーム間の関係が悪くなってしまうケースがよくあります。
営業部門に依頼する際は、目的や探している顧客像、顧客に対して取りたいアクションを明確に伝えましょう。多忙な営業担当者の負担を軽減するため、依頼メールの文面や電話での説明スクリプトも、あらかじめ用意しておくと協力が得やすくなります。
また、紹介を受けた顧客と直接やりとりをする場合は、メールのCCに営業担当者を入れ、打ち合わせ内容や得られた成果を共有しておくと、安心感を持ってもらえます。
新規事業部門がギブできることは、新規事業をフックとした顧客との新しい接点や、アポイントメントのきっかけです。「新規事業の〇〇は、顧客にこんなメリットを提示できます」「顧客の〇〇を解決します」などと具体的にお伝えしておきましょう。
コンサルタントの実践アドバイス

協力を依頼する際は、いきなり現場の担当者に声をかけるのではなく、部門長間ですりあわせを行いましょう。「将来的にリードを提供できる可能性がある」という営業部門のメリットを伝え、営業部の負荷を最小限にする進め方を相談します。順番を間違うと思うように話が進まなくなることがあるため、注意が必要です。
※関連記事:新規事業開発の顧客インタビューをスムーズに実施するための営業への掛け合い方
R&D・開発・製造部門
【連携のタイミング】主にPSF・SPFフェーズ
課題の解決策を検証するPSFフェーズ、解決策を具体的な商品・サービスとして実装可能かを検証するSPFフェーズでは、R&D・開発・製造部門の協力が欠かせません。
実装したい機能や要素のうち同部門ですでに開発中のものがあれば、技術提供や開発協力を依頼しましょう。また、技術検証(Proof of Technology)で物理的な環境が必要な場合は、設備や場所を借りることも検討します。
ただし、「社内だから提供はあたりまえ」と安易に考えるのは禁物です。
部門ごとに「見積もりの出し方」「エンジニアや技術営業の所掌範囲」「投資判断基準」などが異なることはよくあります。開始時の合意と途中経過のコミュニケーションは丁寧に行いましょう。
有償で開発支援やPoTへの協力を依頼する場合は、社内相手であっても成果物・スコープ・予算を明確に合意し、エビデンスを残しましょう。そのうえで、プロジェクト開始後も市場環境やサービス仕様が動いた時点で、責任者間で速やかに共有・相談する仕組みを作っておくことが大切です。
新規事業部門がギブできるのは、ユーザーからのフィードバックや市場の反応です。R&D・開発・製造部門が開発方針を決めるうえで、貴重な情報になります。
コンサルタントの実践アドバイス

コミュニケーションの失敗によって、組織間に摩擦がうまれてしまった例を紹介します。
とある企業の新規事業部門は、プロトタイプの開発を専門技術を持つ事業部に依頼しました。しかし、市場環境の変化や仕様の変更に伴い、当初の想定を大きく超えるエンジニアリソースと開発コストが発生してしまったのです。追加コストをどちらが負担するか、責任者間で予算についてのコミュニケーションが不足していたため、調整は難航しました。
このような失敗を避けるためにも、開始時の合意形成はとくに重要だと知っておきましょう。
法務・管理・知財部門
【連携のタイミング】主にSPF・PMF・GTMフェーズ
法務・管理・知財部門は、リードタイムが長い部署の代表格です。だからこそ、早めの「頭出し」がとくに重要になります。
連携の目的は、ビジネス全体のリーガルリスクを管理し、新規事業に適した社内管理体制を構築すること。そして、開発中のサービスやビジネスモデルを知的財産の観点から保護することです。
法務部にはビジネス全体の法的レビューと、ユーザーやパートナーとの個別の契約書レビューを依頼します。
既存事業と異なる提供形態を検討している場合は、管理部門に売上・原価管理や請求・入金処理が実現可能かを事前に相談しておきましょう。
知財部には、開発中のサービスやビジネスモデルの特許取得について相談したり、サービス名称やロゴの商標登録手続きへの協力を依頼します。
対応にリードタイムがかかりやすい部門であるため、事業初期から頭出しをし、相手が業務負荷を予測できるよう、早め早めに相談するのが鉄則です。
コンサルタントの実践アドバイス

とある企業の新規事業部門で、サブスクリプションモデルのサービスを企画・構築したときの失敗例を紹介します。
いざ売上が立つタイミングになって、会社としてサブスクリプションモデルでの売上計上ができるシステムがないことが発覚。暫定措置として6か月以上の契約単位・一括請求での対応を余儀なくされたのです。事業計画段階で「サブスクリプションモデルを想定している」と管理部に伝えていれば、システム改修の必要性を早期に検討できたはずです。
こうした事態を防ぐため、事業計画やサービス企画の内容は事前に丁寧にインプットし、方針変更や追加事項が生じた際には速やかに情報を連携しましょう。
広報部門
【連携のタイミング】主にSPF・PMFフェーズ
広報部とは、新規事業の対外的な情報発信を戦略的に進めるために連携します。プレスリリースの作成・発信、取材対応、承認フローの事前確認などが主な相談内容です。
広報部は、認知拡大や企業イメージ向上につながる新しい情報を常に求めています。最新の事業計画やサービス開発ロードマップは、半年に1回以上の頻度で広報部に共有し、プレスリリースの効果を最大化するための戦略を一緒に立てましょう。
また、リリースに関わる稟議フローは事前に確認しておく必要があります。
配信日は他事業部のリリース予定とも調整ができるよう、バッファを持たせたうえで相談するのが望ましいです。また、記者と名刺交換する機会があった場合は必ず広報部にも情報連携し、記者から直接取材依頼があった際にも事前相談と立ち会いを依頼しましょう。
コンサルタントの実践アドバイス

とある企業の新規事業担当者は、広報部に対して定期的に新規事業の進捗情報を共有していました。すると広報部メンバーが外部の記者とコミュニケーションをするなかでその話題を出し、大手メディアからの取材につながったのです。
事業初期のPR予算がないなかで、自社の広報部が自然な形で認知拡大に貢献してくれた好例です。
マーケティング・インナーコミュニケーション部門
【連携のタイミング】主にGTM・Growthフェーズ
サービスリリース後の認知獲得・リード創出を効率よく進めるため、マーケティングやインナーコミュニケーション部門と連携します。
ここで知っておきたいのは、コーポレートのPR施策や展示会への参画機会は、待っていても声がかかることはほぼないということです。既存事業部のマーケティング担当者に自ら働きかけ、積極的に交渉する必要があります。
効果的なアプローチとして、既存事業部の展示会ブースの一角を間借りする、既存商材と新サービスを組み合わせたソリューション展示として共同企画を提案するなどの方法があります。
インナーコミュニケーション部門には、社内報やイントラネットへの情報掲載を頻度高く依頼しましょう。社内認知を獲得することで、既存顧客への間接的な紹介や社内でのサービス利用機会も生まれます。
マーケティング施策に協力してもらった後は、定量・定性の両面で成果を報告することが関係維持の鍵。たとえば展示会のブースの一角を使わせてもらった場合は、来場者数・獲得名刺数・商談化数などをレポートにまとめて共有します。
また、既存事業では新たな施策の決裁負荷が高く、小さく検証することが難しい場合があるため、新規事業側で試した施策や媒体があれば、成果や効果を積極的に伝えるとよいでしょう。そうすることで、既存事業マーケ部にとっても価値のあるパートナーになれます。
コンサルタントの実践アドバイス

とある新規事業部門では、既存事業部と共同で3ステップの施策を展開しました。
1:新規事業側の費用負担・ディレクションで、既存製品と新サービスを組み合わせたデモ動画を制作。完成したデモは既存事業にも提供
2:新規事業主催のウェビナーに既存事業メンバーを登壇者として招き、既存事業側のハウスリストからも集客
3:獲得リードに対して両部門で共同フォロー
結果、新規事業単体ではリーチできなかった層にアプローチでき、互いに商談を獲得するWin-Winの施策となりました。関係部署の「Win」はなにかを意識しながら施策を進めた好例です。
おわりに
大企業で新規事業に取り組む最大のアドバンテージは、すでに「強いブランド」と「質の高い資産」が手元にあることです。長年かけて築いた顧客との信頼関係、業界に精通した専門人材、潤沢なハウスリスト……そのどれもが、自分の動き方しだいで新規事業の武器になります。
まずは、いま自分がいるフェーズで関わるべき部署のキーパーソンを1人、思い浮かべてみてください。そして、その人にとってのギブ(相手部署の目標に貢献できる情報・機会)を1つ用意してから、30分の雑談を申し込んでみる。これが社内アセット活用の、いちばん現実的な第一歩です。