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新規事業のノックアウトファクターを最短で特定し、無駄な投資を回避するメソッド/進め方【プロンプト付き】

新規事業開発
シニアコンサルタント
長谷川 智史

新規事業のアイデア決めから、実際に商品・サービスとして提供するまでには、多くの検証に時間やコストを費やします。しかし、長い検証の旅路に入る前に、少しだけ立ち止まって目を向けてほしいことがあります。それはノックアウトファクターの存在です。

ノックアウトファクターとは、たとえば「そもそも市場がない」「法律上実現できない」「構造的に確実に赤字になる」といった、事業が成り立たなくなるほどの致命的なリスクを指します。こうしたリスクは、自社の努力ではどうにもならないことが多く、気づかずに事業を進めてしまうと大きな痛手となり得ます。

そこで本記事では、新規事業のアイデア出しのすぐあとに、ノックアウトファクターを最短で洗い出す方法を解説します。

新規事業開発における組織的プレッシャーが盲点を生む

新規事業開発の現場では、重要なリスクを見落としやすい環境があります。さまざまな組織的プレッシャーがあるからです。

新規事業開発の現場でかかる組織的プレッシャーの例

  • 期限:期限が先に決まっており、じっくり検討する時間がない
  • 組織からの期待:経営陣からの期待で「とにかく形にしなければ」という焦りがある。成果が直接評価に響く
  • 予算消化の必要性:確保された予算を使わないと来年予算を削減される
  • 競合対応の焦り:他社の動きを見て「急がなければ」という危機感がある

こうしたプレッシャーが重なると「進める理由」を探すことばかりに集中し、「進めてはいけない理由」には蓋をしがちです。実際に、しっかり調査すれば気づくはずのノックアウトファクターをスルーしてしまい、そのまま開発に進んでしまうということが現場で起きています。失敗を回避するために、早い段階で「あえて批判的な視点で見る」ことが重要です。

また、担当者の方からは、「懸念事項に気づいたとしても、新規事業のアイデアが決まり、熱量の高い状態のチームでなかなか言い出せない」という話を聞きます。

感情的な壁を乗り越えるためにも、本メソッドをぜひご活用ください。「M-CRISP(エムクリスプ)」というフレームワークを使い、構造的にノックアウトファクターのチェックを行うため、説明する際の根拠になるはずです。

ノックアウトファクター特定の進め方

ノックアウトファクターの特定には、生成AIを活用したリストアップ、公開ソースでのファクトチェック、エキスパートインタビューという3つのステップを進みます。

  • 01 生成AIでリストを作成する

    まず、生成AIに以下のプロンプトを貼り付け、30件以上のノックアウトファクターをリスト化します。このプロンプトには「M-CRISP(エムクリスプ)」という独自のフレームワークを組み込んでおり、短時間で新規事業を取り巻く環境全体を見渡した網羅的な洗い出しが可能です。

    M-CRISP思考法

    以下のプロンプトの「# インプット情報」を記入のうえ、生成AIに貼り付けてください。必須記入は2項目ですが、可能であれば任意の項目もご記載いただくことで、アウトプットの精度向上が期待できます。

    プロンプト①
    目的:M-CRISPでノックアウトファクターをできる限り網羅的に抽出する。

    # 命令書

    あなたは客観的な戦略コンサルタントです。

    以下【インプット情報】を踏まえ、Market / Customer / Rule / Internal / Solution / Profit の6視点から潜在リスクを **視点ごとに目安5件以上(全体30件以上)** 洗い出してください。影響度が低いものも漏れなく取り上げ、断定は避け柔らかく示してください。

    # インプット情報

    (必須)

    – 事業名:

    – プロダクト/サービス概要:

    (任意)

    – ターゲット顧客・市場:

    – 提供価値・収益モデル:

    – 参考情報(URL・テキストなど):

    # 出力フォーマット

    No. | 視点 | 想定ノックアウトファクター | 影響度(高/中/低) | 早期検証優先度(高/中/低) | 根拠メモ

    例として、以下の情報をプロンプト①に入れて生成AIに指示を出してみます。

    # インプット情報

    – 事業名:AI広告クリエイティブ自動生成SaaS

    – プロダクト概要:広告バナーやLPコピーをAIで自動生成し、広告運用者が即テスト可能

    – ターゲット顧客:デジタル広告代理店、事業会社マーケ部門

    – 収益モデル:アカウント課金(月額+従量課金)

    結果、生成AIから以下のようなアウトプットがありました。

    承知しました。インプット情報を前提に、M-CRISPフレーム(Market / Customer / Rule / Internal / Solution / Profit)6視点から、想定されるノックアウトファクターを網羅的に洗い出し、表形式で整理しました。影響度・検証優先度はあくまで仮置き(推定ベース)です。

    ノックアウトファクター一覧(M-CRISP)

    No.視点想定ノックアウトファクター影響度早期検証
    優先度
    根拠メモ
    1Market広告クリエイティブ自動生成市場がすでに
    レッドオーシャン化し差別化困難
    海外含め多数の競合SaaSが存在、汎用AIで代替可能
    2Market広告費総量が景気・規制要因で縮小広告市場はマクロ経済や規制の影響を受けやすい
    3Market海外低価格ツールの参入による価格競争激化米中スタートアップによるグローバル展開リスク
    4Market大企業が「生成AI広告」をブランドリスクとして忌避ブランド毀損や不適切表現への懸念
    5Market汎用AI(ChatGPT等)での自作に流れる専用SaaSの優位性が低下する可能性
    6Customer初期出力の品質が期待値を下回り、解約増加「使ってみたが使えない」で離脱リスク
    7Customerワークフロー適合性が低く、導入が定着しない広告代理店・事業会社は独自プロセスを持つ
    8Customerクリエイターや代理店の存在意義を
    脅かすと捉えられる
    心理的抵抗や社内政治要因
    9Customer顧客側AIリテラシー格差により利用が進まない一部の担当者しか活用できないリスク
    10Customer中小企業は価格感度が高く、短期解約率上昇月額・従量課金の負担感が強まる
    11Rule著作権侵害リスク(学習データ・生成物)著作権者からの訴訟・利用制限懸念
    12Rule広告規制(医療・金融など)強化で
    生成物が即利用不可
    特定業界ではコンプライアンスリスクが顕在化
    13Rule個人情報保護法・GDPR違反の懸念データ活用時に規制抵触リスク
    14Ruleプラットフォーム(Google/Meta等)の
    独自規制導入
    自動生成物の広告出稿制限リスク
    15RuleAI生成物への表示義務・ラベリング規制利用側の手間・心理的抵抗増加
    16internalモデル開発・改善のコストが高騰GPUコスト・人材費用が膨らむ懸念
    17internal自社独自技術が乏しく差別化困難オープンソースや他社API依存
    18internalセールス・カスタマーサクセス体制不足B2B SaaSの定着には人的支援が必須
    19internal倫理・ガイドライン策定リソース不足導入企業のコンプライアンス審査を通過できない懸念
    20internalスケールに伴うインフラコスト・障害リスク利用増加時に採算悪化や品質低下
    21Solution出力品質のばらつきが大きく信頼できない「再現性のない効果」→解約直結
    22SolutionCTR/CVR改善が定量的に証明できないROI不明確だと導入継続困難
    23Solutionモデルのブラックボックス性が説明責任を妨げる大企業導入では必ず問われる
    24Solution媒体API連携の制約・不安定性自動テスト・出稿が動かなくなるリスク
    25Solution多媒体・多言語対応不足グローバル案件・多様顧客への対応に制約
    26Profit月額+従量課金モデルが顧客に受け入れられない利用量変動でコストが予測不能と敬遠
    27ProfitLTV低下によりCAC回収困難解約率上昇で収益性悪化
    28ProfitGPUコスト上昇により利益圧迫大規模生成利用でコスト直撃
    29Profit代理店経由契約でマージン控除粗利が圧縮される懸念
    30Profit無料ツールとの価格競争で単価下落Freemiumやオープンソース競合多数
    31Profit海外展開に伴うローカライズコスト増言語対応・法務対応コストが利益を圧迫

  • 02 公開ソースでファクトチェックを行う

    次に、生成AIで作成したリストのファクトチェックを行います。生成AIにプロンプト②で指示を出し、公開ソースを確認するプロセスです。

    公開ソースの例

    • 市場規模データ: 業界レポート、統計データ
    • 競合分析: 企業の財務情報、プレスリリース
    • 法規制情報: 省庁のWebサイト、業界団体の資料
    • 技術動向: 特許情報、技術論文

    「# ノックアウトファクター仮説リスト」にプロンプト①の出力テーブルを入れたうえで、生成AIのチャットに貼り付けます。

    プロンプト②
    目的:NG仮説インベントリから

    ① 深刻度=高  

    ② Desk Research で検証しやすい  

    — 項目を抽出し、AI が一次情報を収集・要約する。

    # 命令書

    あなたは厳密なリサーチャーAIです。

    以下【NG仮説リスト】を分析し、条件を満たす項目について

    官公庁・業界団体・一次論文・決算資料など信頼性の高い公開ソースを用い、

    ファクトと出典を提示した上で真偽を評価してください。

    ## 出力フォーマット(Markdown)

    No. | ノックアウトファクター(要約) | 主要ファクト① | 主要ファクト② | 出典URL | AI評価(◎/◯/△/×) | コメント(200字以内)

    – **AI評価**  

      ◎=ほぼ確実に正/◯=おおむね正/△=不明・要追加調査/×=誤りの可能性高

    # ノックアウトファクター仮説リスト

    >>ここに プロンプト①の出力テーブルを貼り付け

    実際にステップ1で出力されたリストを、プロンプト②に入れ、生成AIにかけてみると以下のようなアウトプットが出力されました。

    NG仮説リスト検証結果

    No.NG仮説(要約)主要ファクト①主要ファクト②出典URLAI評価コメント(200字以内)
    1プラットフォーム独自規制で
    生成物が出稿不可
    Google Adsは医療・金融・政治などで
    厳格なポリシー【Google Ads Policy】
    違反は広告停止・アカウント凍結対象https://support.google.com/adspolicy/answer/6008942すでに多数の制約が存在し、KO要因になりやすい。
    Deskで検証済み。
    2医療広告規制で
    自動生成コピーが違反になる
    厚労省「医療広告ガイドライン」で
    最上級表現やビフォーアフター禁止
    Q&Aや手順書も公表https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/kokokukisei/index.html医療分野では自動生成は高リスク。
    Deskで十分に検証可能。
    3景品表示法で効果claimsは裏付け必須不実証広告規制により合理的根拠資料提出が
    義務化【消費者庁】
    裏付けが無いと措置命令の対象https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/「◯◯%改善」等の自動生成は違法リスク高。
    Deskで検証可能。
    4EU AI Actで生成物に透明性義務EU AI Actは生成/改変コンテンツに表示義務を明記適用は段階的に進行予定https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=OJ%3AL_202401689法自体は成立済だが、各国実装は未確定。
    Deskだけでは不十分、継続観察要。
    5API連携の不安定化で運用停止Google Ads APIは定期的にバージョン終了を実施非互換変更も明記されているhttps://developers.google.com/google-ads/api/docs/concepts/versioning頻繁な変更で業務に影響あり。
    Deskで検証可能。
    6プラットフォーム内生成AI進化で
    外部SaaSが代替される
    Google Performance Maxで生成AIを統合検索広告でも自動生成資産が標準化https://blog.google/products/ads-commerce/gemini-models-are-coming-to-performance-max/外部SaaSの差別化が薄れるリスク大。
    Deskで検証可能。
    7ワークフロー適合性が低く導入定着しない代理店・企業で承認フローや業務設計が異なる公開情報では各社の詳細フロー把握は困難実務フロー適合性はDeskで限界。
    代理店・広告主へのヒアリングが必須。
    8初期出力品質が期待値を下回り解約に直結品質基準は企業・担当者ごとに異なる公開レビューだけでは期待水準が見えにくい定性評価要素が強く、Deskでは不十分。
    現場ユーザーインタビューが必要。
    9クリエイターの存在意義を脅かし
    反発が導入障害に
    一部クリエイティブ職種で「AI=脅威」
    との調査報告あり
    受容度は企業文化に依存心理的要因は定量化困難。
    クリエイター/代理店経験者へのインタビューが必要。
    10料金モデル(月額+従量)が
    受容されにくい
    SaaS課金の好まれる形態は企業規模や
    予算管理方法で変動
    公開資料では具体的な嫌悪度は測れない代理店の予算管理実務に依存。
    プランナーや経理担当への聞き取り必須。
    11広告市場縮小で需要蒸発電通「2024年 日本の広告費」総額+4.9%、
    ネット広告+9.6%【電通】
    世界市場も+5.0%成長予測【電通】https://www.dentsu.co.jp/knowledge/ad_cost/2024/×現状は拡大基調。仮説は否定的。

    評価軸は「◎〇△×」で出力されます。◎〇はファクトがあり、デスクトップ調査だけで検証できるため、△の項目を重点的に次のステップで深掘りします

  • 03 エキスパートインタビューで検証する

    最後に、ステップ2で△の評価が出た項目を中心に、エキスパートインタビューを設定して深掘りします。

    エキスパートインタビューの対象者は、業界の専門家、元顧客企業の担当者、競合企業の経験者などです。30分~1時間程度の時間を確保し、インタビューを実施しましょう。

    エキスパートインタビューの質問例

    • 市場規模のデータがソースによって数倍違い、ステップ2で△となった → 業界経験者に「実際の業界感覚としてはどの規模が妥当ですか?」と聞く
    • 法規制の解釈が曖昧で結論が出なかった → 元規制当局担当者に「この規制のもとで事業を進めることは可能ですか?」と聞く

    すべてのノックアウトファクターを特定できたら、事業を撤退したり、方向転換をしたりという判断が必要になってきます。まずは事業責任者に客観的な事実として提示し、議論を行いましょう。

    ※関連記事:見込み顧客インタビューのメソッド/進め方

  • まとめ

    新規事業の開発は、とても不確実性の高い世界です。早期にノックアウトファクターを特定し、大きなリスクを確実に排除しておきましょう。

    • M-CRISPの6視点による網羅的なリスク洗い出し
    • 公開情報でのファクトチェック
    • エキスパートインタビュー

    という3ステップを踏むことで、客観的な判断基準を確立できます。新規事業の担当者の方は、ぜひ取り組んでみてください。

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