三井不動産株式会社様は、オフィスビル、商業施設、住宅など多様な不動産事業を展開し、人が集まる「場」の提供を通じて、社会に価値を創造し続けている企業です。
2024年、同社のビルディング本部 ワークスタイル推進部は、新規事業「&BIZ community(アンドビズコミュニティ)」の提供を開始しました。企業の組織課題を分析し、従業員同士のつながりを創出するイベントを企画・運営する伴走型サービスです。
しかし、サービス立ち上げ当初はターゲットやニーズが明確でなく、マーケティングの実行リソースも限られていたといいます。PMF(プロダクトマーケットフィット)達成に向けて事業を前に進めるため、才流(サイル)にご相談いただきました。
才流との協働のご感想について、プロジェクトの中心メンバーだった藤枝さん、水澤さんにお話を伺いました。
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オフィスをどう使うか──三井不動産の新たな挑戦
ー三井不動産が提供する「&BIZ community(アンドビズコミュニティ)」はどのようなサービスですか。
藤枝 「&BIZ community」は、企業の組織課題を分析し、従業員同士のつながりを創出するイベントを企画・運営するサービスです。
当社では以前から、「場」とコミュニティ形成の親和性の高さを確信し、エリアマネジメントやオフィス拠点、シェアオフィスなどさまざまな場面でイベントを実施してまいりました。そうした経験を重ねるなかで、お客さまから「このノウハウを自社の社内向けに展開してほしい」というご要望をいただくようになり、2024年度に「&BIZ community」として新規事業をスタートしました。

藤枝 背景には働き方の大きな変化があります。コロナを契機に出社が当たり前ではなくなり、働き方が多様化しました。ハイブリッドワークが定着するなかで、会社として推進したい働き方と、従業員の実態との間に乖離が発生。このギャップをどう埋めるかが、多くの企業にとって課題となっています。
私たち三井不動産は、人が集まる「場」を提供してきた企業として、オフィスという空間をどう使っていただくかまで踏み込んでサポートする必要性を感じていました。従業員が能動的に出社したくなる仕組みをつくれないか。そのような発想から、「&BIZ community」が生まれました。
人と人がリアルに顔を合わせることで生まれるつながりをつくり、オフィスを居場所にしていく。そんな価値を提供したいと考えています。
ー「&BIZ community」を立ち上げてから、どのような課題に直面しましたか。
藤枝 一番大きかったのは、ターゲットとする顧客像が明確ではないという点です。どういう業種のどういう規模の企業がこのサービスを求めているのか。最初は何もわからない状態でした。
「出社率の低い企業ほど課題を感じているのではないか」「ある程度の企業規模がないとこうしたサービスに投資してくれないだろう」などの仮説はありました。ただ、それはあくまで私たちの肌感覚に過ぎません。実際にそうしたニーズがあるのか、どのくらいのボリュームがあるのか、きちんと検証して確信を持てる状態にしていく必要があったのです。
また、「従業員同士のつながりづくり」という概念が、まだ世の中に浸透していない状況もありました。加えて、チームは5人で、マーケティングの主担当は私1人が他業務と兼務している状況。限られたリソースで、ターゲットもニーズの総量も不明確ななか、事業を前に進めていくのに限界を感じていました。

ー才流に支援を依頼した背景を教えてください。
藤枝 社内で才流さんのPMFに関する書籍が話題になったことがきっかけでした。並行して、同じワークスタイル推進部の別事業で才流さんにご支援いただいていたメンバーから、力強くサポートしてもらっているという話を聞いていました。その評判が後押しとなり、複数社を比較することなく依頼を決めました。
期待していたのは大きく2つです。私たちは不動産という自分たちの業界ならではの思想や思考になりやすいため、それにとらわれないアドバイスや知見をいただけること。
そして、プロジェクトメンバーとして一緒に動いていただけること。リソースを補っていただく意味でも期待をしていました。私1人の感覚や知見だけで進めていくのは難しいと感じていたので、外部の専門知識とリソースを借りながら、この新規事業を前に進めていきたいと考えていました。
3つのフェーズで段階的に絞り込んだ“次の一手”
ープロジェクトはどのように進めましたか。
小東 今回は3つのフェーズに分けて支援を行いました。

小東 フェーズ1は初期調査と戦略設計です。まず「誰に、何を、どう売るか」という事業の基本戦略を固めていきました。営業担当者様へのインタビューや市場調査を通じて仮説を構築。その仮説をもとにA4の営業チラシを作成し、プレ営業を実施しました。
プレ営業では、ターゲット候補となる企業の担当者にチラシを見せながらヒアリングを行い、ターゲットを絞り込んでいきました。
フェーズ2は架電アプローチによる検証です。フェーズ1で特定したターゲットに対し、架電アプローチを約500件実施しました。
架電を通じて商談が一定数獲得でき、フェーズ1で設定したターゲット像の妥当性を裏付けることができました。一方で、架電リストには限りがあることや、本当にアプローチしたい部署の電話番号を取得する難しさも見えてきました。
この検証結果を踏まえ、今後は社内営業部門との連携を強化し、リードが増加した際に備えて営業ツールを整備することが重要だと判断。そこで、フェーズ3では営業資料の改善に取り組みました。
社内の営業担当者がより使いやすい資料へと刷新するため、見込み顧客インタビューや商談分析、営業担当者へのヒアリングを重ね、より訴求力の高い資料へと進化させていきました。

完成を待たず、顧客に聞く。プレ営業という新手法
ープレ営業による仮説検証について、特に印象的だった点を教えてください。
藤枝 一番印象的だったのは、完成していない段階の資料でもお客さまに見せて反応を確かめ、その反応をもとにサービスをブラッシュアップしていくという進め方でした。
三井不動産では、企業文化として質の高いものをお客さまに提供するという意識が強く、ある程度完成度の高いものでないと提示しないという考え方があります。しかし才流さんからは、完成形を待たずにA4のチラシで検証するという手法をご提案いただき、「ああ、そういうやり方もあるんだな」と新鮮な印象を持ちましたね。
野田 藤枝さんは実際に営業として直接サービスを提供されていたので、お客さまのイメージを具体的に持たれていました。
そのため、プレ営業で得られた反応を共有すると、「ああ、わかる」とすぐに理解していただけました。反対に、想定と異なる反応があった企業についても「やっぱりそうなんですね」と納得されていました。
この顧客理解の深さが、仮説検証をスピーディーに進められた大きな要因だったと思います。

藤枝 才流さんがバイアスに影響されずフラットな視点でヒアリングしてくださったので、解像度の高いフィードバックをいただけました。
特に大きかったのは、アプローチする部署によって関心を持つポイントが異なると明確になったことです。どの部署にどのような訴求をすべきか、かなり分かりやすく整理できました。これにより、部署ごとに訴求の仕方を変える必要があると判断できました。
属人化から脱却し、誰もが使える営業資料へ
ー営業資料の改善にも取り組まれたと伺いました。どのような課題があったのでしょうか。
藤枝 もともと使っていた資料は私が作成したもので、私の営業スタイルに合わせた構成になっていました。そのため、私は使いやすいのですが、他の営業担当者からすると自分のスタイルに合わせてアレンジする必要があり、準備に工数がかかっていたんです。
チーム全員が共通で使える資料があれば、もっと効率的に営業できるという課題認識がありました。
水澤 また、お客さまが社内で稟議を通す際に、資料だけでは情報が不足していたという課題もありました。営業担当者が口頭で補足することを前提にした資料だったため、資料単体では説得力が弱かったんです。

ーどのように改善を進めましたか。
小東 「&BIZ community」は、お客さまごとにカスタマイズが必要な複雑なサービスです。サービス内容を口頭で説明するのは難しいため、営業資料の役割が特に重要だと考えていました。
藤枝 営業資料の改善には、才流さんのメソッドを活用しています。見込み顧客インタビューや営業担当者へのヒアリング、実際のプレ営業の録画分析などを通じて、課題を洗い出していきました。
資料がどういう理由でこの構成になっているか、どのようなストーリー展開で進めていくのが一番お客さまに刺さりやすいか、背景がしっかりと体系化されていたので理解しやすかったです。
水澤 特に良かったのは、「なぜ三井不動産がコミュニティ形成をやるのか」というお客さまの疑問に、資料の冒頭で答える構成にしていただいたことです。お客さまがこのサービスを受けた時にどういう価値提供を得られるのかを整理して組み込んでいただきました。
※関連記事:営業資料の作成と改善に役立つテンプレート

高橋 改善の過程で、営業シーンに合わせて3つのバージョンを作成しました。詳細な提案用の40ページ版、概要説明用の10ページ版、初回アプローチ用のA4チラシです。営業担当者が場面に応じて使い分けられるようになり、資料準備の負担軽減と提案の質向上を実現できました。

不安から確信へ。明らかになった事業の方向性
ープロジェクトによる成果を教えてください。
藤枝 一番の成果は、当初の「この方向性で本当に合っているのか」という不安があった状態から、段階的な検証を通じて確信を持てるようになったことです。ターゲット顧客像と有効なアプローチチャネルが明確になり、事業を推進するための具体的なロードマップを描けるようになりました。
検証を重ねるなかで、当初の仮説が合っていた部分もあれば、修正が必要だった部分も見えてきました。実際にやってみて初めてわかることも多く、データに基づいて方向性を判断できたこと自体が大きな価値だったと思います。
小東 仮説検証によって当初の不安を解消できたことで、三井不動産様が今後余計な企画や検討に時間をかけずに、事業推進に集中できる基盤をつくれたと考えています。
ーそのほかに、どのような変化がありましたか。
藤枝 事業が前進するにつれて「&BIZ community」ならではの価値も見えてきました。
プロジェクトを通じて事業の方向性が明確になり、実際にサービスを提供するなかで、お客さま企業の従業員の方たちの考えや反応、その実態への解像度が高まっています。イベントを通じて従業員と直接関わることで、オフィスを提供するだけでは見えなかった視点が得られています。
水澤 また、営業担当者の意識や行動にも変化が見られます。お客さまやイベント参加者の声を集められるようになったことで、プロダクトに反映していこうというモチベーションが高まってきています。
サービスを利用いただける企業も着実に増えてきていますし、このプロジェクトを通じて得られた知見が、今後の成長につながっていくだろうと感じています。

才流との協働の先に見る、働く場の未来
ー才流のコンサルタントに対する印象を聞かせてください。
水澤 才流のみなさんとのコミュニケーションは取りやすかったです。考えがまとまらない状態で相談しても、「こういうソリューションがあります」「この糸口はどうでしょうか」と、スピーディーに具体的な選択肢を示してくださる。そうした対応が非常にありがたかったですね。
藤枝 私たちの事業を深く理解してくださって、同じ熱量、同じ言語で会話ができました。目指すゴールに向かって、チームの一員として動いていただけたことが印象的でした。
一般的に、パートナーとの協業で事業への理解に隔たりがあると、会話がかみ合わなかったり、本質的な議論に到達できなかったりすることがあります。しかし才流さんとは、そうした問題が一切なく、プロジェクトを進めることができました。
ーなぜそのような一体感が生まれたのでしょうか。
高橋 才流が目指しているのは、ご支援させていただくお客さまとワンチームになることです。そのために、事業やサービスについて時間をかけて理解することを重視しています。
また、事業会社出身のメンバーが多いため、事業運営で起こる悩みを共有しやすいという面があります。実際に当事者として経験してきたからこそ、ご支援先の課題に共感できるんです。
野田 今回のプロジェクトでは、「&BIZ community」のイベント提供を担うパートナー企業にもヒアリングを行いました。事業の全体像を理解するために、関係者の方々にも話を伺うことを大切にしています。
藤枝 そうした徹底した事前準備に加えて、才流さんでは複数のコンサルタントからフィードバックを得られる体制があると聞いています。多角的な視点が反映されているという安心感がありましたね。
ー最後に、「&BIZ community」を今後どのように成長させていきたいとお考えですか。
水澤 まずは、三井不動産グループ内で「コミュニティ形成といえば&BIZ community」という立場を確立していきたいと考えています。将来的にはコミュニティ形成やイベントの相談があれば、自然と私たちに声がかかるような存在を目指したいですね。
そして何より、オフィスにご入居いただいているお客さまに、より大きな価値を提供していきたいと考えています。社内の営業部門との連携をさらに強化し、より多くのお客さまに「&BIZ community」を届けてまいります。
プロジェクトを通じて事業の方向性が明確になりました。今後も組織の課題解決におけるパートナーとして、働きがいと生産性が向上する「働く場の未来」を創り続けていきたいです。

(撮影/関口達朗 取材・文・編集/ 河原崎 亜矢)