日立製作所は、社会インフラからITまで幅広い事業を手がける総合電機メーカーです。同社の金融システム事業戦略本部では、社員発の新規事業創出に向けた公募制度に力を入れており、最終審査を通過した案件では、事業化に向けさらなる検証を行っています。
今回の支援プロジェクトで、才流は新規事業の仮説検証を行う起案者チームに伴走しました。圧倒的な行動量と熱量を持つチームは、新規の見込み顧客リストを作成し、1か月で商談37件を創出。PoC10社の獲得にもつながりました。
一方、「当初想定していたビジネスモデルの成立が難しい」という大きな示唆を得て、事業計画の修正も行ったといいます。新しい案で臨んだ事業の継続審査会。起案者の大谷 洋右さん、サポートメンバーの坂本 奈緒子さんは、困難を乗り越え、どのように新規事業を前に進めてきたのでしょうか。話を伺いました。
※関連記事:新規事業開発のカギは起案者のサポート。日立製作所がめざす「顧客起点の事業創生」をご支援
プロジェクト概要
| 社名 | |
|---|---|
| 会社概要 | 業種:製造 |
| ご支援内容 | 新規事業起案者への伴走支援 |
| ご支援したフェーズ | 新規事業提案制度の最終審査後、仮説検証フェーズ |
| ご支援期間 | 3か月 |
| ご支援前の状況 |
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| プロジェクトのサマリ |
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右:株式会社日立製作所 デジタルサービスビジネスユニット 金融デジタルイノベーション本部 第三部 DX企画G 坂本 奈緒子(さかもと なおこ)さん
社内の公募制度へ挑戦し、2度目でつかんだ事業化への切符
ーこれまでの挑戦の経緯を教えていただけますか。
大谷 私が所属する金融システム事業戦略本部では、3年前から、人財育成と新規事業の創出を目的としたFIIL(FIBU Incubation Lab)と呼ばれる社内制度に取り組んでいます。その中核をなすのが、社内から新規事業アイデアを公募するプログラム「Frontier」です。
私が最初にアイデアを起案したのは2023年のことです。自分の行きつけのラーメン屋さんが従業員のケガで休業を余儀なくされたことから、「ラーメン屋の人材不足を解消する」というテーマで起案しました。このときは一次審査で落ちてしまいましたが、その後も「何か新しいアイデアはないか」と探しながら、社内外でインプットを続けてきたんです。
2度目の今回は、別の切り口でアイデアを起案し、最終審査を通過できました。最終審査を通過すると専任で取り組める仕組みになっているので、これから検証を重ねて事業化に進むところです。
ー事業化に向けて検証を進めているのは、どのようなアイデアなのでしょうか。
大谷 詳細はまだ公表できませんが、ある領域の情報をデジタル化することで、対応時間を短縮し、情報伝達の非効率を解消するというものです。さらに、蓄積されたデータを将来的に分析・活用できる仕組みを構築したいと考えています。
実はこれも1回目のアイデアと同様に、プライベートで強い課題感を持った体験がきっかけで生まれたアイデアです。

※関連記事:「なぜ新規事業は失敗するのか?」の問いから生まれた日立製作所の事業創生制度「FIIL」
商談を通じた仮説検証で、アポ取りとヒアリングに苦戦
ー現在はどのような体制で取り組んでいますか。
大谷 サポートメンバーとして坂本さんが加わり、2名体制です。私はリーダーとして全体方針の決定や関係部署との調整、見込み顧客インタビューを担当。ひとりでは対応しきれない部分を、坂本さんが強力にバックアップしてくれています。

坂本 当社で新規事業を推進するには、社内手続きという特有のハードルが存在します。たとえば、見込み顧客にヒアリングするにも、日立として取引のある顧客の場合は事前に調整が必要です。私は過去に新規事業の経験があるので、そうした手続き面もサポートしています。
ー事業化に向けて動くなかで、どのような課題がありましたか。
大谷 最終審査を通過しても、実際に事業になるまでにはさらに複数回審査があります。私の場合、次の審査に向けて、事業計画の実現可能性を高める必要がありました。
そこで商談を通じて仮説検証を行うべく、見込み顧客に電話をかけたり、直接訪問したりしながら、アポイントを打診していたんです。ところが、10件お願いして、受けてもらえるのは2~3件程度。なかなか数は増えなかったですね。
さらに、商談ができたとしても、顧客の課題を深掘りできているのか、うまく進められているのか、確信が持てませんでした。自己流で進めることに限界を感じていたんです。
そこで、これまでFIILやFrontierのさまざまな事業でご支援いただいている才流さんに相談しました。
「本当に売れるのか?」事業の蓋然性を高める検証の重要性
ー大谷さんからのご相談を受けて、才流はどのような支援を行いましたか。
萩原 商談における仮説検証は、才流としても非常に重要なプロセスだと考えています。
大谷さんからは、「全国にいるターゲットにアプローチし、アポ数を伸ばしたい。さらに、商談における仮説検証の精度を上げ、次の審査に向けて客観的な裏付けを得たい」と、お話をいただきました。
そこで才流としては、テレアポを通じて顧客開拓を行い、商談によって仮説検証を深めていくことを提案しました。
まず、ターゲット像やサービスの提供価値などの仮説を整理し、トークスクリプトやサービス紹介資料などを準備しました。テレアポの代行会社に依頼して架電をはじめてからは、日々の架電状況や結果の数値をもとにトークスクリプトをアップデートし、アポ獲得を目指しました。
とくに注力したのは、架電と商談の定量・定性的な分析から、事業の蓋然性を支える示唆を得ることです。サービスの提供価値や価格については素案ができており、一部の顧客から賛同も得られていました。しかし「本当に売れるのか」「広く受け入れられるのか」は、丁寧な確認が必要でした。
日立製作所様のテストマーケティングは、これまで才流として複数回ご支援していますので、過去の事例も共有しながら、進め方のイメージをすり合わせていきました。

37件の商談を獲得するも、検証結果は苦しいものだった
ープロジェクトを終えて、成果はありましたか。
大谷 期待値を超える成果が得られたと思います。
1か月間のテレアポで、750件の見込み顧客にアプローチを実施。37件の商談獲得ができました。さらに10件のお客様がPoCへの協力を承諾してくださり、事業を推進するうえで大きな自信になりました。
坂本 商談したなかには、類似サービスを導入しているお客様も一定数いて。実際に契約している方から具体的な状況をヒアリングできたのも、大きな収穫でした。
「このサービスが広がれば、私たちが想像していなかった波及効果があるのではないか」と可能性を感じられたときは、とてもうれしかったことを覚えています。

大谷 一方、架電や商談の分析を通じて、想定とのギャップも明らかになっていきました。
たとえば、私たちが設定した料金と、現場が許容できる価格に乖離があったり、半数近いお客様にとって課題の緊急性が想定よりも低かったり。さまざまなことが見えてきたんです。
最終的に、「当初想定していた収益モデルは成立が難しいのではないか」という結果に行きつきました。
そのときは本当にショックで、精神的にもかなり落ち込んでしまって。才流のみなさんが私の様子を心配して、個別に声をかけてくれたほどです。
悩みましたが、ここで価格と受注率を変更し、それに伴う事業計画の変更を決断。収益モデルを修正し、新たな事業プランを作成することになりました。
才流さんに相談をしていなかったら、ここで事業を投げ出してしまっていたかもしれません。私ひとりでは、この決断は下せませんでした。
プロジェクトで得た示唆と成果物を持って、次のフェーズへ
ー審査には、新しいプランで臨まれたということですね。反応はいかがでしたか。
大谷 収益モデルの変更によって、事業計画は当初より上向きのものを出すことができました。審査員からも変更を好意的に受け止めてもらい、条件付きで取り組みを継続することになりました。条件というのは、新しい案をさらに検証していくことです。
現在はこの宿題に取り組みながら、α版のプロダクト開発にも着手しています。PoCに協力してくださる10社の声を取り入れながら、プロダクトを磨いていきたいです。

ープロジェクトを通じて、印象的だったことはありますか。
大谷 才流さんはとにかくレスポンスが早くて、迅速な対応に助けられました。
テレアポでは日々数字を見ていかなければならないですが、トークや架電先の調整案をいただき、スピーディーに、安定したアポ獲得ができました。
また、何を聞いても受け答えが非常にクリア。私自身がうまく整理できていない問いかけにも「こういうことですよね」と読み解いて、適切なアドバイスや方向性を出してくれるんです。コミュニケーション能力や理解力が抜群で、本当に助けられました。
坂本 才流さんは数年間、FIILやFrontierに関わってくださっているので、会社の事情をしっかりと汲んだ提案をしてくれたのが印象的でした。社内外の複雑な調整ごとも「どうすれば事業が前に進むか」という視点で一緒に道を切り拓いてくれる。とても心強かったです。
ー資料などの成果物で、役に立っているものはありますか。
大谷 顧客に提示するサービス紹介資料は、とても役立っています。サービスのイメージ図がつくり込まれているので、顧客が導入後の姿をリアルに想像しやすくなっています。構成もしっかり練られていて説明がしやすいです。
また、商談動画を才流さんに見てもらい、アドバイスをいただいたことも有益でした。才流さんは「こういう聞き方をした方がいい」と具体的なアドバイスをくれます。それに対し、「自分の性格的にそういう言い方は少し難しい」と正直に伝えると、「では、別のこういう聞き方はどうですか」と、代替案を出してくれる。私に寄り添い、無理のない方法を提案してくれたのは非常にありがたかったです。
坂本 私が重宝したのは、商談のヒアリング結果をまとめた資料です。商談動画を視聴し、顧客に刺さったポイント、刺さらなかったポイントを1枚のスライドにしてくれました。あとから見返したとき、顧客の具体的な声を思い起こすのに役立ちました。

圧倒的な熱量と行動力は、新規事業を成功させる重要な要素
ーコンサルタントから見て、おふたりの姿はどう映っていましたか。
萩原 何よりも印象的だったのは、おふたりの行動力です。
新規事業を成功につなげるために「仮説検証の質と量」を担保することは重要なのですが、ここまでやりきっているケースは決して多くありません。
おふたりで連携しながら、1か月で37件もの商談を、取りこぼしなく、一歩もひかずにやりきってくださいました。ときには1日5件、それもオフラインの訪問が重なることもありましたよね。
約80件にものぼる資料送付もスピーディーに対応してくださり、そこからたくさんのアポイント獲得につながりました。きめ細やかさと、対応の早さ、行動力があったからこそ、事業の方向性を検証するだけの有益な示唆が得られたのだと感じています。

亀井 私は、大谷さんの事業に対する熱量がとくに印象に残っています。
商談の録画も拝見しましたが、ご自身の新規事業に対する想いが真っ直ぐに伝わる内容でした。熱い想いや、大谷さんから醸し出される誠実さが、10件のPoC協力につながったのだと思います。
既存事業とも連携し、お客様に一気通貫の価値を提供したい
ー最後に、今後の展望をお聞かせください。
大谷 5月の中間報告、8月の審査会と山場が控えています。まずは新しく設定したターゲット層へのヒアリングを行いつつ、α版の開発に着手します。協力を得られた10社のパートナー企業に操作性やUI、基本的な機能の確認をしてもらい、価値あるプロダクトへと育てていきたいです。
当社の既存システムと新規事業を連携させることで、日立として一気通貫の価値を提供したい。私がかつて感じた課題を解消できるように、引き続き強い想いを持って取り組んでいきたいです。

撮影:関口 達朗
取材・執筆・編集:藤井 恵
編集:安住 久美子