株式会社商船三井様は、日本を代表する海運企業です。同社では2019年より、既存の枠にとらわれない事業アイデアの受け皿として「MOLグループ新規事業提案制度(MOL Incubation Bridge)」を導入してきました。本制度は、中期経営計画「BLUE ACTION 2035」で掲げる非海運事業のポートフォリオ強化に寄与し、グループ社員が主体的に自らの能力を発揮できる場として、人財育成の観点でも重要な役割を担っています。
今回ご紹介するのは、一次審査通過後から最終審査までの2.5か月間、アイデアの起案者5名と事務局に才流が伴走したプロジェクトです。顧客起点の仮説検証と事業計画書の作成を中心にご支援し、2件が最終審査を通過。「起案者、事務局、審査員。関わる人全員が納得のいく結果になった」との声をいただきました。
事務局運営を担当する木下さん、伏野さんに、運営のリアルやプロジェクトを振り返っての手応えを伺いました。

プロジェクトの概要
| 社名 | 株式会社商船三井(https://www.mol.co.jp/) |
| 会社概要 | 業種:物流・ロジスティックス(海運) 従業員数:5,000名以上(グループ全体) |
| ご支援内容 | 新規事業提案制度の事務局・起案者への伴走支援 |
| ご支援したフェーズ | 新規事業提案制度の一次審査通過後、最終審査の発表まで |
| ご支援期間 | 2.5か月 |
| ご支援前の状況 |
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| プロジェクトのサマリ |
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非海運事業における収益の柱を作る。新規事業開発の背景
ー 最初に、所属されている組織とミッションについて教えてください。
木下 当社は中期経営計画「BLUE ACTION 2035」のなかで、非海運事業の強化を重要な方針として掲げています。海運事業は市況の影響を受けやすい特性があるため、非海運事業をポートフォリオに組み込むことで、事業全体のバランスを高めていくことが狙いです。
そのなかで、ウェルビーイングライフ事業本部は、2023年4月に新設された比較的新しい組織です。伝統的な海運業は船と貨物が事業の基盤ですが、私たちの部署は「人」を営業基盤としている点が大きな特徴です。あらゆるステークホルダーに向けて、ウェルビーイングとライフスタイルに関するサービスを提供していきます。非海運事業において、次の収益の柱を作っていくことがミッションです。

ー そのなかで、新規事業創成チームはどのような役割を担っていますか。
木下 ミッションは大きく2つあります。1つは、新規事業の企画立案と推進。具体的には、社内外から持ち込まれたアイデアを事業として形にしていくことです。現在は離島や沖縄における再生可能エネルギーを活用したプロジェクトや、海洋温度差発電(OTEC)などを担当しています。
もう1つが、MOLグループ新規事業提案制度の運営です。本制度の実施そのものだけでなく、前後の種まきとして各種イベントの企画・運営、また審査を通過した案件の事業化検証サポートなど、事務局としての仕事は多岐にわたります。
伏野 私たちは、新規事業を生み出す手法としてBBBモデル(Build・Borrow・Buy)に取り組んでいます。
Buildは、木下が申し上げた新規事業提案制度が中心です。Borrowは、他社と連携しながら新たな事業を共同でつくっていくこと。そしてウェルビーイングライフ事業本部内にあるCVC(MOL PLUS)と相互に連携を図りながら、CVCがBuyの役割として、将来の事業になりうるスタートアップへの投資を担っています。

社内調整、事業評価、起案者サポート。事務局運営の難題
ー MOLグループ新規事業提案制度の事務局はどのような体制で取り組んでいますか。
木下 メインで稼働しているのは私と伏野の2名です。ほかに、新規事業創成チームのマネージャーを務めている松岡、本制度の担当である大竹と、計4名で取り組んでいます。
本制度のスケジュールは、1年目に種まき、2年目に審査という、「2年ワンセット」の構成です。社内決裁や審査の実施時期は事務局業務に集中し、それ以外の時期は本制度から生まれたプロジェクトのサポートなども担っています。
ー 事務局の運営において、難しさを感じるのはどのような点ですか。
伏野 さまざまな部署を巻き込みながら進めるため、社内やグループ内の調整には相応の労力がかかりますし、難しい部分もあります。
新規事業のアイデアはグループ全体から募っており、グループ全体に影響しうる制度であるがゆえに、多様なステークホルダーの意見を丁寧に聞きながら、制度設計に反映していくかが肝になると思っています。
木下 私は、コンテストの最終審査を終えた今のタイミングで申し上げると、新規事業アイデアの評価やフィードバックに難しさを感じました。
まだまだ荒削りのアイデアを見極め、バックグラウンドがそれぞれ違う起案者に対して適切なフィードバックを行わなければなりません。さらにアイデアによっては海運の深い領域理解も求められますので、そこはマネージャーや社内有識者にサポートしていただきながら、試行錯誤した部分です。
最終審査に向けて、プロジェクトで取り組みたかったこと
ー 才流にご相談をいただく際、「最終審査に向けて事務局として、とくに力を入れて取り組みたい」と考えていたことは何ですか。
木下 大きく2つありました。1つは、新規事業アイデアの顧客ニーズをしっかりと検証したうえで、最終審査に臨むということです。
最終審査のあとには、1年間の事業検証フェーズがあります。事業検証フェーズになると、なかなか後戻りするのは難しいので、早い段階で顧客や市場のニーズをしっかりと検証する必要があると考えました。
もう1つは、起案者へのサポートの質を高めることです。事務局としてできる限り寄り添いたい気持ちはあったものの、私たちはアイデアを事業として形にしていくための専門家ではありません。起案者の方に適切なアドバイスを行い、事業化の確度を高めるためにも、専門家の知見を取り入れることが必要だと感じました。
ー 最終審査を終えた今、当初の目的は達成できたと感じていますか。
木下 率直に申し上げると、半分は達成できた、残りの半分はこれからという感覚です。
顧客ニーズの検証については、才流さんに伴走いただき、コアな部分からしっかり取り組めました。最終審査の審査員を務めた役員からも「例年よりも格段にレベルが上がった」と評価をいただきました。
一方で、今回才流さんに支援していただくなかで、事務局としても気づきや改善事項をたくさんストックすることができました。それらを次年度以降の制度設計に反映していくことで、残り半分も達成できるのではと考えています。
伏野 起案者のサポートでいうと、才流さんのご支援によって大きく改善できたと思っています。
今回の起案者は、本社の方とグループ会社の方、ほぼ半々でした。起案者のなかには、日頃の業務で事業づくりやプレゼン資料作成などを行っていない方も多くいらっしゃいます。しかし、そうした経験がなくても、現場の課題に沿った優れたアイデアをお持ちの方はたくさんいますので、なんとか形にできるようにするというのが課題としてありました。
今回、実際に才流さんにご支援していただいた起案者のなかには、現役の船員の方もいました。検証やフィードバックを経てプレゼン資料に具体性が加わり、審査する役員の方にとっても、提案の解像度が高く経営判断しやすい内容になったことが印象的です。才流さんにご支援いただいて良かったと、改めて思った瞬間でした。

2.5か月のプロジェクトの具体的な支援内容
ー 商船三井様からのご相談を受け、才流はどのような方針で支援を進めていったのでしょうか。
野田 大きな方針は、新規事業の顧客が「実際にお金を払いたいと思うか」というコアな検証をしっかり行うことでした。一次審査を通過した段階では、まだアイデアベースのものや、顧客ニーズの裏付けが十分でないものも含まれています。そこを最終審査までに固めていくことが、支援の中心になりました。
また、商船三井様の新規事業提案制度には、人財育成という側面もあります。
起案者の方が「自分でやりたい」と思っているところを私たちが引き取ってしまうと、その方の成長の機会を奪ってしまいかねません。一般的なコンサルティングとは少し異なりますが、あくまでも起案者の方が主体となって進められるよう、1人ひとりに合わせながら伴走しようと、山本、長谷川と認識を合わせてスタートしました。
ビジネスの提案に不慣れな方に対しては、プレゼンテーションの基本的な考え方からサポートし、それぞれの得意・不得意に合わせたアプローチを取りました。

ー 具体的には、どのようなことを行いましたか。
山本 大きく2つのステップがあります。
1つ目は、起案者の方が持ち込んだアイデアに情報を肉付けしていく段階です。デスクリサーチや見込み顧客へのインタビューを通じて、アイデアの根拠となる情報を集めていきました。
起案者の方々にとってインタビューは慣れない業務でしたので、「誰にどのように話を聞けばよいか」というところから、事務局のみなさんと連携しながらサポートしました。
もう1つは、最終審査に向けた事業計画書の整備です。審査員に対して何をどの順番で伝えるべきか、限られた時間の中で何を優先するか。才流の事業計画書のテンプレートをベースにしながらも、ただ項目を埋めるのではなく、ご自身の考えをしっかりと伝えていただくことが重要でした。
テーマによっては、テンプレートに沿わないほうが「伝わる」「面白い」と感じたものもあり、起案者の方と対話を重ね、改善していきました。最終的に、どの起案者の方も素晴らしいプレゼンテーションになっていたと思います。

2件が最終審査を通過。関与者全員が納得できる結果に
ー 最終審査まで走り切って、一番やりがいを感じた瞬間はどこでしたか。
木下 最終審査を終え、事務局として感じていた課題が解消され、審査員にも評価をいただき、起案者もご自身の成長を実感されています。関わった全員にとって良い結果になったと感じた瞬間でした。
伏野 たしかに、以前は事務局・起案者・審査員のそれぞれが、それぞれの立場で困っている部分がありました。今回は、起案者の方々にとっての学びになり、事務局も自分たちが強みを発揮できるところにリソースを集中でき、審査員も解像度の高い状態で審査に臨めました。全員にとって納得感のある結果になったと思います。
木下 参加した起案者の方々へのヒアリングから、ポジティブな声をいただきました。制度として本当に良いものができたと実感しています。
起案者の声(一部抜粋)
- 決まっている仕事を回していくのではなく、自分で課題を設定し、解決のためにどうすべきかを考える。日頃の業務とはまったく異なる頭の使い方ができた
- 相手にどう伝わるかを意識してコミュニケーションを考える経験ができた
- 資料作成のようなスキルだけでなく、社長や顧問のような目上の方からの情報収集、調整力、インタビュー力などが身についた
- アイデアが上がってきたときに「覚悟」を問われたことが印象に残っている。もちろん当初から本気で取り組んではいたが、本気度のギアが上がった
- 他企業の動向を調べたことで、当社としてのスタンス確立や、進め方などにヒントを得られた
ー 最終審査を通過した案件は、次にどのようなフェーズに進みますか。
木下 今回、2件のアイデアが最終審査を通過しました。起案者には1年間の事業化検証の機会と、一定の予算が与えられます。専任・兼務どちらでも選べる形にしており、起案者自身がキャリアの選択肢を持てるよう設計しています。
本制度には、人財育成という意味でも大きな意義があると感じています。大企業では「決められたことをきちんとやり遂げる」ことが評価される場面が多いと思います。しかし今、組織が求める人財に必要なのは、不確実な状況の中で自ら判断し、前に進んでいく力です。この制度を通じて、そうした力を少しずつ育んでいけたらと考えています。
検証や経験から生まれた「型」の強さを実感
ー プロジェクトを通じて、印象に残ったことはありましたか。
伏野 才流さんが持つメソッドの力を実感したことですね。
本制度には海運の本業から一定距離のある提案も多く、各業界での市場・顧客に向き合うための具体的な方法論については、事務局だけで十分に補完することが難しい側面があります。
才流さんのメソッドは、それに沿って進めればある程度の形まで整えられ、プロジェクトの特性に合わせたチューニングを加えることで、さらに解像度が上がっていく。2.5か月でこれだけの成果が出せたのは、メソッドがあったからこそだと感じています。

木下 私も、「型の強さ」は印象に残っています。芸術やスポーツでもそうですが、型というのは、先人の知恵や知識、経験の検証結果を凝縮したものだと思うのです。型は基本であり、より発展させていくための視点でもあることを、ビジネスの文脈でも改めて実感できました。
一方で、才流さんには、型にとらわれすぎない柔軟さもあります。
起案者それぞれの特性や思考のスタイルに合わせながら、押しつけにならないようにアレンジしてくださった。各コンサルタントの方々のコミュニケーションの随所に表れていたと感じています。
伏野 この2.5か月は、起案者の方々にとってはミニMBAのような体験だったのではないかと感じました。
フレームワークを提供し、それを実践の場でどう活かすかを自ら考えていくやり方が、MBAのケーススタディに近い。5名の起案者にとって、非常に密度の高い学びの機会になったはずです。
そして私自身も、才流さんと一緒に仮説検証を回していくプロセスはとても楽しかったです。どの案件も当初は新しい領域からのスタートで、検証を重ねるなかでどんどん解像度が上がっていく感覚がありました。事業化の難しさが明らかになることもありましたが、一方で新たな可能性が見えてくる瞬間もあり、とても良い経験ができたと思っています。
ー具体的に、活用できたツールやテンプレートはありましたか。
木下 エレベーターピッチのスライドがとくに役立ちました。グループ会社向けに新規事業をテーマにしたワークショップを開催した際、抜粋して活用したところ、普段新規事業を考える機会のない方々がスムーズにアイデアを言語化できました。
また、社内研修の最終プレゼンでエレベーターピッチの要素を取り入れたエグゼクティブサマリーを冒頭に盛り込んだところ、非常に好評でした。事務局の業務以外でも、さまざまな場面で活用しています。

事務局と二人三脚。起案者が見せた熱量と成長
ー コンサルタントから見て、プロジェクトを通じて印象に残ったことを教えてください。
長谷川 起案者の方々の成長スピードに、率直に驚かされました。本業と兼務しながら、限られた時間の中で検証を重ね、定例ミーティングでも真剣にやり取りを続けてくださった。その熱量には、胸を打たれるものがありました。船上からオンラインミーティングに参加してくださることもありましたね。
私が担当した起案者の方は、プロジェクト中盤で構想の大きな転換が必要になりました。それでも折れることなく、ヒアリングと議論を重ねながら、自分の原体験と照らし合わせて再定義していきました。自分の言葉で語り直す力というのは、一朝一夕に身につくものではありませんので、その方がこれまで積み重ねていらっしゃったスキルと姿勢があってのことだと思います。
また、事務局の皆さんをはじめ、社内の協力体制も印象的でした。社内の専門家の方に質問をすると温かく対応してくださり、商船三井様のなかで、挑戦を支援する文化が根づいていると感じました。

野田 グループ会社に所属する多くの方がチャンスを得られる制度設計は、本当に素晴らしいと感じます。
間口が広いと事務局の負担は大きくなりますが、その分、現場にいる人にしか見えていない課題やアイデアの切り口が集まってきます。総合力を発揮できる場所として、商船三井様の新規事業提案制度には大きな可能性があると感じています。
プロジェクトのなかでは、メソッドやテンプレートをうまくご活用いただけたこともうれしく思います。プレゼンテーション資料の作り方1つをとっても、慣れていない方には「どこに何を置けばいいのか」というところからわからない。そこに「最終的にめざす形」の見本があるだけで、頭の中にあるアイデアを外に出すための最初の一歩が踏み出しやすくなりますよね。才流のテンプレートがうまく機能して、起案者の方々がスムーズに動き出せたのは本当に良かったと思っています。
山本 プロジェクト序盤は、起案者自身が当事者ではない、ステークホルダーではないために、解像度が高まりきらないアイデアもあったと思います。しかしプロジェクトを通じて実際のステークホルダーと対話するなかで、想定していなかった現場の課題やニーズが見えてくる。そこから新たなアイデアが生まれることもある。新規事業の面白さはまさにそこにあると思いますし、そのプロセスをみなさんと一緒に歩めたことが純粋に楽しく、貴重な経験となりました。
挑戦を、次のステージへ。新規事業開発の展望
ー 最後に、今後の展望をお聞かせください。

木下 2026年から中期経営計画がPhase2に入ります。非海運領域で多角的な事業群を築いていく動きは、今後も続いていきます。そのなかで、確度の高い事業をしっかりと選び育てていけるよう、MOLグループ新規事業提案制度としてのレベルアップを図っていきたいと思います。今回のプロジェクトで蓄積したナレッジを、次の制度設計に確実に反映していくことが、直近の大きなテーマです。
また事務局として、時代の変化が非常に速くなっているなかで、そうした流れを敏感に捉えてアンテナを張り続けること。それを本制度に適切に反映していくことも、これからの自分たちへの期待として持っています。
伏野 中期経営計画のフェーズ2では、これまで開拓してきた事業をいかに伸ばしていくかも問われてきます。本制度においても、通過した案件を本格的に事業化していく必要があります。
これまでも、大阪の「商船三井ミュージアム ふねしる」や海外居住者向け国際配送・転送サービス「MOL CART」など、本制度から生まれた事業が着実に育ってきました。今回新たに通過した2件も、0から1、そして1から10へと導いていく。そのサポートをしっかりと担っていきたいと考えています。
(撮影:植田 翔 、取材・執筆・編集:安住久美子)