日立製作所 金融第二システム事業部の水野さんが所属する部署では、生命保険会社や共済事業者向けのシステム開発に加えて、新しい顧客体験を創造する新規事業の創出に力を入れています。
その取り組みの一環として生まれたのが、前職で生命保険会社に勤めていた水野さんが起案した「お口の健康から全身を守るサービス」です。保険会社時代の課題意識と、自身の口腔ケアに関する原体験から着想を得てプランを練り上げてきましたが、本当に売れるのか確証を持てず、才流(サイル)にご相談いただきました。
プロジェクトではサービスの訴求軸を整理し、テストマーケティングを実施したところ、目標の10件を大きく上回る22件の商談を創出。そこから4件のPoC(概念実証)獲得に成功しました。
水野さんの想いから始まった挑戦は、いかにして社内を巻き込むプロジェクトへと進化を遂げたのでしょうか。事業立ち上げの過程で感じた葛藤や喜び、大手企業で新規事業を推進する際のポイントについて話を聞きました。

プロジェクト概要
| 企業名 | |
|---|---|
| ご支援内容 | テストマーケティング支援 |
| ご支援対象の商材 | お口の健康から全身を守るサービス |
| ご支援期間 | 3か月 |
| ご支援前の状況 |
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| プロジェクトのサマリ |
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保険会社での経験と、口腔ケアに関する原体験から生まれた新規事業
ー 今回ご支援した「お口の健康から全身を守るサービス」は、御社の新規事業ですね。どのような経緯で立ち上げたサービスですか。
水野 私の所属する金融第二システム事業部は、生命保険会社様や共済事業者様向けのシステム開発を行っています。DXコンサルティンググループは当事業部で立ち上がったばかりの組織で、AIをはじめとする最新のテクノロジーを活用し、金融業界の業務改革や新しい顧客体験を創造することをミッションとしています。
「お口の健康から全身を守るサービス」を立ち上げた背景には、大きく2つの理由があります。1つは、前職の保険会社で感じた課題感です。当時、生命保険加入時の審査を行う部署にいたのですが、自己申告の告知書や限定的な健康診断だけでリスクを評価する仕組みに疑問を抱いていました。もっと本質的に健康リスクを予測し、病気を予防するアプローチはないものか。模索するなかで行き着いたのが、全身疾患とも深く関わる「口腔ケア」でした。
もう1つは、私自身の原体験です。若い頃に虫歯を放置して抜歯する羽目になったり、激痛で気を失いかけたり……。大人になってからは、舌の構造によって将来的に誤嚥性肺炎のリスクが高いことを知りました。お口の健康に関する正しい情報が世の中に少ないことで、私のように後悔する人を減らしたいという問題意識から、サービスの着想を得ました。

ー 日立製作所がこのテーマに取り組む意義は、どのような点にあるのでしょう。
水野 現在、多くの保険会社様が「万が一の保障」だけでなく、ヘルスケアや介護といった非保険領域に進出されています。当社としては、これまで強みとしてきたシステム開発だけでなく、お客様の新しい挑戦である非保険領域でも価値を提供していくことは極めて重要だと考えています。
また、国が「国民皆歯科健診」を推進するなか、社会インフラを支えてきた日立が国民の健康増進に貢献することには大きな意義があります。当社には、家電開発を通じて培ってきた人の行動をデザインする知見があります。これを、継続が難しい健康行動の習慣化に応用すれば、これまでにない健康経営サービスをつくれると考え、事業を起案しました。
ー 今回テストマーケティングの支援をさせていただきましたが、どのような経緯でご相談いただいたのでしょうか。
水野 自力で事業プランを練り上げてきたものの、「本当に売れるのか」という不安が大きくありました。実際にサービスを導入いただくお客様の本音を聞けておらず、仮説の確証が持てずにいたんです。そんなとき、過去に才流さんの支援を受けていた同僚から、「提案の幅が広くてアウトプットの質も高いから一度相談してみたら」と中島さんを紹介してもらいました。
早速相談したのですが、そのときは自分で進める決断をしました。しかし検討のスピードが思うように上がらず、このままでは事業化のタイミングを逃してしまうのではと焦り、支援を依頼することに決めました。
仮説検証から事業計画策定までの3か月
ー プロジェクトはどのようにスタートしましたか。
中島 スピードが上がらないとおっしゃっていましたが、まったくそんなことはありませんでした。最初にご相談いただいてから半年ほど空いたのですが、企画はかなり詰まっていて、「半年でよくここまで」と驚いたことを覚えています。
ただ、テストマーケティングは未実施の状況だったので、「ここからは実際にお客様にサービスを提案して、リアルな反応を見ましょう」とお伝えし、プロジェクトはスタートしました。

ー 3か月のプロジェクトではどのようなことを行いましたか。
柳澤 最初の1か月で行ったのは、仮説の整理と商談準備です。競合調査や専門家へのインタビュー、ターゲットとなる企業の担当者への定性調査を実施しました。水野さんが練り上げたサービスの原案をベースに、「誰にどんな価値を届けるべきか」をディスカッションして、ペルソナやサービスの提供価値仮説を定め、商談用の資料やアウトバウンドコールのトークスクリプトに反映していきました。
2か月目からは、仮説検証と実商談のフェーズです。ターゲット企業にアウトバウンドコールを実施したところ、当初の目標10件を大きく上回る22件の商談を獲得することができました。
商談は水野さん主導で実施していただき、才流側は商談の同席や録画でキャッチアップしながら、サービスの提供価値ならびに価格受容性の検証を重ねました。
そして3か月目には検証結果を分析し、事業計画へと落とし込みました。商談から得られた示唆をもとに、ターゲットセグメントやサービス提供価値をブラッシュアップ。価格受容性やサービス導入の障壁を踏まえて、事業推進のロードマップ策定を支援しました。

開発者本位を脱却し、顧客視点でのサービス価値が明確に
ー プロジェクトを通じて、気づきや発見はありましたか。
水野 客観的な視点で整理していただいたことで、サービスの価値がどこにあるのかが明確になりました。サービス開発者は思い入れが強い分、どうしても自分本位の言葉で話しがちです。しかしお客様が何に困り、何を求めているのか。顧客視点が抜けていると話は前に進みません。開発者本位を脱却し、顧客視点に立った提案をできたことが、商談の獲得やその後のPoC獲得につながったと感じています。
また商談を通じて、当初の仮説どおりだったこと、想定外だったことの両方が見えてきました。サービスの解像度が一段と上がりましたね。
ー 難しさを感じたことや、壁を感じた瞬間はありましたか。
水野 数えきれないほどありました。とくに感じたのは、社内起業ゆえの難しさです。思うように進まなかったり、考えがまとまらなかったりしたとき、最悪「逃げようと思えば逃げられる環境」なんです。既存事業の業務も兼任しているので、私がやらなくても進捗が遅れるだけ。だからこそ「このサービスが世の中に広まったら社会はどう変わるか」「日立や自分はどう評価されるか」をリアルに想像して、踏ん張ってきました。
もう1つ感じたのは、周囲を巻き込む難しさです。起案者である私は、誰よりも強い熱量を持っているので、誰かに仕事をお願いしたとき「そうじゃない」と感じて、結果的に遠回りをしてしまうことがありました。かといって、一人で全部抱え込むと業務があふれて前に進めなくなります。
今でも葛藤の連続ですが、現時点での打開策は2つ。ここぞという局面は自分でやりきること。そして周囲に自分の熱い想いをぶつけて、同じ熱量で取り組んでくれる仲間を巻き込むこと。発信を続けることで協力してくれる仲間が少しずつ増えてきました。
ー 逆に手ごたえや、やりがいを感じた瞬間はありましたか。
水野 商談にはサービスの概念をまとめた営業資料を持って臨んだのですが、初回はものすごく緊張して、滝汗をかきました(笑)。ですが商談を重ねていくうちに、「水野さんの考え方に感銘を受けた」「そこに気づいてくれたのは日立さんだけ」と言ってもらえるようになって、とてもうれしかったです。
まだ形がないサービスにもかかわらず、「ぜひ一緒にやりたい」とPoCに協力してくださる企業様が見つかったことは、自信にもつながりました。やりがいを見出すのはこれからだと思っていますが、顧客との対話で手ごたえを得られたことは間違いありません。

22社との商談から、4件のPoCを獲得。推進メンバーも増員
ー プロジェクトによって、どのような成果がありましたか。
水野 定量的な成果としては、ターゲット顧客を対象にテストマーケティングを実施し、22件の商談をすることができました。そこから4件が、PoCに協力してくださることになりました。現在も商談を継続している会社があるので、当初目標としていた「PoC5件」を達成できる見込みです。
定性的な成果としては、自分たちのサービスの提供価値が明確になり、価値を感じてくださる企業様が現れたことが挙げられます。またプロジェクト開始当初は私一人で推進していたのですが、商談数も増えてだんだんと回らなくなってきました。そこで研究員や行動デザインのプロなど、新メンバーが加わって現在は4~5名のチーム体制になりました。
柳澤 素晴らしい成果です。本業と並行しながら、想定をはるかに超える商談をやりきる水野さんの推進力には目を見張るものがありました。そして商談を重ねるだけでなくPoCまでつなげられたのは、水野さんの営業力と情熱のたまものだと思います。
ー どのように周囲の協力を得て、巻き込んできましたか。
水野 自分から周囲に発信しつづけることが何よりも重要だと考えています。たとえ成果がまだ小さくても、壁にぶつかって頓挫していても、とにかく話をするんです。「ここまで進んだ」「でもこういうところで苦労している」と、途中経過も含めて毎日のように上司や周囲に話を重ねるうちに「面白いね」「じゃあ手伝うよ」と言ってくれる仲間が自然と現れるようになりました。
私は社内だけではなく、社外の人にも話すようにしています。プライベートで飲みに行った際、たまたま隣の席の方に口腔ケアの話をしたら歯学研究者だったことがありました(笑)。思いがけない場所で、リアルな課題を聞くことができ、事業開発のヒントをもらうことができました。
柳澤 どこにチャンスが転がっているかわからないですね(笑)。自分の言葉で語り続けられる水野さんの発信力や突破力は、新規事業を前進させる重要な要素だと改めて感じました。

ニッチ領域×全社導入という高い壁を越えた、事業への情熱
ー 才流のコンサルタントから見て、プロジェクトで印象的だったことを教えてください。
柳澤 水野さんの情熱に触れて、私自身も「何としても成功させたい」と熱い想いで伴走したプロジェクトでした。初めての商談は水野さんもものすごく緊張されていて、一緒にロープレをして送り出したことが懐かしいです。
想いを込めて育ててきたサービスだからこそ、商談でお客様から想定どおりの反応が得られず、悩んだことも多かったと思います。それでもめげずに20件を超える商談をやりきり、最終的にPoCを4件獲得したというお話を聞いて、本当にうれしいです。このサービスが社会に広がっていく未来を私も楽しみにしています。
中島 今回の新規事業は、口腔ケアというニッチな領域であり、まだ市場自体が形成されつつある段階のサービスです。さらに個人で使うライトなサービスではなく、企業の全社導入が前提の福利厚生・健康管理サービスで、PoC獲得のハードルは正直なところ相当高かったと思います。
それにもかかわらず、商談開始からたった数か月で4件のPoC獲得は、すさまじい成果です。水野さんの起業家のような推進力があったからこそ、高い壁を乗り越えられたのだと感じています。
お一人でスタートした新規事業が、今や4~5名のチーム体制となり、全員が前向きな熱量で取り組んでいる。チームを育てるマネジメントと、周囲を巻き込むリーダーシップも備えている水野さんを心から尊敬しています。この勢いのまま、ぜひ事業化に向けて突き進んでいただきたいです。

「口腔ケアといえば日立」へ。事業化に向けたロードマップ
ー この事業をどう発展させていきたいか、今後の展望を聞かせてください。
水野 まずはPoCの協力企業様において、一部の従業員を対象に試験的なサービスを展開する予定です。そこで価値を感じていただき、全社展開へとステップアップできれば、本格的に事業としてスタートできます。2027年上期の事業化を目指して、お客様のお役に立てるサービスとなるようブラッシュアップを重ねていきたいです。
口腔ケアは国の施策としても強く推進されており、今後ますます市場の期待感が高まる領域です。「口腔ケアサービスといえば日立」と真っ先に想起してもらえるように、全力で事業を推進していきます。
ー 最後に、新規事業に挑んでいる担当者にメッセージをお願いします。
水野 大手企業で新規事業を推進するのは、本当に難しいことだと感じています。隣を見れば、同期や仲間が数百億規模の主力事業を動かしている。片や、新規事業であげられる売上は初期段階ではごくわずかです。
数字だけを見ると評価が難しく、推進している側も自信を失いそうになるんですよね。「そんなことやってるの?」「その程度の売上でやる意味ある?」という何気ない一言に、私も心が折れそうになったことがありました。
でも、だからこそ大切なのは、自分から声を大にしてアピールし、周囲に取り組みを認めてもらうことだと思うんです。将来的な事業規模をリアルに描き、挑戦的な数値目標を掲げて達成を宣言する。そして、その途中経過を、良いニュースも苦労しているSOSも含めて発信し続けると、少しずつ興味を持ってくれる人が現れ、仲間が増えていきます。
「自分は自分、人は人」。周りと比べて焦っても仕方がありません。新規事業という挑戦の場に立っていることに誇りを持ち、強い気持ちと信念を持って地道に歩んでいくことが大切だと思います。

撮影:関口 達朗、取材・執筆・編集:藤井 恵