才流(サイル)では、『先駆者に聞く、SaaS×パートナービジネスのリアル』と題して、パートナービジネスの先駆者の企業やその担当者の皆さまを取材し、パートナービジネスを進めるうえでのポイントや仕組みづくりのナレッジをご紹介しています。
今回お話をうかがったのは、サイボウズ株式会社の清田 和敏さんと酒本 健太郎さんです。
パートナービジネスの成功事例として、名前が挙がることの多いサイボウズ。20年にわたる同社のパートナービジネスの歴史や、多様なパートナープログラムを設計した狙い、パートナー戦略の海外展開などの話をうかがいます。
聞き手は、才流コンサルタントの桂川 誠です。
「パートナービジネスをどうしたら拡大できるかわからない」「パートナーが自社プロダクトを売りたくなる仕組みをつくりたい」と考える担当者は、ぜひお読みください。
才流では「適切なパートナーと契約したい」「代理店が売りたくなる仕組みをつくりたい」企業さまを支援しています。代理店販売でお悩みをお持ちでしたら、ご相談ください。
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[サイボウズのパートナービジネスの特徴]
- 「パートナーの課題をkintoneで解決する」「パートナーの成功」が最優先
- パートナー間にエコシステムが生まれるパートナープログラムや、パートナーそれぞれの強みを後押しする実績評価制度を展開
- オフィスの共有スペースをパートナーにも開放。会社が一丸となってパートナービジネスに注力
「売上が落ちてもクラウド一点突破」サイボウズのパートナービジネスの変遷
桂川 はじめに、サイボウズのパートナービジネスの変遷から教えてください。
清田 サイボウズは、BtoB向けソフトウェアのダウンロード販売から始まった会社です。
当時のソフトウェアといえば、パッケージ形式での代理店販売が主流でしたが、私たちは公式サイトからのダウンロードという直販で市場に切り込みました。
清田 しかし、会社の認知度が低く、大手企業のお客さまからは「サイボウズって何の会社?」と思われることも多かったのです。
そこで、信頼や実績のあるパートナーの協力を得ながら市場を開拓していこうと考え、パートナー戦略に力を入れ始めました。
桂川 サイボウズは1997年に創業し、2006年には東証一部(当時)に上場しました。クラウドサービスとして、kintoneとcybozu.comをリリースしたのは2011年のことです。
kintoneのパートナービジネスは、パートナーネットワークがある状態からのスタート。すぐに軌道に乗ったのではないか?と思ってしまうのですが……
清田 実はそこで、最初の壁に直面しています。当時の私たちのパートナーは、「サーバーを担いでいる企業」。kintoneはクラウドモデルですから、パートナーからは「サイボウズが自分たちのサーバービジネスを脅かそうとしている」と受け取られてしまったんです。
酒本 パートナービジネスにおいて先行者利益があるように見えるかもしれませんが、逆に「入りにくい状況」でした。
桂川 「クラウドを一緒に売っていくことは難しい」という反応があったわけですね。社内の状況は、どうだったのでしょうか。
清田 当時のサイボウズの売上は、ほとんどがオンプレミス(※)製品。
※オンプレミス:サーバー機器などのハードウェアや業務用のソフトウエアを、管理する施設内に物理的に設置し、運用すること。クラウドの対義語。
私も含めて、営業担当者は「青野さん(サイボウズ代表取締役社長の青野 慶久氏)、そんなにクラウドクラウド言わんといてくださいよ」と思っていた時期はありました。
しかし、「クラウド一点突破」のスローガンを掲げた以上、やるしかない。
マネージャー陣を変え、クラウド販売にバイアスのない若手メンバーを中心に、kintoneの直販チームを組織しました。そこで蓄積したノウハウを、社内やパートナーへ展開していく流れをつくり始めたんです。
この時期には、営業の評価基準も変わりました。1,000万円規模の大きなオンプレミス案件より、小規模であっても、kintoneの案件を契約した担当者を評価するようになったのです。
清田 また、クラウドの売上よりも販売本数を優先していました。青野は「1度売上が落ちてもいい」と言っていましたね。そのくらい強いメッセージを出して、数を売っていくことを重視していたんです。
酒本 でも、ボーナス査定の基準は売上だったんです。
桂川 売上額の大きいオンプレミスを売ったほうが、ボーナスのプラスになる。現場の関心は、クラウドに向きづらいですよね。
酒本 そうなんです。当時、私はサイボウズへ新卒で入社して2年目くらいだったんですが、「ボーナスの基準がおかしいです」って、社長と副社長に訴えたんですよ。
すると、特別賞与の基準が「クラウド製品の売上連動」へ変更されました。
桂川 組織や評価体制まで変えて、クラウドに投資する。 青野社長の強いリーダーシップを感じます。様子をうかがっていたパートナーにも、変化が出てきたのではないでしょうか。
清田 パートナーの雰囲気が変わったきっかけは、青野のプレゼンでした。毎年行うパートナーミーティングの場で、青野は「お客さまのためにも、パートナーの皆さまと一緒にクラウドをやっていきたい」と涙を流しながら訴えたのです。
とくにkintoneは、さまざまなSIerや開発パートナーが、kintoneを起点にビジネスを行うことでエコシステムが生まれ、広がっていくという、壮大な世界観を前提に開発されています。パートナーの協力なしでは、成り立ちません。
私たちの本気が伝わり、パートナーからも理解を得られたできごとでした。
パートナーの課題をkintoneで解決する
桂川 kintoneが登場した頃は、パートナーのほとんどが「クラウドを販売したことがない」状況でした。またkintoneは「なんでもできること」がメリットですが、裏を返せば活用シーンの提案が難しいサービスだとも思うんです。
どのようにして、パートナーへkintoneを啓蒙していったのでしょうか。
酒本 kintoneは、単体だけではなく、その他のサービスやソリューションと座組を組めるところが特徴です。販売当初から、「パートナーの困ってることに対して、kintoneを販売すれば解決する」という道筋をつくっていました。
清田 たとえば、「kintoneを活用して、提案先を増やしたり、新規開拓を行うストーリー」の提案です。
「各社の情報システム部がお客さま」というパートナーは、取引部署を増やすために、現場のDXを促進する商材としてkintoneに着目しました。DX化やIT化を受けた他部署との接点を増やし、ビジネスを広げています。
新しいお客さまを開拓するうえで、kintoneを提案のフックツールとして活用しているパートナーもいます。「売上の規模は小さいけれど、お客さまのさまざまな課題に対応できるので、kintoneは提案しやすい」と話していました。
桂川 「kintoneをパートナーのビジネスにどのように活用するか」という捉えかたで、広がっていったんですね。
清田 とあるSIerでは、ノーコードでアプリ開発ができるkintoneの特性を生かし、新規事業としてkintone専門の開発サービスを展開しています。
この事業は、同社の経営層が考えていた「新しいチャレンジをする文化をつくりたい」の方針ともマッチし、社内にも「挑戦していこう」という雰囲気が広がっていったそうです。
DX人材を輩出したいという目的で、kintoneを営業教育ツールとして導入しているケースもあります。
桂川 新規事業開発や、人材育成の文脈でもkintoneが選ばれている。
清田 物を売る感覚で「kintoneが売れています」「こういうふうに提案してください」と伝えるのではなく、経営層の考えを聞きながら、kintoneがどのように役に立てるのかを考えてきました。
SaaSのパートナービジネスでは、パートナーに対して「売ってくださいよ」のような伝えかたになっていると思うんです。でも、直販のお客さまに対しては一生懸命に経営課題を確認して、導入のストーリーを作っていますよね。
本質的には、パートナービジネスも直販も同じです。
桂川 お客さまの課題を解決するのと同じように、パートナーの課題を解決する。違いはありませんね。
清田 私たちだけが儲かっても、意味はありません。サイボウズのパートナー営業の担当者は、パートナーの売上まで見ています。パートナーも盛り上がっていなければ、成功じゃないという意識を持っていますね。
エコシステムが広がるパートナープログラム
桂川 サイボウズでは2021年にパートナープログラムをリニューアルし、「Cybozu Partner Network(通称:CyPN・サイパン)」を展開しています。
オフィシャルパートナーだけでなく、パートナー加入を検討する企業向けに「レジスタード」を設けた背景を教えてください。
酒本 レジスタードは、オフィシャルパートナーの候補にあたります。サイボウズのビジネスに関心がある企業ならば無料で参加でき、提案や開発に関する情報が得られます。
清田 「いきなりパートナーになるのは敷居が高いけれど、サイボウズの情報は知りたい」という声が少しずつ増えていたんです。私たちとしても、そのような企業のデータベースを整えたい意図があり、レジスタードの仕組みをつくりました。
酒本 レジスタード期間に認定条件をクリアした企業は、オフィシャルパートナーに認定されます。レジスタードには、毎月30〜40社ほど新規の登録があり、新設してから現在まで700〜800社ほどの規模になっています。
桂川 すごい規模です。
清田 「パートナー登録をしていても活動がない」ケースは、SaaSのパートナービジネスでよくあります。たくさんのパートナーと会えたけれど、実際に動いているのは一部だけになりがち。広く浅く支援をするのではなく、「kintoneでビジネスを広げていくぞ」という濃いパートナーに支援できる仕組みを考えました。
桂川 レジスタードは、オフィシャルパートナー認定にあたってのハードルにもなっているんですね。新しいパートナープログラムをはじめて、どのような成果が出ていますか。
酒本 「パートナーが新たなパートナーを作る」ようなエコシステムが生まれ始めています。
たとえば、結婚式場で知られる八芳園さんは、サイボウズのオフィシャルパートナーのジョイゾーさんと、業務提携を結びました。
そして、八芳園さんもサイボウズのオフィシャルパートナーとなり、社内のDX化を目的にジョイゾーさんと取り組んできたkintoneの活用ノウハウやシステムを、ブライダル業界向け婚礼ソリューションのパッケージとして販売しているんです。
サポートも丁寧なんですよ。同じ業界だからこそ、悩みどころもわかるんですよね。
清田 ほかにも、kintoneを起点にお客さまのデジタルまわりの相談相手として関係性を築いているパートナーもいますし、パートナー経由のほうが解約率も低い傾向にあります。
酒本 パートナービジネスで事業の規模を広げたいとき、たくさんのお客さまを抱えているパートナーにサービスを担いでもらう方法は有効です。
一方で、規模が小さくても熱量の高いパートナーをどんどん増やしていくというアプローチもある。贅沢ですが、サイボウズはCyPNを通して両方を追いかけています。
評価制度の狙いはパートナーの多様な活動を支援するため
桂川 続いて、パートナーの実績評価制度・CyPN Report(サイパンレポート)を教えてください。
酒本 CyPN Reportは、オフィシャルパートナーの過去1年間の活動実績をもとに、サイボウズが高く評価したパートナーに星を付与する制度です。
以前は売上がおもな基準でしたが、今は顧客満足度や製品の顧客継続率、事例提供数など、複数の軸で評価をしています。
桂川 評価軸がとても多様ですよね。CyPNのリニューアルにあわせて現在の評価制度に変わりましたが、どのような狙いがあったのですか。
酒本 パートナー活動は多様化しています。SIerとしてお客さまのkintone環境を構築したり、プラグインを開発したりと、販売以外の活動も増えてきました。また、規模は大きくないけれど、お客さま満足度が高かったり、支持されるプラグインを開発したりするパートナーもいます。
つまり、売上だけではないパートナー活動も注目されるような評価制度が必要だと考えたんです。
清田 パートナーネットワークも広がり、あらためてkintoneの目指す世界観を伝える必要があるな、とも思っていました。CyPN Reportには、「kintoneからエコシステムをつくっていきたい」「チームワークあふれる関係性をつくりたい」という、私たちの考えかたが反映されています。
桂川 星の数に応じて、パートナーの活動を後押しするための資金を提供する「マーケティングファンド」も、特徴的な取り組みのひとつですね。
清田 マーケティングファンドでは、認知拡大を目的とした広告費やプロダクト開発費用の支援のほか、パートナーとお客さまを取材し、コンテンツ化するなど、いろいろな取り組みを行っています。少し変わったものだと、「青野(社長)の講演会プレゼント」もありますよ。
桂川 「お金を渡す」という インセンティブの付与ではない。
清田 一般的な金銭付与のインセンティブは、短期的には効果があるかもしれません。でも、長期的に考えると、現場が気持ちよく動けないと思うんです。
あるSIerは、優れた製品や技術を持っているものの、認知活動が得意ではありませんでした。そこで、私たちが広告代理店を紹介し、広告費を支援したんです。そのほうが喜ばれますし、サイボウズが手伝うことでノウハウを伝えることもできます。
桂川 インセンティブだけに頼っていては、「インセンティブがないなら売らない」にもなりかねません。評価制度も、エコシステムの拡大という目的の達成につながるように考えられていると感じました。
自社オフィスの共有スペースをパートナーに開放
清田 パートナー活動の支援といえば、サイボウズの東京オフィスの共有スペースは、パートナーに解放しているんです。
パートナー主催のセミナーや懇親会用に、自由にレイアウトを変えられます。
酒本 2015年から現在の東京オフィス(中央区日本橋)になりましたが、移転準備のときから、パートナーにも使っていただくことを前提にレイアウトを考えました。
東京駅に近い場所がら、出張の合間にふらっと寄っていただいて、打ち合わせをするという使いかたもできます。
桂川 ここまでパートナーのことを考えたオフィスは、なかなかありません。なにより、ワクワクしますね。仕事でなくても、遊びに来てしまいそうです。
パートナービジネスの面白さは「自分たちができない領域」に事業を拡張できること
桂川 今後の展開も教えてください。近年は、パートナーモデルによるkintoneの海外展開にも力を入れているそうですね。
酒本 kintoneは、もともとグローバル展開を視野に入れて作った製品なんです。製品だけではなくエコシステムごと、パートナーたちと一緒に世界進出を目指しています。
清田 kintoneは、海外で戦っていける製品。パートナービジネスでも、「サイボウズのパートナーになることでグローバル進出ができた」という世界を作っていきたいです。
酒本 あまり知られていないのですが、海外の導入事例も進んでいます。アメリカではLyftやNASA、インドネシアではGojekなど、世界中の企業でkintoneは活用されているんですよ。
桂川 私が代理店の営業だったら「NASAでも使われているんですよ」と言いたい(笑)。覚えやすいキラーフレーズです。
酒本 以前、東南アジア地域の責任者として、現地のパートナービジネスに関わっていました。多い年では年間120日ぐらい出張していたのですが、実は私、英語があまり得意ではないんですよ。
それでも、現地のパートナーと仲良くなっていったら、売上が伸びていくんです。パートナーが、kintoneの機能を理解して、気に入って、広げてくれている。パートナービジネスは、レバレッジが効くと実感しました。
清田 私も1度アジアへ行って商談に同席したんですが、その国の言葉でkintoneをプレゼンしているパートナーの姿を見て、嬉しくなりましたね。「サイボウズが来た」と、喜んで迎え入れてくれますし。
桂川 海外展開では、言語をはじめ、各国の文化にもくわしいほうが受け入れられやすい。そのフォローを各地のパートナーが担い、事業を広げてくれている。グローバルなエコシステムですね。
清田 私たちのほうこそ、パートナーから教えていただくことがたくさんあります。
パートナービジネスの面白さは、「自分たちだけではできない領域」にパートナーが事業を広げてくれるところ。直販だけでは、自分たちがイメージできる範囲の中でしか売れない。その壁をどんどん取っ払ってくれるのがパートナービジネスです。
桂川 おわりに、パートナービジネスに取り組む企業や担当者へメッセージをお願いします。
清田 パートナーとの取り組みについては短期で考えないほうがいいです。
私は、10年ほどパートナービジネスに携わっていますが、そのくらいの年月を過ごしていると、一緒に仕事をしていたパートナーの担当者が、部長や執行役員になっていくんです。「kintoneを使って新しいチャレンジをした結果、昇格した」という話を聞くと、すごく嬉しいじゃないですか。
楽しいですよ。知り合いの方が評価される姿を見られるのは。
桂川 長い時間をかけて、関係性を作っていくことが面白さでもありますね。
清田 ただ、パートナービジネスはリセットもされやすいです。やっと仲良くなれたと思ったら、1年単位で担当者が異動していく。ゼロからまた人間関係をつくる。ゴールはないですね。
サイボウズでは、パートナーの課題解決に必要ならば、マーケティングや人事のメンバーも関わります。全社でパートナーを支援する体制があるんです。
会社が一丸となって取り組むくらいに、パートナービジネスは面白くて重要な仕事です。
才流のコンサルタントが要点を解説
パートナーの課題を解決する視点やパートナーの実績評価制度の仕組み、オフィスレイアウトの考えかたにまで、パートナービジネス拡大のヒントが詰まっていました。
新規事業の立ち上げに、「0→1」「1→10」フェーズがあるように、パートナービジネスもフェーズによって仕組みや施策を変えることが必要です。
一方で、どのフェーズにおいても変わらないことがあります。
それは、パートナーの課題を見つけ、一緒に解決し、パートナーの成功を実現することです。
私たちだけが儲かっても、意味はありません。サイボウズのパートナー営業の担当者は、パートナーの売上まで見ています。パートナーも盛り上がっていなければ、成功じゃないという意識を持っていますね。
サイボウズ 執行役員 営業本部 パートナー統括 清田さん
仕組みや施策などのHowに目がいきがちですが、「パートナーの何を解決できるのか」の問いに向き合うことが、パートナービジネスを成功に導くための本質です。
サイボウズの清田さん、酒本さん、ありがとうございました。
(撮影:ヤマダヤスヒコ 文:大崎 真澄 取材・編集:水谷真智子)